通わない童女16
*
安中に促されるまま、俺は神社へとバイクを走らせていた。中型二輪の免許を取っておいて良かったという暢気な考えが頭をよぎるのは、きっと起こっていることの整理が出来ていないからだろう。
ちらりとミラーを確認しても、後ろから追ってくる影は見えない。見えたら見えたでそれはホラー映像なのだが、相手はなんと言っても神様だ。何を仕出かしてくるかわからない。
五分ほど経過した今になっても何も変化がないということは、上手く蒔枝さんが足止めをしてくれているのだろうか。
「大丈夫? 寒くない?」
赤信号の間を利用して、俺は後ろにしがみつく柚子に声をかけた。
「だ、大丈夫です」
「もう少しだから、ちょっとだけ辛抱してね」
柚子は手を震わせながら答えた。大した防寒着もなく、寒空の下風を切っているわけだから、もちろん寒くないというわけはないだろう。だが、ここで止まるわけにはいかない。
童女の言葉が気を使って出たものだとわかっていても、頼りない慰めをかけるしか出来なかった。信号が青に変わり、再び冷たい風が身体を打つ。
冷風によって冴えた頭が、少しずつ考えをまとめていく。ノートやバイク、人員の配置など、間違いなくこの状況は計画的に作られたものだ。
だとすると、珠緒の言っていた俺の重要な役割とやらは、まさに今この立ち位置のことを意味している。
頭が冴えたところで、神社に行った後の顛末など想像出来るわけもなく、結論が出ないままバイクは神社へとたどり着いた。
「さて、どうしたものか……」
バイクを置き、降りあぐねている柚子をバイクから降ろして、俺はヘルメットを脱いだ。視界が少し開けても、閑散とした神社が目に映るだけだった。
「楓ちゃん、大丈夫かな……」
あの場から逃げ出したという状況を理解したように、柚子が静かに呟いた。
「きっと大丈夫だよ。蒔枝さんもいるし、珠緒だっているんだから」
「でも、たまお姉ちゃん、ちょっと変だったよぅ……」
「変なのはいつものことだから、大丈夫だよ」
珠緒が聞いたら大激怒しそうな言葉が俺の口から飛び出す。
わけのわからないまま連れてこられて、何をしていいかもわからない。俺も柚子も置かれた状況はほとんど同じだが、俺が暗い様子をしていては童女は更に追い込まれてしまうだろう。俺はなるべく明るい口調で、童女を励ます。
童女は少し俯いた後、小さくくしゃみをした。そりゃそうだ。寒かったに決まっている。
「ちょっと待ってて、今暖かい飲み物を買ってくるから」
俺は小走りで二十メートルほど離れた自販機へと向かった。
こんな暢気なことをしている場合じゃない。そんなことはわかっている。しかし、俺が思っていたよりも先が見えない展開になっている。ここにくれば何か分かると思っていたのに、何のヒントも転がっちゃいない。
「くそっ」
小銭を入れたところで、ついうっかりと声が漏れた。柚子には聞かれていないだろうか。少し距離があるから大丈夫か。こんなことを気にしている事までもが、俺を更に情けない気持ちにさせる。
このまま、さっきまでの余裕を保って柚子のところに戻れるだろうか。飲み物ががたんと落ちてくる。缶の温かみが、じんわりと手先を暖めていく。
大丈夫、明るく、心配させないような顔つきで、このココアを柚子に渡せばいいだけだ。一つ息を吐いて、柚子の方へと向き直る。
鈍い砂利の音が、俺の気持ちを更に憂鬱にさせる。
一歩足を進めたところで、左の方から人の気配を感じた。
重い頭を上げ、顔をそちらに向けると同時に、人影から言葉が投げられた。
「やあやあ青年。どうしたの? そんな呪われたみたいな顔をして」
俺は目を丸くしながら投げられた言葉を受け止める。聞き馴染みがあるのに、なんだか懐かしい声。見慣れたはずなのに、久しぶりに見た姿。
「お、お前……」
幽霊でも見たかのような俺の反応に、影は頬を膨らませた。
「お前じゃないよ、佳乃だよ」
言葉を投げてきたのは、紛う事なく佳乃だった。この状況は現実なのか、はたまた落ち込んだ自身の脳が見せた幻想なのか。判断もあやふやなまま、俺はおずおずと声を絞り出す。
「よ、佳乃……? 目、覚めたのか?」
「もう。これが眠っているように見える?」
目をぱちりと開いて、佳乃がにっこりと笑った。その姿を見て、先ほどまで沈んでいた俺の気持ちが安堵へと向きを変える。
「おせえよ」
「お待たせしちゃったみたいだね」
少し申し訳なさそうな顔を浮かべた佳乃は、すぐに自分の頬に指を当て、にやりと微笑んだ。
「でも、王子様がキスでもしてくれていれば、もっと早く目が覚めてたかも」
「……あほか」
「ふふっ」
この語り口、間違いない、俺の知っている佳乃だ。眠っていたはずの佳乃が、今目の前に立っている。
もっと驚くべきところなのかもしれないが、俺はとにかくほっとしてしまう。
「どうしてここに?」
緩んだ感情が、半分わかりきったような質問を投げかけた。俺が柚子をここに連れてきた理由、連れてくるように仕向けられた理由、それをおそらく佳乃は握っているのだろう。佳乃はふふんと鼻を鳴らし、口を開いた。
「それはだねー」
「それは私から説明いたしましょう」
語るべくして人差し指を立てた佳乃の後ろから、もう一つ人影が現れた。人影に話を遮られた佳乃は、むくれたように人差し指を折る。
「杏季ちゃん。今は私がかっこつけるところなの」
「こわっ。睨まないでくださいよ。いや、相生先輩はそんなこと言ってる場合じゃないっしょ」
佳乃の後ろから現れた垣内は、少し離れた場所で困惑する柚子に指を指した。
「こっちはさくっと説明しとくんで、相生先輩は早く呪いを解いてきてください」
「なんだよう……。でもそうだね。わかった」
垣内に促され、佳乃は柚子の方へと歩みを進めた。それを確認した後、垣内が俺のほうへと近づいてくる。
「何から聞きますか?」
俺の心を探るように、少女が質問を投げかけてくる。何から、といわれても、こちらも何から話を聞けばいいのかわからない。
「えっと、今の状況とか、詳しく聞けると嬉しいんだけど」
「なるほど。ではでは解説いたしましょう」
垣内は俺の周りを衛星のように回りながら、解説を始めた。




