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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
3話 明かせない乙女
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明かせない乙女1

 明けて翌日。俺は学校へと向かう佳乃を見送り、元同僚たちの出勤時間と被らないように少し間をおいてから社宅へと向かった。

 働き始めてからの数年で、これほど緊張しながら自室に入るのは入社当初以来だろうか。俺はやたらとキョロキョロと周りを見渡しながら、さながら盗人のような足取りで鍵を開ける。

 扉を開けると、先程までいた佳乃の部屋とは違い、生温い空気が俺を出迎えた。

 佳乃の提案で荷物を全て彼女の家に持ち込むことになったわけだが、元々生活にこだわりを持っていないこともあってか、案外簡単に荷物の整理が済んだ。

 わずか数時間で身辺の整理ができるなんて、我ながらエコな生活を送っていたなと唖然としてしまう。

 帰りの足で不動産会社に立ち寄り状況説明と退去の意思を伝えると、今日やるべきことが全て終わってしまった。

「あっけないなぁ」

 不動産を後にし、ボーッと携帯を眺めていると、見覚えのない番号からの着信が俺の携帯を揺らした。

「もしもーし。いつき君の携帯であってますかー?」

 声の主は、間違いなく佳乃だった。いつの間に携帯番号を盗まれていたのかという疑問を含め、呆れを溜息に込めながら俺は答える。

「そうだけど」

「私が誰だかわかるかな? ふふふ、なんとあの佳乃ちゃんだよー」

「どの佳乃ちゃんだよ」

「そっけないなぁ。せっかくかわいいJKからの着信なのに」

 不満げな声をあげる佳乃の様子に、さらに深い溜息が出る。

「用がないなら切るぞ」

「待って待って! ひどいなー急に。今どこにいるのかなと思って電話したのに」

 電話越しにいろいろな感情を繰り出す佳乃に構わず、俺は淡々と現在の居場所を伝えた。

「なるほど。荷物運びは終わった? もし終わっていたら、近くにいるからちょっと付き合ってほしいんだけど」

 佳乃が俺を誘い立てる理由は全くわからなかったが、断る理由も見つからなかった。

「わかった。じゃあ駅前に車停めて待ってるから」

 はいはーいじゃあねー、と勢いよく電話を切った佳乃は、俺が駅前に停車して十分ほど待った頃にやって来た。

「おまたせ。車、持ってたんだね」

「もらいものだけどな」

「そうなんだ。うちの駐車場の番号何番だったかな」

 佳乃はいそいそと助手席の乗り込み、冷気を振り払うように両手を擦り合わせた。暖をとる佳乃を尻目に、俺は話を本題へと移す。

「それで、何に付き合えばいいんだ?」

「あ、そうそう。ちょっとね、ある人と話をしてほしくて」

「話? 誰と?」

「私の呪いを解く鍵を持ってるかもしれない人だよ」

 人差し指をぴんと立てて、自信満々に佳乃は言った。

 呪い。昨晩佳乃が話していた好きになった人が死ぬ呪い。本人いわく、ウインクキラー。

 それを解く鍵を持つ人間と、なぜ俺が話をする必要があるのだろうか。眉を顰めた俺に、佳乃は笑みを向けた。

「なんで、って顔してるね。表情が分かりやすくて素敵だよ」

 これ見よがしに口角を上げ、佳乃は話を続ける。

「私の呪いの事は昨日の夜話した通り。だから私はなるべく人と関わりたくないの」

「だから俺が代わりに話をするってことか?」

「そのとおり。私と同じように呪いにかかっていそうな人の目星はついてるんだけど、そのせいでアプローチをかけることができなかったの」

 なるほどな、と俺は頷きを返した。呪いにかかった者同士であれば、何かしらヒントを得られるかもしれないというわけか。

 昨晩に意気揚々と手伝うよといった手前、この申し出を断ることもできない。なにより、実際に手伝えるようなことがあったことが驚きだ。

「わかった。どこへ向かえばいいんだ?」

 そう尋ねた俺に、佳乃は近所にある大学の名前を告げた。どうやらその大学に、疑わしい人物がいるらしい。

 佳乃に促されるままに、俺は大学へと車を走らせた。

 車を走らせているうちに日も沈み、あたりは薄暗くなっていた。近くのパーキングに車を止め、目的の大学へと赴く。

「気になる人ってのは、もうすぐ出てくるのか?」

 俺は校門前で立ち止まる佳乃に向かって尋ねる。佳乃は辺りをきょろきょろ見渡して、何かを探しているようだった。

「うーん。わかんない」

「は?」

「この大学にいるのは分かるんだけど、細かい場所とか動向までは分からないなー」

「あのな、そんな情報だけで見つかるわけないだろ。せめて名前とか分からないのか?」

「わかんない」

 俺の疑問に対し、不服そうに佳乃は答える。聞けども聞けども具体的な答えは出てきそうにないが、俺は疑問を投げかけ続けた。

「じゃあなんでここにいるって分かるんだよ」

「学校に行く途中で見たの。追いかけたらここに入っていっちゃったから、もう追えなくなっちゃって」

「ここで出てくるのを待つのか?」

「そうだよ」

「もう帰ったかもしれないぞ」

「うーん」

 悩む様子を見せつつも、佳乃はどうやら張り込みを続けるようだ。見つかるわけがない。せめてもう少しヒントでもあれば聞き込みぐらいはできるだろうに。

 姿を見た佳乃とは違い、俺にいたっては何を探せばいいかもよく分かっていない。

 俺は隣で揺れるポニーテールをぼーっと眺めながら、佳乃が諦めるのを待つことにした。

「いたっ! あの人だよ!」

 五分ほどした後、揺れるポニーテールから声が響いた。

「見つかるのかよ」

 驚きながら佳乃が見ている方向に視線を向けると、俯きがちに歩く女性の姿が目に映った。

 片側だけ編まれた長い髪が印象的なその女性は、賑やかな周りの空気と混ざる様子もなく、まっすぐ帰路についているようだった。

「よし。普通に話しかけてもあしらわれちゃうと思うから、私が上手に声をかけるね。いつき君は臨機応変に話を合わせてね」

 佳乃はゆっくりと深呼吸をし、女性に向かって歩みを進めていく。

「合わせる? 即興かよ。何で車で打ち合わせしておかないんだよ」

「うだうだ言わない。怪しまれないように、自然にだよ」

 不平不満を述べる俺をあしらいながら、佳乃はどんどんと進む。俺は緊張感を覚えつつ、佳乃の後に続いた。

「あの!」

 女性の前に着くや否や、佳乃はそれなりのボリュームで女性に声をかけた。突如声をかけられたことにびくりと身体を揺らした彼女であったが、佳乃の表情を見て更に驚いた顔を浮かべる。

 どういうことか、佳乃の目には涙が浮かんでおり、嬉しいのか哀しいのか複雑な表情をしていた。

「やっと見つけた。覚えてない? 私だよ」

 迫真の演技で声を震わせる佳乃。さっきまでの明るい表情はどこへやら、もうすっかり役に入り込んでいるようだった。

 なにやら俺の予想に反し、本格的な寸劇が始まってしまったらしい。

「えっ、誰ですか?」

「佳乃だよ。お姉ちゃん、やっと会えた……」

「よ、よしの? お、お姉ちゃん? 人違いじゃないですか?」

「そんなわけないよ! 小さいときに生き別れてから、ずーっとお姉ちゃんを探していたの!」

 どうやら佳乃は、生き別れた妹が姉に再会しに来た、という恐ろしい設定で押し通そうとしているようだ。

 こんな不自然な算段を立てながら自然に振舞えと言っていたのかこいつは。こんなもので初対面の相手を騙せるわけがない。

「ええー……。やっぱり人違いですよ。私に兄妹なんていません」

 ほら見たことか。女性は佳乃に対して疑いの目を向け始めた。その疑いの目は後ろに控える俺にも同様に向けられた。それを確認したのか、佳乃は俺に対して話を振ろうと試みる。

「絶対にお姉ちゃんなのに――。ね? 探偵さん!」

 佳乃は振り向きこちらにすがるような視線を向けた。探偵さん!? 俺のことか。臨機応変が過ぎる。

 なんだ探偵って、どうやるんだよ。可能であれば困惑を表に出したかったが、状況がそれを許さなかった。

「そ、そうだね。間違いないよ。君は覚えていないかもしれないけれど、君には存在を消し去られた妹がいたんだよ」

 我ながらの棒演技に、恥ずかしさが極まる。日が沈んでいてよかった。きっと今、俺は夕陽のように赤面しているに違いない。

「そ、そんなわけ……」

 登場人物が増えたことにより、彼女の困惑度は更に上昇したようだ。なんといえばこのわからずや達に話が通じるのか、そういった様子だった。

「とりあえずちょっとだけお話しようよお姉ちゃん。喫茶店でいいかなー? 近くに私のお勧めの喫茶店があるんだー。お姉ちゃんにもぜひ教えてあげたいの!」

 沈黙をチャンスだと受け取ったのか、佳乃はそう言って女性の腕を掴み、上目遣いで女性を見つめた。困惑する女性に、無垢な少女の瞳が迫る。

 困り果てた彼女は、全く信じてはいないようだったが、周りの目もあってか佳乃に引っ張られるように近くの喫茶店へと連行された。

 女子大学生が女子高校生に拉致されるという稀有な現場を見つめながら、二人に続いて俺は喫茶店へと向かった。

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