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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
6話 忘れない少女

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忘れない少女3

 そこからも佳乃発案のデートは続き、周到に用意されたプランが着々と消化されていった。

 家具を眺めたり、映画を見たり、ゲームセンターで一喜一憂したり、楽しそうな佳乃の様子を見ていると、こちらまで楽しい気分になった。

 そして嬉々として時間をすごした結果、あざとく左腕にしがみつく佳乃にも違和感がなくなっていた。


 耳を切るような夕方の冷たい空気がすり抜けていく。

 節分を過ぎてもまだまだ春は遠いのか、ショッピングモールの外の景色はすっかりと暗くなっていた。

「外は寒いね。ちょっと遊びすぎちゃった。まさか一日ここで過ごせるなんて思わなかったよ」

 寒さから逃れるように、佳乃が更に身を寄せた。佳乃の歩幅にあわせるように、俺は少し小刻みに足を動かす。

「俺もまさかだったよ。佳乃があんなにゲームが下手だとは思わなかったし」

「なにおう! ふーんだ。いつか負かしてあげるから覚悟しといてね」

「楽しみにしてるよ」

 他愛無い会話が冬の空を漂う。包み込む黒色は、一日の終わりを感じさせて少しの寂寥を生んだ。そんな気持ちを感じるほど、今日という一日を純粋に楽しんでしまった。

 呪いを解くためだ、なんて言っていたから少しは覚悟をしていたが、途中からはそんなこともすっかり忘れていた。

 俺は横に並ぶ小さな頭をゆっくり眺める。キャップから飛び出るポニーテールは、未だご機嫌に弾んでいた。

「どうする? 飯でも食って帰るか?」

 俺は空いた方の手を天に向けながら、一つのびをした。乾燥した空気に、ぱきりと関節の音が響いた。

「そうだね、それもいいけど――」

 佳乃はきらきらとした目でこちらを見つめる。

「あと一つ寄りたいところがあるんだけれど、付き合ってくれる?」

「なんなりとお付き合いしますよ。なんてったって今日はデートですから」

 あえて丁寧に言葉を返す。言葉を聞いた佳乃はとことこと走り出し、五歩ほど先に進んだ後こちらに向き直った。

「えへへ、デートだって。嬉しいなぁ。じゃあ彼女もいない、かわいそーうないつき君を、いいところに連れて行ってあげよう」

 夜の帳に少女の笑顔が浮かぶ。うっすらと浮かぶ三日月が、長い夜を予感させた。佳乃は上機嫌で鼻歌を口ずさみながら、目的の方向へと歩き始めた。


 数分後、佳乃が歩みを止めたのは、人通りがほとんどない川べりだった。

「ここは……」

 馴染みがないはずなのに見覚えがある不思議な景色に、思わず俺の口から呟きが漏れた。

 佳乃の足が向かった先は、俺がリストラにあった日、悲観のまま身を沈めていた川だった。素面の今見ると、川というより用水路に近いように見えた。

「そう。私がいつき君を拾った場所だよ」

「拾ったって」

 あながち間違いでもない佳乃の発言に、思わず笑ってしまった。佳乃も同時に笑う。

「ちょっと失礼だったね。でも覚えてる? すっごい酷い有様だったんだよ?」

「うっすらとしか覚えてねえよ」

「お酒臭いし、汚いし、冷たいし、もう最悪って感じだったよ」

「容赦なさすぎだろ」

「ふふっ。そのぐらい酷かったってことだよ」

 佳乃は悪態をつきながら、水の流れに沿って川べりを歩く。そんな佳乃に続き、俺も歩みを進めた。

「来たかった所ってここか?」

「そうだよ」

 佳乃は川のほとりまで近づき、近くにあった石を投げ入れた。穏やかに流れる川が、ぱしゃりと揺れる。

「ちょっとお話しよっか」

 佳乃はそういって、近くの段差に腰掛けた。促されるように俺も佳乃の隣に腰掛ける。

 人の気配は全くなく、月明かりと遠くの街灯だけが俺達を照らしていた。

 お話しよっか、と言っていた佳乃は、しばらくしてもなかなか話し出さず、月をのんびりと眺めていた。

 寒さと沈黙に耐えかねた俺は、つり出されるように口を開いた。


「そんなに前のことじゃないのに、すごい前のことのように感じるな」

 佳乃と出会ってからおおよそ三ヶ月間、とてつもなく濃い時間が流れていた。

 呪いという知らない文化に触れたり、人の悩み事を解決したり、職を失ったという喪失感を十分に埋めてしまうほど、濃密な時間だった。

 しみじみとそんな考え事をしている間も、佳乃から言葉は返ってこなかった。

「佳乃……?」

 遠くを見つめる佳乃の視線に急に不安が訪れ、俺は佳乃に声をかける。

「んー?」

「どうかしたか?」

 佳乃はこちらを向くことなく、水から月へと視線を移した。

「どうもしないよー。ぼーっとしてるだけ」

「ほう」

 月を見つめる少女の横顔は、どうにもぼーっとしているだけには見えなかった。

 しかしながら、そんな少女の内心はどこにも映し出されることがなく、佳乃を導く正答が見つからないまま時間だけが流れる。


「今日、楽しかったね」

 静寂を切り裂くように、佳乃がポツリと呟いた。

「そうだな」

「月並みだけど、一生こんな時間が続けば良いなって思うくらい、楽しかった」

「そりゃなによりだ。デートのお相手として至らんところもあっただろうが、その言葉で救われたよ」

「ふふっ。なにそれ、変なの」

 整った顔立ちをして明るく接しやすい佳乃は、本来であれば俺なんかとこんな機会を設けずとも、幾つもの出会いに恵まれ、年相応の恋愛をして、手に余るほどの数デートでも何でも出来ていたはずなのだ。

 この街を取り巻く五花の呪いが、そんな彼女の当たり前の生活を阻んでいる。

 埋め合わせと言ってはなんだが、少女が少しでも楽しい時間を過ごせたのであれば、これ以上に安堵することはない。

「内心さ、俺なんかで大丈夫なのかって思ってたんだ。だから楽しんでくれてて正直ほっとした。といっても、途中からは俺も純粋に楽しんでたけどな」

「それを聞けて私もほっとしたよ」

 佳乃はニッコリとこちらに微笑を向けた後、再び月へと目をやった。沈黙に浮かぶ月に照らされる佳乃の横顔は、いつも通りの幼さを残しているものの、妖艶さがにじみ出ていた。

 佳乃に倣って月並みの言葉を使えば、月にも勝るほど美しかった。どきりと胸が鳴る。

「綺麗だな」

 胸の高鳴りと同時に、俺は自然と口を開いていた。俺は今、月と佳乃どちらに感想を述べたのだろうか。感情が走馬灯のように溢れる。

 今日一日デートをしてみて、自身が何故佳乃に協力しているのかという理由を理解してしまった。

 佳乃と一緒にいると楽しくて、温かい気持ちになれる。他者のために一生懸命に行動して、今を必死に生きている佳乃の姿は、本人の呪いと反して人を惹きつける。

 都塚、珠緒、垣内、ひょっとすると全面的に協力してくれていた安中や蒔枝さんも、佳乃を懇意にしている人間達は、きっとこういう部分に惹かれているのだろう。そして俺も例外ではなかった。再び胸が鳴る。

 悲壮な呪いを解くために協力している、ということを免罪符に感情から逃げ続けていたが、今はっきりと自覚してしまった。

 ウインクキラーを無視できるほど、俺はこの居心地の良さを手放したくないと思っているようだ。

 詰まるところ、悔しいことに、俺はどうやら佳乃に好意を抱いているらしい。

「月? 綺麗だよね。つい見とれちゃう」

 俺の一瞬の回顧と覚知を知る由もない佳乃は、俺の言葉を月に向けて返した。モノローグのお陰で、何とか恥ずかしい思いをせずに済んだようだ。

 自覚してしまったこの気持ちは、きっと今伝えない方が良い。なにより、俺はまだ佳乃に何もしてやれていないのだから。

 佳乃を取り巻くしがらみがなくなった後、それでも今のような関係でいられるならば、ぜひ聞いてもらおう。それまでは、淡く光るこの気持ちも、裏側にひっそりと隠しておこう。

「こうやってのんびり月を眺めるのも悪くないな」

「ん。そうだね」

 佳乃は短くそう答える。俺は先ほどの思考を覆い隠し、嚙み締めるように月を眺めた。大きく欠けた右張りの月が、鋭くこちらを見つめ返す。

 佳乃同様、俺も月に見とれてしまったようで、徐々に川のせせらぎが聞こえなくなってきた。まどろんだ時間が流れる。

「――ねえ、いつき君」

「お、おう、なんだ?」

 たゆたう意識に佳乃の声が飛び込んでくる。

「いつき君はさ、私の事が怖くないの?」

 声に導かれるように、俺は佳乃のほうを見た。佳乃はこちらを見ず、まだ月を眺めたまま話をしている。

「怖い……っていうのは、呪いがってことか?」

「そう。私に好意を抱かれれば死んでしまうかもしれない。その恐怖はないの?」

「今更かよ」

「今だから、だよ」

 そこでようやく佳乃はこちらを向いた。デート中の照れた様子やおどけた様子とは違う、まっすぐ真剣な佳乃の瞳が俺を射抜いた。

「残念ながら、ちっとも怖くないな」

 俺はにやりと笑い、佳乃の瞳をまっすぐ見つめ返した。佳乃の瞳がぐらりと揺れる。

「そう真っ直ぐに言い返されると、理由を聞きたくなっちゃうね」

「理由か……」

 佳乃の言葉への答えを探していると、そういえば同じようなことを最近考えたなぁという暢気な思考が横槍を入れた。

 人を遠ざけている佳乃が、確信もなく俺を側においておくわけがない。そんなことを考えたのはいつだったか。

 もとより佳乃にはどん底から掬い上げてもらったという恩がある。佳乃の幸せと自分の命を天秤に掛けたとて、前者に傾くくらいにはなっているのだ。もちろん、そんな恥ずかしいことは言ってやらないが。

「他人の命に危険があるような状態を、佳乃が放っておくわけがないからな。要はそのぐらい信用してるってことだよ」

 堂々と腕を組みながら俺は答える。

「それに言っただろ? 俺は死なないことには自信があるんだよ」

 格好をつけてしまった事が恥ずかしくなり、俺は逃げるように決め台詞を吐き出した。慌てふためく俺をくすりと笑い、佳乃はキャップを深く被りなおした。

「お馬鹿さんだなぁ」

「お、おまっ。お馬鹿って」

「いつき君は、お馬鹿さんだよ」

「繰り返すんじゃねえよ。あと敬称もいらん」

 佳乃はふふっと息を吐いてから、キャップを少しあげた。再び佳乃の瞳がこちらを向く。意を決したような強い瞳に、背筋が伸びる。

「いつき君に、言わないといけない事があるの」

「なんだよ急に」

 俺の動揺を無視して、佳乃は淡々と話を進めた。

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