通わない童女7
「すごいな、まったく抵抗せず二人ともついてきたぞ」
「ちょっといっつん、どこに感心してるのさ」
教室に着くまでの間、珠緒の両手に引き連れられた童女達は、一声を上げることもなく教室へと運ばれてきた。
こんなところに二人を連れてきて、いったいどうするつもりなのだろうか。
「さて、どうしようかな」
二人を教室内へと解放し両手が空いた珠緒は、両手をコートのポケットに突っ込んで悩み始めた。
「何か作戦があったんじゃないのか?」
「あるわけないでしょ。場当たりなんだから」
「あるわけないのか……」
どうやら全く展望がないまま二人を連れてきたらしい。連れて来られた二人は、片や微動だにせず虚空を眺め、片やわけもわからずにオロオロとしている。
「どう? 何か思い出した?」
投げっ放しの珠緒の発言も、変わらず楓を通り過ぎていく。思い出す思い出さない以前に、楓との初対面から今に至るまで、声はおろか表情の変化すら拝めていない状態である。
「そもそも毎日通ってるんだから、改めて思い出すことなんて出て来ないんじゃないか?」
「うーん。それはそうなんだけどね」
何かヒントになりそうなものでもあればいいが、本人の意思表示がないこともあり、ヒントを探すことも出来ない。
そもそも合唱コンクールはもう終わっているし、この症状の原因となった出来事はもう既に解消されているはずだ。
呪いが願いに起因していて、願いを叶えるため行動することが呪いを解くプロセスと佳乃は言っていたが、楓本人がこうなってしまった以上、手詰まりじゃないのか。
「せめて何を考えているかわかればいいんだが」
「わからないなら、調べるしかないよね」
珠緒は楓に声をかけ、楓の席に歩み寄った。勢いそのまま、珠緒によって楓の机の中身ががひっくり返されていく。
「うーん、机にめぼしいものはなさそうだね。ロッカーはどこ?」
「こっちだよ」
今度は柚子の方に声をかけ、珠緒は更に楓の荷物を漁っていった。
「教科書に習字道具、なかなか目ぼしい物は見つからないなぁ」
「さすがに勝手に漁るのはどうなんだ?」
「本人が見てるんだからいいでしょ」
楓本人は、興味がなさそうに遠くを眺めていた。いいのか童女、このままでは隅々まで調べつくされてしまうぞ。
「変わったものはないなぁ」
ひっくり返されていた荷物が、捜索の終了と同時に元いた場所へと戻されていく。溜息を吐きながら楓の席へと腰をかけた珠緒は、ぐったりと机に突っ伏した。
「だめだ。何も見つかりやしないよー」
駄々っ子のように足をばたばたさせる珠緒の動きに合わせ、小さな机が揺れる。
「おいおい机が壊れるぞ」
「失礼な! 私はそんなにヘビーじゃないよ!」
立ち上がる珠緒の勢いに負け、机が音を立てて倒れた。教室内にがしゃんと音がはじける。
「ほら言わんこっちゃない」
「あーもう! ちっちゃい!」
いちゃもんをつけながらちゃきちゃきと机を元に戻していた珠緒だったが、ふとその動きが止まった。
「なにこれ」
ポツリとつぶやいた珠緒は、しゃがみこんで机を逆さまに立てた。
「なにやってんだよ」
近づいてその様子を眺めてみると、珠緒は机の引き出しの裏に貼り付けられた何かを必死にはがしているようだった。
「なんか机の裏にノートが貼り付けてあったの。なんだろうこれ」
珠緒が剥がし出したノートは、どこかで見たような表紙をしていた。俺にも見覚えがある。たしかこれは――。
「それ、楓ちゃんの家にあった交換日記と同じものじゃないか」
「ああ、ほんとだ。じゃあこれは別冊なのかな」
珠緒が容赦なくぺらぺらとページをめくる。
「これは全部埋まってるんだね。これが一冊目ってことかな。ベッドの下とか机の裏とか、エロ本じゃないんだから」
やれやれと息を吐く珠緒の発言は、どう考えても巫女らしさなどないものだった。エロ本を机の裏に貼り付けるという隠し方をする人間など、俺は見たことがない。
しかしながら、この日記が楓からすると見つけられたくはないものであることは間違いないようだ。
「何が書いてあるんだ?」
「まあ、いろいろ。ゆずゆず、ちょっと聞きたいんだけど」
柚子に質問をしながら、珠緒がこちらに日記を差し出す。中身を確認しようとした俺の手と珠緒の質問は、教室に響いた電子音によって遮られた。
「いっつん、携帯鳴ってるよ」
「いや、俺じゃないぞ」
「じゃあゆずゆず?」
「私は携帯持ってないよぅ」
三人の視線が楓へと注がれる。どうやら電子音の正体は楓の携帯電話のようだ。
「かえかえ、携帯」
全員の視線を受け止めた楓は、珠緒の言葉でようやく携帯電話をポケットから取り出した。
「お母さんからだよ。出ないの?」
珠緒に促されるまま通話ボタンを押した楓は、しばらく自身の耳に携帯電話を当てたあと、そっと珠緒のほうにそれを差し出した。
「え、代わるの?」
今度は珠緒が楓に促されるまま携帯電話を受け取りそれを耳に当てる。
「代わりましたー神立です。……はい、実は学校のほうへ。……えっ、本当ですか?」
珠緒は申し訳なさそうに頭をかきながら電話越しの声を聞いている。話がまとまった後、通話を終了させた珠緒は、苦笑いを浮かべながらこちらを見た。
「どうしたんだよ」
「えっとね、今日かえかえ病院なんだって」
「そうなのか」
「かえかえのこと借ります、としか言ってなかったから、すぐ帰ってくるものだと思ってたみたいで……。これから向かわないといけないから、学校まで迎えに来てくれるんだって」
「なるほど……」
ついつい珠緒の勢いにそのまま着いてきてしまったが、しっかりと確認をとるべきだった。
少しだけ大人な俺が上手くコントロールしなければいけなかったはずなのに、まったく力にもなっていないことが非常に情けない。
数分後に車で迎えに来た楓の母は、常識知らずな俺達にも変わらず笑顔を浮かべていた。
「ごめんねぇ。先に言っとけばよかったんだけれど。すっかり忘れちゃってたわ」
「いやいや、勝手に連れて来たのは私なので、本当にすいません」
「確認せずに娘さんを連れてきてしまってすいませんでした」
頭を下げる俺達に合わせて、柚子の頭も下を向いた。
「やだわぁ。駆け落ちしてたわけじゃないんだから、ほら、たまちゃんもお兄さんも、ゆずちゃんも顔をあげて。余裕で間に合っちゃうんだから、気にしないで」
楓の母の言葉で、三人の頭が上がる。気がつかぬ間に、楓は助手席に乗り込んでいた。
「あの子がちゃんと喋ればこんなことにもならないんだけれど」
「病院って、どこか悪いんですか?」
「いやね、この子がこうなってから、とりあえず病院に相談したのよ。そしたらちょっと遠くの大きな病院を紹介されてね。今日はそこでした検査の結果を聞きにいくだけなの。何か分かっていればいいんだけれどねぇ……」
はあと溜息を吐きながら、楓の母は自身の娘を見つめる。そういえば、あの蒔枝というおっかない女医が、ほかの病院を紹介したと言っていたな。
そんな大事な通院日に童女を連れ出していたとは、という申し訳ない気持ちが改めて湧き上がってくる。
「本当に気にしないでね。じゃあまた。気が向いたらこの子を外に連れ出してあげてね」
楓の母はそう言い残し、車を走らせ病院へと去って行った。
「いっつん。ここから一番近くの大きな病院ってどこ?」
走り去る車を眺めながら、珠緒がぽつりとつぶやいた。ここから一番近い大きな病院といえば、今佳乃が眠りについているあの病院だ。なぜいまそんなことを聞くのだろうかと疑問に思いながら、俺は返答する。
「佳乃が寝てるところじゃないか?」
「ごめん、質問を変えるね。よしのんが眠っている病院より大きな病院はどこにある?」
「あそこより大きなところって……。ああ、ここから三十分ぐらい車で行ったところに一つあるな」
「だよね」
俺の返答を聞いた後、珠緒は息を吐き出しながら天を仰いだ。楓の母への申し訳なさが大きいのか、珠緒の様子がどうやらおかしい。
「なにかあったのか?」
探りを入れる俺の言葉にも、珠緒は深い溜息を返した。
「上手く行き過ぎているっていうのは、やっぱり良いことばかりじゃないね」
溜息と共に、珠緒からつぶやきが漏れた。
「上手く行き過ぎている? そういえばそんなこと言ってたな」
今の状況からなぜその言葉が出てくるかがわからず、俺は珠緒の言葉をそのまま返した。呪いの解決にはまだまだ及ばず、しかも楓の母にも迷惑をかけた今の状態のどこが上手く行き過ぎているんだろうか。
「ぴんときていないみたいだね。まあ決まったわけでもないし、とりあえず病院に行こうか」
「病院? 楓ちゃんのか?」
「違うよ。まっきーに会いに行くんだよ」
皆目見当つかない珠緒の行動に不信感を覚えながらも、今後の動きに全くイメージが湧かなかった俺は、柚子を家まで送り届けた後に病院へと向かった。




