デートするカワセミ
カワセミ
鮮やかな水色の羽根と長いくちばしを持つ、水辺のアイドル。
生息地には、バズーカのようなレンズのついたカメラを抱えたファンが待ち構えている。
「昨日はごめん」
さらに翌日となった金曜日の放課後、図書室にて件の課題を進める。
机を隔てて前方に座る結城君が、始めから何かいいたそうだったが、途中意を決して謝罪してきた。
「何が?」
わざと素っ気なく突き放した。どうも困らせたくなるな、こいつは。彼の困り顔を母は可愛いと言ったが、私はイラつくだけで、そうは思わないのだけど。それでも、気を抜くと意地悪したくなるのは何故だろう。自分で思う以上に、わたしにはサドッけがあるのかもしれない。気をつけよう。
謝罪が足りないと感じたのか、席から立ち上がり、深々と頭を下げる彼。
「本当にごめん。本来は僕が止めさせるべき事だった」
「うん。もういいよ。今日は笑ってないし、真剣に謝るのなら、許してあげる」
許しの言葉を投げかけても、なお頭を下げ続ける結城君。これはこれで、周りの眼が恥ずかしい。まるで私が困らせているようだ。まあ、そうなんだけど。
「だからもういいって。座ってよ」
「いや、もう……ほんと。
夏目さんには、女の子なのに顔に怪我までさせちゃって」
「え?ああ、これ?」
左頬に張り付けておいた大型の絆創膏を乱暴に剥がし、傷どころか、青痣すらない無傷の頬を彼に見せた。
「アピールよ、アピール。
H君だけ傷だらけだと、一方的に私が悪い見たいでしょ?だからケガのフリだけでもしていきなさいってお母さんが。
傷めたのは、殴り慣れて無い右こぶしのみだよ。鼻なんか殴っちゃだめだね。折れたかと思った」
「そ、そう。ならよかった」
「うん、私は強いので、ご心配なく」
ほっと胸をなでおろしながらそっと着席し、それ以上はしゃべらず黙々と作業をこなす彼。今日こそは課題を終わらせるよう、協力してくれるようだ。少し平仮名が丸文字だけど、丁寧で繊細な彼の字が、少しずつ真っ白な用紙を埋めていく。彼よりは絵心を持つ私が、空けた端のスペースに地図を描き、色鉛筆でカラフルに色付けしていく。
2人で作製する、新聞形式の東ティモール情報紙。うん、なかなかの出来栄えだ。終わりが近づくと、少しだけ名残惜しくなる私は、きっと強欲なのだろう。
「ふう、終わったね。お疲れ様。
これでやっと変な女から解放されるね、結城君」
「そんなこと!
そんなこと、ないよ。
結構楽しかった」
「ウソだー」
「ウソじゃないって!僕は」
声を荒げた彼に対し、やはり今日も静かにしろと、周りから注意を受ける。
小さく頭を下げ謝罪する一連の作業が、ここ数日で何度目の光景かと思うと、少し口元が緩む。
「夏目さん、学校来るのいつまでだっけ?」
「月曜までだよ。今日金曜だから、あと一日」
「そっか。とても寂しいよ」
おいおい、なに言いだすんだ。直球の台詞は、不意を突かれると、心のフィルターが間に合わず、直接心をえぐる。
普段ヘタレな癖に、こういう言葉に頓着は無いのだろうか。
「あ、ありがとう。まあ、ウソでもうれしいよ」
「ウソじゃない!」と言った台詞が返ってくるのを期待し、今度こそ身構える。そう何度も何度も食らってやるものか。
しかし、返ってきた言葉は予想に反して、いや、予想を斜め上行くものだった。
「土日、どっちか会えないかな?」
ちょっと待て。雰囲気に流されすぎだ、こいつは。慌てて奥の頬を噛み、平然を必死に保つ。
「あの、それデートの誘いっぽいよ?
気をつけてね」
「カワセミのスポット教えてもらったんだ。
鳥が好きな夏目さんなら、見たいかなと思って」
まず、デートの誘いを否定しろ。
カワセミの見れるスポット、琴線に触れるが、でもだめだ。そもそも、彼がどうこう言う以前に、時間が無い。
「引っ越し前だから。土日は忙しくて無理だな」
「そう。困らせてごめん」
小さくため息をつき、シュンと肩を落とす結城君。いや、そんな可愛らしい仕草されても困る。
「さっきから謝ってばかりだね。
やっとヘラヘラした笑顔が無くなったと思ったら」
「あ、ごめ……」
「ほら、また」
慌てて言葉を飲み込む彼と、口元を緩める私。うん、私も十分変だ。さっきから頬が熱い。風に揺れるカーテンの隙間から降り注ぐ、春の太陽に当てられすぎたせいかもしれない。
「さて、帰ろうか」
彼の返事を待たずに席を立ち、図書室を後にする。
アンパンチと結城君からのデートのお誘い。
この地での思い出は、これで十分だ。私にしては合格点。
「ところで、どこまで着いてくるの?」
校門を出て別れの挨拶をしたはずなのに、家路へ向かう私に対して、隣をキープするようにいつまでも結城君が歩調を合わせる。
「途中まで、一緒に帰ろう」
「まあ、別にいけど」
ここからは蛇足じゃないかな。
あの場で別れた方が、思い出としては美しかったのだけど。特に会話もないまま、なるべく正面だけを見て歩く。
聞こえるのはスズメのさえずり程度。さすがに真似する気にもなれない。気まずい空気のなか、さて、どうしたものか。
「あ、猫の死体」
「え?なに??」
不意に発した私の言葉に結城君が過剰に反応するが、残念ながら結城君のために発した言葉では無い。
前方の車道に横たわる、まだ新しい猫の死体を見つけたのだ。
強く車に轢かれたのだろう。体中血だらけで、頭は半分潰れている。左の目玉は飛び出ており、だらりと垂れた神経線一本で、かろうじて頭部と繋がっている。
頭部に残った無傷の右眼が、恨めしそうにこちらを見つめていた。まあ、人間代表で謝ってやらんこともないよ。運がなかったね。
ガードレールを跨またいで、車道に出ることにする。
「ちょ、ちょっと夏目さん!何してんの?!」
何って、ちょっと歩道側までどかしてあげるだけだ。
このまま何度も轢かれたら可哀そうじゃないか。
はいはい、手伝ってなんて言わないから、ぼっちゃまはそこで見ててくれれば……。
「車見てて。僕が連れてくるから」
「え」
ちょっと驚いた。
周りを注意しながら、素早く車道に出た彼は、迷うことなく猫の死体を両手で支えて、歩道へと戻ってきた。
「街路樹の下に埋めてあげよう」
スコップ1つも持たない私たちは、手で木の根元を掘り起こし、なんとか猫を埋める。
錆びた鉄のような血の匂いと、どこかフルーツに似た新鮮な臓物の匂いが、埋めた土の匂いで覆い隠されていく。
命の痕跡が消えていくように、土を被せるたびに、薄く遠のく。
「汚れちゃったね。
手、洗いに行こうか」
そのまま近くの公園へと移動し、念入りに手を洗った。
丁寧に指先の泥を落とす彼の仕草が、少しだけ大人に見えた。
「はい、ハンカチ。どうせ持ってないでしょ?」
「え?僕持ってるよ?ほら」
差し出したハンカチを受け取らず、自分のハンカチを使う彼。可愛げのない奴だ。
「ところで、私の家すぐそこなんだけど、結城君の家いったいどこなの?」
「葵町」
「最初から逆方向じゃん!!まったく」
おかしなテンションになっていた私たちは、お腹を抱えて笑いあった。こんな風に笑うの、初めてかもしれない。思い出としては十分、十分だ。このまま綺麗に終わろう。そうすれば、きっと、キラキラした素敵な思い出になる。これ以上は欲張っちゃいけない。分かってるんだけどな。
「明日、朝ならいいよ」
「カワセミのこと?いいの?」
「まあ、少しぐらいは」
「じゃあ明日の朝この公園で!
場所はここからそう遠くないから」
「うん、少しだけだからね」
満面の笑みで大きく手を振りながら、もと来た道を戻る結城君。約束を若干後悔しながら、小さく手を振り応える。
らしく無い、何考えてるんだか。
春の木漏れ日に、長時間当てられたせいかもしれない。うん、きっとそうだ。一人になってからの帰り道は、不可解な自分の行動について、言い訳ばかり考えていた。