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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
5話 通わない童女

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通わない童女3

「この間受診しに来た女の子なんだが、その子がちょっと変わっててな。感情が全くなかったんだ。数ヶ月前から急に起伏がなくなって今に至るそうなんだが、全く原因がわからず、とりあえず精密検査ができる病院を紹介したんだ。名前は柏村楓(かしむらかえで)。近所の小学生」

 彼女は作業の様に淡々とそう告げた。

 感情の起伏がなくなってしまった女の子。現状で原因がわからないのであれば、それは調査する対象としては申し分ない。

 蒔枝さんの話を黙って聞いていた珠緒は、小首を傾げて言葉を返す。

「ん? 柏村楓? ああ、かえかえだ」

 顔見知りのことを話すように、珠緒は納得したように手を叩いた。

「知り合いなのか?」

「知り合いも何も、よく神社に来る女の子だよ。この間のクリスマスには来てなかったけど、イベントに毎回参加してくれていた子」

 驚き尋ねる俺に対し、珠緒はあっさりと返答を返した。

 色々なところから知り合いが出てくるあたり、珠緒の交友関係は意外と広い。どうやら今回白羽の矢が立った人物とも面識があるようだ。

 それならば話は早い。俺は質問を続けた。

「その楓ちゃんって子、どんな子だったんだ?」

「うーん。一言で言うならおてんばって感じ。とにかく活発で、些細なことで泣くわ笑うわ、とっても賑やかな子って印象だね」

「えらく天真爛漫な子だな」

「そこが可愛いんだよ」

 身振り手振りを交えながら話す珠緒の言葉を反芻する。

 言葉から感じられる人物像を思い浮かべても、感情の起伏がないなんてイメージとは真反対に位置しそうだ。


 少女の不思議な変化について考えを深めていると、珠緒の後ろから新たな人影が顔を覗かせた。

「こんにちはー、って人口密度高いっすね」

 珠緒が少し身体をずらすと、そこには珠緒同様、制服に身を包んだ垣内が立っていた。

 垣内の言うように、五畳分ほどの囲いには想定されていないであろう人数が駆けつけている。

 佳乃に関わるなと言われていた少女も、佳乃が眠っていることを理由に俺達の手伝いをしてくれている。

「あれ? ずっちゃん今日は部活じゃないの?」

「サボっちゃいました。どうしてもお伝えしたいことがあったので」

 頭をかきながらも、それ以上は悪びれる様子もなく垣内は言った。少女は得意げに腕を組んで言葉を続ける。

「実はですね、呪われている人の目星がつきまして、その報告をと思いやって来たのです!」

 一ヶ月近くにわたる聞き込みでも大した情報を聞き取ることができていなかったのに、こんなにも連続して情報があがってくるとは驚きだ。

 食い入るように視線を向ける俺達に対し、垣内は後ろを振り返り、背後の人影を呼びつけた。

 垣内に呼ばれ姿を現したのは、小学生くらいの女の子だった。

 童女に既視感を覚えた俺は、必死で自身の記憶を振り返った。

「あれ、どこかで見たことが……」

「おっ、ゆずゆずじゃん」

 童女の姿を目にした珠緒は、嬉しそうに彼女の頭を撫で始めた。

 珠緒の絶望的なネーミングセンスを受けても未だピンと来ていない俺に向け、垣内が言葉を加える。

「この間のクリスマス会に来てた、近くの小学校に通っている女の子ですよ。名前は柚子ちゃんです。実は、柚子ちゃんの友達に最近不思議なことがあったという相談を受けたんです」

 クリスマス会という単語で、ようやく記憶がかちりとハマった。そうだ、クリスマス会のときに、垣内のぬいぐるみをもらっていた女の子だ。どうやら垣内はクリスマス会以降も小学生と交流をしていたらしい。

 垣内と並ぶ童女は、おずおずとこちらを見ている。

「ゆずゆずの友達……もしかしてかえかえのことじゃない?」

 童女を愛で続ける珠緒が、閃いたように問いかけた。それを聞いた童女は、驚いた様子で声を上げる。

「うんそうだよ。どうしてわかったの?」

「いや、たった今その話をしていたから」

 珠緒は蒔枝さんのほうに視線を移してそう言った。垣内が持ってきた情報は、どうやらたった今蒔枝さんから聞いていた内容と同じものらしい。

 同じ内容がほぼ同じタイミングで流れ込んでくるとは、これもまた不思議な間だなと驚いてしまう。

「もう聞いてたんですね。めっちゃ被ってるじゃないっすか」

「いやいや、これから調べないといけないなって思ってたから、事情を知ってそうなゆずゆずを連れてきてくれて助かったよ」

 落ち込む垣内を慰めるように、珠緒が肩を叩いた。

「ここじゃ狭いし、場所を変えようか。せっかくだから、かえかえの家に行ってみよう」

 移動を促す珠緒の言葉に、全員が佳乃の病室を後にする。廊下に出たところで、蒔枝さんが言葉もなくすたすたと小児科の方へと去って行くのが見えた。本当に愛想の欠片もない。

 蒔枝さんを除く俺達四人は、楓の家へと足を運んだ。


「それじゃ、ゆずゆずの話を聞かせてもらっていいかな?」

 病院の緩い空気とは一変して、屋外はぱりっと張り詰めた空気が漂っていた。

 童女の案内をもとに進む道中、当然のように俺の奢りとなったコーヒーを片手に、珠緒が童女に尋ねた。

「楓ちゃんがね、最近おかしいの」

「おかしいって言うのは、どんな風におかしいの?」

「うーん。なんだか今までは、わーって感じだったのに、最近はとっても静かなの」

 女子小学生が語る曖昧な表現が、先ほど蒔枝さんが話していた内容とリンクする。仲のいい友達から見ても、楓という少女の様相の変化は違和感のあるものらしい。

「いつからかわかる?」

「十一月ぐらい」

「クリスマス会に来なかったのも、それが原因なのかな?」

「わかんない」

「かえかえが静かになる前に、なにか気になることはなかった?」

 次々と質問を繰り出す珠緒に対し、童女はうーんとうなり声を上げた。

「なんにも思いつかないよぅ」

 しばらく悩んでいた童女は、頭を抱えて下を向いた。隣にならぶ垣内が、ゆっくりと童女の頭をなでる。

「もう二ヶ月以上も前のことになりますから、なかなか思い出せないかもしれませんね」

「やっぱり本人に話を聞かないとわからないか」

 聴取を終えた珠緒も、童女同様うーんとうなりながら歩みを進める。

「あ、ここだよ」

 童女が指差す方向には、住宅街に並ぶ一軒家が佇んでいた。表札には柏村と書かれ、門前には綺麗に手入れされた植物が並んでいる。

「いきなりこんな人数で押しかけて大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。かえかえのお母さんとは私も知り合いだから」

 顔見知り云々の話をしたつもりではなかったが、えっへんと意気込む珠緒は、臆することなくインターフォンを押した。程なくして、女性の声がインターフォン越しに聞こえてくる。

「あ、お母さんご無沙汰しています。神社の神立です」

 珠緒は不思議な挨拶をした後、インターフォン越しに楽しげな会話を続ける。ひとしきり落ち着いたところで玄関のドアがガチャリと音を立てた。

「あらやだ、たまちゃん久しぶりー。相変わらずべっぴんさんで。あら、柚子ちゃんと……」

 女性の視線が俺と垣内に注がれる。明らかに異質な組み合わせに、楓の母と思われる人物も困惑した様子を見せていた。

「山上いつきといいます。えっと、神立さんの知り合いで……」

 そこまで言ったところで、自分を表す立場のなさにようやく気がついた。俺は珠緒の知り合いで何者なんだろう。言葉が詰まった俺を見て、すかさず垣内が言葉を吐き出した。

「私は垣内杏季と言います。神社のイベントでボランティアをさせていただいている、神立さんの後輩です」

 淡々と言葉を吐く垣内の歯切れのよさに、自身の挨拶のふがいなさを痛感した。そんな様子を気にすることもなく、珠緒が続けて話を始めた。

「実はですね、最近楓ちゃんの様子がおかしいということを柚子ちゃんに聞きまして。心配になって見にきたんです」

 珠緒の言葉を聞いた母は、はぁと溜息と言葉を吐き出す。

「そうなのよ。最近ほんとに静かになっちゃって、気味が悪くて。ほら、うちの子本当におてんばだったじゃない? それが急にもう全然喋らなくなっちゃって。ああ、どうぞどうぞ、せっかくだから会ってあげてちょうだい」

 つらつらと言葉を吐いた後、楓の母は俺達を楓の部屋へと案内した。先陣を切った珠緒が、ノックもなしに勢いよく扉を開ける。

「やっほーかえかえ久しぶりー!」

 威勢のいい珠緒の声が、楓の部屋中に響き渡った。楓という童女の部屋は、全体が暖色で彩られており、実に女の子らしい部屋だった。

 そんな賑やかな部屋とは打って変わり、珠緒に声をかけられた童女は時間が止まった様にゆっくりとこちらを向いて一礼をした。

「お、え?」

 そんな少女の様子に驚いたように、続けて珠緒が奇妙な音を発する。この珠緒の状態を見るに、今の童女の反応は、以前とはよっぽどかけ離れた姿のようだ。

「かえかえ……だよね? え、本当に?」

 驚く珠緒から既に目線を外している童女は、座ったまま空ろな目をして勉強机を眺めている。今日初めて会った俺ですら、その様相に奇妙さを覚えるほど、童女の周りには虚無が渦巻いていた。

 身体はここにあるのに、心は別の世界にあるという表現がぴったりと当てはまるようだった。

「お人形さんみたいですね」

 珠緒に続き部屋に入った垣内が、躊躇なく童女の頬を突いた。頬を突かれた少女は、依然として虚空を眺めている。躊躇のない垣内にも驚きだが、面識がないであろう高校生に頬を突かれても全くリアクションがない少女にも驚かされる。

「とりあえず、かえかえの身に何があったのか、調べてみた方がよさそうだね」

 天性の巫女勘がそう告げているのか、曇り無い眼で珠緒が断言する。

「そんなにあっさり決めていいのかよ。呪われているかもわからないのに」

「いっつんは初めて会うからわからないかも知れないけれど、これは異常事態だよ。楓はね、かえかえって呼ばれただけで顔を真っ赤にして食いかかってくるぐらいの子だったの。それが……」

 珠緒は寂しそうな表情で空ろな少女を見つめた。思い入れのある童女の様子の変化に、珠緒なりに思うところがあるのだろう。ここで更に食い下がれるほど、俺も非情な人間ではない。

「そうだな。他に手がかりもないし、調べてみるか」

 俺の言葉を聞いた珠緒は、再びこちらに向き直り親指を立てた。調べてみるかと格好をつけたものの、何から調べるべきか。

 とりあえず学校で何か無かったか聞き込みをしたり、本人から聞き取りをしたり……。ただ、この状態で本人から有意義な情報を得ることはできるのだろうか。今後の展望について、さまざまな考えが頭をめぐる。

 珠緒は珠緒で、童女に他の変化がないかをくるくると見て回っている。それぞれが考えをめぐらせている中、部屋の中をうろうろしていた垣内のほうから声が上がった。

「巫女ちゃん先輩。こんなものがでてきましたけど、何か参考になりませんかね?」

 垣内の手には、『日記帳』と題打たれたかわいい表紙のノートが収まっていた。

「どこから持ってきたの?」

「ベッドの下にありましたよ」

 本当に遠慮がない垣内の動きに、楓を除く全員が一歩身を引いた。どんな趣味で女子小学生のベッドの下を覗いたのかはわからないし、わかりたくもないが、なんにせよ大手柄だ。

「それを見れば、変化のあった時期までのことも書いてあるんじゃないか?」

「ずっちゃん。それいつの日付まで書いてる?」

「えっと、十一月二日までっすね。それ以降はぱったりと止まっています」

 ぱらぱらとページをめくる垣内は、見終わると同時にノートをこちらへと向けた。日記は一ページ一ページイラストも書き込まれており、どうやらかなり熱心に記入していたようだ。

「ほんとだ。二日以降は何も書かれてないね。というかこれ、交換日記だね。一日ずつ筆跡が違うから、二人で交換してたのかな」

 垣内から受け取った日記帳を眺めながら、珠緒が呟く。

「あ、そういえば楓ちゃんおうちに帰ったらすぐにそれを書いていたよ」

 珠緒のつぶやきを聞いて、今まで沈黙を保っていた柚子が声を上げた。

「そうなんだ。誰と交換していたかは知ってる?」

「うーん……」

 珠緒の疑問に、柚子はうなり声だけを返し考え込む。どうやらこの様子だと、この日記についてはそれ以上のことは何も知らないらしい。

「直近にはどんなことが書いてるんだ?」

「十一月二日。今日はとっても嫌な事があった。私は私が大嫌い……。だけだね。途中で終わってるのかな」

 珠緒が見開き一ページをこちらに見せながら文章を朗読する。他のページには綺麗にイラストが入っているのに、このページだけ短い言葉が並んでいるだけだった。女子小学生の明るい交換日記に似つかわしくない字面が、何かよくない出来事が起こったことを予想させた。

「この日に何かあったことは間違いなさそうだね。何か覚えてない?」

 珠緒は探りを入れるように柚子の方を見る。柚子は未だに下を向きうなり続けている。先ほど同様、この様子ではいい返事は期待できまい。

「覚えてないものは仕方ないよね。んじゃ学校とか先生とか、いろいろと聞いて回ろうか。今日はもう遅いし、明日以降、十一月二日に何があったかを調べてみよう。じゃあねかえかえ」

 珠緒の号令で、俺達は楓の部屋から出る。楓は入室時同様の一礼だけをこちらに返した。


「ありがとうございました」

「また会いに来てあげてね。きっとあの子も喜ぶわ」

 先頭に珠緒を据えて、家から出て行く俺達を、楓の母は最後まで見送った。賑やかだった女の子の様相の変化になにより衝撃を受けているのは、彼女の両親に違いない。

 不思議とその後は誰も言葉を発さず、別れの挨拶だけを述べて各々帰路へとついた。

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