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浮気するオシドリ

オシドリ

カモ科の鳥類。鮮やかな飾り羽根を持つのはオスだけ。

実は毎年パートナーを変える浮気者。

 精一杯好意的に言葉を選ぶなら、彼は生真面目なのだろう。

 休み時間や途中途中に書いてしまえばいいものを、わざわざ全てのカリキュラムが終わった放課後を待って、ようやく彼は日誌を綴りだした。

 日を()るすものとしては、本来はそうあるべきなのかもしれない。世の中、一寸先は闇なのだ。下校数分前になって大地震が起きないとも限らない。そうすれば、それまでトップニュース候補であった『給食のシチュー最後数人行き渡らない事件』など、一行にも値しないボツ記事になるのだから。まあ、大地震が起きたら日誌どころではないか。

 しかしだ。図書室で1人待たされる者の気持ちも考えて欲しい。全く、こんなにもこの私を待たせる男など、彼が初めてではないだろか。まあ、男を待つシチュエーションも無かったんだけどね。

 とわいえ、図書室が放課後解放させているのは、あと一時間だけ。これじゃ、課題はいつまで経っても終わりゃしない。


「遅くなってごめん!なるべく早く終わらせたんだけど……」


 息を切らしながら、窓際の席に腰かける私に謝罪する彼。やや声が大きかったため、周りから怪訝な目を向けられる。


「図書室で大きな声で話しかけないで、はずかしい」


 私の発言でようやく周りの眼に気がついた彼が、「ごめん」と小さく囁き、机を隔てた対面の席へと腰かけた。まだ息が整っていないことから、全力で走ってきたのは本当なんだろう。私のように入り口手前で走ったふりをしただけなら、こうはならない。付け焼き刃な演技は、こう言うところでボロが出るのか。なるほど勉強になった。


「さて、それじゃあ始めようか。

 もう夏目さんは調べもの始めて……、くれている訳じゃなさそうだね」


 私が手にしている野鳥の本へと視線を落とし、ヘラヘラと笑う彼。


「ちゃんと資料は集めてるよ。

 これ以上は1人で進めないほうがいいと思ったから、あんたを待ってたの。

 決してサボってた訳じゃないの」


「いや、サボってるなんて思ってないよ!

 ただ待っていてくれて、よかったと思って」


「シー!」


 周りから口に指を当てて注意された。小さく頭を下げて謝罪する彼は、本当にかっこ悪い。


「ご、ごめん。僕のせいで」


「謝ってるのにヘラヘラ笑わないでくれる?

 不愉快だから」


 私の発言に、結城君は流石に笑顔を凍らせ絶句した。


「夏目さんは、本当に辛辣だね。後少しでお別れなんだから、仲良くしようよ」


 小学生の男子の知能など、旧世界サルにも劣ると思っていたから、結城君の口からでた『辛辣』と言う言葉は新鮮だった。もしかしたら、結城くんは新世界サル程度の知能はあるのかも。今日、私は初めて彼を見直した気がする。なのに余計困らせたくなるのは、意地が悪いだろうか。きっとチンパンジーの知能テストがしたくなる、研究者と似たような心境なのかもしれない。

 

「うわ、でたよ。『あと少しでお別れ』。終わりよければってやつ?最後も何も、元々仲良くもなんともないなら、関係なくない?」


「そんな、せっかくクラスメイトになれたんだし、きっと縁があるんだよ」


「同じ地域の同じ年を集めただけの集団にどんな良縁が?

あんたはたまたま乗り合わせたバスの乗客に、いちいち運命を感じるの?」


「それは極論と言うか、ちょっと違うような……。じゃあ今から仲良くなると言うのは?」


「ないない。考えてもみなよ。今から消える人間と親睦を深めて何のメリットがある?」


「交友関係にメリットって、あんまり考えてないな。

 そう言う考えは、寂しいと思う」


「考えてるよ。無意識でもね。

誰と交友を持つべきか。逆に誰と距離をおくべきか。

そうやって人との距離感を掴むことが、傷付かずうまくやっていく処世術だよ。

その証拠に、私の下の名前なんか知らないでしょ?

数ヶ月後にはいなくなるの確定のクラスメイトなんて、無意識に距離をおくのが当然だもの。

『夏目』で十分。それ以上の情報はデメリットでしかないの」


さきさん」


 ん?今名前即答された気が。聞かなかったことにしよう。


「さて、無駄話はこのくらいで、資料なんだけど……」


「咲さん。古代中国では、『咲』は笑うっていう意味だよ」


「知ってます。はいはい、私が間違えました。ごめんなさい」


「咲さん」


「しつこいな!謝ったでしょ!」


 周りから今度は私がうるさいと怒られた。不貞腐れて下を見るも、それじゃあなんだか負けた気分なので、小さく深呼吸して、なんとか持ち直した。しかし彼の口撃は止まらない。


「僕の名前は知ってる?咲さん」


「結城……秀康」


「殿様かな?」


「アスナ」


「剣士かな?」


「友奈」


「勇者かな?」


「よく分かったね。私の勇者さま!」


「力技で誤魔化したね。知らないんだね。傷つかない距離を置きたいのは、咲さんだけじゃないかな?

笑わない『咲』さん」


「ここぞとばかりに口撃してくるね。

 私も笑うよ?

 結城君が来ない間、野鳥の本を読みながら微笑んでたよ。

 仏頂面になったのは、つまらないあなたが来たからじゃない?

『勇気』のない『結城』くん。勇者にはなれないね」


 流石に笑い顔を曇らせ、むすっとした表情へと変わる彼。なんだ、できるじゃん、素敵な表情。


「もういいよ。()()()()。さっさと、始めよう」


 つまんない奴。遠回りはしたが、ようやく課題に手を出し始める。だが、空気が悪い。遅れたのは彼なのに、これじゃあ私が悪いことしたようじゃないか。

 実際そうかもしれないけど。


「オシドリってさ」


 重い空気を変えようとしたのか、野鳥好きのアンテナにキャッチされる単語で、ふいに結城君が話しかけてきた。


「オシドリって毎年パートナー変わるらしいね。

 すごい浮気性。

 どこが『おしどり夫婦』なんだか」


 ん?

 何が言いたいのだ?こいつは。

 野鳥の本を眺めて微笑んでいた私に対し、鳥を侮辱することが私への口撃になると?明後日の方向に思考が向かう奴だな。

 その口撃、残念ながら、的を射た。

 こんなにも、非常に腹が立った!


「オシドリはね、オスだけが派手な成り立ちで、メスと子どもはすごく地味なの。

 鷹といった天敵からメスと子どもを守るためで、いざ襲われた際は目立つオスが囮に成り、傷ついた振りをしてわざと逃げず、羽をバタつかせて自分へ意識を集中させる。そうすることで、メスと子どもへ危害が及ぶのを防いでるの」


「……まじ?」


「マジ。鳥類ほど努力しているオスはいないの。

 確かにカモ科の鳥は毎年パートナーを変えるけど、猛禽類やツル科の鳥は生涯の伴侶となるケースが多い。

 子育ても、積極的にオスが参加する種が多いよ。

 ツバメなんか、若い世代は他のつがいのサポートをして、自分の子でも無いのに子育て支援し、同時に子育ての基礎を学ぶ。

 人間よりよっぽど高等な社会だ。

 さらに皇帝ペンギンに至っては」


 興奮気味に語る私に対し、眼を輝かせて聞き入る彼。

 しまった、何をやってるんだ、私は。

 また笑顔に戻ってるし。喜ばせてどうする。


「話が脱線したね。課題を進めよう」


「え?皇帝ペンギンの話は?」


「ヤフーで検索すれば?」


「えー」


 愚痴をこぼす彼を無視して、野鳥の本を閉じ、代わりに課題の資料を開いた。


「夏目さんって、意外に饒舌なんだね」


 彼の追撃で、頬が真っ赤になった。思ったよりしつこいタイプのようだ。

 確かに不覚だった。今度からは気をつけよう。


「口じゃなくて手を動かしてくれないかな」


 開いた本を盾に赤面を隠す。こう言う時は、下ろした髪が役に立つ。つまらない憎まれ口を返すのがやっとの私への戒めとして、今日のところは素直に敗北を認めようと思う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やるな結城くん! がんばれっ、その調子で氷の姫のハートを融かすのだっ
[一言] 「夏目さんって、意外に饒舌なんだね」 この子、やりますね しれっと下の名前知ってるし…… うーん、これは顔も赤くなりますね
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