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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
5話 通わない童女

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通わない童女10

 仕切り直すようにパチリと手を叩き、珠緒が改めて言葉を放つ。

「話は随分と戻るけれど、ゆずゆずが呪われていた場合、その影響でかえかえは変わってしまったわけだから、少なからずゆずゆずはかえかえに対して何かを思っていたと思うの。私が聞いた以外にもまだまだ隠してる想いがあるんじゃないかな」

「あんまり喋るの得意じゃなさそうだもんな」

「ああ見えて、好きなもののことは割りとしっかり話すんだよ」

「そうなのか」

 そういえば、垣内にくまのぬいぐるみをもらったあと、服を作れるようになりたいという夢を話していたと言っていたな。

 夢のことを人に話せなかった垣内とは違い、自身の好きなものについて語ることは苦手じゃないのかもしれない。

「伴奏決めのことも、交換日記のことも、多分ゆずゆずは意図的に隠してた。それがなぜだかわからないけれど、かえかえに戻って欲しいという気持ちだけじゃ呪いは解けなかったわけだよ」

 珠緒はくるくるとその場で回りながら推理を続ける。

「例えばさ、いっつんが隠し事をするとき……。いや違うね、いっつんはなんでえっちな本を隠すの?」

「どういう質問だよそれ」

 なぜアダルトな本を隠す前提で言い直したんだ。苦笑いの俺に、珠緒は満面の笑みを浮かべて答えを促している。要は隠し事をする理由について聞かれているのだろう。

「そりゃ、他の人に見られたくないからじゃないのか?」

「それは本を読んでいるということを知られたくないから? 自分の性癖を知られたくないから?」

「いつまで引っ張ってるんだよその話題」

「ごめんごめん。何か分かるかなと思って」

 悪びれる様子もなく、珠緒は腕を組みながら考察を続けている。

「交換日記があるなら、普段なにを考えていたか、ぐらいのことはわかるんじゃないか? 楓ちゃんのことをどう思っているかとか、伴奏とかピアノとか、そういうところチェックしてみてみれば、案外ヒントとかないもんかね」

 俺は佳乃のベッドの上に投げ出された交換日記を手にとって、もう一度中身を眺めた。

 ノートの中盤にピアノのことについて書かれていたが、練習が大変だけれど楽しいというありきたりな内容だけしか見つからなかった。

「何か書いてる?」

「いや、このぐらいだよ」

 俺は一応ピアノについて触れられているページを珠緒に向けてみる。

「うーん。かえかえのことについて、何か書かれてなかった?」

「特にないな。お互い相手のことは全く書いていない。楓ちゃんの部屋とか机とか、そういうところになかったら、本当に誰のものかわからないぐらいの内容だな」

「そっか……」

 珠緒の視線が外れたことを確認して、俺は再び交換日記を眺めた。

 意図的なのか天然なのかはわからないが、この日記は本当に個人が特定できないように書かれてある。子ども同士の秘密のノートであっても、ここまで秘密裏に交換されているということに感心してしまう。

 呪いが解けたら、今度は隠し場所にまで徹底するよう伝えてやろう。


「ピアノ……誰のものかわからない日記……」

 俺が間抜けな考えを浮かべている間にも、珠緒は何か閃きそうなところまで考察を進めていたようだ。ぶつぶつと言葉を繰り返す珠緒を、じっと眺めてみる。

「隠し事……隠し事……」

 顔を上げた珠緒とばちっと目が合った。へらりと笑う俺を見て、珠緒が突如はっという声が漏れてきそうな顔つきをした。

「な、なんだよ急に」

「いっつん! 私の鞄にもう一冊の交換日記が入ってるから、取ってもらってもいいかな」

 勢いよく告げる珠緒の声に怯えつつ、俺は足元に転がるかばんからノートを取り出して珠緒に手渡した。

 ノートを受け取った珠緒は、二冊のノートを見比べたあと、けたけたと笑い始めた。

 あまりの豹変に俺が引いていると、ぱたりとノートを閉じた珠緒がこちらにブイサインを向けた。

「おいおいいっつん。何を引いてるんだい」

「考え込んだり笑ったり、大変だな情緒が」

 言葉を言い終わると同時に、珠緒からノートが手渡される。

「二つを見比べて、わかったことがあるの」

 珠緒は自信満々にそう告げた。今更間違い探しをする気にもなれず、俺は珠緒のほうを見る。

「何がわかったんだよ」

「一つ。ピアノをやっているのはゆずゆず。二つ。日記は誰が何を書いたかがわからないようになっている。三つ。ゆずゆずはこのノートの存在を知らないふりをした。この三つで何か気付かない?」

 三本指を立てる珠緒を見ながら、考えをめぐらせる。結局何も思いつかず、考えているふりを少し続けた後、俺は珠緒に答えを求めた。

「わからん。教えてくれ」

「しょうがないなぁ。ピアノのことが書かれてあるページを開けてみて」

 珠緒の言うままにページをめくる。該当ページは変わらぬ様子をこちらに向けている。

「んでもって、もう一冊の最後の更新日、十一月二日の箇所を見てみて」

 こちらも変わらぬ様子で短い文章のみが綴られている。

「字体、一緒だと思わない?」

 珠緒の言葉に促され二冊を並べると、確かに同じ筆跡の文字が並んでいた。この事実が表すことは、この並んだ二ページを記載したのは同じ人物ということだ。

「ピアノを練習する、これは多分ゆずゆずが書いたもの。そしてそのページと同じ筆跡が最後の日記に書かれている。つまり、私は私が大嫌いと書いたのは、他でもない、ゆずゆずなんだよ」

 俺はもう一度日記を眺めた。簡素な文章で綴られた最後の更新は、どうやら柚子によって記載されていたものらしい。

 楓の家に隠してあったものだということで、つい最後に記載したのが楓だと思い込んでいたが、確かにどちらが書いたかなど俺達には判別のしようがない。

「確かに柚子ちゃんが書いたことはわかったけど、それがどうしたっていうんだよ」

 俺はノートを閉じ、再び珠緒のほうを見た。俺の疑問に対しても、珠緒はニッコリと笑顔を作っている。

「どうしたもこうしたも、これこそがきっとゆずゆずの願いだよ」

「どういうことだ?」

「ふふっ。まあ詳しくは本人から聞いてみようよ」

 珠緒はそう言って、そそくさと帰り支度を始めた。

「えっ、終わりかよ」

「終わりだよ。病院の面会時間、もう終わっちゃうもん」

 しっかりとコートを羽織る珠緒に続き、俺も帰り支度を進める。


 釈然としない感情のまま、俺はニコニコと歩き続ける珠緒を神社へと送り届けた。その間も会話はあったが、どれも他愛のないものばかりだった。

「じゃあねいっつん。送ってくれてありがと」

「おう」

 二人のことに特段触れることもなく、珠緒は俺に背を向けた。もう少し詳しく話を聞こうと思ったが、アルコールによる眠気が勝ってしまい、言及することをやめた。あくびをしながら神社に背を向けると、少し離れた場所から珠緒の声が響いた。

「いっつん。楽しくないが楽しいになるように行動するしかないよなって言葉、私はすっごい好きだよ。だからさ、ゆずゆずの自分が大嫌いっていう感情も、大好きに変えてあげようね」

 珠緒の言葉が妙にこそばがゆくて、俺は振り向かず手だけを振った。結局のところ状況が変化したようには思えないが、あれだけ自信満々に動いているのだから、きっと秘策でもあるに違いない。

 神社へと帰っていった巫女の巫女力に期待しつつ、俺も家へと向かった。

 翌日、自信満々だった珠緒に真相を聞きだそうと思ったが、神社に行けど、病院へ行けど、珠緒の姿が見つからず、何もしないまま一日が過ぎて行った。


 更に翌日、呆然と佳乃の見舞いに病院へ向かうと、昨日一日拝めなかった珠緒の姿がそこにはあった。俺はほっとしながら珠緒の横に腰掛ける。

「よっ。昨日、どこ行ってたんだよ」

「おっすいっつん。昨日? あれ、なんか約束してたっけ?」

「約束はしてないが……」

 確かに約束はしていなかったが、ここ最近自然と神社か病院に集まっていたこともあり、行けば自ずと会えるものだと思っていた。

 文句にもならない言葉を続けようと思い再度珠緒を見たとき、ふと急激な違和感に襲われた。

 一日空いただけにしては大きすぎる違和感の行方を捜していると、俺の目は珠緒の髪の毛で動きを止めた。

「お、おい! それどうしたんだよ」

 俺は珠緒の髪の毛を指差し声を上げた。解けば腰ほどまでかかっていた長い黒髪が、肩口ほどまでで切りそろえられている。特徴的だった二つの輪っかが見事に姿を消している。

 衝撃に震える俺に、珠緒は飄々とした様子で答えた。

「あ、これ? いっつんリアクション遅すぎー。どう? 似合うっしょ?」

 珠緒は肩口にかかる髪をふわりと持ち上げながら、どうだといった様子で鼻を鳴らした。

「し、失恋でもしたのか……?」

「失敬な。私が本気を出して落とせない男なんているわけないでしょ」

 髪をばっさりと切った理由を聞きたかっただけなのに、余計な言葉が返ってきた。唖然とする俺に、珠緒は言葉を続ける。

「なんというか、イメチェン? ほら、もうすぐ冬も終わるし、春に向けて、みたいな」

 他人事のように話す珠緒は、ばっさりと髪を切ったことにすらそれほど興味がないような様子だった。

「心機一転、ニュー珠緒ちゃんに惚れちゃうのは仕方のないことだけど、その惚けた顔をどうにかしてよね」

 俺は珠緒の一言で衝撃から立ち直る。本人がノリノリならばそれでいいのだが、ただのイメチェンでここまでばっさりと髪を切るものなのだろうか? 女心への理解の薄さを痛感しつつ、俺はふうと息を吐いて珠緒に向き直る。

「オッケーわかった。髪のことはもういい。それより、これからどうするんだ?」

 改めて聞きそびれた今後の動向について尋ねてみる。

「実は作戦を用意してるんだよ」

「作戦?」

「そう。名づけて、『ゆずゆずに本音をぶちまけてもらおう作戦』だよ」

 何の捻りもない作戦名に、俺はうっかりと笑ってしまう。

「言うほど名づけてって感がないんだが」

「こういうのは気分から入らないと。思わず手に取りたくなる本っていうのは、意外とシンプルなタイトルだったりするんだよ」

「なんの話をしてるんだよ」

 微妙にミットを掠めてすっぽりと収まりきらない珠緒の発言を制止しつつ、俺は本題へと話を戻す。

「で、どんな作戦なんだ?」

「一昨日話した通り、ゆずゆずにはまだまだ隠している思いがあると思うんだよね。それを吐露してもらうことが、呪い解決の一歩だと私は思うの。だからゆずゆずが隠さず自分の気持ちを言えるように、秘密兵器を使います!」

 珠緒は立ち上がり、病室の入り口を指差した。指の先を見ると、そこには眉をしかめた面構えで佇む蒔枝さんの姿があった。

「完璧なタイミングで来てしまった自分にほとほと嫌気が差すよ」

「さすがまっきー空気が読めるね」

 蒔枝さんは深いため息を吐きながら、こちらに歩みを進める。俺と目が合った瞬間、一瞬ぎょっとした顔になるが、こほんと咳き込んだ後再び眉をひそめた顔つきでこちらを睨んだ。

「あれ、まっきーといっつん、なんかあった?」

「なんにもないよな」

 蒔枝さんの違和感を悟ったように珠緒が探りを入れるが、すぐさま蒔枝さんからの口止めが空気を遮る。これは、黙っておけ、ということなんだろうか。

「そうですね、何にもなかったです」

「……そう。まあいいや」

 よそよそしい俺の様子に珠緒は一度目を細めるが、すぐに興味がなくなったように蒔枝さんの方を向いた。

「最終兵器まっきー。君にやって欲しいことがあって呼び出したんだよ」

 珠緒は手をこすり合わせながら蒔枝さんに擦り寄っていく。露骨にいやそうな顔をする蒔枝さんを無視しながら、珠緒の声が彼女に近づいていく。

「いつも通りのことをしてもらえばいいんだけど、もちろんやってくれるよね」

「もちろんやりたくないわけだが」

「ありがとう。理解が早くて助かるよー」

「逆に私の感情への理解が遅くてすごく困っているんだが」

「まあまあそう言わずに」

 そのまま不毛なやり取りが続き、結果話を全く聞かない珠緒に押し切られる形で蒔枝さんはしぶしぶ首を縦に振った。

「で、何をすればいいんだ」

「なに、簡単な話だよ。小学生に対して全力で悪態をついてくれればいいだけだから」

 傍から見ると全く簡単なことではないことを珠緒は言ってのけた。

「ついに私の社会的地位を奪いに来たか」

「いらないよそんなもの。ちょっとね、偉い先生のフリをして欲しいだけなの」

 珠緒は蒔枝さんに更に近づき、こそこそと耳打ちをする。三十秒ほど話をした後、珠緒はゆっくりと身を放した。

「……というわけなんだよ」

「はあ。嫌な役だな……」

「いつもやってるでしょ? いつも通りだよ」

 ため息を吐く蒔枝さんの背中を、珠緒はぽんぽん叩きあっけらかんと励ましを与えている。ため息を吐きたいのは俺も一緒だ。

「なんで耳打ちなんだよ。ついに公に俺を疎外するつもりか」

 目の前で俺に聞こえないように話をされてしまうと、いよいよ存在意義がなくなってしまう。立ち上がり呟いた俺の不満がしっかりと珠緒に届く。

「ごめんごめん。のけものにするつもりはないんだよ。ただね、これ聞くと自然に振舞えないと思うんだよ」

「どういうことだ?」

「なんというか、まっきーの演技力には信頼が置けるんだけれど、いっつんの演技力はちょっと信用できなくて」

 さらりと失礼なことを言ってくれる。確かに演技力には自信がないし、蒔枝さんの演技力はぶりっ子で確認済みだが、見たこともない演技力に対してそこまでマイナスイメージがあるとは心外だ。

「演技力って、何の関係があるんだ?」

「ゆずゆずに本音を吐かせるために、一芝居打とうって話だよ。脚本を聞かせない方が、エキストラは自然な演技ができるかなと思って。監督のこだわりだよ」

 珠緒が考案した作戦には、どうやら自然な振る舞いが求められるようだ。そう言われてしまえば、自然な演技が出来る自信もないし、詳細を聞かされない方がいいのかもしれない。ざっくりと納得しようとしている俺に、珠緒は言葉を続ける。

「心配しなくても、いっつんにはちゃんと大きな役割があるから、どーんと構えといてよ」

 何の根拠もなく、とりあえず堂々としていればいいようだ。納得しかけていた心が、再び揺れる。

「いや、だったら俺の役割の詳細ぐらいは教えてくれるんだろうな?」

「それも今は教えられないなぁ。まあ私も知らないっていうのが本音なんだけど」

 なんということだ。詳細不明の役割のため、どっしりと構えておくという不思議な振る舞いを求められてしまった。

 もとより他の作戦を思いついてもいない俺は、とりあえずはあやふやな珠緒の策に乗るしかないわけだが、それでも聞いておかねばなるまいと珠緒に言葉を向ける。

「上手くいくんだろうな?」

「上手くいくよ。私の巫女力がビビッと反応してるんだもん。安心してよ」

 疑いの言葉を向けた俺に対しても、珠緒は自信満々の笑みを浮かべてそう答えた。これ以上の詮索は無駄だと感じた俺は、椅子に腰掛け頭をかく。蒔枝さんと俺の溜息が室内にこだました。

「準備もいろいろあるから、決行は明日だよ。ちゃんと小児科がお休みなのも知ってるからね。まっきーも逃げないように。集合場所は追って連絡するから。じゃあね」

 俺達の溜息を全く気にする様子もなく、そそくさと珠緒は病室から去って行った。残された蒔枝さんは、もう一度深く溜息を吐いた後、珠緒に続いて病室から出て行った。

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