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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
6話 忘れない少女

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忘れない少女4

「もう気付いているかもしれないけれど、呪われた最後の一人は、いつき君、君なの」

「お、おう、そうか」

 たどたどしい俺の反応に、佳乃の表情に困惑が宿った。

「あれ……もしかして気付いてたの? いつき君鈍いから、もっと驚くかと思ってたよ」

「うるせーよ。うっすらとは気付いてたっての」

「うっすらかよっ」

 突っ込みを入れながら、佳乃はわざとらしくかくんと肩を落とした。

 もちろんある程度予想をしていたこともあってだが、予想外のタイミングで知らされたことに意表を突かれて驚く暇もなかった。

 少しの間の後、佳乃はかしこまって口を開く。

「初めてここで会った時から、いつき君が呪われているってことを私は知っていたの。君がお仕事を辞めさせられたのも、きっと街から出られないっていう呪いの制約のせいなんだよ。黙っててごめんなさい」

「なにか理由があったんだろ? いいよ別に。謝るなって」

 そもそも実害を被っていないこともあって、謝られる覚えすらない。呪われていたという事実があろうと、離職勧告が呪いのせいであろうと、佳乃に窮地を救ってもらった過去は変わらないのだから。

 佳乃は少し落ちた頭を上げて、もう一度口を開いた。

「あとね、私、嘘ついてた」

「嘘?」

「うん。呪われている人に他人の呪いの効果はないって話、あれ嘘なの」

「ああ、そうなのか」

 俺の薄いリアクションに、佳乃はまたもや困惑の表情を浮かべた。

「……これも驚かないんだね」

「これもなんとなくわかっていたからな」

 都塚に教えもらっていたおかげで、とは言わず、俺は自身の手柄のように語った。

 佳乃が意を決したであろう二つの重大発表に対し、大袈裟なリアクションを取らずに済んだのも、都塚の言葉あってのことだ。

 湧き上がる感謝を抑え、俺は余裕の表情を浮かべた。

「そっか……」

 佳乃はふうと息を吐いた後、じっとこちらを見つめた。少しずつ赤くなる頬が、佳乃の顔色を暖めていく。


「呪われていてもいなくても、私に好意を持たれれば死んでしまう。うっすらとでも、なんとなくでも、それがわかっていて、何でまだ私と一緒にいてくれるの?」

 佳乃の瞳が大きく揺れる。思わず抱きしめてしまいたくなるほど、佳乃は切ない表情を浮かべていた。

 なんと恐ろしい言動なんだ。思わず影に潜めていた思いの丈を吐き出しそうになってしまった。

 自身を落ち着けるため、俺は大きく息を吸ったあと、ゆっくりとそれを吐き出す。

「だから言っただろ、佳乃のことを信じているからだよ」

 なんとかもう一度思いの丈を自身の心の奥へと引っ込める事が出来た。ぎこちなく笑う俺を見て、佳乃も下手な笑いを浮かべた。

「いいの? 逃げてもいいんだよ? 無理に私を助けようとしなくてもいいんだよ? 君には君の人生があるんだから」

「安心しろ、今更逃げねえよ。俺は俺のやりたいようにやってるだけなんだからさ」

「そっか……。お馬鹿さんだよいつき君は……ほんとにもう」

 薄く息を吐いた佳乃は、薄い息のままそう呟いた。

「おいおい三回目だぞ」

「お望みとあらば、何回でも言ってあげるよ」

「いらねえよ」

 今度は自然に、二人の顔に笑顔が浮かんだ。

 笑いを隠すように下を向いた佳乃の呼吸が、小さく波立つ音が聞こえた。顔を上げた佳乃と、しっかりと視線がぶつかる。


「でも……そんなお馬鹿さんのおかげで、ようやく決心がついたよ」

 小さな声で囁く佳乃の表情を見て、俺の心臓の鼓動が速くなる。

 頬に熱を滾らせ、艶やかに薄く笑う少女は、少なくとも、お馬鹿さんなんて言葉を吐くには似つかわしくない思いつめた顔をしていた。

「ど、どうした?」

「いつき君、私の想い、受け取ってくれるかな?」

「お、おう……」

 ふわりとキャップを外した佳乃が、それを俺の頭めがけて振り下ろした。

 佳乃に合わせられているキャップは、俺の頭には幾分小さすぎた。鈍い痛みとともに、視界が暗転する。

 無理やり頭におさまったキャップを外し、文句を言ってやろうと顔を上げると、開けた視界にはすらりと伸びる足が映った。どうやらこの僅かな間に彼女は立ち上がっていたらしい。


 俺はゆっくりと視線を上げる。俺を見下ろす佳乃は、今日見た中で一番の笑顔を浮かべていた。

「私ね、ずっと前から君のことが好き。大好きっ」

 淀みなくはっきりと、佳乃はそう言った。向けられたウインクと右手の人差し指が、どきりと俺の心臓を突き刺した。



 言葉が出なかった。ただ呆けることしか出来なかった。自身の心音だけが、夜の静寂を支配していた。

 嬉しい。それは確実にわかっている。それ以外の渦巻く感情が、全く整理出来ない。

 佳乃は今、大好きと俺に告げた。ウインクキラーとっておきの、いわゆる必殺ワード。

 しかし、未だに俺の心音はうるさいぐらいに響いている。つまり俺はしっかりと生きている。呆ける俺を見た佳乃は、しゃがみ込みこちらを覗き込んだ。

「おーい、聞いてるー?」

 面と向かった佳乃の顔は、暗がりでもわかるほど赤く染まっていた。どうやらこの胸の高鳴りは、俺だけのものではないらしい。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。整理する時間をくれ」

 考えをまとめようにも、うるさすぎる心音が回路を滞らせる。大人の余裕はどこに行ったんだ。くそっ、何か、何でもいいから言葉を発しなければ。

「も、もう一回言ってくれ」

「ほあっ!?」

 回らない俺の頭が導き出した答えは、あろうことか告白のアンコールだった。

「いや、違う違う。間違えた。嬉しかったもんで、もう一回聞きたかっただけ、いや、それも違うわ。なに言ってるんだ俺は」

 もう脳と口のどちらが動いているかさえ曖昧になっていた。

「ほ、ほら落ち着いて。深呼吸だよ」

「お、おう」

 佳乃に促されるまま、俺は大きく息を吸い込み、体中の空気を吐き出す。

 呼吸の落ち着きとともに、少しだけ心の落ち着きも戻り始めた。

「すまん……取り乱した」

「あははっ。これじゃどっちが乙女かわからないよ」

 ようやく落ち着いた俺を見て、佳乃が大きく笑う。おっしゃる通り過ぎる言葉に、俺の身体からもゆっくりと力が抜けた。


「落ち着いた? アンコールはいるかい? してあげないけど」

「いや、大丈夫。ちゃんと聞こえてたから」

 落ち着いて、まず伝えないといけないことから伝えよう。

「ありがとう。素直に嬉しい。夢なんじゃないかって思うぐらいだ」

 心の底からの気持ちが、臭い台詞となって現れてしまった。

 しかし事実は事実だ。吐き出すことを思い踏みとどまっていただけで、俺も同じ気持ちだったのだから。


「ただ、一つ確認させてもらっても良いか?」

 自身の感情を紐解くように、俺はゆっくりと言葉を繰り出していく。佳乃がこくこくと頷きを返した。

「俺は今生きてるよな?」

「私の目には死んでいるようには見えないけれど」

 佳乃は俺の左胸に手を当てた。

「ふむふむ。大丈夫。生きてるよ」

「そうか。ありがとう」

 わざわざ心音を確認してもらわずとも、俺の耳は痛いほどその音を聴いている。問題はそこではないのだ。

「じゃあ質問を変えよう。俺は何で生きているんだ?」

 なんとも哲学チックで壮大な質問ではあるが、おそらく言葉に含まれる意味を佳乃は察してくれるだろう。

 俺は珠緒のような呪いを遠ざける力を有しているわけではない。

 加えて、呪われている人物に呪いは効かないというジンクスは嘘っぱちだった。そして佳乃は想いを伝える前に、あえて俺にその事実を伝えた。

 しかし、佳乃の想いを聞いた後も俺はしっかりと生きている。かちりと歯車が回り始めた。

「質問は、ストレートな方が嬉しいな。本当に知りたいことは、その先の話でしょ?」

 佳乃はこちらに笑みを向けたまま、ゆっくりと言葉を吐いた。どうやら佳乃ははぐらかすつもりもないらしい。

「わかった」

 俺は改めて先ほどの佳乃の表情を思い返す。

 顔を真っ赤にして、思いつめた表情で想いを告げた少女は、冗談で愛の告白をしてきたようには思えなかった。

 もしあれが嘘だったならば、間違いなく主演女優賞もの。今すぐ女優を目指すべきだ。だとすれば、俺が生きていられる理由は一つ。

 今思えば佳乃はここに来て、これを伝えたかったのかもしれない。


「ウインクキラーも、嘘だったのか」

 都塚の言っていた通りだ。これが佳乃の隠し事だったならば、全ての辻褄が合わなくなる。俺の杞憂に違いない。肯定など返ってきてたまるか。

 しかし佳乃は、ゆっくりと首を縦に振った。

「うん。ウインクキラーなんてものは、もう存在しないよ」

 俺の心情に反して、佳乃は落ち着いた様子で言葉を続ける。

「私に好意を向けられたって、いつき君は死んだりしないんだよ。びっくりさせちゃってごめんね」

 俺の答えに、佳乃から赤丸が与えられていく。愛の告白も霞んでしまうほど、現象の理解が歪んでいく。

「もう存在しない?」

「そう」

「いつからだ……?」

「ここで初めて会った時から、ずっとだよ」

「じゃあ最初から、ウインクキラーはなかったってのか?」

「そうだよ」

 俺は事実を確認するように質問を繰り出す。佳乃はそれに淡々と答えを返した。

 これは喜ぶべきことだ。佳乃を苦しめる呪いが、そもそも存在しなかったのだから。

「なんでそんな嘘を……」

 だからこそ、腑に落ちない。だったら今まで佳乃がやっていたことはなんだったんだ。

 頭中を回る今までの出来事が、佳乃の行動の不可解さを明るみにしていく。

 何も答えない佳乃に答えを求めるように、俺は口を開く。その瞬間、佳乃の人差し指が俺の唇へと当てられた。柔らかい指の感触が、俺の言葉を遮った。

「今はこれ以上何も聞かないで」

 佳乃は唇に手を当てたまま、静かに言葉を吐き出した。

「いつかは全てを話さないといけないことはわかってる。でも、それよりも」

 佳乃は笑顔を崩し、こちらに向け真剣な表情を浮かべた。

「私は知りたい。いつき君が今、私のことをどう思っているかを。私の想いを聞いた君が、どんな言葉を返してくれるのかを」

 佳乃はそういって、俺の唇から指を離した。指の先に浮かぶ少女の顔は、結果発表を待つ受験生のように、期待と緊張に染まっていた。

 本当に、こいつはずるい。表情一つで、俺の思考の優先順位を入れ替えてしまうのだから。解放された口が、ゆっくりと息を吐き出す。

「俺の気持ちか……」

 そんなものはもうはっきりとわかっている。帰ってきた胸の高鳴りを抑え、俺は佳乃にキャップを被せた。

 やられたことは、やり返してやらねば。

「俺も、お前の事が好きだ。だからこそ、全てを話して欲しい。全てを理解した上で、ちゃんと佳乃と向き合いたい」

 佳乃の表情は、キャップに隠れてしまって見えない。キャップを返したのは愚作だった。どんな顔をしているか見てやろうと思ったのに。

「いつき君」

「なんだよ」

「もう一回聞きたい」

「はあ!?」

 先ほど俺が慌てふためいてしてしまったアンコールを、今度は佳乃が繰り出してきた。

 未だ佳乃の表情が見えないことで、冗談かどうかの判断もできない。

 しかし、こんな声でお願いされては、こちらとしても断る理由がなくなってしまう。

「ったく、よく聞いとけよ。俺はお前が好きだ」

「お前じゃないよ、佳乃だよ」

「あーもう。俺は佳乃が好きだ!」

 躍起になってついつい声を張ってしまった自分が恥ずかしい。人通りがなくて本当によかった。

「最後にもう一回だけ聞かせて」

「おいおい正気かよ」

 佳乃から返事はない。どうやら正気のようだ。

 ここまでくれば、言葉自体に恥ずかしさも無くなっていた。良いことか悪いことかもわからないが、もう吐き出せるだけ吐き出してやろう。

「俺は佳乃の事が好きだ。楽しく笑っている佳乃を、もっと見ていたいと思ってるよ」

 最後の言葉は、おまけでくれてやる。

 下を向いたままの佳乃は、ふふっと笑みを零した。

「うん。うれしい……」

 佳乃は嚙み締めるように囁いた。

「なんで私は……こんなにも簡単なことが出来なかったんだろう」

 見えない表情から、言葉が流れてくる。それと同時に佳乃は顔を上げる。

 湿った瞳が、細くこちらを見つめた。赤い頬が、更に赤く染まる。艶やかな表情に、俺は思わず少女から目線を外した。

「ちょっとだけ、あと一分だけ、わがままになってもいいよね……」

 佳乃は自分自身に問いかけるように言葉を放った。

 一分と言わず、普段からもっとわがままになればいいのに。そんなことが頭をよぎったが、近づいてくる甘い香りに思考はかき消された。

 視界が突如暗くなり、唇に柔らかいものが触れる。それから数秒間、時間が止まったように、世界から音が消えていく。


 なにがどうなっているんだ。間違いでなければ、今、佳乃の唇が俺の唇に触れている。頭が更に真っ白になった。

 柔らかい感触が離れていくのと同時に、少しずつ視界が晴れていく。次に俺の目に映ったのは、うっとりとした表情を浮かべる佳乃の姿だった。

「ふーっ。チューしちゃった」

 大層ご満悦なお顔をしてらっしゃる佳乃は、少し感傷に浸ったあと、我に返ったように目を見開いた。

 トマトを握りつぶしたように、少女の顔が赤らんでいく。

「……わ、わわ、わたし今……」

 自身の行動が信じられないのか、佳乃は両手で口元を押さえながら目をぱちくりさせている。

「ち、違うの! こんなことするつもりじゃなかったの! チューしちゃったっ、じゃないよ! 私の馬鹿!」

 佳乃は俺の言葉を待たず、両手で頭を抱えながら一人で言争いを始めた。

 余裕のない佳乃を眺めていると、俺の頭にも色が戻り始めてきた。

「これじゃまるで、わたし――」

「痴女だな」

 佳乃が慌てふためく姿があまりにも面白くて、俺は大人の余裕をあっさりと取り戻す事が出来た。にやけ面を浮かべる俺を見て、佳乃はぽかりと俺の頭を叩いた。

「あーんもう! ばかぁー!」

「いてえよ」

「もっとないの? 私の恥ずかしさをやわらげてくれる一言とか! 紳士さが足りてないよ!」

 無茶なことを言ってくれる。勝手に自爆しておいて、俺にどうしろというのだ。

「えっと……ご、ごちそうさまでした?」

「不正解だよっ!」

 もう一度ぽかりと佳乃が俺の頭を叩く。先ほどまでの沈んだ様子が嘘のように、場が色づいてきた。

 むーっと声にならない声を上げ続けていた佳乃は、そのままの勢いで立ち上がった。

「いつき君っ! 私は今超絶恥ずかしいの! 今日はもういつき君の顔を見られない! だからたまの家に泊めてもらう! 以上! はい解散!」

 ぴゃーぴゃーと言葉を放った佳乃は、一目散に闇の中へ走り去って行った。

 突如吹いた嵐のような展開に、理解が及ばずよくわからない溜息が漏れる。

 止む無く覗いた空には、鋭く光る三日月が変わらず浮かんでいた。

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