表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
5話 通わない童女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/77

通わない童女6

「さて、あとはどうやって楓ちゃんの問題を解決するかだよな。本人に感情がないわけだから、なかなか解決が難しそうだけど」

 今後の動きを相談するため、俺は隣を歩く珠緒に声をかける。

 佳乃のよりほんの少し高い位置にある珠緒の頭は、言葉をかけても下を向いたままだった。

「なんか考え事か?」

「いや、なんだか上手く行き過ぎている気がするんだよね」

 言葉は返ってきたが、言葉尻は頭同様沈んでいる。上手く行き過ぎているという珠緒の言葉が頭の中を巡り、再び俺の口から出てくる。

「上手く行き過ぎてる?」

「そう。最適な言葉は出てこないんだけど、なんだか不気味で」

 珠緒は言葉を発した後、腕組みをしてうなり始めた。巫女勘とやらが、珠緒に何かを囁いているのだろうか。

「楓ちゃんが呪われていて、そのきっかけの出来事が合唱コンクールだった、っていう風に俺は思っているんだが、違うのか?」

 数時間前に珠緒にした推理を再びぶつけてみる。

「今ある情報だと、それが一番有力だと思うよ。かえかえの様子を見た感じ、不思議な力が働いてああなっていることは間違いないし、ゆずゆずと喧嘩したことがきっかけなのは間違いないと思う。そうとしか思えない。だからこそ、上手く行き過ぎていて何か見落としているんじゃないかなって」

 思案に耽りながら、珠緒は情報を整理している。珠緒の中でも、俺の推理が本筋だということに理解があるようだが、引っかかっている何かが決定打の邪魔をしているようだ。

「まぁ、上手くいってるんならとりあえずはいいんじゃないか? 楓ちゃんにアプローチをかけてみて、間違っていたらまた考えればいいわけだし」

 俺が発した言葉に対し、珠緒は少し驚いたようにこちらを向いた。

「やけにポジティブだね。珍しい」

「失礼だな。俺はいつでもポジティブだよ」

「ほんとかなぁ」

 先ほどまで暗い顔をしていた珠緒は、くだらない問答にくすくすと笑い始めた。その様子がおかしくて、俺も並んで笑った。

 俺の中では仮説が間違いないという確信にまで変わっているところではあるが、正解であれ不正解であれ、とにかく今出来ることをするしかない。ポジティブなわけでもなく、とりあえずは現状にすがるしかない。

 けらけらと笑い続ける珠緒を神社まで送り届け、俺は佳乃不在の家へと帰った。閑散とした部屋は、佳乃がいないはずなのにふんわりと甘い匂いが漂っていた。

 佳乃が眠ってからはや一ヶ月。呪いが弱まってきているのであれば、そろそろ目を覚ましてもおかしくない。

 一応佳乃がいないうちに家のことはわかる範囲で片付けてはいるが、この空間を綺麗に保ち続けるのにはある程度根気が要る。

 それを俺が来てから二人分こなしていたことを考えると、佳乃は相当毎日苦労をしていたに違いない。

 いなくなって偉大さに気付くとはよく言ったものだ。俺は以前より強く佳乃のすごさを思い知っている。

 楓の呪いが解ければ、残りの呪いは二つになる。俺が今していることは、ちゃんと佳乃の人生を支えているのだろうか。そんなことを考えていると、ふと都塚が言っていた呪いの本のことが頭をよぎった。

 俺は佳乃宅に持ち込んだ自身の荷物をひっくり返す。ガラクタのような荷物の集まりから、褪せた名刺入れが姿を現した。

「確かここに……」

 独り言の先に、使わなくなったポイントカードや利用証が並んでいく。

「これだこれだ」

 目当てのものを掘り出し、それ以外を再び名刺入れにしまいこむ。俺の手には、図書館の利用カードが握られていた。

 明日の朝にでも、呪いにまつわる本を探しに行こう。他の人間に借りられていなければいいが、町の歴史の本なんて早々借りられるものではないだろう。

 すっかりと色が落ちてしまっている図書カードは、いつだか作った記憶だけはあったが、使った記憶は全くない。荷物の奥底に眠っていても、全く困らなかった代物である。

 思い入れもないカードを裏返すと、セロテープで雑に金属が貼りつけられていた。

「なんだこれ?」

 金属片をはがし取り眺めると、どうやら何かの鍵らしいことが分かった。失くさないように貼り付けたのだろうか。そもそもこんな使用頻度の低いものに引っ付けてどうするつもりだったんだ俺は。

 現に俺はこれがなんの鍵だか全く思い出せない。身の回りに鍵を使いそうなものもない。

 俺は不気味な鍵をとりあえず財布にしまいこみ、大きく息を吐いた。同時にやってきた眠気に負け、そのまま仰向けになる。

 ひっくり返した荷物を元に戻して、風呂に入って、飯を食って……。それから……。

 これからの流れを考えているうちに、うとうとと意識が途絶えていった。



 差し込んだ光から逃げるように、俺は上体を起こした。しまった、あのまま寝てしまったのか。

 視線を泳がせると、やり残した片づけが目にはいる。

「寒い……」

 冷え込みが激しい夜に、何も被らずしっかりと眠り続けるあたり、俺は自分が思っている以上に疲れているのかもしれない。

 すっかりと冷え固まった身体をほぐしながら、風呂と片づけを済ませ、俺は図書館へと向かった。


 平日の昼間ということもあり、図書館は高齢者や主婦がちらほらと見える程度で、比較的閑散とした空間だった。

 端末で目的の本を探し出し、貸し出しの受付へと向かう。本を差し出すと、受付をしていた五十歳ほどの男性職員がこちらを見て目を丸くした。

 なんだよ、無職は本を借りちゃだめなのか。

「あの、借りたいんですけど」

「え、ああ、はいはい」

 職員は三度ほど俺と本を交互に見渡した後、俺からカードを受け取り貸し出しの手続きを進める。

 俺はこの人とどこかで会ったことがあるんだろうか。それともこの本を借りることがそんなに珍しいことなのだろうか。

 しばらく手続きを待っていると、俺が差し出した本と並び、もう一冊本が並べられる。

「あの、こっちは借りるって言ってないんですけど」

 俺は目的の本だけを手中に収め、並べられたもう一冊を職員に突き返した。

 なぜ本を借りるだけでこんなにも不快な思いをしないといけないんだと、頭をかきながら立ち去ろうとすると、職員の手が俺の肩へとかかる。

「いや、これはあんたのだろう?」

 振り向くと、職員の手には先ほどつき返した本が握られていた。

「ち、違いますけど」

 俺が差し出したのは間違いなく手元にある一冊だけで、職員の手にあるものには身に覚えがない。それでも職員は自信満々に語り始める。

「いやだって、この写真の人が忘れていったから、来たら返してあげてくださいって」

 職員は俺の肩から手を放し、受付から一枚の写真を取り出した。その写真に写っているのは、驚くことに間違いなく俺だった。

 しかも撮られた記憶もない写真だ。格好を見るに、そこまで前の写真でもないように見えるが、ここ最近で図書館を利用した記憶が全くない。

「いったい誰がそんなこと……?」

「誰かはわからんが、確か、小さい女の子で、こう、ポニーテールの。そういえば近くの高校の制服を着ていたな」

 説明する言葉を探しながら、無骨な職員が俺にヒントを与えていく。小さい女の子、ポニーテール、近くの高校。このざっくりとした印象だけでも、俺の中で思いつく人間は一人だった。

 間違いない、佳乃だ。本の差出人がわかった俺は、職員から大人しく本を受け取った。

「あ、ありがとうございます」

 俺から謝辞を聞いた職員は、やれやれといった表情を浮かべながら受付へと帰っていった。

 やれやれと言いたいのはこちらの方だ。なぜこんな平穏な図書館で、ちょっとしたホラー感を味わわなければならないのだ。俺は再び頭をかきながら、手渡された本をみる。

 それは本というには少し薄く、日記帳のようにも見えた。ページをめくろうにも、小さな南京錠で封をされており、中を覗き見ることも出来ない。ゆっくりと歩を進めているうちに、昨日の出来事を思い出し、俺は財布から鍵を取り出した。


 上手く行き過ぎている、という昨日の珠緒の言葉が頭に浮かんだ。図書カードに貼り付けられた鍵、手渡された錠つきの本。

 この本を手渡すことが眠っている佳乃の策なのであれば、この本には何が書かれているのだろうか。いやそもそもなぜこんな回りくどい方法をとっているのだろうか。聞きたいことが山ほどでてきたが、肝心の佳乃は未だに目を覚ましていない。

 俺はゆっくりと深呼吸をした後、鍵を南京錠へ通す。心臓が高く弾む。不思議な緊張感と共に鍵を回す。しかし、右にひねろうが左にひねろうが、南京錠から快音が響くことはなかった。

「開かねえ……」

 ふふっと不思議な笑みがこぼれた。同じ型の鍵であることには違いなさそうだが、どうやらこの本の鍵はこれではないようだ。であれば、いったいこれは何の鍵で、佳乃はなぜ見られない本を俺に託したのか。わからないことだらけだ。

 俺は鍵を財布にしまいこみ、単なる荷物と化した本をかばんに入れ、そのまま佳乃が眠る病院へと足を運んだ。


 病院へと到着し、学校終わりの珠緒を待つ間の暇つぶしに借りてきた本を開く。七百ページにも及ぶ分厚い本の中に、呪いについて記載されているページはおよそ十ページほどだった。

 五花の呪いとなんなのか、解くためには何をすべきなのか、などなど、内容はどれもこれも佳乃や珠緒から聞いたものばかりだった。最初からこれを見せてくれていれば、どれほど簡単に話についていけたことか。

「お前と珠緒よりも、この本のほうがよっぽど親切だよ」

 未だに目を閉じ続けている佳乃に対し、俺は悪態をついた。もちろんお決まりの文句が返ってくることはない。

 ぱらぱらと関係のないページをめくっていると、珠緒の住んでいる神社について記載されているページが目に入る。

 流し見ると、この町における神社の役割についてつらつらと記載されていた。

 呪いの元凶である神様が祭られているだけあって、呪いに困ったらまずは神社に行けばいいという旨までそこには書かれている。こんなもの、呪いに関するページに書いておかないと見落としてしまうじゃないか。不親切だ。

 呆然とページをめくり、各ページに突っ込みを入れていると、ようやく珠緒が病室に到着した。

「お待たせいっつん。日直だったもんで、ちょいと遅れちゃったよ」

「ご苦労さん」

 スカートを揺らしながら、珠緒はカーテンをくぐる。俺の手元に視線が止まった途端、珠緒の笑顔が少し曇った気がした。

「面白いもの持ってるね」

 珠緒の視線を追い、俺も自身の手元の本へ視線を移した。

「これか? こんなものあるなら先に教えといてくれよ」

「それはよしのんに言ってよー」

「それもそうだけど」

 俺はゆっくりと息を吐いた後、もう一度珠緒のほうを見る。視線を向けられた珠緒は、笑ってはいるが、何か不自然な笑い方をしていた。これは、苦笑いに近いような気がする。

「とかいいつつ、よしのんが教えなかった理由もなんとなくわかるんだけどね」

「なんだそりゃ」

「いわく付きの本ってことだよ」

 珠緒はそういって、俺の手から本を取り上げ、ぱらぱらとページをめくった。

「いっつん、ここを読んでごらん」

 珠緒から本を受け取り、俺は開かれたページに目を通した。先ほど流し読みしていた、神社にまつわるページではないか。

「ここなら読んだぞ」

「えーほんとに? ほら、もう一回もう一回」

 珠緒に促されるまま、俺は目で字を追った。

「なんて書いてある?」

「神社に祭られる神は、神社の巫女の力を媒体として呪いを発生させると考えられる……って書いてるな。これがどうかしたのか?」

「もうちょっと先だよ」

「なんだよ……。えっと、呪いの発生頻度と神立の家系を見ると、神立の家系に稀代の才がある者が生まれた場合にのみ呪いが発生している。よって、才ある者が神立家に生まれたとき、それを媒体に呪いが発現するものと思われる……」

 つまりは、高い能力を兼ね備えた子どもが神立家に生まれたときに、その力を借りてウズメが呪いを発生させているらしい。

 隣でたたずむ神立家の巫女に高い能力があったことで、この世代に呪いが発生しているようだ。

「なんだよ、天才自慢かよ」

「えっ、いっつんそれ本気? 冗談?」

 珠緒は驚いた様子で尋ね返す。俺はいたって真面目だ。同じく驚いた様子をしていた俺を見て、発言が本気だったと悟ったのか、珠緒はふうと息を吐いた。

「わかってないようだからわざわざ教えてあげるけれど、神立の巫女に能力がなければウズメ様の呪いは出てこないんだよ?」

「それはわかったって。書いてある通りじゃないか」

「わかってないよーだ。私がいなければ、生まれてこなければ、よしのんは呪いで苦しまずにすんだはずだし、かえかえもあんなことにはならなかったんだよ」

 言葉は強いはずなのに、珠緒の発する音には力がなかった。なるほど、そういう捉え方も出来るのか。

 これはただの才能自慢などではなく、この本には珠緒が生まれてこなければ呪いはでなかったという捉え方が出来る表現が書いてるぞ、ということを伝えたかったのか。合点がいった俺の方を見て、珠緒は静かに微笑んだ。

「わかってくれたみたいだね。よしのんは私に気を使ってこれを見せなかったんじゃないかな? 呪いの元凶は、実は私なんだよ」

 どうやら俺は、佳乃の気遣い虚しくこの本を掘り当ててしまったようだ。

 俺からすればそうは思えないが、実際の当事者である珠緒からすれば、この文面はなかなか衝撃的な文面に違いない。でもやはり納得はいかない。

「いや違うだろ。珠緒のせいじゃない。全部あの迷惑な神様が原因なわけなんだから、元凶はあの神様だよ」

 佳乃の呪いを解くために奔走し、佳乃のことを深く想って行動している珠緒が元凶とされるなど、あってはならないと思った。今すぐにでもこの本を破いてやりたい気分だ。

「ふふっ。よしのんと同じこと言ってくれるんだね。ありがと」

 気を使ったわけではなく、本心から思っていることを伝えたが、果たして珠緒にはどれほど伝わったのだろうか。呪いにかからない体質であるはずの珠緒も、五花の呪いに縛られているようだった。

「よし、楓ちゃんのところに行こう。こんな呪い、とっとと解いちまおう」

 俺は立ち上がり、珠緒の肩をぽんと叩く。なるべく明るく、少女の気分が少しでも晴れるように。声が少し上ずるが、知ったことか。

 珠緒は一度自身の顔をぱちんと叩き、俺より先に病室を飛び出した。

「そうそう、落ち込んでいる暇はないんだよ」

 少女は静かに、自分に言い聞かせるようにそう言った。少女の後を追い、俺は呪われた童女が待つ家へと向かった。


「あら、また来てくれたの? 嬉しいわ」

 ほとんど日を空けない訪問にも関わらず、楓の母は笑顔で応じてくれた。再び訪れた楓の部屋は、楓を含めて時間が止まっていたかのように同じ様相を見せていた。

「やっほーかえかえ。元気ー? って変わってないか」

 珠緒の懇親の挨拶に対し、童女は一度頭を下げただけで再び自分の世界へと帰ってしまう。

「かえかえ、合唱コンクールのことについて聞きたいんだけれど、伴奏決めのときに、何か嫌なことあった?」

 全く歯に布を着せない珠緒の言葉に対しても、少女は首を横に振るだけで、動揺の色どころか感情の揺らぎすら見当たらなかった。

 その後も珠緒が言葉を投げかけ続けるが、少女からの返答は首を縦に振るか横に振るか程度で、事態が進行することは全くなかった。

「まいったねこりゃ」

 質問の弾がなくなったのか、珠緒がぱたりとその場に倒れこみながらそう呟いた。

「わかってはいたが、ここまで徹底していると埒が明かないな」

「こうなれば実力行使しかないよね」

「は?」

 珠緒はすぐさま立ち上がり、座る楓をがしりと掴んだ。そのまま童女を椅子から立ち上がらせ、ゆっくりと背中を押していく。

「なにしてんだよ」

「学校に連れて行くの」

 珠緒は楓の手を引っ張りながら、ずんずんと学校へと向かって行った。

 途中で柚子の家に寄り、きょとんとする柚子をもう片方の手に引き連れ、あっという間に学校へと到着した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ