その③ 恩返しのお見舞い?
第三話を読むことにして、ありがとう。
今回も、大樹を大人らしく、狐の少女を獣らしくしました~
いつも通りストーリーがゆらゆらと流れるので、ゆっくり楽しんでください。
夜が明け、日が昇る。
月様が沈み、太陽に空を少しずつ譲るにつれて、暗闇に呑まれた白雲が明るくなり、淡いピンク色に染まっていく。
今日の最初の光はゆらゆらと浮かぶ雲をすり抜けて、地面上のあらゆるものに一日の始まりを告げる。
鳥のさえずり。
蝶々の羽ばたき。
活気に満ちあふれる植物たちを伝う霧の雫。
そして、草原に囲まれる、二十歳の青年の小さな住まい。
「あーあ...眠い~」
居心地の良いベッドの上で起き上がったばかりの石山大樹は目を瞑ったまま、長いあくびをした。
窓から射しこんだ光に目をゆっくり適応させながら、彼はベッドの上のままで体を温めるように、深呼吸し、軽いストレッチングをする。
首、肩、背中、足。
眠りで無くした体の柔軟性が戻りつつあるとともに、静寂な空間で関節がぽきぽきと響く。
「よっし、さっさと出かけの準備を整えて...行こう~か...。やっぱり、眠い」
ベッドから立ち上がり、気合を入れようとする途中で、まだ若い大樹は再び目を瞑ってあくびをこぼした。
仕方ない。
普段、植物研究への熱心で夜更かしがちの生活に、昨日の夜の出来事を加えれば、健康的な大樹だとしても、寝不足のだるさから逃げられるあるまい。
でも、どんなにだるくても、彼は出かけなければならない。
今日、村で品物を売る予定だから。
大樹は行かないと、生活するお金がない。
大樹はほぼ野菜や果物などを栽培していて、肉や日用品など作れないから、村人に頼っている。
同時に、村にいる一部の人たちは大樹の高級品を待っている。彼が特製する薬も。
すなわち、お互い様ってこと。
あと、大樹住宅では肉が切れたので、今日彼は肉を補充するつもりだ。
自分をきれいにして、普段よりまともな服装を身につけて、大樹は玄関に向かって、鍵を解いて、扉を開けた。
青空、涼しい風、夜景の時と違う美しさを持つ草原。
自然好きな大樹には、大好物で、出るとき必ず深呼吸で一息ついて景色を楽しむところだろうが、...
「おはよう...」
予期せぬ小さなお客さんに早朝の訪問されて、大樹は無意識に挨拶を濁してしまった。
乱れる金髪と緑色の瞳。
敏感な耳と柔軟な尻尾。
服にならない、哀れな布の一枚に包まれる雪のような肌。
家の玄関を背けて座る、小柄なお客さんの後ろの姿は、昨日の夜に大樹が切なく追い払った獣人の迷子によく似ていた。
※狐の娘、遊びに参りました。
家の主を待っている間に、手つかずの狐のように振る舞う少女は広い空を仰ぎながら雲を追いかける。
両手を床に立て体を支えながら、両足を、玄関先と土の段差でぶら下げ、前後振る。
尻尾をくるくる巻いて細いももに乗せる。
そのまま放置すると、永遠にいるかもしれない、放心する少女。
でも、人の声に聞こえたとたん、彼女の片耳がびくびくし、音源の方向にひねる。
その人は家の主であることに気づき、彼女は力を抜いて後ろに体を倒し、見上げる。
目の前にいる少女の突然の行動に、大樹の心臓は一瞬止まる。
ところが、その一瞬は数秒になった。
なぜかというと、少女が口にくわえている物はちょっと衝撃的だった
「ウサギ!?」
見ればわかるが、大樹は思わず彼女が噛みついている、小さくてもふもふする小動物の名前を述べてしまう。
少女は大樹の驚く顔にかかわらず、両手で微動だにしないウサギを持ち上げ、彼にまっすぐ差し出す。
緑色に輝き、大きく開くその瞳に、何か期待している光を潜める。
「あっ、くれるの?ありがとう...」
昨日の夜、自分の家にたどり着いた、彼女の荒々しい獣の行動を思い出しつつ、大樹は慎重に起きそうにないウサギを受け取る。
(お返しは有難いけど、ここにいてほしくなかったな...バレたら、彼女の安全を保障できる自信がない...)
彼女を心配しながら、大樹はもの知らずな少女を見つめる。
子供っぽく、獣っぽく、感性に従う純粋な狐の娘。
大樹に傷つけられなくても、大樹に近い村人たちにいつか傷つけられないに限らない。
何百年が経って、獣人のイメージが変わったかもしれない。
村に獣人へ敵意を向けない人がいるかもしれない。
でも、大樹にとっては、その「かもしれない」が人間の一人の彼から離れるべきである理由になるのは、十分に足りている。
だから、大樹は甘やかさない。
「俺、別にお返し求めていないけど、狩ってくれたウサギさんを大事にするよ。これから、こういうのはしなくてもいいから、ここに戻らないでくれ。君のためだ」
言いたいことを言って、大樹は彼女からのプレゼントをしまいに家の中に戻る。
それに従って、彼女も何気なく、大樹の後ろについて歩くつもりだったが、大樹が扉を閉めたため、中に入れなかった。
こうやって、狐の少女は家の主をまた待ち続ける。
十秒後、料理場の隅っこにウサギを置いてから、大樹は再び出て鍵をかけなおした。
そして、変わらない少女を再び見つけた。
でも、前回と違って、大樹は彼女を無視することにした。
見つめてくる彼女で、心が一瞬引っかかったが、彼は無言で去っていくことに決めた。
これ以上喋ることはないから。
喋っても、彼女が理解できるかどうかわからないし。
とりあえず、予定通り動くべきだと、大樹は思った。
大八車に品物を乗せて、大樹は見慣れた木造の建物からだんだん遠ざかっていく。
見慣れたから、彼は振り向く理由がない。
さらに、一人暮らしだから、振り向いても、待ってくれる人が居ない。
そう思った彼を、軒下で静かに見送る狐の少女が一人いた。
大樹が出かけてから、長い時間が経過し、空は夕焼けの赤みに染まる。
ようやく用事を済ませた彼は草原に引いてある道を歩き、ほぼ空っぽな大八車の前で引っ張りながら、家の周辺を眺める。
「はぁ、今日はついてないな...」
大樹は大空にぼやいて、溜息をつく。
確かに、商売がよく、順調に進んで、一番目の目標を達成したが、肉補充という二番目の目標は失敗した。
通常お世話にならずえお得ない、ある動物に詳しい人物が居なかったからだ。
「なんで今日に限って、あいつは休みにしたんだろうな」
嗚呼、...
仕方ないか、野菜のみにする、と大樹は晩御飯の献立を判明した。
軽いでもなく、両手の自由を封じる大八車のハンドルの存在をいったん省けると、今の大樹は落ち着く散歩をするのようだ。
ぼんやり照らす空。
囲まれる緑。
遠くにある森。
最後に、だんだんあらわになる小さな家。
長い付き合いの風景のそばにいて、今更驚く要素がないはずなのに、大樹の明るい顔はいきなり眩む。
そして、彼の口から、不満げでかすかな息が零れる。
大八車を元に戻し、大樹は家の玄関に着き、口を開いた。
「俺は入れてあげないからな」
帰らなかった朝のお客さんはただ立ち止まって、片手で鍵を触れながら大樹を見る。
(なんでそんなに粘り強いかよ、この子。この家にほしいものでもある?)
少女の思考を理解できず、大樹はまっすぐ扉へ歩み、かかっている鍵を開けて、中に入る。
大樹の勢いがあんまりすぎて、狐の少女は後ずさって、外で残された。
でも、彼女はあきらめず、大樹が心を変える瞬間を待ち続けることにした。
少女を後にしたあと、大樹は直ちに服を脱ぎ、浴室でシャワーを浴び始める。
水の貯蔵になる大きい壺から、水桶で水をくんで、大樹は小椅子に腰を下ろす。
香りのない石鹸を全身に優しく包ませ、水桶の水で一日の汚れと疲れを落とす。
厚くて硬い肌を伝う水は、冷たくて大樹の熱を取っていく。
でも、彼は気にしない。
毎日のことにこだわる必要がないから。
頭を冷やし、彼は特に何も考えていない。
考えないようにしているかも。
だが、その努力に反して、彼のどこかで、あの扉の向こうにいる少女の映像が消えない。
きれいになって、着替えたあと、大樹は晩御飯の準備に入る。
米を軽く研ぎ、水とともに黒い鍋に入れてから、大樹は焚き火を起こす。
ちょっと重くなった鍋を焚火に直接当たらせ、蓋をする。これで、ご飯の準備完了。
次は茹で野菜か。
大樹はいろんなものを栽培する、家の後ろに個人農園があるから、野菜を食べる時、外に出て、収穫する。
扉を開けて、いつも通り、家を一周して、農園へ足を運ぶ。
帰るときより、日が暮れて、空が暗いが、足元を見るのにまだ足りる。
「もうこんな時間か。あとで電気をつけよう」
両手の幅より大きいキャベツの根を切り外して、大樹は今日のメインメニューを持ち帰る。
この間、金色の髪を持つ少女がある程度の距離からついてくることに、彼は目を瞑っていた。
石山家庭がついに明るくなり、物がちょっと見えやすくなった。
まな板を床に置き、大樹は新鮮なキャベツを半分に分ける。
半分は今晩、残りの半分は明日。
そう決めて、大樹はぶっ切りし始める。
サクサク感があって、水分もばっちりで、このキャベツは美味しくなりそうと、彼は思った。
黙々と作業をはかどらせ、大樹は切ったキャベツとまな板を焚火の隣に置く。
これで待つのみ。
その瞬間、大樹は料理場の隅っこに、ある小動物の遺体を見かけた。
さっき、電気がまだついていなかったから、彼はすっきり見逃した。
というより、少女の贈り物をすっきり忘れた。
しゃがんで、片手を伸ばし、大樹は狐の少女の牙に倒れたウサギを持ち上げる。
毛皮がもふもふする一方、ウサギの身体は大分固まった。
これは死後硬直という現象だろう。
大樹が出かけ中の間に、新鮮度がかなり下がったが、栄養上、このウサギは悪くないはず。
見た目は硬そうだけれども、下処理して得た肉は抜群らしい。動物に詳しいあいつによると。
これで、今日買えなかった肉の代わりに、いい晩御飯ができそう。
でも、...
大樹は扉へ視線を送る。
このウサギを狩ったのは大樹ではなく、獣人の彼女だ。
贈り物だと知っていながら、苦労して自然から頂いた、彼女の獲物を取るのは、良心に重たい。
さらに、本人はまさに近くにいる。
自分だけ肉を楽しんで、彼女を抜かすって、罪悪感が出る。
さすがに、自分だけで食べるより、一緒に食べる方が道徳的に正しいだろう。
しかし、今彼女を入れたら、今後また来るなのでは?
ここは美味しい物が沢山あるとか、彼女は思ったりしない?
彼女はどこまで待ち続くかわからないし。
ふんんん...
いつも通り、大樹の推論はほとんど合っている。
ところが、ウサギは狐の少女からの恩返しという彼の前提はちょっと欠けている。
昨日の出来事で、大樹に彼女はなにかが見えたかもしれない。
美味しいものをくれて、傷つけないとか。
だから、借りたものを返す。
おとぎ話のように、幕を閉じる。
しかし、大樹が贈り物だと思い込んだウサギを渡しても、彼女は帰らず、玄関先に残り、気長に入室許可を待つ。
彼女はなにか求めていた。
大樹に、いや、人間に。
実は大樹の思考にあった、美味しいもの、というフレーズに関係がある。
狐の少女がほしかったのは美味しい料理を可能にする物。
それだけではなく、石山住宅にある便利さや安全性など。
そう。
答えは、技術だった。
多種多様な道具や安全な居場所など。
生活を楽にする技術。
もちろん、今の彼女に技術を説明しても時間の無駄だろう。
でも、彼女が今、その技術から生まれた物に魅せられているに違いない。
森にいる時より、安全で快適な生活ができそうだから、獣人の少女は大樹の家に再び寄ってきた。
純粋な恩返しとちょっと違う理由だった。
そして、この事実を、悩んでいる大樹は知らない。
でも、野獣と似ている彼女がそこまで深い目的があるとは、普段の人は予想できないだろう。
結局、大樹は決めた。
数歩で玄関に至った彼は、扉を開け、床に横たえている狐の娘に向いて、簡潔に言う。
「入れ」
その言葉の意味がたぶん通じなかったが、大樹のジェスチャーと表情を見て、ばねのように立ち上がった少女は素早く中に入る。
ついに、彼女は一日中見つめていた数センチしかない扉を突破できた。
今回の執筆もかなり大変だった (T_T)
でも、狐の少女を可愛く描けば、それでいい!
ちなみに、いつもその子をまともな名前ではなく、「狐の少女」とか呼んで、執筆するとき、どう称すればいいかよく悩んでいた...
嗚呼、いつ彼女の名前はあらわになるんでしょうね...
|д゜)