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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
8話 叶えない神様

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叶えない神様2

「ここは……?」

「屋上に続く扉だよ」

 侵入を拒む張り紙をもろともせず、佳乃はドアノブへと手をかけた。施錠がされていないのか、かちゃりという音とともに、あっさりと視界が開けていく。

 それと同時に強い風が吹き込み、じめっとした空気が急激に冷やされていくのを感じた。

「目的地って、屋上だったのかよ」

「そう、屋上。どう? なかなかの解放感でしょ?」

 佳乃の促しのもとコンクリートに足をつけると、視界がさらに広がりを見せた。

 何もない空間は高い金網で囲まれており、天井の空いた檻のようにも見えた。それでも頭上に広がる晴天は、佳乃の言う通り解放感で溢れていた。

「侵入禁止にするには勿体無いぐらいだな。って日頃から佳乃たちは出入りしてるんだっけか」

「そうだよ。まあ夏は暑くて冬は寒いのが欠点なんだけどね」

 俺は佳乃に続きコンクリートを進む。風の通りが良すぎる屋上は、すぐさま身体を芯から冷やした。俺は擦り合わせた両手に息を吹きかける。

「確かに寒いな。こんなところで昼飯食ってんのかよ」

「人が来ないってだけで、よしのんにとっては安心スポットなんだよ」

 ふと死角からかけられた声に、俺の体温は更に下がった。

 慌てて声の方を振り返ると、こちらも見慣れた制服姿の少女が立っていた。

 口をもごつかせる俺を見て、少女はひらひらと手を動かす。

「びっくりした? ふふっ。やっほーいっつん」

「心臓止まるわ。勘弁してくれ」

 気付かぬ間に背後を陣取っていた声の主は珠緒だった。驚きを隠せない俺に満足げな顔を見せつけ、珠緒はすたすたと佳乃の方へと歩み寄った。

「やあやあよしのん」

「早いね。もう来てたんだ」

「愛するよしのんのご指名とあらば、すかさず参上しちゃうのさ」

 ペタペタと佳乃にまとわりついた珠緒は、こちらを指差し言葉を続ける。

「にしてもいっつん。なんだいその格好は。コスプレ?」

「知らん。俺に聞くな」

 なんならその質問は俺がしたいくらいなのだから。

 俺の言葉を聞き、珠緒はふーんという反応だけを返した。

「まあいいや。んで、なんで休みの日に屋上集合なの? なんとか用務員さんを言いくるめて校舎に入れるようにしといたけど、ここじゃなきゃダメだったの?」

 珠緒は佳乃の髪を指でなぞりながら、疑問を吐き出した。空いた手にはジャラジャラと大量の鍵がぶら下がっている。どうやら屋上までの道のりを整えていたのは珠緒だったらしい。

 しかしながら、語り口から推察するに、その珠緒ですら佳乃の目的を知らないようだ。わけもわからないままの状態で校内の施錠を何とかしてしまうなど、何とも珠緒らしい。

「そう、ここじゃなきゃダメなの。ごめんね、お休みの日に。ちゃんと晩御飯ご馳走するから」

「いいよ気にしなくて。あ、でもよしのんのご飯は食べたいかも。和食でよろしく」

「そう言ってもらえるとありがたいよ」

 鍵をチャラチャラと振り回しながら、珠緒は屋上を歩き始めた。

 夕飯に対する絶妙な意識統一に、なんだかおかしくなったが、肝心の目的に関しては佳乃の口から未だ語られていない。


 少しの間屋上を歩き回った珠緒は、話を始めない佳乃に言葉を向けた。

「誰もいない学校に侵入、乙なもんだね。でも、もちろんそんなことが目的じゃないよね?」

「ふふっ。流石にそんな趣味はないかな」

 誰もいないという珠緒の言い回しに、多少の疑問が浮かんだが、淡々と注がれる少女たちの会話でそれもゆっくりと薄れていく。

「言い出しにくいことかい?」

「まぁ……ほんの少しだけ」

「ふむふむ。んじゃよしのんが話せるようになるまで待つよ」

「ありがと。でももう大丈夫だよ」

 佳乃はゆっくりと息を吐いて、珠緒を見つめた。


「神様に会わせて欲しいの」

 時間が止まったかのように、ピタリと音が消える。予想外な言葉にも、珠緒は顔色一つ変えずに佳乃を見つめ返していた。

「ウズメ様に会わせてほしいと? ここで?」

「そうだよ。今、この瞬間」

 珠緒はしばらく佳乃を見つめていたが、息が切れたように大きく空を向いた。

 不思議とその様子は、諦めのように見て取れた。

「なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱりか」

 天を仰いだ珠緒から、決して愉快そうではない笑い声が発せられる。

 神様に会わせろと佳乃は言った。そもそも出たり入ったり、お願いしたとてそんな単純に神を引き出すことなど出来るのだろうか。

「そ、そんなことができるのか?」

「うーん……」

 俺の疑問に、珠緒は唸り声を返す。

「出来ないと言えば、嘘になるね。うん。嘘をつくのは良くない。出来るよ。でもなんで? よしのんには言わないようにしてたのに」

 今度は一転して、頭を抱え下を向く珠緒。巫女は巫女なりに、何かしらの葛藤を抱えているらしい。

 珠緒の様子を見たところ、佳乃の言葉は妄言などではなかったようだ。しかし、わざわざあんな厄介な存在を出せなど、佳乃は何を考えているのだろうか。

「まきちゃんが教えてくれたんだよ」

「まっきーめ。喋ったなぁ」

 何かしらの共通理解があるもの同士、サクサクと話を進めているが、俺には全く理解できない。ポツンと取り残された俺に気がついた佳乃が、こちらを向いて人差し指を立てた。

「神様が自由に顔を出せないのはね、たまが自分の中で神様を抑えてくれているからなんだよ。神様が出てくるときは、力負けして乗っ取られてるって感じかな。逆を言えば、たまが力を抜けば神様を無理やり顕現出来るってわけだよ」

 飄々とマイペースに動いていた珠緒は、どうやら神様を抑え込む一番の要を抑えていたようだ。

 そして佳乃に黙っていたであろうこの事実を、蒔枝さんによってリークされたというわけか。ようやく思考が追いついた俺の表情を見て、佳乃は頷きながら珠緒の方に向き直った。

「私がこうやって会わせろだなんてこと言いださないように、黙っていてくれたんだよね」

「ご指摘の通りですわ」

 珠緒はやれやれと手を上げて、大きく溜息を吐いた。

「でもなんでわざわざ神様に会おうだなんて——」

「決着をつけるためだよ」

 俺の疑問をちぎるように、佳乃が言葉を切り込んだ。

 決着をつける、神と。言葉を理解して、ようやく先ほどの階段下での佳乃の躊躇いが飲み込めた。

 意味深なあの様子は、今日で全てを終わらせるべく覚悟してのことだったらしい。珠緒にもそのことを話していなかったあたり、佳乃の抱え込みぐせは絶好調だ。

 珠緒に合わせた溜息が、俺の口からも漏れる。

「わかっているとは思うけれど、一度出てきたウズメ様は、私の力じゃどうすることも出来ないよ。ちょっと待った、やり直し、は効かないんだよ?」

「承知の上でのお願いだよ」

「本当にいいの?」

「うん。全部覚悟してる」

「はぁ……」

 珠緒の口から、さらに大きな溜息が漏れ出た。付き合いの長さからか、こうなってしまった佳乃が後に引かないということを理解しているのだろう。

 だからこそ真実を語らなかった珠緒の気持ちが俺にも重々理解できた。

 佳乃は引くことなく、しっかりと珠緒を見つめる。その視線に、珠緒はゆっくりと頭を落とした。

「いっつんの時と一緒だ。ほんと、嫌な役回りだよ」

「俺の時と一緒?」

「そう。いっつんが記憶を失くす直前も、同じ感じで強気ないっつんに負けてウズメ様を出しちゃったなーって」

「そんなことが……」

 意外にも、違和感がある佳乃の行動は、過去の俺によって開拓されたものらしい。

 珠緒は佳乃を指差して、困ったように笑った。

「二度目の失敗があれば、流石の私も立ち直れないぜ」

 珠緒の切れ長な目が、言葉とともに落ちていく。そんな弱々しい少女の笑みに対し、佳乃はさらに強い笑顔を返した。


「ずっと一緒にいるんだもん。たまが後悔していたことは分かってるつもりだよ。酷なお願いだってこともわかってる。でも、それでも、私は未来に向けて歩き出したい。ここで全てを終わらせたい。だからお願い。重たいもの、一緒に背負ってくれないかな?」

 重要な言葉とは思えないほど、ふわりと佳乃は言い放った。それでも、困り顔の少女には十分すぎる言葉だったらしく、少女ははにかんで佳乃に抱きついた。

「もう、ずるいなぁよしのんは。こんな時にだけ頼ってくれちゃうんだもん」

「私はずーっと、たまのことを頼りにしてるつもりだよ」

「ほんとかなー」

「ほんとだよー」

 少女たちは静かに笑い合い身を放した。

「わかった。特別大サービスだよ。私も一緒に背負ってあげよう」

 ふうと一息吐いた珠緒が、こちらに親指を立てる。先程の諦めとは打って変わって、力強い振る舞いだった。

「いっつん、よしのんを頼んだ」

「ああ、まかせろ」

「君も気をつけるんだよ。次私のことを忘れたら、そうだなぁ、巫女ちゃん必殺スペシャルビンタをお見舞いするからね」

「そりゃ忘れるわけにはいかんな」

「当然でしょ」

 正直なところを言えば、佳乃の策もわからないままウズメと対峙するのは不安でしかない。

 それでも、まとまりつつあるこの空気感に水をさせるほどの拒否感は湧いてこなかった。俺は力強く親指を立て返した。

 珠緒は三度ほど深呼吸を繰り返したのち、自身の左手を左胸に当てた。

「準備はいい?」

「いつでもいいよ」

「よし、いいお返事。じゃあねよしのん。晩御飯、期待してるよ」

「任せてよ」

 しっかりとした笑顔の後、珠緒は糸が切れたようによろめいた。

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