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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
7話 覚えない青年

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覚えない青年4

 約束の土曜日が来て、何故だか最大限におめかしをした佳乃を見送り、俺は喫茶店へと繰り出した。

 一応両親に連絡は入れたものの、佳乃は無事話が出来るだろうか。不安に駆られながら喫茶店の扉を開く。からんと鈴が鳴り、温い空気が俺を出迎えた。

 喫茶店の一番奥、カップをおしとやかに傾ける背中に声をかける。

「悪いね、急に呼び出して」

 俺の言葉に、細い髪が揺れる。

「いえいえ。ちょうど時間もありましたし」

 笑顔で返事を返す乙女に労いをかけ、俺は彼女の正面へと腰掛ける。

 佳乃が両親に会いに言っている間、何かしら出来ることはないかと考えた結果、俺は目の前に座る都塚稔莉を喫茶店に呼び立てていた。

 ウズメが現れたこと、夢を見たこと、五花の呪いのシステムを壊す方法。都塚なら何か分かるかもしれない。

 注文したコーヒーが運ばれてきたことを契機に、都塚が口を開いた。

「それで、お話というのは?」

「ああ。ちょっと呪いのことを聞きたくて」

 俺は間を空けて、最近の出来事について話を始めた。記憶のこともウズメのことも、彼女は驚くことなくゆっくりと相槌を打っている。

 俺が話を全て終えた後も瞳を閉じて頷き続けている都塚に、俺は思わず言葉を付け足した。

「えっと、驚かないんだね」

 驚きを期待したわけではなかったが、こうも淡々と話を聞かれると伝わったのかどうかさえ怪しくなってしまう。

 都塚はぱちりと目を開けてから、にっこりと微笑を返した。

「佳乃ちゃんに諸々聞いていましたから」

「そ、そうなんだ」

「はい」

 更に眩しい笑みを浮かべる都塚は、ご機嫌でコーヒーを口に運んだ。カップから離れた唇が言葉を続ける。

「佳乃ちゃんが病院にいる時に、呪いのことや記憶のこと。ついでに夢の話も電話で聞かせてもらいました」

 諸々って、今話したこと全てじゃないか。知っているなら早く言ってくれればいいのに。優しさなのか、はたまた意地悪なのかはわからないが、彼女はどうやら二度目の内容をじっくりと咀嚼してくれていたようだ。

 佳乃も佳乃で、ちゃっかりと都塚と連絡を取り合っていたとは。この様子だと存在しなかったウインクキラーのことももう打ち明けているのだろうか。

「それで、聞きたいことというのは?」

 俺の脳内疑問を掻き消すように、都塚が言葉を放った。俺は思考をまとめ直し、本題へと話を進める。

「今一番呪いに詳しそうなのが君だから、話せば何か分かるかと思ったんだ」

「なるほど」

 都塚の細い指が、カップのふちをなぞる。

「ご期待には、添えそうにありませんね」

「えっ」

「呪いのことに詳しくなったというのは事実です。でも、山上さんの身に起こったことに関しては、私の知識の範囲外みたいです。最後の呪いの解き方も、私にはわかりません」

 都塚は眉毛を下げて、申し訳なさそうに微笑んだ。呪いの知識を持っている人間の範囲外。そう簡単にはいかないか。

「だよな。ごめんね、急にこんなこと」

 がっかりした様子を悟られないよう、俺は急いで言葉を吐き出した。都塚はもう呪いとは無関係なのだ。こんな形で巻き込もうとした挙句、勝手に落胆する姿なんて惨め過ぎて見せられない。

 動揺に泳ぐ視線を隠すため、俺はコーヒーに手をかける。

「ふふっ。そんなにがっかりしないでください」

「……え?」

 俺は再び都塚に視線を移した。口元に手を置きおしとやかに笑う彼女は、焦燥とは無縁の表情をしていた。

「ちゃんと私なりにお土産を持ってきていますから」

「お土産?」

 きょとんとした顔を浮かべる俺に、都塚は言葉を続ける。

「過去の呪いのことを調べている中で、気になる部分がありまして」

 言葉と同時に鞄を漁り始めた都塚は、机の上にレポート用紙を積んだ。何の論文なんだろうかと思うような用紙の山のてっぺんに、『呪いについて』という文字が見えた。

「えらい量の資料だね……」

「私、結構なんというか、オタク気質なんですよね。興味があることについてはとことん入れ込んじゃうんですよ」

 都塚は照れながらぱらぱらと資料をめくり始めた。

「私が調べる事が出来た内容は、全てここに記してあります。興味があればぜひぜひ」

「あ、ありがとう」

 活字離れした俺があれを読みきるにはどれほどの時間がかかるのだろうか。

 もう解けたはずの呪いについてここまでの熱量を保っているのは、本人が言うオタク気質のせいなのか、はたまた佳乃のためなのかはわからないが、なんにせよありがたいことだ。

「どうやってこんなに情報を?」

「山上さんにお教えした本、見ましたか?」

「ああ。でもあの中にはそこまで深い情報は――」

「いえ、あれはきっかけに過ぎません」

「きっかけ?」

「出版社、著者、編者、情報提供者、参考文献、何から何まで、全てを漁りました。故人の手記まで探しに全国を走り回りましたよ」

 都塚は指をパタパタと折り自信満々に語った後、恥ずかしそうに資料で顔を隠した。

「す、すいません。必死すぎて引きましたか?」

 都塚はあっけにとられていた俺の顔を、どうやら不快感と捉えたらしい。この呆けは純粋な驚きであり、引く要素などひとつもない。

「引いてないよ。素直に感心……っていうとちょっと偉そうだけど、驚いてたんだ」

「そうですか」

 ふうと一息吐いて、都塚は資料を机の上に戻した。

「ここには、神様に対抗しうる術が多く書いてあります。今まで呪いに関わった人達の試行錯誤がここに詰まっていると思います」

 俺は都塚から資料を受け取り、痒くもない頭を掻いた。ぱらぱらとページをめくる。

 資料は項目ごとに情報がまとめられており、欲しい情報がすぐにでも見つかりそうなほど整頓されていた。

 しかしこれほどの知識を以ってしても、この状況は如何ともしがたいわけだ。

「すごいな、こんなに……」

 資料をめくるたびに溢れる情報に、思わず感嘆が漏れた。呪いにまつわる情報だけではなく、本当にウズメに対抗する手段までもが書き連ねられている。

「その資料の中にも、山上さんと同様の状況については書かれていません。今後の参考になるかはわかりませんが、どうぞ使ってください」

「ありがとう」

 都塚が用意したお土産とやらは、俺が思っていた何倍も有益なものだった。

 呼び出して、勝手にがっかりして、その上お土産までもらうなんて、なんとも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。しかし都塚は気にする様子もなく、ニコニコと微笑んでいた。

「さっき言ってた気になる部分と言うのがですね」

 都塚はこちらに身を乗り出し、俺の手にある資料をぱらぱらと弄った。

 不意に近づいた都塚の頭部から、柔らかく甘いにおいが流れる。こんなときにこんなことを考えているなんて、佳乃に知られたら何を言われるやら。

 少し頭を振って邪念を振り払っていると、温い空気を裂くような電子音が響いた。自身のポケットからの振動はない。これはおそらく都塚の携帯電話が鳴っている。

「あら、すいません。私ですね」

 都塚は、ハッとした様子で身を戻した。携帯電話の画面を見た彼女は、更に驚いた様子で俺のほうを見る。

 思い当たる節もなく困惑する俺に、彼女は携帯電話の画面を向けた。

 画面には『着信中 相生佳乃』という文字が浮かんでいた。

「えっ。佳乃?」

 今日都塚に会うことは佳乃にも伝えている。しかも佳乃は今俺の両親に会いに行っている。不思議なタイミングでの着信に、俺は自身の携帯電話を見た。

 画面には現在の時刻と真っ黒な壁紙が映るだけで、不在着信があった気配もない。これは正真正銘、都塚に向けられた電話だ。

「とりあえず、出ますね」

 小首をかしげながらも、都塚は席を立って携帯電話を耳に当てた。そのままゆっくりと席を離れた彼女は、店の外へと出て行った。

 手に残った資料を机に置き、俺はコーヒーを口へと運ぶ。すっかりと温くなってしまったコーヒーが喉を流れる。

 わざわざ都塚に連絡を入れるということは、上手くいかなかったのだろうか。いきなり両親に会って昔の話を聞いてきてくれだなんて、よくよく考えれば無茶なお願いをしていたのかもしれない。

 俺はもう一度資料に視線を落とす。

 悲観にくれていると、からんと音を立てて都塚が店内へと戻ってきた。再び席に腰掛けた都塚の表情は、笑ったような困ったような不思議なものだった。

 顔は正対しているのに、目線はあわない。何か言おうとしているのに、肝心の言葉が出てこないような顔。

 今までの人生でよく見てきた表情だ。なんだ都塚。なにがそんなに気まずいんだ。

「あの、えっと……」

 とりあえず言葉を発した俺を制するように、都塚が右手を上げる。 

「山上さん。佳乃ちゃんからの伝言です」

「えっ、は、はい。なんすか」

「もう終わったからおうちに帰って来て、だそうです」

 急ぎ足で言葉を発する都塚とは、相変わらず目が合わない。

「いや、話がまだ途中で――」

「いいんです。ゴーホームです!」

 きょろきょろと、言葉を探すような都塚の仕草が、続々と不穏感を連れてくる。およそ一分前、俺は何をしてしまったんだ。何もしてないよな。

「よ、佳乃に何かあったのか?」

「違うんです……違うんですけど……」

 慌てて言葉を放った俺に対し、都塚はいよいよ頭を抑えて溜息を吐いた。

「山上さんの気持ちもわかります。おかしなことを言っている自覚もあります。だけど、今は察してください」

 諦めたように吐き捨てた彼女と、ここでようやく目があった。懇願する瞳に、蠢いていた言葉達が消え去って行った。代わりに出てきたのは、諦めの言葉だけだった。

「……わかったよ。わざわざ時間作ってくれてありがとう」

 わざとらしい溜息と共に、俺はポケットから千円札を取り出し机に置いた。立ち上がる俺に頭を下げ、都塚は下を向く。

 どうしてこうも、都塚との喫茶店での別れは唐突なんだ。どうせなら、もっとはつらつとしてくれればいいのに。

 きっと都塚は悪くない。察しろと言うぐらいなのだから、きっと佳乃関連で相応の出来事があったのだろう。

 察しろと言われても、なんていう恨み言を頭に浮かべながら、俺は喫茶店の扉を開く。軽やかな鈴の音の後に、都塚の声が聞こえる。

「山上さん。記憶がなくなった理由をもう少し考えてみてください。きっとヒントがあるはずです」

 意味を問い返す気にもなれず、俺は右手だけを上げて喫茶店を出る。ポケットに入りきらない資料を手に持って、俺は急ぎ足で家へと戻った。

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