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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
5話 通わない童女

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通わない童女9

「お、いっつんどこ行ってたの?」

 病室に入る俺を見て、先に到着していた珠緒が言葉を投げかけてくる。

「ちょっとな」

 なんと答えればよいかわからず、俺は適当に視線を外した。小首を傾げた珠緒だったが、特に詳細を気にする様子もなく俺の目の前にノートを差し出した。

「これ、ちょっと見て欲しいの」

「これは……交換日記か」

 珠緒からノートを受け取り、中身に目を通す。びっしりと中身が書かれたそれは、机の裏に張ってあったもう一つの楓の交換日記のようだ。

 中身をぱらぱら見ただけでも、楓と誰かがマメにやり取りをしていたことが見て取れた。

 時に先生への愚痴をこぼし、時に好きな男の子の話を書く。確かに人には見せにくい内容なのかもしれない。可愛らしい小学生の様子が思い浮かんで、なんだか甘酸っぱい気持ちになった。

「なにか気付かないかね」

「なにかって……」

 珠緒の言葉で本腰を入れて日記を見るが、可愛らしい交換日記、ということ以上の感想が出てこなかった。というより、アルコールのせいで少しばかり思考が上ずっていて、上手く考えがまとまらない。

「すまん、わからん」

「マジかよいっつん。しっかりしてよー」

 珠緒はわざとらしく溜息を吐きながら、俺からノートを取り上げた。

「ほら、ここだよ」

 呪いに関する本を見たとき同様、珠緒が俺にヒントを与える。指し示された箇所には、帰り道に見た犬が可愛かったね、といったありふれた内容が書かれていた。

「い、犬……」

 何の変哲もない文章のせいで、コメントすら思い浮かばず、俺は書かれた単語をつぶやいた。

「犬……じゃないよいっつん。じゃあ次はここ見て」

 再び珠緒が指し示した箇所には、帰り道に見た猫が可愛かったね、といったほとんど先ほどと変わりない内容が書かれている。

「ね、猫……」

 学習能力のないAIのような俺の発言に、珠緒がけらけらと笑う。

「あはっ。猫、じゃないよ。違うでしょ、共通点そこじゃないでしょ」

「帰り道、ってのが共通点だが……」

 そこは理解できたが、その先が全くわからない。だからどうした、という感想しか浮かんでこない。

「そう、帰り道。かえかえと一緒に帰っているのは誰なんだろうね」

 俺の様子に我慢ができなくなったのか、珠緒の言葉はかなり答えの近くに放り投げられた。

「ああ、なるほど。この交換日記の相手は柚子ちゃんなのか」

「そうだよ。……とはいえ、結局だから何だって話なんだけど」

 珠緒はひらひらとノートで顔を仰ぎながら、腰掛けたパイプ椅子を揺らした。

 蒔枝さんと話をしていてすっかりと気分が落ち着いていたが、手詰まりであるという現状は結局のところ変わっていない。すがるように佳乃のほうを眺めるが、こちらも変わりない様子で眠り続けている。

「楓ちゃんのあの様子は、呪いのせいじゃなかったんだな」

「まぁ、まだ呪いのせいじゃないって決まったわけじゃないんだけどね」

 珠緒はそう言って、佳乃の眠るベッドのほうへと体を預けた。

「流石に疲れちゃったよ。巫女の力なんて、なんの役にも立ちやしない」

 ノートを枕にしながら、珠緒は弱音を吐き出した。親友と呼べる人間が眠りから目を覚まさず、代行も上手くいかない。ましてや思い入れのある童女が人形のようになってしまった原因もわからない。

 今の珠緒は、きっと何から解決すればいいかも分からなくなってしまっているのだろう。落ち込む珠緒の姿を見ていると、先ほど蒔枝さんが言ってくれた励ましの言葉が頭をよぎった。

「焦らず、今ある情報を整理……か」

「えっ?」

 俺の呟きを聞き、珠緒の顔がこちらを向く。

「いや、なんとなくなんだが、俺も楓ちゃんのあの様子が呪いと無関係だとはどうにも思えなくてな。もう一回推測を立てよう」

 思ったより饒舌に話す俺の口は、そのまま今までの経緯をなぞる。

「楓ちゃんががあんな様子になってしまう前日に、交換日記には『私は私が大嫌い』という文章が書かれていた。楓ちゃんで止まっていた交換日記の相手はおそらく柚子ちゃん。ここまでは間違いないよな?」

「そうだね。ゆずゆずがそのことを黙っていた理由はわからないけれど」

「楓ちゃんに起こった現象が呪いでなかった場合、これはもう俺達の手に負えるものじゃない。だから呪いという態で考えるほうがいいんじゃないか?」

 整理されていない、正解のわからない疑問を疑問を俺はただただなぞっていく。答えが顔を覗かせることはなく、声だけが病室に響いた。

「でも、かえかえは街を出ていて、呪われていないってことが判明しだんだよ」

「呪われていない人間が街を出ることが出来ないっていうのは、間違いないんだよな?」

「昔よしのんで何回も実験したから間違いないよ。というか本にも書いてあったでしょ?」

 図書館で借りた分厚い歴史本を思い出し、俺は静かに頷きを返す。どんな実験をしたのか気になるところではあるが、それはまた別の機会にでも聞いてみよう。

 現状、楓が呪われていないにも関わらず、彼女の身に呪いに近しい出来事が起こっている。だとすれば……。

「違う誰かが呪われているっていう可能性はないのか? それが原因で楓ちゃんが影響を受けてるとか」

 先ほど蒔枝さんと話しているときに芽吹きそうだった推論が、俺の中でようやく芽を出した。

 蒔枝さんがそうだったように、楓も同様に誰かの呪いのせいで今の状態に至っているとすれば、楓が街を出ていてもおかしくはないはずだ。停滞していた空気が、ふいに動き出した。

「ない……とは言い切れないね。もちろんかえかえが呪いの影響を受けているという前提ではあるけれど」

「そう考えたとして、一番怪しいのは……」

 そこまで言って、俺は珠緒の顔を見る。珠緒の視線は何かを探すように下を向いている。

 楓の周辺相関図を把握していないこともあってか、俺の頭には真っ先に柚子の顔が浮かんできたが、童女のことをよく知っている珠緒は、どのような反応をするだろうか。

 あまりに長い沈黙に耐えかねて言葉を発しようとしたが、それは珠緒によって遮られる。

「大丈夫。何も言わなくても、いっつんの頭の中はわかってるから」

 言葉からして、どうやら珠緒の中に浮かんでいるのも、柚子の姿のようだ。もうしばらく沈黙が続いてから、珠緒が再び口を開く。

「やっぱりそうなるよね」

「え?」

「こっちの話だよ」

「どっちの話だよ」

 珠緒の頭の中で何かがまとまりきったようだ。ふうと息を吐き、少女は立ち上がって俺を見上げた。


「私ってさ、大抵のことは上手く出来ちゃうの」

「お、おう。そうなのか」

 唐突な自信に満ち溢れた発言に、虚を突かれる。あまりにもあっさりと話すものだから、嫌な気分を感じる暇すらない自慢だった。

「いっつんには悪いけど、コンクールの話を聞いたときから、私はゆずゆずが怪しいと思っていたんだよ」

「えっ」

「いいリアクションありがとうね」

「いやいや、お前も俺の説が有力だって言ってたじゃないか」

 慌てて言葉を放つ俺に向けて、珠緒からはでこピンが放たれる。蒔枝さんのものと違い、しっかりと痛みを感じる重い一撃だった。

「いってぇ! なんだよ!」

 少しぐらついた体勢を元に戻しながら、珠緒に向け苛立ちにも近い声が俺の口から飛び出す。

「お前って言わないでって、しっかりと忠告していたはずだよ」

 まさかこのタイミングでも話を遮ってまで制裁が下るとは思わなかった。佳乃にしても珠緒にしても、なぜこの言葉がここまで引っかかるのかはわからないが、珠緒からは思ったよりも重い制裁が下るようだ。

 納得の行かない部分が多いが、少し頭が冷静になったことは感謝するべきなのかもしれない。

「この間は、楓ちゃんが呪われているっていう俺の説が有力だって言ってたよな」

 改めて疑問をぶつけてみる。

「言ってたよ」

「楓ちゃんが呪われていないってわかって、落ち込んでたよな。たった今も」

「そうだね」

 なおさら話が見えなくなってしまう。珠緒は何を伝えたいんだろうか。

「いっつんは覚えているかな? 神社で私がゆずゆずに話していたこと」

「いや、正確には覚えていないな」

 確か珠緒は柚子が知っていることを引き出すために言葉をかけていた。思い出せるのはその程度だ。

 どうやら珠緒の自信を見ると、見栄を張っているだけでもなさそうだ。

「伴奏の話を聞いて、ゆずゆずがかえかえに対して抱いた勝手にしないでっていう感情が呪いを生み出したと予想したの。だから、ゆずゆずには本心を吐いてもらった。ちょっと強引だったけれど、感情を吐き出してもらった。自分の感情と向き合って、かえかえに元に戻って欲しいってしっかりと言ってくれたゆずゆずを見て、正直これで呪いは弱まったと思ってた。でも……」

 珠緒はそこまで説明して、佳乃のほうを見る。相変わらず眠り続けている佳乃の様子が表すのは、呪いが弱まっていないという事実だった。

「だからいっつんの言っていた、かえかえ自身の願いという説に乗っかったの。結局はその説も上手くはいかなかったけれど」

「それで落ち込んでいたのか」

 珠緒の中では、俺よりも先に柚子が呪われているという予測が立っていたようだ。それを元に行動を起こし、結果俺よりも先に手がなくなった状態に至っていたわけか。

 随分と遅れた思考を披露してしまっていたようで、申し訳ない気持ちになる。どうやら珠緒が抱えていた落ち込みは、俺の予想よりも深いものだったらしい。

「いやいや、何も手詰まりってことで落ち込んでいたわけじゃないよ?」

 俺の頭の中を否定するような言葉を、珠緒は笑顔で放った。

「単にね、私のやり方では呪いを緩めてあげられなかったんだってことを痛感して落ち込んでただけだよ。まあ呪いありきの推論だけど。それで最初の話に戻るわけ」

「最初?」

 珠緒はぴんと人差し指を立てる。

「大抵のことは上手く出来ちゃうって話」

「ああそれか」

 珠緒はうんうんと頷きを加えながら、切れ長な目を細めた。

「呪いに関しては、何一つ上手くいかないの。ついでにいうとね、私は楽しくないことが大嫌いなの。よしのんが眠っていることも、ゆずゆずとかえかえが呪いで大変な思いをしていることも、やっていることが上手くいかないことも、全部楽しくない、全部大嫌い」

 やれやれといった様子で、珠緒は息を吐いた。俺が思っているよりも珠緒は考えをめぐらせていて、俺が思っているよりも単純にいらだっている。どんな言葉をかけてやるべきなのだろうか。

 酔いがそれなりに回っていることもあり、俺の口はすんなりと言葉を導き出した。

「そこまでわかっているなら、あとは楽しくないが楽しいになるように行動するしかないよな」

 驚いたことに、俺の口はひとりでに言葉を嘯いていた。まるで知っている言葉を繰り返しているような感覚だ。どこかで読んだフレーズなのか、自然と口から言葉が流れ続ける。

「呪いってさ、人の願いから生まれるんだろ? んでもって、自分と向き合わない限り、呪いは解けない。でもこれって呪われた人だけが超えないといけない壁じゃないと思うんだよ。どんな人でも生きている限り願いは尽きないし、それを叶える為には自分で行動するしかない。だから今が楽しくないなら、楽しい状況になるように行動するしかないんだよ……。と思いました……」

 雄弁に口が進んでいたが、話し終わった後に急激に自信がなくなり、意味不明な締めくくりになってしまった。

 呪いに対してこんなことを思っていたとは、自分でも驚きだ。それよりも驚きなのが、俺の言葉を聞いた珠緒が目を丸くしてこちらを見ていることだった。

「え、やっぱり俺変なこと言ってた?」

「いんや……。今のいっつんにそんなこと言われるなんて思いもしなかったから」

「今の俺にとは失礼な。たしかに多少酒は入っているが、これでも正常な考えで喋ってるんだよ」

「ああそうじゃなくて、というか、お酒飲んだの? いつの間に。まあいいや。確かにその通りだね。まだまだやることは残っているんだから、とにかくそこを頑張らないとね」

 随分と締りが悪い会話になってしまったが、両手を強く握る珠緒の姿を見ると、何はともあれ少女を励ますという目的は多少なりとも達成されたようだ。

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