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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
6話 忘れない少女

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忘れない少女7

「お話、続けていいかな」

 抜け殻のように言葉を発した佳乃は、もう一度茶を口に含んでこちらを向いた。

「お話……?」

「ここからはいつき君に対して、丁寧にこれからのことを説明する時間だよ。脳の準備は万全かな?」

 喉を潤したことで少し落ち着きを取り戻したのか、にやりと笑いながら佳乃はそう言った。

「まあ、それなりに」

「それなりじゃ駄目だよ。足りない頭を千パーセント働かせて、ようやく理解できる内容なんだから」

「あれ? なんか言葉がきつくないか?」

「気のせいだよ」

 満面の笑みを浮かべる佳乃は、どう見ても意地悪されたことを根に持っている様子だった。仕掛けてきたのはお前だろうが、という言葉を飲み込み、俺は佳乃の言葉に耳を傾ける。

「五花の呪いはあと二つ。もう随分と解説したけれど、残りの呪いは私といつき君に降りかかっているの。これからそれを解いていかないといけない」

 佳乃の語り口にすぐに違和感が生じ、俺は思わず口を開く。

「いや、でもウインクキラーはないって言ってたじゃないか」

「あれは私が呪われていないって意味じゃないよ。私の呪いは別物ってだけの話だから」

「ああ、そうなのか」

 言われてみれば、呪いを解くための力は呪われた人物にしか使えないのだから、佳乃が呪われているということは確定事項なのだ。

 しかし新たな引っ掛かりが生まれる。

「そもそもなんで好かれた人が死ぬなんて嘘をついていたんだ?」

「うーん……。まあ成り行きというか何というか。最初にそう言えばいつき君が私から離れて行くかなーって思ったんだよ。行かなかったけど……」

「それだけのためにわざわざ……」

「まあ、全部が全部作り話ってわけでもないしね」

 何かを掴むように宙を仰いだ佳乃は、探るように言葉を続ける。

「良い機会だから、昔の話を少しさせてもらおうかな。知ってることもあるかもしれないし、あんまり楽しくない話だけれど、聞いてくれる?」

 頷く俺を見て、佳乃はふうと一息ついてから、指でヘアピンを軽くなぞった。

「私が中学三年生だった頃、私の両親は交通事故で亡くなったの。家族で買い物に出かけていた帰りに、信号を無視した車が私達の車に追突してね。両親は即死。幸か不幸か、後部座席にいた私と相手の運転手は軽症で済んだ。相手の運転手はお酒を飲んでいたみたい」

 表情を変えずに語る佳乃は、そこで言葉を一度区切った。彼女の両親の死因を俺は知らなかった。

 佳乃の前提とは反し、おそらくここからの内容はほとんど俺が知らないものなのだろう。俺は更に深く耳を傾けた。

「二人の死を目の当たりにして、私だけが生き残ってしまったという事実が頭をぐるぐる回って、辛くて、悲しくて、恨めしくて、もうどうしていいかもわからなくて……。でもね、昔からお母さんが言ってたの。どうしようもないときこそ笑いなさいって。だから私は両親からの愛情を胸に、前を向いて生きようって思った」

「佳乃……」

「もう結構前のことになるから、気軽に聞いてくれると嬉しいな」

 目を細めながら語る佳乃に、どんな言葉をかけてやればいいかわからなかった。きゅっと力が入った佳乃の両手が、痛々しく震える。

「周りも私に気をかけてくれていたから、数週間もすれば生活自体は元に戻り始めていたんだよ。でも卒業が差し迫った頃、親友だった子が事故にあったの。私の目の前でね」

「そんな」

「その子は一命を取り留めたんだけどね。お見舞いに行った私に、その子はなんて言ったと思う?」

「いや……」

「お前のせいだ、だよ。私は一緒にいただけなのにね」

 俺の返答を待たず、佳乃の口から答えが放たれた。

 佳乃が抱える過去は、俺の想像をはるかに超えるものであったし、今までしつこいように『お前』という言葉を退けてきた彼女の本意がうっすらと掴めたような気がした。

 両親を失った佳乃に、更なる矢が刺さるような事件。どこまで神様は佳乃のことを嫌っているんだ。

 辛すぎる事実に、俺の手もかすかに震えを帯びた。

「あれはきつかったなー。結局その引っ掛かりがとれずに、残りの中学生活は、立ち直れずに終わったよ。でも前を向くことを諦めたくなくて、新しい環境で変わろうと思った。高校デビューってやつだね。結局はそれも無駄に終わっちゃったんだけど」

「えっ?」

 物語を朗読するように、淡々と佳乃は言葉を続ける。

「高校生活数日。とある噂が広まったの。『相生佳乃に好かれると、死んでしまう。だからあの子には両親がいないんだ』ってね」

 ここでようやく佳乃と目が合った。淡々と、明るくは振舞っているが、力の入っている両手を見るに、心底冷静というわけではなさそうだ。

 俺に心配をかけないよう、気丈に振舞っているのだろうか。本当に、こういうところがどうしても助けたくなってしまう。

「そんな馬鹿な噂、誰が」

「本当に馬鹿げているよね。誰が、っていうのは今は重要じゃないんだけれど、とにかく噂は簡単に広まったの。もうそこからは立ち直れなかった。こんな根も葉もない噂で折れてしまうほど、私のメンタルはやせ細っていたんだよ。ああ、私が好きになった人は死んでしまうんだ。だから両親は死んで、親友も死に瀕したんだ。私は人と関わっちゃいけなかったんだって、私自身が信じ込んでしまったの。そこから私は人との一切の関わりを絶った。これが、死神佳乃ちゃんの始まりだよ」

 佳乃はそう言って、仕切りなおすように茶を口に含んだ。佳乃に合わせ、俺もコップに手をかける。ほとんど言葉を発していないにもかかわらず、身体が異様な渇きを覚えていた。

 珠緒と蒔枝さんは、過去を辿るようにテーブルの模様を目で追っていた。

「どこまで読んだのかは知らないけれど、後は日記の通りだね」

「そこから、俺や珠緒に出会ったのか」

「そうだね。本当に、間違いなくその時の私はどん底だったよ」

 静かに笑う佳乃を見て、日記の内容が頭をめぐった。両親が目の前で亡くなり、親友と呼べる人間に突き放され、最悪な噂に苛まれた状態で、佳乃は俺達と出会った。

 そんな状態から立ち上がってきた少女の感情が、再び心を刺した。

「それが佳乃の呪いだったってわけだな」

「まあ厳密に言うと、他の人の呪いが影響してそうなってたんだけどね。知りたかったら今度詳しく教えてあげるよ」

 佳乃は哀愁を浮かべながら、テーブルに置かれた日記を手にとり、懐かしそうにページをめくった。


 思い出に耽る佳乃に代わり、今度は珠緒が口を開く。

「そういえばいっつんには、私達が出会った後からの話を少ししたよね」

 出会った後からの話、佳乃が徐々に明るくなっていって、最後の呪いを解く前に新たに呪いが広がったと。

 あれは確か、ウズメが最初に現れた後に聞いた話だったか。

「ああ、呪いがあと一つになったとき、ウズメが現れて、もう一度呪いが五つになったって言ってたな」

「賢い賢い」

「やめんか」

 俺は頭を撫でる珠緒の手を軽く払う。

「あの時話していた最後の呪い、それは実はいっつんにかかっていたものなの」

「えっ?」

「つまり前回と今回、二回にわたって呪いを受け続けているのは、いっつんだけだよ」

 俺は長い間、大きな勘違いをしていたようだ。前回から引き続いて呪いを有していたのは、佳乃ではなく俺のほうだったらしい。

 呆ける俺に、珠緒が笑みを向ける。

「さっきの話でわかったでしょ? よしのんは前回呪われてなかったんだよ。他の人の呪いの影響を受けていただけで」

「そうか。もう頭に情報が入らん」

「あはっ。そんなもんかーぐらいに思っていればいいよ」

 珠緒はマイペースにくるくると髪の毛を弄った。その様子に、俺の肩から力が抜けた。

 調子そのままに、珠緒が言葉を続ける。

「呪いが解けないまま、いっつんの記憶がなくなって、また呪いが振りまかれて、止む無く剣と鏡の力をよしのんに渡したの」

 俺の記憶がなくなり、同時に四つの新たな呪いが生まれた。となれば、都塚の呪いが佳乃が解いた最初の呪いということになる。

 都塚、垣内、そして直近の柚子の話をまとめると、今回の呪いが始まったのは、今の俺が佳乃と出会う一月ほど前。おそらく十一月ごろの出来事になる。

 その時初めて呪われたであろう佳乃は、自身もまだまだ右も左もわからない状況だったようだ。

 状況を整理するため、俺は小さく口を開く。

「ってことは、佳乃が呪われたのって、割と最近なんだな」

「何か気がつかないかね?」

 ここぞとばかりに日記帳を置いた佳乃が、こちらに向けて言葉を放った。

 唐突に気がつかないか、などといわれても、何のことだかさっぱりわからない。

「何か、とは何かね」

「うーん。暖房が効きすぎてるのかな?」

「俺の頭が回っていないと言いたいなら、はっきりとそう言えよ」

「ふふっ。調子が戻ってきたみたいで嬉しいよ」

 ニッコリと笑う佳乃の顔を見て、気恥ずかしくなった俺は目線を外す。

 外した先にはこちらを冷たい目で見つめる蒔枝さんの姿があり、急いで俺は視線を佳乃に戻した。

「だから、何かってなんだよ」

「これからの話をするって最初に言ったでしょ? 私の呪い、いつき君は歴史の深いものだと思ってくれていたみたいだけれど、実は最近のものなんだよ」

「それはわかったけど。それ以外は何も気がついてないぞ」

 俺の返答に、佳乃はふんと鼻を鳴らした。

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