通わない童女17
「山上さんがここに柚子ちゃんを連れてくることは、最初から計画されていた流れなのです」
「それはなんとなくわかる」
「おそらく全様を知らされていないと思いますが、今回二つの作戦が同時進行していました」
垣内は人差し指と中指を上げる。
「まずひとつはご存知の通り、柚子ちゃんの呪いを緩める作戦。そしてもう一つが、神様を出し抜いて呪いを解くという作戦です」
垣内は少し離れて会話をしている童女と少女を見つめた。
ここに柚子を連れてくるという俺の役割は、やはりあの会がスタートする前に決まっていたようだ。
しかし、なぜそれを俺には知らせず、ほとんど関係がないと思われる垣内が知らされているのだろうか。
「二人がここに来たということは、首尾よく作戦は進んでいるようですね」
「上手くいったからいいものの、教えてくれていればもう少しスムーズにいけたんじゃないか?」
俺の口から、垣内に話をしても仕方がない内容が溢れる。見当違いの疑問を掬い上げるように、垣内がぽんと手を叩いた。
「どうやら神様は心が読めるらしいです。だからじゃないですか?」
「ああ、そうか」
数十分前の流れをすっかりと忘れていた。俺の頭の中はウズメに完璧に読まれていたではないか。
俺がこの作戦を知っていれば、即座に心が読まれて作戦が破綻してしまっていた。垣内が全様を把握しているのも、あの場に居合わせない関係のない人間だからこそなのだろう。
となれば、俺があの場で初めて知った頭の中が読まれるという情報を、予め知った上で作戦を立てた人間がいることになる。
「だったら、後者の作戦は誰が考えたんだ? 珠緒? まさか垣内さんが?」
場に居合わせると心が読まれてしまう。だとすればあの場にいなかった人間が作戦の鍵を握っていたはずだ。
しかし、垣内は首を横に振った。
「いえいえ、私は指示に従っているだけですよ。この作戦を考えたのは稔莉さんです」
意外な名前が出てきて、驚きが思わず顔に出てしまう。
「ぷっ。なんて顔してるんですか。驚きすぎっしょ」
女子高校生の容赦ない一撃に陥落し、急いで口元を押さえた俺は、続けて質問を繰り出す。
「なんで都塚さんが……? というか、佳乃と一緒にいて大丈夫なのか? ウインクキラーは?」
「う、うい? なんですかそれ」
「ああ、ごめん。佳乃の呪いのことだよ」
俺の質問に対し首を傾げる垣内に、慌てて説明を加える。ウインクキラーという単語が共通認識だと勘違いしてしまった。これでは俺が考えた言葉のように聞こえてしまうではないか。
垣内はほほうと声を上げ手を打った。
「なるほど。詳しいことは知りませんけど、私は稔莉さんに作戦を聞いて、それ通りに行動しているだけです。私の役割は、病院で眠っている相生先輩が目を覚ましたら、巫女ちゃん先輩に電話を入れて、すぐに神社に連れ出すというものでした。なので今こうしてお話をしている状況は、いわゆるサービス残業ですね」
「ご、ご苦労様」
話を聞けば聞くほど疑問が増えていく、なんとも不思議な状況だ。なぜ佳乃が平然とした様子で垣内と話が出来ているかは、垣内自身も知らないらしい。
しかし、少女の話を踏まえると、話し合いの場所に大学が選ばれたことも、あの部屋に向かったことも、全てが都塚の作戦だったように思えてくる。
蒔枝さんが迷わずに教室にたどり着いていたことも、安中が俺たちをここに誘ったことも、最初から決まっていたこととわかれば違和感が無くなった。
全ては都塚稔莉の手のひらの上。こうして俺が今全様を知ることになっているのも、おそらく都塚の予想通りなのだろう。なんと頼もしいことか。
呪いが解けたあとも、こうして佳乃を救うべくみんなが動いている状況に、自分のことでもないのに素直に感動してしまう。
「都塚さんとは、もともと面識があったの?」
「いえ、全くありませんでしたよ」
「よくそんな状況でいろいろ鵜呑みにして動いたね」
「顔がめちゃくちゃタイプだったんで、美女の言われるがままに動くとか、ほんと最高ですよね」
芽生えた感動が一気に冷めていった。本心を隠すという性質のせいで薄まっていたが、垣内はなかなかパンチの効いた性格をしている。
あまりの衝撃に、苦笑いだけが俺の顔つきに表れた。しかし、何はともあれ。
「とりあえずは、上手くいったってことでいいんだよな?」
「さぁ、どうでしょう」
垣内はひらりとかわすように佳乃達のほうを見た。視線を追うと、佳乃が右手をゆっくりと振り下ろす様子が見えた。
「終わったみたいですね」
一通り動作を終えた佳乃は、こちらを見てほっとしたように微笑んだ。歩き出した垣内に続き、俺も佳乃のほうへと歩みを進める。
「呪い、解けたのか?」
「もちのろんだよ。三つ目の呪いはこれにて解決。いつき君も、杏季ちゃんも、私が眠っていたせいで、迷惑かけちゃってごめんね」
小さく息を吸いながら、佳乃は申し訳なさそうな顔を浮かべる。それを見た俺と垣内は顔を見合わせて、静かに微笑みあった。
「お馬鹿ですねー。迷惑だなんてこれっぽっちも思ってませんよ」
「そうだよ。佳乃のために何かしたいって、俺たちが勝手に思って動いただけなんだから」
「おっ、山上さんいいこと言いますね」
冷たい風が流れ、静かに佳乃の髪を掬う。からんと揺れる絵馬の音が、心地よく耳元を揺らした。佳乃が嬉しそうに微笑む。
「ありがとう」
静かに言葉を囁いた佳乃は、ふらりとその場にうずくまった。
「ど、どうした?」
急いで覗き込む俺に対し、佳乃は弱弱しい笑みを返した。
「ちょっとね、まだまだ本調子じゃなくて、えへへ」
「いやいや、えへへじゃないだろ」
俺が肩を貸して、ようやく佳乃が立ち上がる。こんなぎりぎりの状態でここに来ていたのか。
「ごめんね」
「謝るなって。お前のせいじゃないんだから」
「えへへ」
定番の返しすらままならないほどに弱っている佳乃は、俺たちを心配させまいと無理をしているように見えた。
「相生先輩は私が責任を持って病院まで戻してきます。山上さんは、柚子ちゃんを連れて大学に戻ってください」
目の前で行われる展開に困り果てるように表情を曇らせる柚子を指差し、垣内が場の舵をとる。
「でも、今戻って大丈夫なのか?」
「大丈夫です。呪いが解ければ、神様も一旦は引っ込むはずですから。あ、これも稔莉さんの受け売りですけどね」
垣内は俺にとって変わるように佳乃の肩を持ち、佳乃の体重を支える。小さく声を漏らして佳乃を受け取った垣内はにんまりと笑顔を浮かべた。
「あっはー。先輩軽いっすねー。普段何食ってんすか」
「本当に任せていいのか?」
「こんなこともあろうかと、帰りのタクシーも手配してあるので、ご安心を。なによりここでできることはもう何もありませんから」
こちらを見つめる垣内の強い視線が、俺の心に安堵を与える。続いて垣内は、不安そうな柚子の方を向き、これでもかと口角を上げて笑みをくべた。
「柚子ちゃん。今はわからない事がいっぱいだと思うけれど、きっとこれで全部上手くいったよ。だからそんな顔しないの。笑顔笑顔! スマイル!」
視線を向けられた柚子はぶんぶんと顔を振り、垣内を真似て口角を上げた。
「バッチグー! じゃあ山上さん、後はよろしくお願いします! 行ってください!」
「わかった。柚子ちゃん、行こう」
鞭が入った俺は、急いでバイクの方へと進む。軽快な足音に急かされるように、慌しく木の葉が揺れた。
手を引かずとも、今度は迷うことなく柚子も背中にぴったりと着いてきている。
勇ましい童女の心持にほほえましさを感じつつ、俺は再び大学へと向かった。




