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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
8話 叶えない神様

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叶えない神様1

 呪いに至る願いが判明したものの、解くための決定打が見つからないまま、二週間という時間が流れた。

 佳乃は相変わらずのほほんとしており「しっかりと心づもりをしておくんだよ」という言葉だけを俺に放り続けていた。


 そんな日々の中、俺は佳乃に連れられて街中を歩いていた。

「どこに行くんだよ」

 なぜか大きなリュックを背負い隣を歩く佳乃に、俺は言葉をかけた。佳乃からは細めた視線が返される。

「むふふっ。内緒だよ」

「なぜ内緒にする必要があるんだ?」

「その必要性すらも機密事項なの」

 要は黙って着いて来いということか。佳乃は口をもごつかせる俺から視線を外し、何かを目指して歩みを進める。

 溜息をこぼしながらもそれ以上の抵抗はせず、俺は佳乃に続いて足を運んだ。


 季節が春へと向かっているからか、寒さよりも暑さに意識が向くようになってきた。身体がほんのりと熱を帯びてくる。

「それにしても、ずいぶんと温かくなってきたな」

「やだいつき君。会話のチョイスがおじさんっぽいよ」

 くすくすとからかうように笑う佳乃は、ゆっくりと空を見上げた。

「でもそうだね、もうすぐ春が来るね」

「こう天気がいいと、のんびりと居眠りでもしたくなるな」

「私はアクティブにお花見に行きたいなー。おいしいお弁当を作って、きれいな桜を見ながら、うたた寝とかしちゃうの」

「結局寝てるじゃないか」

「ふふふっ、本当だね」

「本格的に暖かくなる前には、気兼ねなく花見の話ができるようになればいいな」

 俺は佳乃の視線を追って空を見上げた。雲一つない晴天は、それでもほのかに冬のにおいを残していた。

 自身の状況を鑑みて、本来であればこんな呑気な会話をしている場合ではない。

 春を無事に迎えられる保証すらないほどに、俺を取り巻く環境は不安定だ。

 思わず苦笑いを浮かべた俺に視線を移した佳乃は、小さく息を吐いた。

「心配しなくても、今日を過ぎればきっとそんな生活がやってくるよ」

 意味深な言葉だけを残し、佳乃は歩みを速める。俺は特に追及を深めることもなく、重々しいリュックとポニーテールを揺らす佳乃に続く。

 そのまま十分ほど歩いたところで、ぴたりと佳乃の足が止まった。

「さぁ、本日の舞台に到着だよ」

 佳乃は高らかに宣言し、目の前の建物を指さした。

「到着って……ここを目指してたのか」

 佳乃の指先には、佳乃が通う高校がたたずんでいた。

 以前杏季を尾行した際に見ているはずなのに、人通りの少なさで違った顔に見える。

「ようこそわが母校へ」

「俺には縁もないから全く感慨もないわけだが」

「愛する佳乃ちゃんの母校っていうだけでも、それなりの感慨を覚えてほしいものだけれど」

「はいはい。んで、何しに来たんだ?」

「あぁ! 今適当に流したでしょ! ふーんだ」

 俺はさらに適当な返事を返し、目的への探りを入れる。

 佳乃は俺の反応にむくれながら、答えを濁したまま校門横の小さな出入口を抜け、敷地内へと歩き始めた。

 佳乃の先に映る学校は奇妙なほど静かで、真昼間であるにも関わらず人っ子一人見当たらなかった。

「おーい。ちゃんとついておいでー」

 呆けている俺を尻目に、佳乃の足はどんどん敷地内を闊歩している。言葉に促され、俺は急ぎ足で佳乃の後を追った。


 追いつく頃には無人の守衛室も通過しており、どんどんといけないことをしているような感情が湧き上がってくる。

 というか校門が閉まっていたのだから、易々と入っていいわけがないと思うのだが、佳乃の背中は変わらず自信に満ちている。

「おい、勝手に入っていいのかよ」

「うーん。良いか悪いかでいうと悪いになっちゃうかもしれないね。でももう入っちゃったから」

「はあ?」

「私はここの生徒だけど、いつき君は不審者って思われちゃうかもしれないね。でももう入っちゃったから」

「勘弁してくれよ……」

 許可ぐらいは取っているだろうと少しでも楽観を浮かべた自分をぶん殴ってやりたい。

 佳乃のにやけ顔に、もはや諦めの溜息しか出てこなかった。観念して佳乃の後に続く俺の頭に、ふわりと疑問が浮かぶ。

「というか、人いなさすぎじゃないか? 休みとはいえ、部活ぐらい活動しててもいいような気がするが」

「それはだね、今日が創立記念日だからだよ」

「創立記念日?」

「そう。うちの学校ってさ、創立記念日には全活動がお休みになるの。先生も生徒もね」

「なるほどな」

 寂しすぎる校舎に対する違和感は、どうやら間違いではなかったようだ。だとすれば、これは問答無用で不法侵入だ。

 盗人猛々しく、佳乃は何食わぬ顔を浮かべながら、さらに足を進めていく。そしてついには校舎の中へと足を踏み入れた。

「鍵もかかってないんだな」

「不用心だよねー。不審者が入り込んだら大変なのにね」

 まさにその元凶を作り出している少女は、他人事のように嘯いた。わざわざこんなリスクを冒してまで、無人の学校に何の用があるのだろうか。

 昇降口を過ぎ、佳乃は慣れた様子で靴箱を開き、上履きを取り出した。

「さすがに裸足は寒いでしょ? どこか適当な所から借りるといいよ」

「なっ、盗みまで働かせるつもりか!」

「借りるだけだもん。後で謝っといてあげるから」

「学校ではろくに喋らないくせになにを――」

「失礼極まりないよそれ」

 じっとりとした佳乃の視線に笑みを返しながら、俺はあっさりと靴箱から上履きを拝借した。

 不法侵入という大きなハードルをくぐったせいで、罪悪感のノズルがバカになっているようだ。

 何をするかも知らされないということに対してはなおも納得がいかないままだが、俺は佳乃に続いて校内へと侵入していった。


 校舎内は外以上に静寂が流れており、俺達の靴裏が擦れる音が大きすぎるぐらいに廊下に響いている。

「さて、ここいらでちょっと準備を」

 佳乃はトイレの前で立ち止まり、背負ったリュックから紙袋を取り出した。

「はい。これいつき君の分ね」

 佳乃が紙袋をこちらに向ける。既視感のある展開に思わず受け取る手に警戒が混ざるが、佳乃は構わず紙袋を俺へと押しやった。

「おい、まさかこれ……」

「お着替え、よろしくね」

 中身を確認するまでもなく、佳乃から答えが言い渡された。

 垣内を尾行した際の自身の姿が頭をよぎる。ひきつった顔の俺をひと笑いした後、佳乃は女子トイレへと入っていった。

 どうせここまで来てしまったのだ。佳乃に従うほかない。

 俺は吐く息に諦めを織り込んで、佳乃が用意した衣服へと着替えた。


「お待たせっ。……おぉう」

 女子トイレから姿を現した佳乃は、先に着替えを終えて待つ俺を奇妙の顔で見定めた。

「なんだその顔は」

「うーん。いつき君、案外違和感ないね」

「喜んでいいのかそれ」

「面白さ的には大いに減点だけれど、不覚にもドキッとしちゃったから合格!」

 見慣れた制服姿でほほ笑む佳乃は、俺から着替え終わった服を受け取りリュックへと詰めていく。


 佳乃が俺に用意したのは、この高校の制服だった。先ほどよりも環境に準じた服装をしているはずなのに、違和感が生じてしまう。

 自分で用意した服にも関わらず減点をかましてきた佳乃にも大いに不服だが、そもそもなぜ俺が年齢にそぐわない服を身につけなければならないのか。

 そもそも、佳乃に至っては家から着てくれば良かったのに。

「わざわざこんな寒い中汚いトイレで着替えさせられたんだ。事情ぐらい説明してもらえるんだろうな」

「思った以上に不満が出てきてびっくりだよ。せっかくアンチエイジングの機会をあげたのに」

 やれやれとこちらも不満そうな佳乃が、両手を挙げて息を吐いた。俺の理解力が足りないのか、この状況で溜息を吐かれる理由など全く分からない。

「あいにく若作りは求めてねえよ」

「若作りじゃなくて、雰囲気作りだよ。これでばれても大丈夫」

「学校に侵入する前に何とかできんかったもんか?」

「そりゃそうだ。うんうん。いつき君の言うとおりだ」

 佳乃は言葉とは裏腹に悪びれる様子もなく、ポケットから携帯を取り出し俺の隣に歩み寄った。ぴったりと俺に身を寄せた佳乃は、携帯を高らかに上げる。

「ほら、ピースピース」

「はぁ?」

 俺は驚きの感嘆符を述べながらも、自然な動きで携帯に視線を向けた。佳乃の指の動きに合わせて、画面に浮かぶ自分自身が制止した。

「いただきました。ふふっ。待ち受けにしちゃおーっと」

「お前……」

「お前じゃないよ、佳乃ちゃんだよ」

 佳乃は嬉しそうに携帯をしまい、再びリュックを背負って廊下を歩き始めた。あまりに嬉しそうな佳乃の様子に、もうなんだか細かいことはどうでもよくなった。再び佳乃に続いて俺は歩みを進める。 

「それで? まさかこれで終わりじゃないだろうな?」

「もちろん」

 慣れた足取りで進む佳乃は、校内を行脚していく。スムーズな割に、何か目的があるとは思えないほど、不規則なルートだった。

 途中ですれ違う生徒たちにも稀有な目を向けられなかったのは、他でもない佳乃が用意した制服のおかげだろう。というか。

「おい、休みのわりに意外と人がいるじゃないか。全休なんだろ?」

「それは私も予定外だよ。卒業式とか、そのへんの準備かな?」

「あっさい調査だなおい」

「仕方ないでしょ! 私だって創立記念日に学校来たことなんてないんだもん!」

 ふんふんと鼻を鳴らす佳乃は、変わらず足を進める。

 校内を広い範囲で歩き回る佳乃の動きは、隠れていたい身としては非常に非合理的だ。ばつが悪い思いはしたが、制服に着替えておいて良かった。

「さて、そろそろかな」

 十五分ほど校内を歩き回った佳乃は、階段の前で足を止めた。併せて足を止めた俺は、階段の先を見据える。明かりもない暗い踊り場が目にはいった。

「そろそろって、目的地があって歩いてたんじゃないのか?」

「ううん。ただの時間つぶしだよ」

「なんじゃそら」

 どうりで動きに主訴が見られないわけだ。俺たちは本当に校内をぶらぶらと歩いていただけらしい。

「でもいい思い出作りにはなったかな、いつき君と歩けてさ」

 佳乃は上履きのつま先を眺め、小さく深呼吸をした。後ろに組まれた少女の手が、きゅっと音を立てる。

「まあ、本来ならあり得ない光景だからな。そもそも俺は学ランだったし」

「年齢的にもね」

「純度100%でコスプレだよこりゃ」

「あはは。似合ってるから大丈夫大丈夫」

「ほんとかよ」

 けらけらと笑う佳乃と、不思議と目が合わない。佳乃はいまだにつま先を眺めていた。

 声とは裏腹に不穏な佳乃の様子は、これから何かが起きるであろうことを自ずと予感させた。

 再び校舎に静寂が流れる。

「――いつき君。背中を押してくれないかな」

 静寂の中、消え入るような声が佳乃から発せられた。

 様子に気後れしながらも、俺は佳乃の言葉通り、背中をゆっくりと押す。ぎゃっとという佳乃の声と、いぶかしい視線が返される。

「な、なにをやってるのかな」

「えっ、背中を押したけど」

「えっ、ああ、そう」

 佳乃は意外そうな顔をこちらに向け、大きく溜息を吐いた。

「もう。物理的にじゃなくて精神的に背中を押してほしかったんだけど。ってこんな化石みたいなやりとりはごめんだよ」

「はあ? そっちかよ! 言葉が足りなさすぎるだろ」

「空気とか読んでよ! もの言いたげなうつむきがちの少女が背中押してって言ったんだよ? 本当に背中を押す奴があるかね」

「ああ、もの言いたげなうつむきがちの少女だったんだな。気付かなかったわ」

 俺の言葉を聞き、佳乃はもう一度大きく溜息を吐いた。あきれた様子にも関わらず、先ほどよりも少し空気が緩んだ気がした。

 息を吐き終わった佳乃が、まっすぐこちらを見つめた。

「いつき君、ありがと」

「なにがだよ」

「今までの諸々、だよ。いい感じに力も抜けたし」

 礼を言われるタイミングでもない。途端にやって来た感謝、とても気味が悪い。顔をひきつらせた俺を見て、佳乃は愉快そうに笑みを浮かべた。

「いつき君は? 私に何か言っておきたいことはある?」

「なんだよ急に……」

「いいからいいから。何かない?」

 佳乃は笑みを浮かべたまま、小首を傾げた。佳乃が求める答えがわからないまま、俺も同様に小首を傾げた。

 この状況で取り急ぎ伝えなければいけない言葉など、俺の頭には浮かんでこない。それでも期待の笑顔には何かしらの言葉を返さねばなるまい。

「そうだな。今日の晩飯は和食がいいな」

 俺の脳内のなんと呑気なことか。口から出てきたのは晩御飯のオーダーだった。一瞬驚きの顔を見せた佳乃は、うんうんと頷きを返した。

「ふふっ。そうだね。私もちょうど和食がいいと思ってたの。じゃあ今日は、腕によりをかけちゃおっかな」

 佳乃は満面の笑みとブイサインをこちらに向けた後、ゆっくりと階段の方に向き直った。そのまま大きく息を吸い、意を決したように階段に足をかける。

 死地に向かうような緊張感が佳乃から漂っているが、結局のところこれから何が起こるかを俺は知らされていない。

 それでも空気は伝染するようで、俺の身体にも緊張が走った。

 少し重くなった身体を運び、俺たちは階段を上っていく。踊り場を過ぎ、階段を折り返す。階段を上り終えた先に、立ち入り禁止と張り紙がされた扉が目に入った。

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