寝不足なカラス
カラス
知能が高く、7つまでは数えることが可能。
人間圏に生息し、人間を利用して最も繁栄した鳥類。
その日は朝から夜だった。
バカボンのパパよろしく、土曜をすっ飛ばして日曜まで寝ていたのかと焦ったが、どうやら真相は全くの逆で、自分でもびっくりするぐらい早くに目が覚めただけらしい。
確かに昨日は早めに就寝したが、1日の出来事を思い出しては、恥ずかしいやらこそばゆいやら、ベッドの中で1人悶々として、なかなか寝付けなかったはずなのに。やっと寝付けたかと思えば、ものの数時間でお目々ぱっちりですか。
我ながら、なんていじらしい事でしょう。
昨日の私は、らしくなかった。もうすぐお別れというセンチメンタルな場の雰囲気に酔っていたのだろう。そうでなければ、チンパンジーにも劣る男子どもよりは少しだけマシとはいえ、カワセミが鳥好きの私の琴線に触れたとはいえ、笑ったような困り顔も、濁りのない満面の笑みも、今では毛嫌いするほどではなくなり、あれはあれで可愛いものかなと思う心境の変化こそ私の中であったとはいえ、それでも結城くんごときの誘いに乗るはずがないのだ。転校イベントに浮かれるクラスメイトを散々バカにしておきながらこの体たらく、実にゆゆしき事態だ。
幸いにも、人は反省し、改善する事が出来る生きもの。こんなかっこ悪い自分は、直ちに修正しなけらばならない。K-POPに黄色い声援を送る烏合どもとは、わたしは違うのだ。昨日の悪手は今日正そう。まず第一は、猫だ。
未だ両親が寝静まる中、焼いたトーストを牛乳で押し込み、身だしなみもそこそこに、忍び足で玄関を後にした。いつもより歯磨きが念入りだったり、前髪がきまらないとボヤきながらブラシをあてたり、普段しないヘアアクセサリーをつけてはアホかと床に叩きつけたり、などと言うことは決してしていない。決してだ。
なお、両親を心配させるわけにはいかないので、冷蔵庫に、母親宛の置き手紙を残してきた。
『ちょっと駆け落ちします。探さないでください』
毎回毎回子供に迷惑かけているのだ。たまには我が子に振り回され、翻弄すればいい。まあ、キッズ携帯はカバンに詰めたから、急用なら電話してくるだろう。GPSで追ってきたら笑える。
結城君との待ち合わせより、30分も前に公園へとついた。念のためまだ来てないことを確認すると、そのまま公園を素通りし、猫を埋めた街路樹に向かった。手にもつは、昨日は持っていなかった人類の英知、小型のスコップ。
昨日、結城君と2人で必死に埋めた猫の死体を、今度は文明の利器を駆使して軽々と掘り起こす。
うん、やっぱり浅かった。少し掘り起こすだけで、腐敗臭が鼻腔を貫く。これでは、いつ野良犬が掘り起こしても不思議じゃない。
それはそれで生命のサイクルの一環なのかもしれないけど、関わった以上、やっぱりこの子には犬やカラスの餌になるより、街路樹の養分に成って欲しい。
昨日のフルーティな甘い香りから一変し、強烈な腐敗臭が意識を奪いにくる。それでもなるべく、表情は変えないようにした。なんだか猫に失礼な気がしたから、それは私の礼儀作法のようなものかもしれない。
「なにやってんの?」
片足立ちで自転車に跨り、怪訝そうにこちらに話しかけてくる人物がいた、結城君だ。
「半分食べる?」
「そう言う冗談やめて、まじやめて」
しまった。人生初デートの始めの挨拶を忘れてしまった。昨日の反省と言いながら、始めから間違えた。
「猫の死体掘り起こす現場を目撃された事より、おはようを忘れた事を気にするんだね。いかにも夏目さんらしいよ。おはよう」
「おはよう。ずいぶん早かったね。
ちょっと待ってて、すぐ埋め直すから」
死体の横に、さらに30cmほど深く穴を掘り起こし、転がすようにご遺体を穴に沈める。経験上、30cm以上掘れば、そうそう腐敗臭が漂うことはない。きっと人だって、30cm埋めればバレないんじゃないかな。そんな体験は一生縁がないことを祈る。
雑念が災いしてか、体から離れ置き去りにされた目玉にスコップの先がぶつかり、プチトマトのように、グジュっと汁を出して潰れた。
さすがの私でもこの光景はスプラッタ過ぎて、ゾワゾワっと一瞬で背筋に悪寒が走ったが、幸いにも結城君は気がついてないようなので、見なかった事にして土をかぶせ穴を埋める。
スコップは、ここに置いていこう。ビニールに包んでカバンに戻すつもりだったけど、ちょっと無理。帰りに回収すればいいや。誰も取らないよ、うん。
「養分を吸って、綺麗に咲いてくれるといいね」
「けやきだけどね、この木」
……知ってるよ、見ようによっては、けやきの花だって綺麗に……。
ちょっとデートに浮かれただけじゃん。寝不足でハイテンションなんだよ。察しろよ、やな奴だな。
「ところで夏目さん、かなり大荷物だけど、何持ってきたの?
普段スカートなのに、今日はジーンズなんだね……。
キャップ被ってるし」
「乗り気じゃないと思った?安心していいよ、結城君。
中途半端は嫌い。やるからには本気でデートを楽しみましょう。
ジーパンは鳥見の基本だよ。逆光対策として帽子もバッチリ。
リュックの中は、猫の腐敗臭対策の消臭剤、今使っとかなきゃね。
あと、虫よけスプレー、タオル、双眼鏡、それに日用品ね、抜かりない」
何故だろう。片手で頭を抱える結城君。何か忘れものしてる?
「じゃあ、とりあえず公園戻ろうか」
「え?なんで?そっち方向なの?」
「え?公園に夏目さんの自転車が止めてあるんじゃないの?」
「え?私そもそも自転車なんて持ってないよ?」
「え?……ええ?」
なんだ、近場と言いながら、歩ける距離では無いのか。
なら、仕方がない。これは不可抗力だ。
「はい!しゅっぱーつ!!」
自転車の後ろに立ち乗りをして、結城君の両肩に手を添える。
戸惑いながらも、渋々自転車をこぎ出す結城君。
「2人乗りはダメなのに……。道路交通法違反なのに。
怒られないだろうか」
「見つかればね―、大丈夫、土曜の早朝なんて人いないって―」
「なんか夏目さん、今日テンション高くない?」
「あ、わかる?
人生初デートだもん、舞いあがっちゃって!あと寝不足」
「ウソだ!絶対鳥見たいだけだ!!
朝からグロ見せるし、まったく無茶苦茶だよ」
なんだ、うまくごまかせたと思ったのに、ばれてたのか。
あれはいくら私でも、申し訳なく思うよ、うん。
「うん、流石の私も腐った目玉は、正直ビビった。スコップを通して伝わる感覚が、プチトマトそのもので……」
「め、目玉?!」
動揺し不意にハンドルを切ったため、大きくバランスを崩し蛇行する。
必死にしがみついて、なんとか落ちずに済んだ。
「ちょっと!怖いんですけど?
鳥見る前に死にたくないんですけど?」
「やっぱり鳥見たいだけじゃん!
腐った目玉とか言うのが悪いだろ!」
なんだ、やっぱり見えてなかったのか。じゃあグロ見て無いじゃん。軟弱な奴め。
「そ、それより、もう大丈夫だからしがみ付かないで。
その、あたってる……」
「へ?なにが?」
「だから、背中に、柔らかいものが」
柔らかいもの?
一応嗜みとしてスポブラはつけているものの、柔らかい膨らみなど、未だお目に掛ったことございませんが?本人が言うんだから間違いありません。
「んな訳あるか」
「そんなこと僕に言われても」
しがみついた腕をほどき、バランスをとりながら垂直に立つ。
なんだかムードの無い奴だが、まあいい、デートは始まったばかりだ。あーはやくカワセミ見たい。
「楽しいね、結城君!」
からかうつもりで無邪気に声をかけたところ、またもやハンドルを取られ蛇行し始める。
なんだ?やっぱり、しがみ付いてほしいのか?
やるじゃないか。策士だね、結城君。