10、ノルサの魔石講座
面会後、その足でジェイクさんと共に与えられた家へと向かった。その家は入場門とは反対側の商業区域にあるようだ。
遠いのでは……と不安になった私だったが、いざ歩いてみると城からさほど離れておらず、商業地区だからか人通りも多い。予想以上に良い立地である事に、驚きを隠せなかった。
「本当に私がお借りして宜しいのですか?」
「勿論で御座います。家も空き家よりは、誰かに使われた方が喜びますよ」
人通りの多い道路側は、ベルメケースの街で見たノルサさんの店と同じくらいの広さ程の店舗スペース。そして店の奥には住居スペースが併設されていた。元々店を経営していた人が夫婦だったからか、住居スペースも一人だと広すぎるくらいである。
思った以上に良い条件すぎて不安になり始めた私が、念の為再度同じことを尋ねると、ジェイクさんは笑う。
「シア様も困惑されたかと思いますが……旦那様とシア様の思惑が一致しただけですので、問題ありませんよ」
「思惑ですか?」
「はい。実はこの店の家族が高齢を理由に他領に越してから、常設の魔石販売店が無いのです。そのため、現在は他領に本店を持つ商人に頼んで魔石を購入している状況でして……そろそろ魔石を販売できる人間を招くべきではとの話が出ていたのです。ですが、魔石を販売する方は非常に少ない上、その方たちは大抵自分の店を持っておりますからね。声を掛けさせていただいた方もいるのですが、少々歯切れの悪い返事だったのです」
この街は領主のお膝元である。ダンジョンも付近にあり、冒険者も多い。確かに魔石を販売するには良い場所だろう。販売する事のできる人間がいれば、の話だが。
「そうだったのですね」
「はい。領民を守っていただいた事の恩も勿論ございますが、魔石販売用の店舗を持ちたいと聞いて、貴女を誘致したいのだが、と旦那様も言っておりました。店舗をお貸しする件はこちらにも利がある話ですので、そこはご安心ください」
それなら、と安堵する。今までこの様に恩を返された事がなかったので、心の奥底では、何か裏があるのでは?と思っていたのだ。ジェイクさんの話は、その疑惑を吹き飛ばしてくれた。
「それでは、宿にある荷物は私が後ほどお持ちしますので、シア様はこちらでお待ち下さい」
「ありがとうございます。ですが、お手間を掛けてしまいますが、宜しいのですか?」
「いえ、それが私の仕事ですので。宿泊料金につきましては、こちらで支払わせていただきますのでご安心を」
いえ、払います……と言葉にする前に、ジェイクさんは背を向けて城の方角に戻っていく。次に彼が荷物を持って戻って来たのは、それから数刻後だった。
その後数日は、日常生活に必要な物を購入したり、街を散策したりと私も忙しくしていた。その合間にリネットさんが訪れてくれ、街の案内をしてくれたのがありがたかった。お陰でノルサさん宛の手紙も出す事ができたのだ。
爺から教えてもらっていたので戸惑う事はなかったが、やはり料理、洗濯等の身の回りの事を終えると疲れ果ててそのまま寝てしまう事もあった。まだまだ体力が追いついていないらしい。家事に慣れたら、体力づくりも進めていこうと考えている。
日常に慣れてきたある日、そろそろ店舗を開く準備のために、トランクの中にある魔石を取り出していた。だが取り出しながらハッと気づく。ノルサさんの店には、多種多様の魔石が置いてあったのだが、ダンさんから軽く説明を聞いて、あの棚を見ただけで、実際魔石がどのように売り出されているのかを私は知らなかった。
王妃教育では、魔石についてあまり教えてもらえなかったのだ。既にキャメロン様の魔道具が浸透していたからであろう。その部分はスルーされていた気がする。
母も魔石に魔力をどう込めるか、という事は教えてくれたが、どんな魔石があるか、どう使われているかまでは教えてもらえなかった。母ももしかしたら、そこまで詳細な話を知らなかったのかもしれない。
「どうしたら良いのかしら……」
無知な事は仕方がない。だが、魔石店を開くのなら、教えを乞う必要がある。一番確実なのはノルサさんだろうが、報酬など払う事ができない。手元の魔石を売って金銭を稼ぎ、最悪爺から借りている金貨も使ってお願いしたらどうだろうか……とあれこれ悩んでいるところに、当人が降臨した。
カランコロン
表の扉に付けていた鐘の音が鳴り、誰かが此方を覗いている。店の中が薄暗いため、丁度顔が見えないのだ。警戒しながら近づいてみると……
「シアちゃん、いる〜?ノルサよ。来ちゃった!」
数日前に手紙を送ったはずのノルサさんが、手を挙げてそこに立っていたのだった。
「いても立ってもいられなくて、来ちゃったわ」
ベルメケースの街からブレア領までどんなに急いでも3日は掛かるはずだ。手紙を読んでから来たとすれば、こんなに早く来られるはずがないのだが……と疑問に思っていたところ、ノルサさんは私の考えをお見通しだったみたいだ。
「実は偶然なんだけど、私の同僚がブレア領にいたのよ」
話によると、ノルサさんの店は交代で運営しているらしく、そのうちの一人がブレア領にいたらしい。その人は女性だったらしいのだが、以前魔石屋だった店に私が入るのを目撃した上に、リネットさんとも知り合いで私の事を聞いたそうだ。
そのあとすぐに店に帰り、その女性から私が店を構える事を知ったノルサさんが、すぐに準備をして此方に向かってくれたらしいのだ。有難いのだけれど、店番は大丈夫なのかと心配していたのだが……
「店番は交代してもらったし、彼女もここに魔石店ができるなら協力したい、と言ってくれたのよ。彼女、ここのブレア領出身だから、魔石店がなくなった後、本当はここに自分で魔石店を開きたかったらしいのだけど……色々あってベルメケースになってしまったからね。それにシアちゃんから買い取った魔石を見せたら、『店番はなんとかする、行ってこい』って言われたわ」
あっけらかんと話すので、気にする方が負けなのかもしれない。再度お礼を伝え、彼女に教えを乞う事になった。
「まずは初歩の確認ね。魔石はダンジョン等で魔物を倒すと手に入る代物で、倒した魔物の魔力量によって大きさが変わる、というのは知っているかしら」
「それは知っています」
ざっくりと言えば、魔力を全く使わない棒切れなどを武器にするゴブリンの魔石はクズ石と呼ばれるほど小さく、利用価値がほぼない。ワーウルフ――以前のグレートウルフの下位互換――のように、単属性で一種類の魔法しか使えない魔物は小さめの魔石が、複数の魔法を使える魔物は武器防具にも利用できる魔石らしい。前者から順番に小石・中石・大石と呼ばれている。
ちなみに魔石は最初から球体の形をしているので、加工しなくとも魔力を込めることができる。
「生活用については、中石と大石どちらでも利用が可能ね。魔道具を見てもらえれば分かるけれど、何方も嵌るように作られているから、両方とも作って置いておいた方がいいわ。火や水の魔石はよく売れるし、土や風の魔石は業者の方によく売れるわね」
火の魔石は主に台所のコンロやオーブンなどで利用され、水の魔石は勿論、水を生み出すために利用される。
土の魔石は特に農業で有用らしく農具に嵌め込んで、土に魔力を与えるらしい。それが作物の質向上に繋がることを十数年前、発見したとのこと。
風の魔石の利用法も独特で、結界を張る事で害虫を防いだり、調味料などを作る時など乾燥を必要とする場合に利用されたりするらしい。
「基本、生活用の魔石は購入した人が魔道具に嵌め込んで使う物だから、魔力を込めて入れておくだけで構わないの。それもあって生活用に使う魔石は再利用が可能ね。空の魔石を持って来れば、割引をしますって周知しておけば、生活用魔石がすぐに枯渇する事はないと思うわ。ただ、数回魔力を込めれば、劣化するから気をつけて。劣化しているかどうかを見分ける方法は後で教えるわ」
つまり今まで私が魔力を込めた魔石は、大石の生活用魔道具としてこのまま売り出す事ができるとの事。だが、ここで疑問が出る。
「冒険者用の魔石は違うのですか?」
「その通りよ。生活用の魔石は使用する魔道具自体に魔法陣が描かれているから、魔石自体に魔法陣を組み込む必要がないの。生活用魔道具は用途が決まっているでしょう?だから決められた魔法陣を魔道具に組んで作る事ができるのよ。けれど、冒険者用の魔石は用途が多岐にわたるし、複数の魔石を装着する事もあるから、魔石に魔法陣を描く必要があるのよ。例えば冒険者の中にも、剣を使う冒険者が二人いるとするわね?その二人が同じ魔石を使用すると思う?」
「思いません」
その冒険者が長剣を使うのか、もしくは短剣を使うのか、どの属性の魔法を使えるのかでも戦略は違う。ノルサさんによると特注で剣や防具を作れば魔法陣を込める事も可能らしいが、基本1つの魔道具に1つしか込める事ができないので、金額の割に使い勝手が悪くなるらしい。
「その分、魔石に魔法陣を描けば複数取り付けても発動は可能だし、値段もその分安上がりになるわね。まぁ、複数付ける人は少ないけど。ちなみに最近の高ランク冒険者の中には魔石を複数購入して、その度に付け替えている人もいるわ。普通は武器防具屋で取り付けてもらうのだけれど、自ら嵌め込めるように特注で剣を作ったりしてね」
「では冒険者用の魔石は、その都度要望を聞いて魔法陣を描く必要があるのですね」
「そうよ。シアちゃんは、魔法陣を描いたことはあるかしら?」
「……以前勉強しましたが、詳細な魔法陣までは覚えていないですね……」
魔法陣自体は王妃教育のカリキュラム内にあったので、私も勉強はしている。だが、魔法陣が描かれている辞典は生憎、王宮の私……いや、元私の部屋に置いてきてしまった。まぁ、部屋の荷物を纏める時間すらなかったのだもの、仕方ない。
正直言ってしまうと、魔法陣を描かなくても精霊さん達の協力があれば、どうにかなる気がしてならないのだが、そんな物を売り出したら精霊の愛し子だと一発で分かってしまう。そんな博打は打てない。
正直に「辞書を持っていない」ことを告げれば、ノルサさんは満面の笑みで此方を見ていた。
「そうだと思って、持ってきたの!はい、これあげるわ!」
そう手渡されたのは、王宮で渡された辞書と同じ物である。ギョッとして思わずノルサさんの顔を見つめてしまった。
「この本は高価な物だとお聞きしています。戴くことはできません……!」
慌てていた事もあり、つい口から言葉が出てくる。よく教育係に言われていたものだ。「愛し子でない娘に、何故こんな高価な物を与えなくてはならないのだ……!これさえあれば、宝石の一つや二つ、購入できるのに」と。
私の狼狽えっぷりにノルサさんはキョトンとした顔を見せていたが、言葉が呑み込めたのか「ああ」と声を上げた。
「別に譲っても問題ないのだけど……」
「ですが、一度ノルサさんのお店に寄っただけの私に、ここまでしていただくのは申し訳なくて」
「……成程ね」
正直なところ、私には今返せるものがない。それなのに、一度会っただけでここまで手助けしてもらうことに、申し訳なさが勝る。ルイゾン様といい、ノルサさんといい……とても優しい人たちばかりで戸惑ってしまう。
王国での生活が当たり前であった私は、優しさを享受することに慣れていない。二人の周囲に精霊がいなければ、何かあるのではないか、と勘繰っていただろう。
ちなみにノルサさんの精霊は、私たちの頭の上で私についてきた精霊達と遊んでいる。
「じゃあ、先に話しておいた方がいいわね。私がここまで手伝うのは、シアちゃんに店を開いて欲しいからよ。そして私たちとも取引して欲しいの」
「取引……ですか?」
「ええ。実は私の店って兼業している店員が多くてねぇ。その関係で、最近風の魔力を込めていた子の本業が忙しいらしいの……それもあって魔力を込める時間が無いみたいなのよ。だからちょっと困っていてね」
「つまり風の魔力を魔石に込めるお手伝いをすれば宜しいのですね?」
「ええ。あ、勿論お給料も払うわ」
「いえ、そこは遠慮させてください。魔石の知識と本を戴けたので、それで充分です」
むしろ此方から言わせれば、貰いすぎなのだが……
「うーん、それだと私の気が済まないのよねぇ……せめて半分」
「いえ、申し訳ないです」
なんて問答を続けていたのだが、結局お給料も受け取ることになった。ただ全額ではなく、受け取るのなら4分の1程度の金額で、と押し通した。
本日も読んで頂き、ありがとうございました。
先程確認したところ、なんとブックマークが1000件に……登録してくださり、本当にありがとうございます。
引き続き、完結まで頑張って執筆したいと思います。
開店準備はこの話も含めて2話程度になるかと思います。
そしてもうそろそろヒーローも登場します。もう少々お待ちください。