努力するウグイス
ウグイス
言わずと知れた、美声の鳥。ただし、「ホーホヘキョ」と美しく鳴けるのは、百戦錬磨のオスのみ。
鳴いている姿を拝むと、大きな声に似合わず、びっくりするくらい小さい。
鳥は生まれながらにして美声を放つ、なんて訳ではないのだ。親鳥の、あるいは仲間の鳴き声を真似て学習し、日々鍛錬を重ねた努力の賜物。
「ホーホケ……キュウ」
若鳥だろう。遠くで、ウグイスの不細工な鳴き声が聞こえる。
繁殖期前のこの時期、あちこちの場所で、こうした若鳥の発声練習を耳にする。
努力するオスは微笑ましい。と、私は思う。
美しいさえずりを手にしたものだけが伴侶を許され、次世代を残す権利を得る。モテる男は、ちゃんと理由があるのだ。
「結城ゆうきくん、ごめん!
今日の日誌書くの、代わって貰えないかな?
放課後急な用事できちゃって、お願い!」
クラスの女子からの媚びたお願いに、照れながら二つ返事をする彼。
馬鹿だな。急な用事って、ただの女子会だから。
「結城君は本当に優しいね!
他の男子と全然違う、初めての彼氏は結城君みたいな、いい人がいいなー」
あからさまなリップサービスで赤面し、慌てて取り繕う彼。
それ、いい人じゃなくて、都合のいい人の間違いだから。その証拠に、この前理想の彼氏は、多少強引にでも引っ張ってくれる人って言ってたぞ、そいつ。
「本当だって。クラスの女子は、みんな言ってるよ―。
結城君サイコーって。
ねぇ?夏目さん?」
おっと、こっちに振ってこられるとは思わなかった。
このクラスともあと一週間の付き合いなら、なるべく穏便に過ごしたい。適当に相槌でも打っておくか。
「うん、まあ」
「ね?ね?夏目さんもこう言っているでしょ?
これからも、みんなにやさしい結城君でいてね!
じゃあ、待たせているから行くね」
手を合わせて謝罪をアピールしながら、軽く舌を出し笑顔でこの場を立ち去ろうとする彼女。
あざとい。よくもあんなポーズが取れるものだ。きっと鏡の前で、表情と角度を研究し尽くしているに違いない。日々たゆまぬ努力を繰り返してきた成果なのだろう。私もいつかはマスターできるであろうか。秘技、脳殺ベロ出し。
小学5年生にもなると、ああいう異性を意識しだした奴が目立つようになる。
強い奴には巻かれ、弱い奴は利用する。オスが努力するのが鳥類なら、メスが努力するのが哺乳類なのだろうか。
できることなら、来世は鳥に成りたいと切に願う。
もちろん、メスのままで。発声練習はちょっとね。
「そうだ!夏目さんもこれからどう?最後なのだから、交流色々深めたいなーなんて」
「あ、私は大丈夫です。はばかりは必要ありません」
「はばか?うん?
そ、そう。それは残念」
辛うじてお断りの意思だけは伝わった様だ。
何が悲しくて必要のないトイレに、連れだって行かなきゃいけないのだ。
ガキじゃないんだから、ピーピーぐらい1人で行け。男子にはわからないだろうが、このくらいの世代になると、ポーチを持ち歩くのが気恥ずかしく、結果として女子は群れをなす。赤信号、みんなで渡ればみたいな?ボッチ体質にはいい迷惑だ。文科の偉い人、どうかお願いします。シャイな彼女たちが気恥ずかしくないよう、もう生理用品は常設してあげてください。
「はばかりって、使う人初めて見たよ」
ヘラヘラと笑いながら、件の結城君が隣の席に腰かける。
別に私に話しかけるためにその席に着いた訳じゃない。本当に隣席なのだ。
冴えない奴。
オスとして、魅力が乏しい。毒にも薬にもならない。
声変わりしてないとは言え、声はなかなか。鳥に生まれてきたらよかったのにね。ホーホヘキョウって鳴いてごらん?
「馬鹿にしただけだよ。
女の子女の子したの、嫌いなんだよね。
男に媚びるような女も、それにころっと騙される馬鹿な男も、両方嫌いなだけ」
「辛辣だね。
それって、僕の事も嫌いってことかな?」
笑い顔と言うやつか?素っ気なく嫌味を言われても、なおも笑顔を絶やさない彼。その笑い顔にもイラッとさせられる。
「あたりまえでしょ?
どうするの?社会の課題。今日放課後やるんじゃなかったの?」
社会の授業で課題が出た。
隣の席の子と2人ひと組になって、それぞれ担当の国について調べてくる。
調査した内容を新聞形式で1枚にまとめて提出する。猶予はまだまだあるのだが、私の一身上の都合により、数日以内に仕上げる必要が出来たのだ。
「ごめん。夏目さんには迷惑かけないようにするから。
後少しで転校だもんね。引っ越し準備で忙しいよね。
後は僕一人で作るから、夏目さんはもういいよ」
「そう、ありがとう。
結城君は『いい人』だね」
精いっぱいの皮肉に、煮え切らない笑顔で応える彼は、見ていてイライラする。
ここで彼に全てを押しつけては、尻尾振るあのメスと同じになる。それだけは嫌だな。私は鳥類でいたいから。
「放課後、図書室で待ってるから。
日誌書いたらさっさと来てね」
「ええ?いっしょに課題やってくれるの?
ありがとう。なるべくすぐ行くから!」
花咲くように満面の笑みを見せる彼。常に笑っている割には表情豊かな奴だ。対象的にこっちが無表情になるのはなんでだろう。なぜ私は、彼を見るとこんなにも苛立つのだろう。彼の行動なにもかも腹立たしく思えてくる。
精神衛生的によくないと、そっと席を立つことにした。
「あれ?もうすぐ休み時間終わるよ?
どこかいくの?」
「……はばかり!」
「さっき行かないって言ったんじゃ」と、彼がそう小さく返すのも待たずに教室を後にする。
「ホーホヘキョキョ……」
相変わらず不細工なさえずりが、廊下の窓の外から聞こえる。
一向にうまくならない、外の若鳥にも同情と苛立ちの入り混じった複雑な感情を覚えるが、努力の方向を間違えていないだけ、いくらかましだ。がんばれ、今シーズンは絶望的だが、来年に向けて仕上げてほしい。
っと、私は思う。