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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
7話 覚えない青年

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覚えない青年8

「おかしい……」

「なんだよ急に」

「だっておかしいんだよこれ」

「おかしいって言うほど汚くはないだろう」

「字の汚さの話じゃないよー!」

 佳乃は奪い取った日記を自身の目の前に置き、開いたページを反芻した。

「どれもこれも、佳乃達が教えてくれた内容じゃないか。なにを今更驚く事が——」

「そもそも私達は、呪いのことをいつき君から教えてもらったんだよ」

「そうだったのか」

「その情報の出所が、ここだったってことに驚いているんだよ」

 佳乃は雑多な記述の中から、ウズメという三文字をなぞった。

「つまり俺は、神様から聞いたことを佳乃達に話していたってことになるのか」

「そうだね」

 佳乃の肯定を聞いて、ふと俺の中に疑問が湧きあがった。

 自身に降りかかる現象が呪いであるということや、呪いの解き方など、都塚が集めた資料のように過去の被害者からの情報によって判明するという運びには納得がいく。

 しかし、前述の情報の出所が騒動の主犯であるとなれば話が変わってくる。

「なんでウズメは俺にこの情報を渡したんだ?」

「そう。それがおかしいんだよ」

 佳乃はぽんと手を叩いて、こちらに身体を向けた。小さく上げられた佳乃の指先が、ゆらゆらと揺れ始める。

「今まで私達の前に現れた神様は、呪いを解こうとする私達の邪魔ばかりしていた。だからこんな情報を与える意味がわからないの。これじゃまるで——」

「呪いを解かせようとしているみたいだな」

 佳乃の言葉で疑問点がはっきりとわかった。ハッとする俺に反し、佳乃は不満そうな顔を浮かべる。

「もう。私の台詞だったのに」

「言ってる場合かよ」

 頬を膨らませる佳乃をなだめながら、俺はもう一度自分の筆跡を目で追う。

 呪いを解かせまいと動いている奴が、こんな情報を与えてくるなんて、確かに佳乃の言うとおりおかしい。だとするとこの情報から得られるヒントはなんなんだ。

「呪いのことを、いつき君は最初に会ったころから知っていた。きっと、私達と出会う前に君は神様に会っているんだよ」

「なるほどな」

 先日の夢といい、神は俺だけに向けて何度もヒントを送ってくれているらしい。しかし、その記憶も他でもない神によって消されている。あまりに一貫性がない。 


 更なるヒントを探すべく、俺はページをめくっていく。

 そこから先の内容は、おおよそ都塚の資料で見かけたような内容ばかりだった。五分ほど内容をなぞったが、特に起伏もなく、日記はあっさりと最後のページを迎えた。

 日記を閉じ、俺はふうと息を吐いた。隣の佳乃からも息が漏れる。

「ヒントっちゃヒントだけど……。我ながらいまいちだな」

「うんうん。超いまいちだよ。特に私がプレゼントした日記帳が、チラシの裏みたいな扱いを受けていたって事実がいまいちだね」

「か、過去は過去。今は今だぞ」

「便利な言葉だねそれ。今度私も使おっと」

 佳乃は椅子から立ち上がり、閉じた日記帳を俺から取り上げた。それを中心にして、佳乃はその場をくるくると回り始める。

「私、分かっちゃった」

「分かった? それを見て何か分かったのか?」

「うん」

 佳乃は俺の頭に日記を置いた。ちょうどいいバランスで置かれたそれは、佳乃が手を放しても俺の頭の上に留まり続けた。

「お茶、温めてくるね」

 佳乃はそのままキッチンの方へと歩いて行った。俺は頭から日記帳を降ろし、もう一度ページをめくる。

 何度見ても日記の日付には統一感がなく、日報が始まったページの日付が最新のものであるということしかわからなかった。

 後半の雑多なメモも、五花の呪いについては書かれているが、肝心な自身の呪いの手がかりになりそうなものが見つからない。

 結局は面白くもない日報部分を洗い出すしかないか。本を置くと同時に、コップに茶が注ぎ込まれる。

「ああ、ありがとう」

「いえいえ」

 朗らかな表情で茶を注ぎ終えた佳乃は、正面の席へと腰掛けた。佳乃はゆったりとした手つきで、日記が入っていた茶封筒を二つに折りたたむ。

「いつき君は何か閃いた?」

「……うーん」

 思考を転がしてみたが、俺の口からはうなり声だけがあがった。全く光らない俺の思考を汲み取った佳乃が、静かに笑みをこぼす。

「ふふっ。佳乃ちゃんは閃いてしまったのです」

「そういえば、何か分かったって言ってたな」

 茶で全てを濁されるところだった。佳乃の落ち着いた様子を見るに、どうやら本当に何かを読み取ったらしい。食い入るように視線を向ける俺に、佳乃は笑みを返す。

「私達が知りたかったことは、いつき君の呪いのことと、最後の呪いの解き方だったよね?」

「そうだな」

「メモを見る限り、いつき君の呪いは周りから思い出がなくなっているってこと。私が持っている思い出は自分の日記を見る限り消えていないから、呪い発生時点までの思い出がなくなっていると考えるのが妥当かな」

 佳乃は日記を手に取り、ページをめくっていった。

「いつき君はこれだけの情報を持っていたのに、何で自分の呪いを解かなかったんだろう? 呪いを放って置いたら、また周りから忘れられちゃうかもしれないのに」

「単にそこまで考えが回ってなかったんじゃないか?」

「ふふふっ。さすがにそれはないんじゃない? 私だって、また忘れられちゃうんじゃないかーってひやひやしてたもん。今もだけど……」

 冗談めいたトーンを変えない佳乃に、俺は思わず言葉を詰まらせた。

 実際に同じ気持ちを味わったであろう佳乃が語るのだ。俺が過去の自分を卑下していても仕方がない。俺は熱い茶を口に含んで気持ちを切り替える。

「うーん。じゃあ、単純に過去の後悔がわからなくて、解き方がわからなかったとか」

「ここまで具体的に、わざわざ過去のことを思い返す日記を書いてるんだから、覚えていそうなものだけれど」

 俺から答えを引きずり出そうとしているのか、佳乃は次々と疑問を吐き出し続ける。

 そもそも、過去の記憶という下地が違うのだ。佳乃の目には、俺とは違う形で日記が映っているのだろう。

「だめだわからん。俺からは何も出ないぞ」

 潔く諦めの言葉を吐いた俺に、佳乃は愉快そうな笑みを浮かべた。

「ピンときていないみたいだから、ついつい意地悪しちゃった。えへへ」

 なにが「えへへ」だ。俺から答えが出ないことをわかった上で、佳乃は疑問を吐いていたらしい。

 唇を尖らせる俺をなだめつつ、佳乃が口を開いた。

「きっと最後まで呪いの面倒を見るつもりだったんじゃないかな。呪いを解けるのは、呪われた人だけだもん。ほら、いつき君って今も昔もお節介焼きだから」

「褒めてんのかそれは」

「もちろん褒めてるよ。それどころか、そんないつき君だからこそ愛してるんだよ」

 ニコニコと揺れながら話す佳乃は、徐々に顔を赤らめていく。恥ずかしいなら余計なことを言わなきゃいいのに。そんな俺のツッコミを待たず、佳乃は言葉を続ける。

「自分自身の呪いは自分で解けないってことを教えてくれたのはいつき君なの。だから俺の呪いは最後で良いって、よく言ってたっけ。私はその言葉を信じていたし、疑うこともしなかった」

「物知りだったんだな俺は」

 言葉を発しながら、自分自身に感心してしまう。しかしながら、こういった知識も神様からの入れ知恵だったと考えると、カンニングした知識をさも自分のもののように語っていたことになる。

 感心と同時に湧いてきた羞恥心が、ほのかに俺の体温を上げた。

「そんな物知りないつき君。誰からそのことを聞いたんだろうね?」

「そりゃ、ウズメからじゃないのか。……自分の知識みたいに話していたみたいだが」

「うんうん、そう思うよね」

 身に覚えがない、過去の自分の醜態に対して自白する日が来るなんて夢にも思わなかった。

 恥を偲んだ俺の言葉に、佳乃は指を振ったあと、その指を日記に向けた。

「でももしそうだとしたら、自分の呪いは自分では解けないって事もこのメモに残っているはずじゃないかな? そんな大切な内容が、なんでメモに書いていないんだろう?」

「それは……」

「私はいつき君の口以外からそんな言葉を聞いた事も見た事も無い。多分、稔莉さんの資料にもないはずだよ」

 俺は口を閉ざして日記を見つめた。そういえば、あれほど詳しく書いていた都塚の資料にも、自身の呪いは解けないなどという記述はなかったように思う。

 要はこれは、過去の俺の頭の中だけにあった呪いの情報だ。俺は答えを求めるように佳乃を見つめた。

「結局、何が言いたいんだよ」

「つまりはね、自分の呪いは自分では解けないっていうの、嘘だったんじゃないかなって」

 佳乃の言葉で、かちりと思考が納まりを見せた。

「でも、なんでそんな嘘をわざわざ……」

「だからお節介焼きなんだよ。そこまでして、他の人の呪いを優先して解こうとしていたんだから」

 なぜか嬉しそうに微笑む佳乃は、二つに折られた茶封筒を再び手に取った。

「過去のいつき君は、自分の呪いを解かないために自分自身の呪いは解けないという嘘を私たちについていた。最後の呪いの解き方、なんてテーマは、最初から存在しなかった。今まで通り、呪いの根源さえ絶てば呪いは解ける。これが私の閃きだよ。いかがでしょう?」

 佳乃は自慢げにカップを傾けた。悦に浸る顔が腹立たしかったが、不思議と反論が出てこなかった。

 色々な事象に理由をつけられてしまったこともあり、佳乃の推測はすとんと俺の中に落ちた。結局のところ、俺がついていた嘘が、事態をよりややこしくしていたというわけだ。

 こういう俺自身の杜撰さも含めて、佳乃の推論は否定のしようがなかった。

「反論の余地なしだよ」

「どややぁ」

「すごいすごい」

「ちょっと、褒め方が雑じゃない? もっと褒めてもいいのにー」

「そのうっとうしい顔をやめたら考えてやるよ」

 不満の言葉を吐き出しながらも、佳乃は自信に満ち溢れた褒めがいのない顔つきを続けた。

 褒めたくはないが、おかげで思考がすっきりとした。最後の呪いの解き方という重要な要素にも、はっきりとした道筋が立ってくれた。

 あとは日記とにらめっこをして、自身の呪いについて深く考えていけばいい。

 しかしながら、自身の呪いの詳細以外にも考えなければならないことがある。

「今後の動きはなんとなくわかったけど、五花の呪いの根本についてはわからんままだな」

「呪いの根本? ああ、この間言ってた夢の話?」

「そう。俺はどうしても、五花の呪いっていうシステム自体がなくならないと気が済まないらしい」

 自身の呪いが解け、今回の呪いが終わりを迎えても、結局のところは根本的な解決にはならない。ウズメと話した事が、どうにもひっかかって離れてくれない。

 今にして思えば、過去の記憶が奪われた理由も、ひょっとするとこういう呪いの根幹に纏わる重要な情報を俺が握っていたからではないのか?

 わざわざ目の届かない実家にこの日記を送っていたのは、心を読むことが出来るウズメの目を掻い潜るための保険だったのかもしれない。


 物思いに耽りながら腕を組んだ俺に対し、佳乃は更に口角を上げた。

 俺がうんうんと悩む様子は、そんなにおかしく映ったのだろうか。

「なにがおかしいんだよ」

「えっ、なになに?」

「なになに、じゃなくて、笑ってるじゃないか」

 笑みを指摘された佳乃は、口元に手を当てて更に笑みを深める。

「そっちの方は、私に任せてもらってもいいかな?」

「そっちの方っていうのは、呪いの根本の話か?」

「うんそうだよ」

「任せろって言われても……。まさかもう何か閃いているのか?」

「さぁ、どうでしょう」

 佳乃は自分と俺のコップに茶を注ぎなおした。

「どうしてそこではぐらかすんだよ」

「はぐらかしてなんかないよ。こっちはまだ自信がないだけで」

 ぺらぺらと言葉を繰り出す佳乃の様子は、なおはぐらかしているようにしか見えない。

 佳乃がまた何かを抱え込もうとしているのではないかという不安感が俺の中に芽吹いた。

「お前、また一人で解決しようと思ってるんじゃないだろうな?」

「お前じゃないよ、名探偵佳乃だよ」

 ご丁寧に注釈を入れた佳乃は、両手の人差し指をこちらに向けた。

「思ってないから安心していいよ。単なる役割分担。いつき君は自分の呪いのこと、私は五花の呪いのこと、わけっこだよ」

 佳乃の指先が、彼女の頭をとんとんと叩いた。

「日記の先、いつき君がどんなことを話していたかということは、私の頭が覚えてる。この日記の存在のおかげで、呪いを消し去るための要素は全部集まったんだよ。これも過去のいつき君の想定通りだったんならすごいよね。絶対違うけど」

 過去の俺に少しばかりのけちをつけながら、佳乃は再び茶封筒を手にとった。二つ折りされた茶封筒が、更に折り曲げられる。

「本当に無理してないな?」

「してないよー」

「本当に本当だな?」

「本当だってばー」

「嘘ついてないな?」

「しつこっ! しつこいよいつき君! 一ラリーで十分だよ!」

 佳乃は激しくつっこみを入れながら、茶封筒の折り目を深めた。頬を膨らませる佳乃に笑みを返しながら、俺はカップに口を付ける。

 抱え込むということに関して数多の前科を持っている佳乃が相手であることから、このやり取りですら俺にはしつこいとは思えなかった。

 それでも佳乃がこれほどまでに意気込んでいるのだ。信用して見守ってやろうじゃないか。

「わかった。じゃあそっちは佳乃に任せた」

「任されたよ」

 佳乃はにやりと笑い、親指を立てた。それと同時に、ぐうという乾いた音が響いた。ハッとした佳乃が、自身のおなかを押さえる。

「凄まじい音だな。腹に何か飼ってんのか?」

「し、仕方ないでしょ! 何も食べてないんだから……」

「ふっ。そんなにしっかりとした空腹の音、久々に聞いたわ」

「デリカシー! こういうのは気を使って聞こえないフリするのが普通でしょ! 紳士じゃないなぁ」

「記憶と一緒にデリカシーもなくしたのかもな」

「なにそのいじりにくいボケ。勘弁してよもう」

 佳乃は溜息を吐きながらキッチンへと向かった。しばらく冷蔵庫を見渡し、とぼとぼとこちらに帰ってくる。半笑いの佳乃は両手を軽くあげて首を振った。

「お察しの通り、すっからかんです」

「んじゃ外に食いに行こうぜ」

「今から買い物って気分でもないし……うん。そうしよっか。いつき君のおごりでしょー? なに食べよっかなー」

 さらりと財布に打撃を与えようと画策する佳乃は、再びコートを羽織った。お使いの駄賃と考えれば、まあ至極真っ当か。

 佳乃に合わせて食べたいものを画策していると、数時間前の光景が頭をよぎった。

「ファミレスにしようぜ。駅前のさ」

「ファミレス? いいけど、どうしたの急に? ひょっとしてお財布ピンチなの?」

「ちげーよ。実はな――」

 失礼な物言いをする佳乃に向け、垣内がファミレスでバイトを始めたらしいという旨を伝えた。せっかくのバイト初日、花を添えてやろうではないか。

「なるほど。いいね。よし決まりっ! ふふっ。あそこのファミレス、制服が可愛いんだよ。杏季ちゃんどんな風になってるかなぁ」

 にこにこと笑いながら、佳乃は玄関へと向かっていった。俺は日記帳を閉じ、佳乃に続いた。


 ふと佳乃が折り曲げた茶封筒が目にはいる。なぜか生じた違和感に、俺は茶封筒の折り目を広げる。逆さまにしたそれから、ぱさりと何かが落ちる。

 どうやら、封筒に入っていたのは日記帳だけではなかったようだ。落ちたそれは、白い封筒のように見えた。



 ほんの数ヶ月前、同様のサイズ感のものを見た事がある。

 仕事を辞める時、怒りのまま上司に突き出した離職届。胸糞悪いことを思い出してしまった。溜息を吐きながら、落ちた紙を拾い上げる。裏返したそれに書かれていた字面に、吐き出した溜息も凍りついた。

 白い背景に、ただ二文字。

『遺書』と言う文字がそこにはあった。

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