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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
5話 通わない童女

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通わない童女13

「たくさん嫌なこと言ってごめんねぇ。こうでもしないと、柚子ちゃんが思っていることを言えないと思って。みんなが楓ちゃんに戻って欲しくないって言ってるなんて、全部嘘だからねー」

 こちらに向けた眼光から一転して、蒔枝さんはぶりっ子モードで柚子を抱きしめた。ころころと表情が変わる蒔枝さんを見て、柚子がぽかんと口を開けた。

「ちゃんと自分の気持ちをしっかり言えてえらいねぇ。ほらほら、もっとぎゅーっとしてあげる」

 声にならない声を漏らす童女を無視して、蒔枝さん柚子に頬ずりを始めた。

「ええー? 嘘だったの?」

 遅れながらリアクションを取る柚子に対し、蒔枝さんは一旦抱きしめる手を緩めた後、先ほど見ていたノートを柚子に見せた。

「ほら、何も書いてないでしょー? ぜーんぶ嘘。こんなに可愛いんだもん。きっとみんなも元に戻って欲しいって思ってるはずだよぉ」

 見せられたノートを眺め、柚子は再びぽかんと口を開けた。どうやら予想外のことが起きすぎていて、状況が全く整理できていないようだ。というか、この豹変っぷりを見れば誰でもこうなるか。

「もうちょっと詳しく説明してもらっていいですか?」

 蒔枝さんのぶりっ子に堪えられなくなった俺は、思わず言葉を挟みこむ。

 俺の声を聞いた彼女は、こちらを向いて不機嫌そうな顔つきに戻った。

「これ以上何を説明するんだよ」

 陰と陽がはっきりしすぎている。ぶりっ子モードに入っていても、俺には変わらぬ対応がぶつけられてしまう。

「いや、その諸々を……」

「私の名演技で、無事柚子ちゃんは自分自身と向き合うことが出来ました。それだけだよ」

「本当に全部演技だったんですね」

「私の頭がおかしいことは事実かもしれんが」

「根に持たないでくださいよ。こっちも知らなかったんですから……」

 気まずくなった俺は、置かれてあったノートを手にとった。

 ノートには楓に対するみんなの意見などまったく書かれておらず、一ページを除き全てが白紙だった。白紙ではないページに対して突っ込みを入れようと思ったと同時に、我に返った柚子から言葉が漏れる。

「私が言いたいことを言っただけで、本当に楓ちゃんは元に戻るのかなぁ……」

「きっと大丈夫だよー。今の柚子ちゃんの気持ちは絶対に楓ちゃんに伝わったからね。あとはちょちょいのちょいで元気になっちゃうんだから」

 更に様相を変化させ続ける蒔枝さんは、満面の笑みを柚子に向けた。

「先生は怖い人じゃないの……?」

「あれはお芝居。ほら見て見て、こんなににこにこーなんだよー」

 お芝居なのは果たしてどっちなのか。つっこむのは野暮だからやめておこう。

 ようやくぶりっ子が馴染んできたのか、ほっとした様子で柚子は笑顔を浮かべた。相変わらず楓の様子に変化はないが、これで本当に呪いは緩んだのだろうか?


「くははははは」

 俺の疑問は、突如響いた気味の悪い笑い声によってかき消された。

 甲高い、寒気のするような、女性の笑い声。出来ることならば二度と聞きたくなかった笑い声。

 声の主は蒔枝さんでもなく、柚子でもなく、もちろん楓でもない。俺は声の先、珠緒のほうを見る。

「素晴らしい。百点満点じゃ。まさかここまで早く三つ目の呪いに手をかけられるとは思わんかったわ」

 額に手を当て大げさに笑う珠緒――否、おそらく珠緒ではない何かは、教卓の周りをくるくると回り始めた。

「出てきやがったなこの野郎」

 思わず劇的な台詞を吐いた俺は、教卓の方をにらみつける。

 あの雰囲気、語り口、間違いない。あれはウズメとかいう神様だ。

「やあお久しぶり。やはり相変わらず厄介じゃのう貴様は」

 ウズメの指がこちらを差す。向けられた指に怯まぬよう、俺はわざとらしく両手を上げて返した。

「おあいにくさま、俺は何もしちゃいないさ」

「くふふ」

 俺の格好の悪い決め台詞は、ひらりとウズメを通り過ぎた。

 しかしながら、このタイミングでウズメが姿を現したということが、一つの答えを導き出した。

 おそらく、柚子にかかった呪いはもう解ける一歩手前なのだ。ここでの登場は答えあわせでしかない。なんとありがたきことか神様。

「そうそう、親切な神様がわざわざ答えあわせをしてやったのじゃ。もっと感謝してあがめるがよい」

 ウズメが俺の脳内に返答を述べる。ピタリと心に張り付いたような言葉に、冷や汗が浮かんだ。

「お前……まさか心が読めるのか」

「さて、どうかのう?」

 神様というぐらいなのだから、それぐらい出来て当然なのかもしれない。読まれているかもしれないとわかっても、頭の中を空っぽにするなんて芸当俺には出来るわけもない。

 とにもかくにも、もう既に柚子にかかった呪いは佳乃が解けるレベルにまで緩まっているに違いないんだ。あとは佳乃が目を覚ますのを待って、呪いを解けばいい。

「それはもちろん、ここから無事に出られたら、の話じゃがのう」

 動きを止めたウズメは、にやりとこちらを見つめる。心を読まれている不快感がまとわりつく。

「なるほど。呪いが解かれる前に、また時間稼ぎをしに来たわけだな」

「時間稼ぎとは失敬な。少し遊んでやろうと思っただけじゃよ」

 ゆったりと上がるウズメの指先が、俺達の方へと向けられた。

「貴様らを寝かしつけた後は、病院でぐっすり眠っている小娘に、もっと深く眠ってもらうとするかのう」

 約一ヶ月前の記憶が蘇る。ウズメはここにいる全員を眠らせて、再び自身の回復に努めるつもりらしい。ぎゅっと拳に力が入った。

 警戒している俺に反し、何のことだか分かっていないであろう柚子や蒔枝さんは、驚いた表情から抜け出せていない。見たところ、柚子はもちろんのこと、蒔枝さんもこのような状況を見るのは初めてのようだ。

 そんな暢気なことを考えている場合か。このままではまた全員が眠らされてしまう。運よく早く目が覚めた前回とは違い、今回はどうなるかわからない。この一月で、どこまでウズメの力は回復したのだろうか。

  また呪いが増やされるなんてことがあったら、最悪という言葉でも表せないほど状況が悪くなってしまう。

「覚悟はいいか? 今度はしっかりと眠るが良い」

 ごくりと自身の溜飲の音が大きく響いた。

 どうする、どうすればいい。俺はこの一ヶ月間何をしていたんだ。こんなこと予想できたことじゃないか。必死に頭を回すが、解決策は何一つ思い浮かばなかった。

 半ば諦めかけたその時、ウズメのほうから間の抜けた電子音が響いた。ウズメは溜息を吐いてポケットに手を突っ込んだ。

「はぁ……興が冷める。こういうシーンでは、マナーモードとやらにしておくことが礼儀なのではないのか?」

 ウズメはポケットから携帯電話を取り出し、それを遠くへと投げ捨てた。どうやら珠緒の携帯が絶妙なタイミングで鳴ったようだ。


「いつき!」

 投げ捨てられた携帯電話を眺めていると、隣から呼ばれなれない単語が聞こえてくる。

 慌ててそちらを見ると、蒔枝さんが先ほどの呆けた表情から一変して、鋭い表情で何かをこちらに向けていた。

 蒔枝さんが手にしていたのは、ほとんどのページが白紙だった先ほどのノートだった。突っ込みを入れようと思っていた、唯一白紙ではないページと目が合う。

『珠緒の携帯が鳴ったら、柚子を連れてすぐに講義室を出ろ』

 先ほどは意味がわからなかった文章の意味が、すっと脳をかける。意味を理解しきる前に、俺の身体は動きを始めていた。

「えっ」

「行って」

 急に成人男性に手を引かれた柚子は、驚きの声と共に一瞬抵抗の意志を見せるが、蒔枝さんの一言によりその抵抗もなくなった。俺と柚子は、逃げるようにすぐ近くにあった出口へと向かう。

「いやはや、逃げられるとでも思うておるのか」

 ほとんど間もなく、ウズメの声が聞こえる。随分と離れた位置にいつはずなのに、今にでも追いつかれてしまいそうな感覚に襲われた。

 縋るように講義室の扉に手をかけたその瞬間、一月前にも味わった、季節はずれの生暖かい風が通り抜けていった。これはおそらく、ウズメが生み出した風。前回同様であれば、このまま意識が途絶えていくはず。


 しかしながら、俺の身体はしっかりと柚子を携えて講義室を脱した。講義室を出た途端、何者かが講義室の扉を閉め、手元にある機械を操作し始めた。ある程度操作が終わると、がちゃりと扉の鍵が閉まる音が響いた。


「なにやってんのこんなところで」

 講義室の扉を閉ざした人物が顔見知りだったこともあり、俺は思わず間の抜けた質問を繰り出していた。

「言ってる場合かよ。案内するからついて来い。ほら早く!」

 無残にも俺の質問を切り捨てたのは、都塚稔莉のパートナー、安中涼だった。安中は俺達を先導するように、急ぎ足で校舎から外へと向かっていく。

「なんでお前が」

「質問は全部事が終わってから受け付ける。だから今は黙って従ってくれ」

 そこまで言われてしまえば追求するのも野暮だ。何より、安中のこの様子と今の状況が、これ以上の質問を許さなかった。


 校舎から出て少し走ると、すぐに大学の敷地外へと到着した。閑散とした道路には、一台バイクが止められており、シートにはヘルメットが二つ並べられていた。安中はそれを俺と柚子に手渡し、手際よくエンジンをかける。

「運転、できるよな。ほら、急いで神社に向かえ」

「神社? なんで今神社なんだよ」

「四の五の言うな。時間がないんだよ」

 安中に背中を押され、俺はわけもわからずバイクに腰掛ける。俺より更にわけが分かっていない様子の柚子は、安中に担がれて後部座席へと座らされた。

「神社に行けば全部わかる。大丈夫、信じてくれ」

 真に迫った安中の表情を見て、もう迷っているのも馬鹿らしくなってきた。俺はハンドルに手をかけ、エンジンを吹かす。

 エンジン音にかき消された安中の声を背に、俺は神社へとバイクを走らせた。

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