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空回りするゴイサギ

ゴイサギ

天皇より正五位の位を与えられた、格式高い鳥。

繁殖期のオスは飾り羽根があり、立派な羽根であるほどモテる。

 高級住宅街の地名にも使われるその湖は、もともとは渡り鳥が中継地として利用する美しい水辺であった。しかし、長期的な展望に欠けた都市開発が加速するにつれ、生活排水の流入による水質悪化や護岸工事によるコンクリート化の影響を受けて、湖は急速に汚染されていき、ついには鳥の生息できる環境では無くなってしまった。

 事態を重く見た行政はようやく重い腰を上げ、湖の浄化運動に力を注いだ。それから十数年目の今にして、ようやくそれらの努力が実を結び、多くの渡り鳥が確認される観測地へと返り咲くと共に、市民の憩いの場として親しまれる公園ともなった。と、公園に設置された看板に書いてある。


 その湖の一角、人工的に作られた鳥用の中州に、カワセミの生息地があった。知る人ぞ知る、鳥見絶好のポイントらしい。

 早朝にもかかわらず、三脚を立てて、単眼鏡あるいはバズーカのような物々しいレンズを装着した一眼レフカメラをポイントに向けて構える、鳥見の一団がすでに陣取っていた。

 大抵は定年を迎えたばかりであろう、小金を持った初老のおじさんたちで、若い私たち二人を異物のように警戒し、ジロジロと目線を送ってくる。


「カワセミですか?」


 こちらも鳥に興味がある事をアピールするため、先に声を掛けてみた。

 こんなガキどもが鳥を見に来たとは思っていなかったのだろう。少し動揺しながら返答するおじさんたち。しかしながら、元来人は趣味嗜好については饒舌である。ましてや、孫世代の子供相手ならなおさらで、少しおべっかを交えれば、ころっと気を許す。

 そんな鳥おじさんたちとは対照的に、結城君が動揺した面持ちで、こちらを覗き込むのはどういうことだろう。人懐っこく私が話しかけるのが、そんなに意外か?


「カワセミなら、今絶好のタイミングだよ。良ければ単眼覗く?」


「え?いいんですか!観たいです」


 やっぱり単眼鏡はすごい。一見天体望遠鏡の様な姿の単眼は、倍率から光沢まで、双眼鏡とは段違いだ。カワセミの美しい色彩を、高倍率で追う事が出来る。一台30万円也、趣味の年齢層が高くなる訳だ。間違えて壊したら大変。


「結城君も観なよ!

 すごいきれい!!」


 手招きするも、なぜかいいと断られた。

 なんだよ、ノリ悪いな。面倒なので、私の双眼鏡を貸してほっておくことにする。一台一万五千円、私にとっては高級品なんだから壊さないでね?


「ちょっと前までゴイサギもいてね。写真撮ったけど見る?」


「見ます!うわあ、これもいい一眼レフ使ってますね。

あれ?繁殖期前なのに、飾り羽が無い」


「取れちゃったみたいだね。若鳥にはたまにいるよ」


「そんな……。飾り羽なしで、この子は恋の季節に何をして過ごせばいいでしょうか」


「たっぷり栄養を取って、来年に備えるしかないね」


 鳥見ジョークに花を咲かせ、笑い声を上げる私とおじさんたち。結城君は会話の中に入ってこず、渡した双眼鏡でじっと何かを見てる。

 流石にほったらかしは悪い気がして、話しかけてみる事にする。


「ねー、何覗いてるの?そっち何かいる?」


「いや、カワセミを追ってるつもりなんだけど」


「ずれてるよ。双眼鏡の使い方にはコツがあってね、まず……」


 結城君の後ろに回り込み、彼が構える双眼鏡に手を重ねる。

まずは裸眼で風景を覚え、見たいポイントの下方から、木の幹に沿って双眼鏡を動かしていく。動かない景色を基準に追うのがコツなのだ。


「そう、ゆっくり手元を動かして。鳥を見つけたら鳥にピントを合わせて」


 意外にも飲み込みが早い。教え甲斐があると気分を良くしていたところ、「なんだ、にーちゃん。彼女にレクチャーしてもらってんのか?合法的にくっついてもらって良かったな!」と、1人のおじさんが揶揄したせいで、結城くんはへそを曲げて双眼鏡を外してしまった。頼むからこれ以上結城君の機嫌を損ねる発言はしないでほしい。


「結城君、ちょっと散歩しようか」


「あの鳥は?」


 気分をかえよう誘う私に、結城君が近場の木を指さして訊ねる。裸眼でも十分に見える数歩先の木の枝先に、1羽の小鳥が留まっていた。


「ああ、ヨシキリだね」


「派手さはないけど、きれい。なんだか夏目さんに似てる」


 先ほど、結城君をからかったおじさんが聞く耳を立てており、これまた盛大に笑いだした。


「にーちゃん、ヨシキリみたいって女性に言うのは褒めてないよ。

 聞いてみなよ、あの鳴き声。

 それじゃ、ぺちゃくちゃやかましい女って言ってるみたいだ」


「私は好きですよ。

 赤い口が可愛いよね。恐れ多いけど、とてもうれしいよ。

 ありがとう、結城君」


 少し大げさに喜び、結城君の手を引き、湖の散策を勧める。

 おじさんたちにお礼を言い、その場を後にすることとした。少し歩いたところで、終始感じの良かったおじさん1人が、後ろから追いかけてきた。


「やあ、さっきはすまない。

 悪い奴ではないんだが、あいつは口が悪くてね。若い君たちに大人気なく嫉妬したんだろう。

 後で叱っておくから、またいつでもおいで。

 今度は自慢の写真を用意しておくよ」


「ええ、是非に。

 楽しみにしています」


 おじさんに別れを告げ、湖岸の散歩コースを2人歩く。

 いつもと立場が逆転したように、となりにはムスッと顔をしかめたままの結城君。


「ねえ、そろそろ機嫌直してよ。

 ほったらかしにしたのは、謝るから」


「ああ言うの、嫌いだ」


「はあ?他の人と話すなって?独占欲強いね―。

 一回のデートで彼氏気取りですか―?」


「そうじゃない!

 そっちじゃなくて。

 もう2度と来ない癖に、必ず行くみたいなこと言うなよ!」


 なんだ、そっちか。

 そんなつまんないことか。


「『是非また来ます』そう言った方が、終わり方が綺麗でしょ?

 社交辞令だよ。

 あのおじさんも私も、いい思い出だけが残る。

 うん、あれが正解だよ」


「夏目さんは、終わり方ばかり気にするね。

僕のことも、もう過去なの?」


「しっ!!

 ちょっと静かにして!」


 湖岸に偶然、なかなかにレアな鳥を見つける。

 特徴的な青灰色の羽が非常に美しい、憧れの鳥。


「ササゴイが見られるなんて。

 ありがとう、結城君」


「え。なんで僕?」


「鳥見は運だからね。

 初めて見た。結城君の運のおかげだよ」


 照れ笑いながらも、やっと笑顔を見せてくれる結城君。やっぱり、結城君は笑顔のほうが似合う。

 やっと和やかな雰囲気に成ったと言うのに、無情にも終わりを告げるベルが鳴る。

 武骨な機械音の主は、一人っ子必須のキッズ携帯、見るまでも無く、母親からの電話であった。


「あんたさあ、デートの書き置きなら父さんにバレないところに残してくれる?

朝から迎えに行くって、止めるの大変だったんだから。

もうずっとGPSと睨めっこ」


 しまった。いつも居ないくせに、今朝は父さんいたんだ。普段ほったらかしのくせに、束縛はするんだよな。


「はー、こっち迎えに来るって。今から親戚の家行く予定でね。

 残念、ここでお別れだね」


 楽しかったよ、来てよかった。

 良い思い出をありがとう。

 綺麗に纏めて終わらせようとする私を阻止するように、結城君が手を掴んできた。


「何?離してくれないかな。痛いんだけど」


「だから綺麗に纏めて、勝手に終わらせないで欲しい」


 そんなこと言われても……。

 あのね、結城君。これ以上は思い出を濁らせるだけだよ?

 ここで笑顔で別れるのが、『またね』って別れるのが、一番キレイなお仕舞いだよ?

 これ以上は、良くない。


「じゃあ、このまま手を引いて、一緒に逃げてくれる?

 携帯はゴミ箱に捨てて、どこまでも遠くへ、2人で駆け落ちしちゃおうか?」


 手が、少し緩むのを感じた。

 馬鹿だな。生真面目なのが災いしたね。

 明日の事とか、他人の迷惑とか、そんなこと何も考えなくていいのに。やるならとことん、刹那的に、感じるままに、我がままに手を引いてくれればいいのに。

 そうしたら、私も、何も考えずになあ。


「弱虫だね、勇者さま」


 ピクンと手を震わせ、結城君の動揺が伝わってきた。

 一瞬の隙をついて、腕を振り払い、そのまま距離をとった。


「それじゃあ、‘またね’。結城君」


 少しは鏡の前で笑顔の練習をするのもいいかと、初めて思った。

 自分で思うよりも、取り繕った笑顔はずっとずっと酷いものだったろう。

 結城君の表情を見れば、それが答えだ。


 やはり昨日で終わらせるのが、思い出として一番美しかった。

 分かってたくせに、我ながら馬鹿だと思う。

 宝石箱の中に眠らせるような、キラキラした原石となるはずの初デートは、未熟な二人に相応しい、ほろ苦い終わりで幕を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゆ……ゆうきくん……。 あぁ〜〜〜〜。あぁ〜〜〜〜〜〜。 ここまできて……。あとちょっとの勇気があれば。
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