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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
7話 覚えない青年

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覚えない青年9

 ざわついた心を無理やり鎮めて、俺は佳乃と共に駅前のファミレスへと向かった。

 ゴールデンタイムを過ぎたファミレスは待ち時間もなくすんなりと入店できた。暖かい光とポップな入店音が俺達を出迎える。

「いらっしゃいませー! 何名様でしょ……う」

 入店と共に向けられた言葉が、歯切れ悪く落ちていく。店の奥から姿を現したのは、華やかな色味の制服に身を包んだ垣内だった。

 俺達の姿を視認してギョッとした様子の彼女は、ぴしゃりと音が鳴りそうなほどの硬直を見せた。

 そんな様子をニヤリと見つめる佳乃は、嬉々として指を二本あげる。

「二名様でーす」

「お出口は真後ろになっております」

「いやいや、帰らせないでよ。お客さんだよ」

「ぐぬぬぬぬ」

 ふるふると身を揺らした垣内は、こそこそと佳乃の方へと身を寄せた。

「ちょっと、なんで来たんですか!」

「バイト初日だっていうから、ひや——心配で見に来たんだよ」

「本音が漏れてますよ! ……まあいいです。お席の方にご案内いたしますね」

 訝しい目でこちらを見つめながらも、垣内は俺達をスムーズに店内へと案内した。


 促された席に座ると同時に、佳乃がこちらに口を向けた。

「意外と様になってるね。アルバイト初日なのに」

「たしかに、案外落ち着いてるな」

「もっと慌ててくれるかと思ったのになー。残念」

 そう言いながらも嬉しそうな佳乃は、ゆっくりと身を揺らした。程なくして席に水が運ばれてくる。テキパキとメニューを俺達の前に並べ、垣内がボタンを指差した。

「メニューが決まったらそこのベルで呼んでくださいね」

「やーん。もっと可愛らしく言ってくれないと」

「マジで何しに来たんすか。ほら、とっとと決めてくださいよ」

 佳乃の言葉に、垣内はわざとらしく溜息を吐いた。バイト初日から佳乃のからかいモードに直面するなんて、心底同情してしまう。

 しかし、この状況を招いてしまったのは他でもない俺だ。

 助け舟を出すように、俺は垣内に質問を繰り出す。

「おすすめとかあるの?」

「そうですねぇ……。男性だとこのセットとか結構ボリュームがあって良いと思いますよ。他にはオムライスも結構人気ですねー」

「ほほう」

「あと、ここ元々喫茶店だったらしくて、コーヒーなんかも結構美味しいんすよ」

 メニューをぺらぺらとめくりながら、垣内は饒舌に答えを返した。助け舟を出したつもりだったが、ひょっとすると余計なお世話だったかもしれない。

 相手が知り合いというアドバンテージはあれど、初日でここまでのことが出来るのならたいしたものだろう。

「なるほど。ありがとう。初日だからもっとぎこちないかと思ったけど、結構しっくりきてるね」

「へへっ。そうっすかー? まぁ一週間ぐらい研修期間もありましたし、ピークの時間も過ぎてますしね——って何やってるんですか!」

 意気揚々と語る垣内のスカートに、佳乃の魔の手が忍び寄っていた。

 垣内の言葉はごもっともだった。なぜかはわからないが、佳乃はどう見ても垣内のスカートをめくろうとしている。

「いや、可愛い服だから、スカートの中とかどうなってるのかなって」

 混じりっ気もない、大真面目なセクハラだった。数時間前まで意気消沈して涙を流していたとは思えない。

 淡々と語る佳乃に恐怖を感じたのか、垣内はゆっくりと佳乃の手をスカートから引き離した。

「こわっ! 真面目な顔してセクハラしないでくださいよ! 普通にスパッツですよ」

「なーんだ。残念」

「何を期待してたんですか……」

 垣内の溜息が深まる。本当に、何を期待していたらそんな奇行をすることになるんだ。

 呆れる顔の俺に反し、垣内は一転して自信に満ちた表情を浮かべた。

「まぁ、スパッツの下にはとんでもなくスケベな下着を履いてますけどね!」

 どうやらおかしいのは佳乃だけでは無かったようだ。

「そ、そこまでは聞いてないけど……」

「ちょっと! なんでそっちが引いてるんですかー!」

 やんややんやと二人の会話が弾んでいく。目の前で交わされるやり取りを理解は全くできないが、仲が睦まじいのであれば何よりだ。

 考えることを止めた俺の耳に、入店のチャイムが届いた。どうやら新たな来店者が来たようだ。

「あ、いらっしゃいませー! ほら、私仕事中ですから行きますからね! 決まったら呼んでくださいね」

 垣内は入口の方へと進み、流れるように接客を始めた。遠目に聞いていても、佳乃との様子が嘘のように、丁寧な言葉運びだった。

「器用だねー」

「初日とは思えんな。めちゃくちゃ堂々としてるじゃないか」

 元は思い秘めガールだったとは思えないほどの堂々たる立ち居振る舞いに、俺と佳乃から感嘆が漏れた。

 佳乃の言うように、垣内は本当に器用らしい。

「最近喋るようになってわかったけど、杏季ちゃんって結構ちゃきちゃきしてるの。最初は地味でおとなしい子かなと思ってたけど、呪いが解けてからは特に溌剌としている気がするよ」

「そう言えば、珠緒も垣内さんのことを草食系だったって言ってたな」

「だとすると、呪いっていうのも案外悪いことばかりじゃないのかもね」

 しみじみと語りながら、佳乃はメニューを眺め始めた。その様子を見て、今度は俺の中にからかい心が生まれてきた。

 そう言えば以前、佳乃に勝手にメニューを決められたことがあったか。なるほど、これはチャンスじゃないか。

 俺はすぐさま呼び出しボタンに手を伸ばした。

「えっ、早いよいつき君。私まだメニュー見始めたばっかりなのに」

 佳乃が驚きの台詞を口にする最中、颯爽と垣内がこちらに近づいてきた。

「お決まりですかー?」

「えっ、あっと……」

 無慈悲にも問われる晩御飯に、佳乃は慌ててメニューを往復した。そんな佳乃に笑みを浮かべながら、俺は垣内に言葉を向ける。

「カルボナーラとオムライス、両方Bセットで」

「えっ!?」

 メニュー越しに、佳乃のあたふたした様子が目に入る。俺は勝ち誇った顔を浮かべ、悠然とメニューを閉じた。

「カルボナーラとオムライス、両方Bセットっと。セットの飲み物はどうします?」

「俺はホットコーヒーと……佳乃は?」

「の、のみもの?えーっとー……。こ、ココア! ココアをお願いします!」

「コーヒーとココアっすねー。お持ちするのは食後でいいですか?」

「ああ。食後で」

「かしこまりましたー。ではご注文繰り返します」

 落ち着かない佳乃を余所に、垣内は淡々とメニューを繰り返した。確認が終わり、垣内が回収していくメニュー表を、佳乃は名残惜しそうに見つめていた。

「ご用意いたしますので、少々お待ちくださいねー」

 トドメのように言葉を向け、垣内は厨房の方へと引っ込んでいった。

 それを見送った佳乃から、鋭い視線が向けられる。

「いつき君。私は怒っています」

「なんだよ」

「メニュー! 勝手に決めたでしょ!」

「いつか仕返ししたいなって思ってたんだよ。いつぞや俺も勝手にメニュー選ばれたし」

 期待以上の反応を見せてくれた佳乃に感謝しつつ、俺は余裕を言葉に乗せた。

 佳乃は更に目を細くしてこちらを見つめる。

「可愛い後輩の前で狼狽させられたことも怒っています」

「いやそれは知らんけど。そんなにむくれるなって。ほら、ご希望とあらばあの時みたいにあーんってしてやるから」

「ふーんだ。まぁオムライス食べたかったから良いけどさ」

 むくれる佳乃に満足した俺は、気持ちのこもっていない謝罪を浮かべた後、新たな会話を持ち出すことにした。


「さっきの話だけどさ。たしかに呪いってのも悪いことばっかりじゃないのかもしれないな。都塚さんも垣内さんも、柚子ちゃんだって、きっかけが無ければ変われなかったかもしれないじゃないか」

 佳乃は少し不機嫌さを残したまま、ゆっくりと頷きを返した。

「そうだね。私だって、呪いがなかったら……。というか、なんかそんなこと、記憶がなくなる前のいつき君も言ってた気がするよ」

 少し沈黙が流れ、そこからはお互いその話をすることもなく、たわいもない話をしながら料理の到着を待った。


「お待たせしましたー」

 垣内の言葉と共に、鼻をくすぐる匂いが近づいてきた。

「あっ、オムライスわたしでーす」

 佳乃の号令を元に、垣内が食事を配膳していった。目の前に置かれたオムライスを眺め、佳乃が手をあげる。

「ねえねえ。このお店はにゃんにゃんとか言いながらケチャップでお絵かきをしてくれないの?」

「あるわけないでしょ。そのたっぷりかかったデミグラスソースが見えないんですか」

「ちぇーっ」

「でもぉ。せっかく初日に来てくれた優しい先輩にはぁ。たぁっぷり愛情を込めながら配膳させてもらいましたよぉ」

 佳乃の舌打ち以上にわざとらしい垣内の振る舞いに、思わず笑みがこぼれた。そんな垣内の様子を見て、佳乃はすっと顔つきをニュートラルに戻した。

「あ、そういうのはいいです」

「えー……種撒いといて回収をサボるのやめてくださいよマジで」

「いっただきまーす」

「無視っすか!?」

 垣内と佳乃の関係性は、多分いつもこんな感じなんだろう。そんなことを考えながら、俺は目の前に置かれたフォークを手に取った。

 食事を始める俺達を眺めながら、垣内がぽんと手を叩いた。

「あっそうだ。私もうすぐあがりなんで、ご一緒しても良いですか?」

「うん。いいよ」

「ありがとうございます。そしたら着替えてきますねー」

 垣内が去っていった先にあった時計は、二十一時前を指し示していた。

 何だかんだ遅くなったなとパスタを口に運んでいると、家を出る前に急いで後ろポケットに突っ込んだ紙のことを思い出し、心が少しざわついた気がした。


 食事をほとんど終えた頃に、着替え終わった垣内が席へと合流した。

 ふうと大きく息を吐きながら、彼女は佳乃の隣を陣取った。

「いやぁ疲れましたー」

「お疲れ様。どうだった? 初日は」

「なんというか、ピーク時はすんごい大変でしたけど、なんとかなってよかったです」

「上手くやれそうじゃないか」

「恐縮でーす」

 垣内はえへえへと頭をかきながら、嬉しそうな笑みを浮かべた。それに並び、佳乃も笑みを浮かべる。

「でも、初日ぐらいもっとわたわたしててくれないと、からかいがいがなくて困っちゃうよ」

「ひどいっすねー。後輩のことはもっと穏やかな目で見てくださいよ」

 そんな事を言いながらも、垣内は依然として嬉しそうな様子だった。

 三人で穏やかな笑みを浮かべていると、別の店員が飲み物を配膳しに来た。

「食後の飲み物お持ちしましたー」

 コーヒーとココアがテーブルに並べられる。それと同時に、店員は垣内に視線を向けた。

「あず子、まだ帰ってなかったんだね」

「いやぁ、せっかくの初日記念に、茶でもしばいて帰ろうかと」

「あははっ。相変わらず何言ってるかわかんないね」

 垣内に声をかけた後、店員はこちらに会釈を向けた。合わせて会釈を返していると、垣内の前にもコーヒーが置かれた。

「えっ、私まだ頼んでませんけど」

「ミスなく頑張ったあず子に私からのおごり。明日も頑張りなよ。ではではごゆっくりー」

 垣内の先輩と思しき店員は、スマートに手を振って去っていった。垣内はきょとんとした顔で目の前のコーヒーを眺めている。

「良かったな。もうなんかすっかり馴染んでるじゃないか」

「うんうん。なんだか期待されちゃってるね」

 俺達の言葉でようやく事実を飲み込んだ垣内は、嬉しそうな笑みを浮かべた。

「いやいや、それほどでも——ありますね。やばくないですか? 私のポテンシャル」

「すごいねー」

 無機質な声と共に、佳乃がココアに息を吹きかけた。

「感情こもってなくないですか?」

「素直に感心してるんだよー。杏季ちゃんすごーい」

「やっぱり感情がこもってないですよ!」

「ふふっ」

 吹き出したように笑いながら、佳乃はココアを口に運ぶ。

 他にも苦情があったのか、垣内は続けて言葉を放った。

「……というか、呼び捨てで良いって言ってるじゃないですか! 距離を感じます!」

「別に距離を取ってるわけじゃなくて……」

「巫女ちゃん先輩を呼ぶときは、たまって言ってるじゃないですか。あんな感じで、ほら、ほら」

「えー」

 困惑する佳乃を尻目に、意気揚々と垣内が言葉を促している。そんな彼女は、ふと思い立ったようにこちらを向いた。

「ほらほらー。あ、お兄さんも私のことは、杏季、もしくは眼鏡女でお願いしますね。私もいつきさんって呼びますから」

 しっかり話を振ることを忘れない垣内のコミュニケーション能力の高さと、尖った性質に驚かされる。

 眼鏡女が候補に上がってくるとは思わなかった。こんなものほとんど一択じゃないか。

「えげつない性癖してるんだな。じゃあ普通に杏季って呼ばさせてもらうよ」

「はいばっちりです。というか、女子高生に対して性癖なんてえげつない言葉使わんでくださいよ」

 苦笑いを浮かべた後、垣内は佳乃に向き直る。

「さあ、おいちゃん先輩の番ですよ」

 おいちゃん……。ああ、相生から取ってるのか。俺が理解をする間も、佳乃は悶々と悩み続けていた。

「うー……わかったよ」

 何かを諦めたように顔を背けた佳乃が、小さく呟く。

「あ、あず……」

「ん? なんですか? 聞こえないっす」

「あーず! これでいいでしょ!」

「あっはー。ベリーグッド。くっそきゃわたんです」

 喜びに身を揺らす垣内の横で、佳乃が顔を真っ赤にしていた。

「そうやって茶化すから言いたくないの!」

「いいじゃないですかー。ね、きゃわたんですよね?」

「ああ、きゃわたんだな」

「いつき君まで変なこと言わないの! もう……」

 極限まで顔を赤らめた佳乃が、逃げるようにココアに口をつけた。


「おいちゃん先輩って、リアクションが可愛らしいんで、どうしてもいじめたくなるんですよね。ぐふふ」

「ずいぶん仲良くなってるんだね」

「そりゃね、最近は昼ご飯も一緒に食べてますし。知ってますか? おいちゃん先輩って、いつも学校の屋上でご飯食べてるんですよ。巫女ちゃん先輩と一緒に。うちって屋上進入禁止なんですけど、用務員さんから鍵借りてるんですって。わざわざ人を避けるために、そこまでしますか普通。てなわけで、最近は私も屋上にお邪魔してるってわけです」

 呪いがなくとも、垣内の一ターンは長いらしい。息継ぎがてらコーヒーに口に運んだ垣内の代わりに、俺が言葉を挟み込む。

「佳乃は相変わらずの徹底っぷりだな」

「いいでしょ別に。ちゃんと許可は取ってるんだから。……たまがだけど」

「とはいえ、そこまで人を避けなくても」

「そうですよ。関わるなって言われて、私めちゃくちゃショックだったんですからね」

「何回も聞いたよそれは。ちゃんと謝ったでしょー」

「冗談ですよー。あ、そうだ、いつきさん知ってますか? なんでおいちゃん先輩が人を避け続けているか」

「いや、聞いてないな。そういえば、結局のところなんで佳乃は人を避けてたんだ? ウインクキラーはなかったのに」

 とんとんと進む会話の中に、解決していない純粋な疑問が湧いてきた。

 今の俺と再び出会った時、ウインクキラーがなかったのであれば、佳乃はなぜ人を避けるような真似をし続けていたんだろうか。

 佳乃の代わりに垣内から答えが配られる。

「いつき君を置いて、私だけ幸せになるなんて出来なかったから……。だそうですよ。愛されてますねーこのこのー」

 真に迫った佳乃の物真似をしながら、垣内が冷やかすように肘をこちらに向けた。

 佳乃らしいといえば佳乃らしい。彼女は背負う必要もない業を、無理矢理背負っていたのだ。

「もー。なんで言っちゃうかなーこの子は」

「だって、私は変だなーって思いますもん。過去に何があったとしても、幸せになれるチャンスがあるなら追いかけるべきです!」

「それも何回も聞いたよーだ。その方が何かと都合が良かったのも事実だもん」

「あーもう。だからさっさと呪いなんて全部解いちゃってくださいよ! これだけあーだこーだ言ってますけど、突き放されたことへの八つ当たりですからね! ごめんなさいね!」

 謝る気のない勢いで言葉を発した垣内は、勢いのままコーヒーを飲み干した。

 これに関しては、俺も漏れなく垣内と同意見だ。俺のことなど放っておいて、楽しい学校生活を歩めばよかったのに。

 しかし、支えられた身から、そんな大言を言うことなどは出来ないが。

「心配してくれる後輩もいるんだし、俺のことは気にしなくてもいいんだぞ?」

「べーだ。言われなくても、大学に行ったらいつき君のことなんて気にせずに友達たくさん作っちゃうもんねー!」

 拗ねるように口を尖らせた佳乃は、前髪をくるくるといじり始めた。佳乃としても、この話が俺に触れればこういった話題になることを理解していたのだろう。

 俺もこれ以上、過ぎたことをとやかく言うつもりもない。薄く笑いを浮かべ、俺はコーヒーを口に運んだ。

「あ、そっか。もうすぐおいちゃん先輩は卒業しちゃうんですよね」

 大学という佳乃の言葉で事実を思い出したように、ポツリと垣内が呟いた。彼女達が仲良くなった期間は、普通の先輩後輩にすればあまりにも短い。確かに悲しくもなるだろう。

「せっかく仲良くなれたのにー! 置いて行かないでくださいよー」

 垣内は勢いよく佳乃に抱きついた。

「よしよし。ちゃんと卒業しても遊んであげるから」

「約束ですよー? ……ああ、おいちゃん先輩、やっぱりいい匂いっすね。落ち着くー」

「変態さんはお断りだよ!」

 いい感じでまとまりそうだった空気を、垣内自身が簡単にぶち壊した。こんな空気も含めて、終始二人ともなんだか楽しそうな様子だった。


 垣内は夢のため、このようにアルバイトを始めた。

 佳乃の周りの人間関係も、驚くほどの速度で整備されていっている。

 それぞれがそれぞれの将来に向かって、一歩を踏み出しているように見えた。俺はどうなんだ?


 俺は嬉々とする二人を眺めながら、ポケットに鎮座する紙片をなぞった。この中身は、おそらく俺が一歩を踏み出すために向き合わないといけない物。

『遺書』という見たくない二文字の中身には、いったいどんな世界が待っているのだろうか。

 啜ったコーヒーからは、ちくりとした苦味が広がった。

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