恋するヨシキリ
ヨシキリ
オオヨシキリとコヨシキリがいるが、どちらもやかましい。
淡褐色と地味だが、見ようによっては可愛らしい。
幸田様より素敵なレビューいただきました。
ありがとうございます!
男子からのプレゼントは、仕分けが楽で助かる。総じて、全てゴミだから。
積み上げられたダンボール、かつてベッドであったパイプと板きれ。生活感をまるで失った自分の部屋は、こんなに広かっただろうかと、懐かしく思うより違和感の方が強い。とはいえ、この部屋で過ごしたのは一年のことで、大した思い出もなければ当然かもしれない。
女子からのプレゼントは……
「咲―!
もうすぐ引越し業者のトラック来るから、のんびりしないでねー?
あんたいつも、ここからが長いんだから」
母親の声で一気に興が冷めた。母様、いいじゃないか、最後ぐらいセンチメンタルになっても。
クラスメイトから貰ったプレゼントを選ぶ素振りをして、結局は全部捨てる。この一連の作業でカタルシスを感じるのが、私にとっての、この土地とのお別れの儀式でしてね。まあ、昨日の今日だから、私に発言権はないけど。
ゴミ袋へとダイブするこれらのプレゼントは、昨日のお別れ会で、みんなから手渡しで貰うはずだった。しかしながら、主役の私が会をボイコットしたため、紆余曲折を経てここにある。少し話を戻そう。
昨日の結城くんとの駆け落ちは、あっけなく幕を閉じた。所詮小学生の逃避行だ。大したことはできなかった。たまたま目の前を走り去る軽トラの荷台にGPSつきキッズ携帯を投げ込み、遠くに逃げる裏をかいて、学校の裏庭で2人きり、たっぷり、のんびり過ごした。いろんな話をした。将来のこと、これまでのこと、そして今できること。2人話疲れたころ、給食を逃したお腹が鳴いた。なんだか愉快になって、夕方に笑顔で手を振って、結城くんとお別れした。
今日の夕飯はなんだろう、晴れやかな気持ちで家につくと、仁王立ちの母様が、鬼の形相でお出迎えしてくれましたとさ。
さんざんのお説教で聞かされたのだが、どうやら教師をはじめ、警官にまでご迷惑をおかけしたそうな。中でも、携帯を投げ込まれた軽トラの持ち主である農家のおじさんは、任意だが事情聴取までされてとんだ災難だったらしい。
さんざんのお説教に、各方面へのさんざんのお詫び、流石の私でも、これは夕飯ないなと悟った。日もすっかり暮れた頃に、やつれた感じの担任が家に来て、紙袋に入ったクラスメイトからのプレゼントを届けてくれた。
「なんにせよ、無事でよかったですよ」
そう笑う彼の目は、ちっとも笑っていなかった。そして今に至ると。
はいはい、もういいですよー。
せっかく担任が届けてくれた物だけど、仕分けも面倒になり、プレゼントを集めた袋ごとゴミ袋に捨てようかと考えたが、ふと思い立ち、紙袋を無造作にひっくり返して、中身をフローリングにぶちまける。
愛情のこもったガラクタを乱暴に掻きわけ、目当ての一品を探した。
あったのは一通の手紙。オーソドックスな白色の封筒で、右端に可愛らしく四つ葉のクローバーが描かれている。控えめで清楚感のある便箋と封筒を選ぶあたりが、なんとも彼らしい。高鳴る胸の鼓動を感じつつ、封を開けた手紙へと目を落とす。
『夏目 咲 さまへ
土曜日にカワセミを見にいったこと、夏目さんはきっと後悔されている事でしょう。』
ああ、そうか。
この手紙を書いたのは、逃避行より前なんだ。確かに昨日の一件がなければ、行くべきでは無かったと思っていたな。
『不意に手を取っておきながら、怖気づいた僕の事を、さぞかし弱虫と呆れられていることでしょう。』
呆れてはいないよ。ちょっと残念だっただけ。
そんな無茶には、少し憧れてたから。
『夏目さんの言う通り、僕は弱虫です。
愛想良く笑うだけの、臆病ものです。
でも、強くなろうと思います。
だから、もう少しだけ待っていてください。
綺麗に纏めて、僕を思い出の中に仕舞いこまないでください。
夏目さんにとっての終わりの1週間は、僕にとっては始まりの1週間でした。
夏目さんに罵倒され、傷つけられ、驚かされて、振り回されて、ハラハラドキドキの1週間でした。
笑うなと言われました。
嫌なことはしっかり主張しろと怒られました。
猫の死体を埋めました。
自転車の2人乗りをさせられました。
デートでほったらかしにされました。
双眼鏡の使い方、筋がいいとほめてくれました。
おじさんにからかわれたのを、フォローしてくれました。
手を掴みました。
弱虫と言われました。
手を振り払われました。
「またね」と嘘をつかれました。
書いていて少し腹が立つぐらい、思えば夏目さんのペースに巻き込まれてばかりでしたね。
だから今度は、お返しです。僕があなたを振りまわす事にします。
必ず会いに行きます。約束します。
海外に行く訳じゃないのでしょ?
その気になれば、どこにいたって、いつだって会いに行けますよ。空飛んででも会いに行きます。
まずはメールでも手紙でも電話でもいい。便りを僕にください。
新しい学校の話が聞きたいです。鳥の話を教えてください。
皇帝ペンギンの話だって聞けず終いでしたね。
貴方の事を、もっと知りたいのです。
どうか、僕は思い出にしないで。
同じ朝日に目をこすり、同じ月を見ています。
遠く離れていても、貴方と同じ時を生きています。
優しくても綺麗でも、嘘は嘘でしかありません。
「またね」と言った夏目さんの言葉は、必ず本物にして見せます。
また会いましょう。夏目様。
結城はるきは、あなたの勇者になりたいです。」
まったく、くさいから70点。ちゃっかり名前アピールしてるところは高得点っと。手紙を読み終え、独り言を言いながらそのまま仰向けに寝そべる。
ああ、零れる、これだけじゃだめだ。軽く足を開き、両腕を耳の横につけて、「ハッ」と気合を入れつつブリッヂをする。
「咲―、だから急いでって……。
なーにやってんの?あんたは」
段ボールの積み重ねられた、殺伐とした部屋で1人ブリッヂをする私に、母親が心底馬鹿を見る目で「親の顔が見てみたい」と吐き捨てる。そのセリフ気に入ったんだね、母さん。
「ねー、母さん。
携帯が欲しい。できればスマホ」
「はあ?小学生で?
あ!結城君か!結城君だろ!!色気づきおって!」
「あーはいはい、そうだよ。
言っておくけど、あんたの娘、万年ボッチだからね。友達ゼロ。
伊達に通信簿に「咲さんはもう少し社交性を身につけましょう」なんて毎回書かれてる訳じゃないから。
このままじゃ、将来碌な事にならないよ?
初めてできた友達なんだからさ、応援してよ」
「はー。あんたなんちゅう脅し方するの。
前々から話はあったんだけどさ。
あんた、中学からおじいちゃんの家に行きなさい。
もうついて来なくていいよ。
生活能力ゼロのお父さんじゃ、単身赴任にはできないからさ」
「え、そんな急に言われても」
「中学からだよ。準備しておいて」
「そんな勝手に!」
慌てて上体を起こし、部屋から出ていこうとする母親と目を合わす。まっすぐに向けられる、芯の通った力強い目を見た瞬間、諦めた。多分もう、私では覆せない。あれは子供にどうこう言わせない、大人の瞳だ。子供の都合なんてお構いなしなんだから、嫌になる。
「それと携帯、いいよ。お父さんには、私から話通してあげる」
いきなりの事で頭がついていかない。
中学から祖父の家?もう引っ越し無し?
そんな、土地に根を生やす方法なんて、私しらないんだけど・・。
両親と離れることもそうだが、もうリセットできないことに、得体のしれない恐怖を感じる。
「咲―!
トラック来たよ!」
「あ、はーい!」
まあいい。あと1年以上もある。
とりあえず今は、今できる事から。
次々と荷物を運び出していく、力強い引っ越し業者のお兄さんの邪魔をしないよう、部屋の隅で宝石箱を開く。
取り出したのは、熊のぬいぐるみ'だった'『ベティ』の右眼。
お役御免だよ。
これからはもっとキラキラした思い出を仕舞うから、君はもう解放してあげる。
同時に用意しておいた便箋1枚に、でかでかと一文を殴り書きした。
『ごめんなさい』
全面的に悪いとは思っていない。自分勝手に利用したのはあっちだし。でも、あの時の私は、掛け替えのないものなんて、まるで分かって無かったから。大切な物を踏みにじられた悔しさは、今なら少しは理解できるから。
この部屋、こんなに広かったっけ?
宝石箱と私以外のすべての荷物を運び出され、何一つ無くなった部屋で大の字に寝転がり、ベティの右眼を眺める。
たかがぬいぐるみの目玉1つ。きっと代用品を買って、すぐに手直ししているだろう。
昨日まではそう思っていた。
多分彼女はしてない。今日はそう思う。これからはそう思う。
彼女にとって、ベティの右眼に代用品は無いんだ。痛々しく眼帯をつけたベティを想像し、チクリと胸が痛んだ。
「さよなら、ベティ。ありがとうね」
胸の痛みを紛らわすように、ベティの右眼を太陽にかざす。
半透明のプラスチックでできた、茶色く輝く大切なベティの右眼、光を吸収し、まるで本物の宝石のように眩しく輝く。
とてもとても綺麗だ。
「あのねベティ、私ね、好きな人ができたんだ」