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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
終話 閉ざさない少女

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閉ざさない少女

 五月の空は雲一つなく、果てまで見えてしまうんじゃないかと思うほど青く透き通っていた。

 五月晴れなんて言葉が真っ先に頭をよぎったが、あれは夏の季語だっただろうか。春の穏やかな陽気に浮かぶ俺の心は、それこそ五月晴れと言わんばかりの晴れやかさだった。


 呪いが解けてから数ヶ月、俺は数少ない知人のツテを辿り、たまたま欠員が出た会社に滑り込みを決め、無事四月から社会人へと戻ることができた。

 多少給料は心許ないものの、業務内容は前職とさほど変わらずそれなりに楽しく働けている。

 まさに順風満帆といったところだろう。失った記憶が戻っていないということを除けば、ではあるが。


 しかしながら、縁というのは不思議なもので、呪いが解けてからも呪いで繋がった不思議な交友関係は続いている。

 大学生になった珠緒はふらりと遊びに来るし、垣内は呟き感覚で連絡を寄越してくるし、童女二人は勉強を教えろとせがんでくる。

 蒔枝さんに至ってはちょくちょく愚痴を吐くため酒の席に誘ってくるし、都塚や安中とは飯を食いに行く仲にまでなった。

 呪いがなければ起こり得なかった人間関係も、全て終わった今考えるとありがたいもののようにも思えた。



 進学をしたり、新たなチャレンジをしたり、話を聞く限りそれぞれが新たな季節を満喫しているようだった。

 呪いが無くなったって、生きている上で願望が湧き出てこないなんて事はない。

 結局のところ俺達は、湧き上がってくる願いを掴み取るために日々研鑽を続けている。


 あの冬の数ヶ月、佳乃達からすると数年の壮絶な出来事も、時間の経過とともに呪いなんてものがあったなぁ、なんていう懐かしい思い出話に変わっていくのだろう。

 ほんの少し前の出来事なのに、環境の変化のせいで既に随分と遠い昔の出来事だったように思える。


 とはいいつつも、俺自身は仕事が決まった今も佳乃宅に居候しているわけだが。


「おーい。いつきくーん。可愛い彼女を無視して自分の世界に入り込むとか、信じられないんだけどもー」

「ああ、すまん」

 ハッと我に帰り隣を見ると、不機嫌そうに口を尖らせる佳乃の姿があった。へらりと笑みを返す俺を見て、佳乃は呆れたように息を吐いた。

 佳乃は佳乃で、無事大学への進学を済ませた。

 ここのところは教員になるべくカリキュラムと睨めっこをしたり、家庭教師のアルバイトを始めたり、着実に将来に向けて歩みを進めている。

 姪っ子の成長を見守るような眩しい感傷に浸りながら、俺は手に持った手桶を眺めた。


 大型連休の最中、俺と佳乃は彼女の両親の墓へと足を運んでいた。

 街から随分と離れた場所にある墓地は、連休中とは思えないほど閑散としていた。

 迷いなく歩く佳乃の後に続き、俺は墓前まで足を進める。

「結構綺麗だな」

「まぁ、一応親戚もいないわけじゃないからね」

 佳乃は慣れた手つきで墓の掃除を始めた。俺も佳乃に続き、薄く生えた雑草を毟る。

「ふう。これでよしっと」

 程なくして掃除が終わり、佳乃が墓前に花を供えた。線香の煙が燻る中、佳乃はゆっくりとしゃがみ込む。

「いつき君もせっかくだから手を合わせていってよ。ほら、ご挨拶ご挨拶」

「おう」

 俺も佳乃の隣にしゃがみ込み、両手を合わせた。ゆっくりと目を閉じて考えを巡らせる。


 えーっと、初めまして山上いつきです。娘さんにはすごくお世話になっています。あ、あとお付き合いもさせてもらってます。あとなんだ。いい娘さんですね。ご両親の教育がきっと良かったんでしょう……って先生か。

 違う違う。佳乃は今、新しい道に向かって頑張っています。どうか彼女の道が幸せなものになるよう、見守ってやってください。


 どれぐらいの時間が経っただろうか。俺はゆっくりと目を開け墓石を見る。

 もちろん墓石が様相を変えることはなかったが、なんだかとても穏やかな気持ちになった。ふと視線を感じ隣を見ると、にやけた顔でこちらを見る佳乃の姿があった。

「な、なんだよ」

「いつき君がお父さんとお母さんとたくさんお話ししてくれてて、嬉しくなっちゃっただけだよ」

 ふふっと笑みを深め、佳乃は立ち上がった。

「よし。二人に近況も報告できたし、いつき君の紹介も出来たし、帰ろっか」

「そうだな」

 俺も立ち上がり、佳乃の両親に一礼してから墓地を後にする。


 帰路についていると、いつも以上に上機嫌な佳乃が俺の腕へとしがみついてきた。俺の抵抗を待たずして佳乃が口を開く。

「なんだかとってもベタベタしたい気分なのです。クレームは受け付けないよ」

「どういう気分だよ」

 出鼻からクレームを禁じられてしまった俺は、抵抗のように溜息を吐いた。佳乃はそれを気にかけることもなく、こちらに体重をかけながら歩みを進める。

「ねえ、いつき君」

「なんだよ」

「お引越ししよっか。あの部屋、二人にはちょっと広いし」

「なんでそんな急に」

「んーなんとなく、気分転換ってやつだよ」

「気分転換ときたか」

 今の俺が佳乃と出会った当初、両親との思い出があるから引っ越せないと彼女は言っていた。

 もちろんあれが本心かどうかなんて定かではないが、今まで引越しなんて素振りをまったく見せなかった佳乃が、わざわざこんな日にこんなことを言いだすのだ。気分転換という言葉には、様々なニュアンスが含有されているのだろう。

 おそらく彼女は未来へ足を向けようとしている。願いを叶えようと、自ら動き出そうとしている。

 であれば、俺にできることは彼女の手を引っ張ってやることだけだ。元より居候の身である俺に拒否権などあるはずがないわけだが。

「いいんじゃないか。たしかに広すぎるしな」

「やったね! じゃあまだ時間あるし、今から不動産屋さん見に行こうよ」

「おう。でもあれだな。俺の稼ぎでやりくりできる場所が好ましいけど」

「ふふっ。頼りにしてますよ」

「佳乃のバイト代もあてにしてるからな」

「えー甲斐性なしー!」

 俺達はお互いをくすくすと笑い合いながら、歩みを進めた。

 

 新しい一歩を踏み出す少女の瞳は、曇りなくこちらを見つめ続けていた。

最後までお読みいただきありがとうございます。


このお話は、『願い事を叶えるためには、待ってるだけじゃなくて行動しないと』という、私のふわりとした考えから生まれたものです。

いろんな出来事があって、ちょっぴり生き辛くて、それでも少し前に進めたら素敵だな、という思いを込めて作りました。

何処かの誰かのささやかな幸せの一端を担えるようなものになっていれば幸いです。



というのは建前で、可愛い女の子が書きたかっただけなのかもしれません。

良いように解釈してもらえると嬉しいです。



お付き合い頂き、本当にありがとうございました!

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