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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
2話 語りたい少女
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語りたい少女4

 夜の風が乾いた空気を運び、じんわりと身体の熱を奪っていく。マンションから見える街並みには、冬を象徴するようなイルミネーションが瞬いている様子が見られた。

 こんな時節に川へ入水するなんて、本当にどうかしている。まさに昨日の俺は正気ではなかったのだろう。

 佳乃との話を終え、交互に風呂に入っているうちに、しっかりと夜が更けてしまった。

 おやすみと告げ自室に戻って行った佳乃を尻目に、俺はベランダで呆然と夜の風に打たれている。

 一日の大半を眠りに費やした怠け者に眠気などがやって来るはずもなく、冷えた空気が余計に脳を働かせた。

 昨日と今日で、いろいろなことがありすぎた。会社を辞めて、やけ酒をして、なぜだか女子高校生と生活を共にすることになる。なんとも不可思議な現状だ。

 そんな状況にも関わらず、佳乃が提供してくれる空間は不思議と居心地がよかった。

 これは彼女の性格にも起因しているのかもしれないが、とにかく気を使わないで済む。佳乃からすると大きな迷惑かもしれないが、荒んだ心を癒すにはとてもありがたい状況なのかもしれない。

 芯まですっかり冷えてしまった身体をさすりながらそんなことを考えていると、からからとベランダの戸が開く音がした。

「さむっ。なんでこんなところでたそがれてるの?」

 振り向くと、分厚く服を着込み、手に二つマグカップを携えた佳乃が立っていた。

「まだ起きてたんだね。どうしたの? 眠れない? 慣れない場所で落ち着かない?」

 佳乃は、口から白い息と大量の疑問を吐き出し、こちらにマグカップを一つ差し出した。

「ありがとう」

 受け取ったマグカップ越しに、じんわりと身体に熱が移っていく。

「いやー寝過ぎちゃってさ、全く眠れそうにないんだよ」

「ふむふむ。私もなんだか目が冴えちゃって、眠れなくなっちゃった。もうちょっとお喋りしよっか」

 微笑む佳乃は、ゆっくりと俺の隣を陣取った。ふわりと流れるシャンプーの甘い香りが鼻をくすぐる。

「なにか考え事してたの?」

「いや、なんというか大変だったけど、最終的にはラッキーだったなあって考えてただけだよ」

 俺の返答に、佳乃はふふっと静かに笑い、間を空けてからゆっくりと口を開いた。

「私もね、一人でいるのが辛くて、こんな日々が変わらないかなってずっと考えていたの」

 だからね、と言葉を挟み、佳乃は言葉を続ける。

「ラッキーなのは、私も同じだよ」

 俺はちらりと真横に目を向けた。形の良い頭と肩まで伸びる髪が見えるだけで、佳乃の表情は全く読み取れなかった。

 若くして両親を亡くし、頼るところもほとんどなく、一人寂しく生活をする少女。その気持ちを完全に読み取ることなど出来ないが、この少女も今、夜風の冷たさが運ぶ感傷に浸っているのかもしれない。

 俺はわざとらしくマグカップを口元に運び、一つ息を挟んだ。

「困ってることあったら言ってくれよ。そうそう返せない程の恩を受けてるんだから、助けになるぞ」

 この少女には一宿二飯どころか、泥酔時のケアまでしてもらったという恩義がある。それを返したいという感情は、いたって自然なものだろう。

 寂しさをまぎらわせることが少女の望みなのであれば、無論叶えてやりたいと思うし、どんな些細な問題であっても解決に導いてやりたいと思った。

「そっか……じゃあ、私の悩みを聞いてくれるかな?」

「もちろんだ。なんでも言ってくれ」

 年下の女の子の悩み相談。俺はそういった軽いスタンスで耳を傾ける。しかし、顔を上げてこちらを見つめる佳乃の口から飛び出したのは、思いも寄らない一言だった。

「私が好きになった人は、私の呪いでみんな死んじゃうの」

 突拍子もないことを真面目な顔で話す佳乃から、なぜか俺は目が離せなかった。

「好きになった人が……死ぬ?」

 頭の整理がつかないまま、俺は佳乃の言葉を繰り返した。言葉の意味はわかるのに、自身の人生で培ってきた常識が、内容を理解することを許さない。

「そう。私が人を大切に思えば思うほど、その人は死に近づいていく。そういう呪いにかかっているの」

 冗談だよ、と宣言されることを心待ちにしていたが、俺の期待に反し、佳乃はさらに言葉を加えた。

「信じろっていう方がおかしいよね。でも本当の話なの。私が一人で暮らしていることも、私に身寄りがほとんどいないことも、この呪いが原因。お父さんも、お母さんも、友達も、私に好意を向けられた人は、みんないなくなっちゃった」

 俺は佳乃の目線がこちらから外れたことを確認して、もう一度彼女の方を見る。佳乃は俺の言葉を待つように、遠くを眺めていた。ただでさえ小柄な身体が、さらに小さく映る。

 出来ることならばこのまま茶化してしまって、他愛もない話に移りたかった。しかし、孤島に取り残されたような少女の真に迫った寂寥な様子が、その逃げ道を奪う。なにより自分から話を振っておいて、茶化すなんてことはできなかった。どうやら冗談で言い放った言葉では無いらしい。

 好意を向けた人間が死ぬ。ありえない。そんなわけがないと断言できる。それなのにそれと同時に、嘘なわけがないという破綻した感情が湧き上がってくる。

 おそらく昨日からの異様な出来事で俺の価値観はおかしくなっているのだ。そうに違いない。

「なんというか、いきなり信じろってのは無理があるかもな。正直、そんなことあるかって思ってるし。でもさ、それが原因で佳乃が苦しんでるっていうのは何となくわかった。だからなんだ、えーっと、そうだな。それが悩みっていうなら、解決できるように手助けをさせてもらうよ」

 俺の言葉を聞き、佳乃はゆっくりとこちらを向いた。

 人とこんなに話をしたのは久しぶりだ、という食事中の佳乃の言葉がようやく俺の中で意味を成した。呪いの真偽はともかくとして、おそらく佳乃はそれを理由に人との関わりを絶っているのだろう。

 一人にならないといけないのはわかっているのに、一人にはなりたくない。そんな矛盾が心の中に渦巻いているのだろうか。はたまた、私にこれ以上近づくなという警告を述べているのだろうか。

 佳乃の主訴がどうであれ、俺の感情の優先順位では、放っておけないがトップに躍り出ていた。佳乃が口を開かないのをいい事に、俺は言葉を付け加えた。

「なによりこの家で世話になるって決めたから。呪いがどうとか関係なく、居座ってお前と生活してやるさ。あと、もう職もないし暇だからな」

 俺はなるべく優しく、これ以上少女の傷が広がらぬよう話を進めた。呪いだかなんだか知らないが、そんなあやふやな概念でこんなに気さくな少女が自分の世界から出られないなんておかしいとしか思えない。

 一緒に生活することがなんの解決に繋がるかはわからないが……。いや、俺が死なずに一緒にいれば、呪いなんてものが存在しないことを証明できるではないか。

「……そっか。ありがとう。でもいいの? 死んじゃうかもしれないよ?」

「こう見えて俺は死なないことには自信があるんだよ。めちゃくちゃ運が良いからな」

 職を失った人間の発言とは思えない俺の言葉に、佳乃は少し驚いた顔をしてから笑った。

 呪いが本当にあったとしても、俺は生き抜く運には自信がある。何の問題もない。偶然で最悪の出会い方だったが、案外相性のいい組み合わせではないだろうか。

「そっか、死なない運が強いのか。ふふっ、うんうん。じゃあいつき君のこと、信じちゃう」

「おう。任せとけ」

 根拠もない俺の言葉に、佳乃はぎゅっと俺の服の袖を掴んだ。少しの間言葉もなくその状態が続いたが、突如吹いた冷風に「さむっ」という言葉がお互いの口から同時に発せられた。

 絶妙なハーモニーにお互いを笑い合いながら、俺達は逃げるように室内へと戻った。

「さて、話してすっきりしたし、私は寝ることにするよ。重要事項は説明したから、後からのクレームは受け付けないからね。事故物件だーって騒がないでよ」

「望むところだよ」

「ふふっ。おやすみなさい」

 そう言って寝室に戻る佳乃が去り際に付け加えた一言に、俺は愕然とした。

「余談だけど、さっき話した呪いのことを、私はウインクキラーと呼んでいるよ」

 真剣なのか、ふざけているのか。いよいよわからなくなった。呪いの真偽は未だに不明だが、こいつのネーミングセンスは致命的にダサいな、と思いながら俺は佳乃を見送った。

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