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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
7話 覚えない青年

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覚えない青年3

「し、失礼しちゃうよ! ちょっと呼吸の仕方を忘れただけだもん!」

 異常事態じゃないか。とつっこみを入れる前に、佳乃は早足で言葉を付け加える。

「いつき君が変なこと言うからだよ。さっきと言ってることが全然違うじゃん! 呪いについて考えるんじゃないの? 諦めちゃ駄目だよ!」

 鼻息荒く俺に詰め寄る佳乃は、どうやらやはり勘違いをしている。面白いリアクションに満足した俺は、佳乃の額を突き、元の体勢に戻させる。

「落ち着け。呪いを解くのを諦めたって言ってるわけじゃないから」

「えっ、違うの?」

「違うよ。今の俺の頭の中には答えがないって言いたいだけだ」

 まだ納得がいかない様子の佳乃は、腕を組んで眉を寄せた。

 呪いに関する記憶がないのであれば、その根源となる願いについても同様に記憶から消されているはずだ。

 佳乃達の話を聞いたところによると、彼女達と出会った頃には既に俺は呪われていたのだ。よって俺の願いは、おそらく佳乃達と出会う前の記憶の中にある。

 佳乃が意図せずくれた『今の俺が覚えていることは呪いとは関係がない』という事実のおかげで、次やるべき事がはっきりとした。

 きっと探るべきは、佳乃たちと出会うよりもう少し前の俺自身。

 俺は考えを纏め上げ、佳乃の瞳に言葉を渡す。

「佳乃、次の休みでいいんだけど、お使いを頼まれてくれないか?」

「お使い? いいけど、なんで?」

「俺じゃ出来ないことだからだよ」

 不思議そうにこちらを見つめる佳乃に、俺はにやりと笑い顔を向けた。

「いつき君じゃ出来ないこと? うーんなんだろう」

 佳乃は口元に人差し指をあて、思案を始めた。答えに詰まっていそうな様子を察し、俺は佳乃に答えを与える。

「俺の両親に会って来てほしいんだ」

 呪われる前の記憶を辿るため、俺が思いついた最初の手札は両親だった。

 直接的なことは聞けないかもしれないが、実家に行けば何かしらのヒントも落ちているかもしれない。

 あいにく俺は呪いのせいで街の外に出ることが出来ないが、呪いが解けた佳乃にならそれが出来るはずだ。


 そんな俺の思惑に反し、佳乃は思案の体勢から急遽立ち上がり、顔を真っ赤に染めた。

「い、い、いつき君! 今なんて言った?」

 なぜかあたふたし始めた佳乃は、とことこと対面にいる俺の横に寄ってくる。

「な、なんてって、両親に会ってきてくれって言ったんだよ」

 俺はそんなに変なことを言っただろうか。佳乃の気迫に気圧されつつ、俺は真っ直ぐこちらを見つめる佳乃から視線を外した。

 繰り返された俺の言葉に、佳乃は両手を頬に当てくるくるとその場で回転を始めた。

「やーん、いつき君ったら。プロポーズはもうちょっとムードのあるときにしてもらわないとー。まあ、私は全然そんなこと気にしないけど」

 三周ほど回転した佳乃が、もじもじと言葉を放った。何を言ってるんだこいつは。

「え、なに言ってんの?」

 心の声とほぼ同じ声が俺の口から漏れる。

「私をご両親に紹介してくれるなんて、それはもうプロポーズと言っても過言ではないよね。ね? どうしよう。でも待って、せめて大学に入って少し落ち着いた頃にでも……」

 黄色い声を上げ続けながら、佳乃はばたばたとソファーの方へ飛び込んでいった。なにやら俺の言葉をとてつもなく曲解してらっしゃるらしい。見ている方が恥ずかしくなる。

 あいつはあんなに馬鹿だっただろうか? これも俺が忘れてしまっている佳乃の素の部分なのかもしれない。これが惚れた弱みなのか、あんなに愚かな姿に不覚にもときめいてしまった。しかし、曲解されている事実は訂正してやらねばなるまい。

「おい、馬鹿たれ」

 俺は立ち上がりソファーへと近づき、佳乃に言葉をかける。佳乃はクッションに顔を埋め、足をばたばたと動かしていた。スカートの動きに合わせて揺れる白い肌にばつが悪くなり、俺は慌てて言葉を加える。

「何を勘違いしているんだ」

「えー」

 クッション越しの曇った声が返ってくる。ここまで浮かれた相手に事実を突きつけるのは、非常に根気がいる。溜息と同時に、俺は佳乃に事実を突き刺した。

「願いの元を知るために、両親に話を聞こうと思ったんだ。しかし、俺は街から出られないらしいじゃないか。だから代わりに話を聞いてきてくれないかってお願いしたんだが……」

 俺の言葉に、賑やかだった佳乃の足が動きを止めた。しばらく無言が続き、クッションで顔を隠したまますくりと立ち上がった佳乃が、無言のままテーブルに戻った。椅子に腰掛けた少女は、そのまま頭を抱えるようにして顔を隠した。

「お分かりいただけただろうか」

「お分かりだよっ! いつき君こそ、今の私の恥ずかしさがお分かりいただけているだろうか!?」

 クッション越しであやふやだが、おそらく佳乃はそう言った。

「心中お察しいたします」

 からかうように付け加えた俺に向け、佳乃はようやく顔を上げる。真っ赤になった顔が、恨めしくこちらを睨みつけた。

「お察ししてるならからかわないでよー。いつき君がややこしい言い方するから悪いんだよ」

 この状況を作り出したのは、どう考えても佳乃の妄想癖の暴走だ。俺には全く非などないと言い切れる。しかしながら、これ以上赤い顔をした少女をいじめるのも気が引ける。

「はいはい。悪かったよ」

「もう、思ってないでしょー」

「思ってるって。それで、どうする? 引き受けてくれるのか?」

 佳乃は頬を膨らませ、腕を組んでそっぽを向いた。

「……引き受ける。いつき君にいじめられたーって、ちゃんと報告してくるからね」

「おいおい」

 その後、佳乃の機嫌を取り戻すのに時間を要したが、とりあえずは週末に佳乃が俺の実家へ行くことで話は落ち着きを見せた。

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