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1、婚約破棄を告げられた愛し子

 以前書いた作品『私、興味がないので』を再考し、改稿したものです。


「アレクシア、お前と婚約を破棄する」



 二週間に一度、婚約者と二人で開かれる交流会。王宮の庭園にある四阿でのんびりとお茶を飲んでいた私の元に来て言い放ったのは、婚約者であるこの国の第一王子ハリソンだった。


 四阿は庭先にあるとは言え、人通りの多い廊下に接している。婚約破棄宣言をしても良い場所ではない。

 私は咄嗟に王子妃教育で鍛え上げられた笑みを貼り付ける。



「……婚約破棄ですか。理由をお伺いしても?」

「理由?お前が俺の妃として相応しくないからに決まっているだろう」



 間髪入れずに言い切られた私は、心底驚いた表情で彼を見ているに違いない。

 通常であれば私の顔すら見ないハリソンも、今回は婚約破棄を突きつけられた女の顔を見たかったのか、珍しく視線は私に注がれている。

 

 そんな私の表情に大変満足したのだろうか。彼は後ろを一瞥した後、私に向き直る。その顔には醜い笑みを湛えて。



「ああ、辛気臭いお前が国母になるより、可愛らしい女性が国母になった方が良いだろうと思ったからだ」

「そうですか。……お相手は何方でしょう?」

「お前もよーく知っている相手だ。おいで、ミラ」



 はあぃ、と可愛らしい猫撫で声を出してこちらにやってきたのは、私の妹のミラである。


 ミラとは双子で、私が先に誕生したので、私が姉と呼ばれている。そんな彼女はハリソンの側にたどり着くと、まるで彼の婚約者であるかのように腕を絡めたのだ。


 そして首をコテン、と傾げると浮かない顔つきで私を見つめた。



「お姉様、ごめんなさぁい。私、ハリソン様のことを愛してしまったのよ」



 その言葉で私の顔は僅かに引き攣る。全く悪いとも思っていないような顔で此方を見ているからだ。表情があまり変化しなかったのは、やはり王子妃教育のおかげだろうけれど。


 その些細な変化もハリソンは見逃さなかったらしく、ミラを庇うように前に出てきた。

 言い終わってから、周囲に見せつけるように悲壮な顔をしていたミラは、彼の背後に隠れた途端、周囲から見えないとわかると侮蔑する視線を私に送ってくるのだ。


 なんとも変わり身が早い事で――とある意味感心していると、ミラへの視線を嫉妬と捉えたのだろうか、ハリソンが彼女を完全に背に隠し、此方を睨め付けた。



「ミラは悪くない。俺がミラを望んでしまったから……」

「いいえ、ハリーは悪くないわ!」



……この茶番はいつまで続くのだろうか。


 お互いを庇い合う二人の姿を見て、周囲にいる侍女や護衛たちは痛ましい目で彼らを見ている。そして私には憎悪が向けられる。まるで私は二人を引き裂いている悪女であるかのようだ。


 しかし、そう思われても困る。この婚約は前国王であるキャメロン・カーヴェル様が命じたもの。彼に恋愛感情は全くないのだから。


 既に私をいない者として扱い始めた二人は、目の前で(むつ)み合う。いくら婚約破棄する相手とは言え、破棄前からこれだけ仲が良いと、浮気だ、慰謝料だ、と普通なら言われるでしょうに……。


 まぁ私の味方がいない事を知っているからこそ、ここまでのことをできるのだろう。


 目の前での終わらぬ逢瀬に疲労を感じた私は、言質を取るために1つだけ確認することにした。



「……お1つ、お聞きしても宜しいでしょうか?」

「なんだ」



 ミラとの逢瀬を邪魔された事に苛立ちを隠せないハリソン。

 だが、私はこれさえ確認できれば、この場からすぐに逃げるつもりなのだ。それくらい我慢してもらいたい。



「この解消は、陛下にも了承を頂いておりますか?」



 その言葉にハリソンは今までアレクシアに見せたことのない美しい笑みを浮かべている。私を貶めることに喜びを見出しているらしい。悪趣味でミラとお似合いである。

 


「勿論だ。父上も快く了承してくれた。公爵と話を詰めている最中だろう」

「やっと一緒になれるのですね、ハリー」

「ああ、君のような可愛らしい女性と一緒になれるなんて夢のようだ」



 それだけ聞いて立ち去る予定だったのだが、私が言葉を紡ぐ前にミラが言葉を繋げてしまったため、退出する機会を失ってしまう。さらに続く茶番に、ため息を吐きたくなったその時――



「それに()()()愛し子はミラなんだろう?ならばお前が王家に嫁ぐ理由はないからな」

「そうよ、お姉様。そのお役目も精霊の見える私が、きちんと勤めますわ。ね、()()()()()()()お姉様?」



 周囲からクスクス、と笑い声が聞こえる。話を聞いていた侍女や衛兵たちのものだろう。公爵家の長女でありながら、精霊の愛し子ではない娘。公爵に疎まれている娘、公爵家の穀潰し……ハリソンとミラはこの事を私に話したかったらしい。


 だからミラはハリソンが言い切る前に、ミラは話し始めたのか。私を嘲るために。――彼らは言い切って満足したのか、下衆な笑みを浮かべている。


 そして同時に彼らは顔を合わせ、抱き合う。まるで王子様が愛する者を悪女から守るかのように。


 周囲ではお互いを支えて抱き合っている二人を見て、涙をこぼす者さえいる。物語で言えばここが山場となるだろう。


 だが私からすれば、そこら辺を歩いていた一般人がいきなり劇で演技を強制させられるような気持ちである。心底どうでも良い。むしろハリソンに熨斗をつけてミラに贈りたいくらいだ。


 これ以上の面倒事に付き合うのも疲れる。



「承知いたしました。お話は以上のようですので、失礼致します」



 深く頭を下げて、顔を上げればポカンと口を開けてこちらを見ている二人。彼女が泣き叫びハリソンに縋り付く姿を想像していたのだろうか。そんな間抜けに見える二人を一瞥し、私は歩き出す。


 我に返ったハリソンとミラは声をかけ続けているが、聞こえないふりをして王宮に与えられている自室へ戻ったのだった。







 自室に戻った私は、教育係から与えられている課題に手をつける事なく、ベッドに倒れ込む。あの茶番を見ているだけで、疲れてしまったのだ。誰もいない今くらいは許されるだろう。



「意外と早く事が進んでいるわね」



 私が驚いたのは、婚約破棄を進めていることではない。そもそもそれがなされるであろうことは、以前より気づいていた。彼は婚約()()と言っているが、実際は婚約解消か白紙の何方かになるだろうが。




 ハリソンが婚約破棄に動いていると知ったのは、数日前のことだ。


 二週間に一度、王宮内にある庭園で開かれる婚約者との交流のための茶会は、ハリソンと婚約してから欠かさず行っているものである。その茶会も半年ほど前から、私が四阿に着いた後、ハリソンから中止の連絡が来るという有様だった。


 最初は、忙しいのだろうと気にしていなかったが、半年も顔を見せないのは何故かと訝しむのは自然なことだろう。ハリソンを疑わしく思っていたある日、自室に戻る道すがら、偶然彼が他の女性と腕を組んでいるところに出くわしたのだ。


 女性はハリソンの腕にしなだれかかっていた。いくら王宮の庭とは言え、人目のあるところで戯れるのは如何なものか。しかもハリソンは仮にも自分という婚約者がいる身であるのに。


 誰だろうか、と目を凝らして見つめていると、腰部分のリボンが目につく。リボンの中心部分には燃えるように赤いルビーが添えられているので、とても高価な物だろう……と考えていたところで、聞き覚えのある声が耳に入った。


「ハリー、素晴らしいですわ!」


 彼女は大袈裟にハリソンを褒める。冷静に第三者から見れば、彼女の振る舞いは演技であろうと推測できるのだが、ハリソンはそんな事に気づかない。勿論その女性は、妹であるミラだ。


 私は内心、納得していた。ミラは「自身が一番でなければ嫌だ!」という性格の人間である。そんなミラの姉である私が、この国で一番の優良物件のハリソンと婚約したのだ。黙って見ているだけであるはずがない。


 ……まあ、私から言わせればハリソンは優良物件ではないのだが……個人の趣味もあるので何とも言えない。


 物陰で見ている私に気づかない二人は、周囲に聞こえる声で話し続ける。目の前で親密な二人を一瞥し、自室に帰ろうと背を向けたその時。



「もう少し待っていてくれ、ミラ。君の父上もその話に乗り気らしい」

「あら!やっとハリーと婚約できるのですね!!」



 その言葉を聞いて、歩き出そうとした私は足を止めたのだ。


……やっと彼から解放されるのね。


 表情には出ないが、胸中では安堵していた。誰が自分を虐げる男に嫁ぎたいと思うだろうか。




 

 アフェクシオン王国には国民全員が知っているおとぎ話がある。

 

 数百年以上前、精霊の愛し子と呼ばれた女性がベルブルク公爵家に生まれた。彼女は成長するにつれて、自然と空を見るようになり、時には誰かに話しかけているのかと思うような姿を見せていた。


 そんな様子に周囲の人間は不思議に思ったらしい。その後両親が彼女に尋ねた事で、彼女が精霊の愛し子であることが発覚したのである。


 そんな彼女が15になった時、この世の者とも思えない程目鼻立ちの整った男性が公爵家を訪れる。

 その男性は「精霊王」と名乗った。精霊王とは全ての精霊の生みの親であり、精霊界の頂点に立つ者と言われている。


 初めは精霊王を自称する彼を訝しんだ両親だったが、精霊に呼ばれて顔を出した愛し子は彼が精霊王である事を見抜く。そこから愛し子と精霊王の交流は始まるのだ。


 愛し子と精霊王は逢瀬を重ね、いつしか恋人同士になり、最後には結婚する。その二人から誕生したのが一人娘。


 精霊王と愛し子の血を継いだ娘も精霊の愛し子として精霊に愛され、彼女の娘も精霊の愛し子となった。


 精霊王と結ばれた精霊の愛し子は、「初代愛し子」と呼ばれ、彼女がいたからこそベルブルク公爵家から代々愛し子が誕生することになったそうだ。

 

 初代愛し子が誕生してから、王国では災害や飢饉等の被害が無くなった。それだけではなく、作物の質は向上し、鉱山からはより良質な貴金属が取れるようになり人々の生活も豊かになっていく。


 王族も含め全王国民が公爵家と精霊に感謝を捧げた。



 その後の長い歴史の中で、長女が愛し子になることを確認したベルブルク公爵家に関しては、この国で唯一女性が爵位を引き継ぐ特殊な家柄となった。


 初めての出産では必ず女児が誕生し、その女児が次代の愛し子になるからだ。そのため、代々の精霊の愛し子が公爵位を戴いている。

 

 そんな中、前愛し子であったカロリーナ――私とミラの母親だ――が、歴史上初めて双子を産んだのである。


 キャメロン(前国王)は双子が誕生して数年後、現国王ヴィクター・カーヴェルの唯一の息子であるハリソンと婚約させた。


 ハリソンと婚約させる事で、公爵家の後継である私に変な虫がつかないための婚約だった。


 時期が来ればハリソンとの婚約は白紙になり、私は公爵家の跡取りに据えられ、妹も含めてそれぞれに適切な婚約者が割り振られる予定だったのだ。



  こちらとしては喜ばしい事だ。だが、次の婚約者は宛てがわれるのだろうか。次の婚約者が決まらなければ――


 そこまで考えてふう、とため息を吐く。



「もう疲れてしまったわ。どこかでゆっくりのんびり過ごせないかしら」



 先ほどの件が思ったより後を引いているらしい。再度ため息を吐いたところで、近づいてくる2つの光。

 

 それは人型をした精霊たちだった。


 疲れている私を気にかけているのだろうか、頭に手を乗せたり、頬にくっつき始める。気づいたら側にいた、青髪と緑髪の精霊だ。


 ふと遠くを見れば、もう2体こちらを窺っている精霊がいることに気づく。その顔はとても心配そうだ。



「精霊さん、ありがとう」



 言葉が分かるのか、私がお礼を言うとにっこりと笑顔になり、私の周りを飛び回る。その姿を楽しげに見つめていた。


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― 新着の感想 ―
まず書き出しで「四阿」などという普段使いでない単語を無理やり入れている感が否めません。 ならば「お茶を楽しんでした」「嗜んでいた~」と続くべきではないかと感じました。 その先のお話を読む気がなくなりま…
2025/02/14 23:57 退会済み
管理
[一言] 精霊見えとるやないか〜い!(笑) なんで見えない事になってんだ?
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