語りたい少女3
それからというもの、俺と佳乃はひたすらに他愛もない話を続けた。
会社の愚痴に始まり、学校の愚痴、日々の生活の話、今後の生活の話、などなど。なにかを埋め合わせるかのように二人の会話は盛り上がりを見せた。
「私のことはよしのんと呼んでください」という本人から再度提案があったが、さすがに恥ずかしさが勝り、俺は彼女のことを佳乃と呼び、彼女は俺のことをいつき君と呼んだ。
些細なものからお互いの身の上話まで、多岐にわたる話題を交わしていてわかったが、どうやら佳乃の両親は本人が中学生だった頃に他界したらしい。
親戚もほとんどいないため、このマンションオーナーの力を借りて、両親が遺した金と家で日々を過ごしているとのことだった。
高校に入学してから細々と始めたアルバイトで十分賄えるほどには遺産があったようだが、中学生なんていう不安定な時期から一人で過ごしているという少女に、驚きと同情が隠せなかった。
両親と過ごした思い出があるから引っ越せないが、広すぎて寂しい、と佳乃は思いの外あっさりと語っていた。
会話が一区切りしふと時計を見ると、針は二十三時を指していた。食事を含め、かれこれ五時間以上話をしていたようだ。
佳乃もその事に気づいたようで、「ついつい話しすぎちゃったね」と照れ笑いを浮かべた。
「もうこんな時間なのか。ごめんな、うっかり話し込んじゃったよ」
「気にしないでいいよ。私も楽しかったし。こんなに人とたくさんお話したのは、久々な気もするし」
にっこりと答える佳乃は、もはや敬語すら使わなくなっていたが、その言動に全く嫌味もなく、ただただ楽しい時間を過ごさせてもらった。女子高校生のコミュニケーション力の高さに、俺は心底感心してしまう。
「華の女子高校生が何を言うか。でもまあ、いろいろ世話になったな。本当にありがとう。また今度うまいもんでも奢るよ。今借りてる服はまたそのとき返すわ」
流石にこれ以上長居するのは申し訳ないと思った俺は、ゆっくりと帰り支度を始めた。
しばらくその様子を見ていた佳乃が、なにかを思いついたのか、なにやらもじもじと俺の後ろをうろつき始めた。
「え、な、なに?」
俺は言葉を詰まらせながら尋ねる。
「いえ、あの、いやー」
佳乃は心に思いついたことを伝えるべきか否かを決めあぐねるように、ごにょごにょと口ごもった。
なんだ、愛の告白でもしてくれるのか。
「あのですねー。もし、もしね、嫌じゃなかったらでいいんだけど……」
「は、はいなんでしょう」
佳乃の動揺に引きずられ、俺もなぜか敬語で返答する。しばらく言葉を濁していた佳乃も、意を決したように口を開いた。
「えっとー、う、うちに住まないかなーと思って。あ、いや、そんないやらしい意味ではなくて……」
今の言葉に、どういったいやらしい意味が想像できるのだろうか。是非聞いてみたいものだ。
あっけにとられる俺に対し、佳乃は必死で言葉を続ける。
「いつき君、おうちがもうすぐ住めなくなるって言ってたから、新しいおうちが見つかるまでの間だけでもどうかなーって。これも何かの縁かなと」
目線をはずし、前髪をいじって、顔を真っ赤にしながら佳乃はそう言った。
たしかに社宅からは近々追い出される。正確に言うと、俺があんな知り合いだらけのところに居続けられないというわけなのだが。佳乃にもそんなことを愚痴った気がする。
ありがたいと言えばありがたい提案ではあるが、これは倫理的に大丈夫なのだろうか。
「すごいありがたいんだけど、いいの? 俺男だよ? なにするかわからないよ?」
「いつき君はそんなことできない人だって信じてるから、こういう提案をしているわけだけども」
釘を刺したつもりが、逆に釘を刺されてしまった。昨日今日知り合ったばかりの人間を、ここまで信じてくれるというのもおかしな話だが、実際に手出しできる程の度胸は備えていない。ご名答だ。それも織り込み済みなのであれば、こちらとしてはお断りする理由もない。
「え、ほんとにいいの? 住んじゃうよ?」
「だーかーらー、良いって言ってるでしょ。明日にでも空いてる部屋に荷物運んじゃっていいよ」
佳乃はわざとらしくやれやれといった口調でそう言い、元自分がいた椅子に戻っていった。
そして一呼吸おいてから、状況を整理することで精一杯な俺に向かって、更ににやっと笑いこう言い放った。
「あ、いやらしい目で見られてるなーって少しでも感じたら、すぐに警察を呼ぶからね」
「めちゃくちゃ警戒してんじゃねーか」
「やだなぁ。冗談だよ」
「笑えねえよ」
こうして、不意に無職となった俺と、世話焼きな女子高校生との生活が始まった。