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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
5話 通わない童女

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通わない童女2

「ほんとによく会うね」

「びっくりですね。今日も佳乃ちゃんは一緒じゃないんですか」

 残念そうに苦笑いをしながら、都塚はコートの裾をいじった。なんだか申し訳ない気持ちになりながら、俺は都塚に佳乃の状況を説明し始める。

「というわけで、佳乃は不在なんだよ。そっちも今日は一人じゃないか」

 俺が何かしたわけではないが、静かに話を聴いていた都塚を見て、何かを釈明しているような複雑な心持ちになった。

「ええ。たまには一人でぶらぶらしたいときもありますから」

 都塚は静かに微笑んだ後、咳払いをして言葉を続ける。

「それより、大変なことになっていますね」

「意外と驚かないんだね」

「心配が勝っているというのもありますし、自身に不思議な出来事が起きた身ですから、まあそれなりには。ただ、そうですね……」

 不意に言葉を切った都塚は、少し考え込んだ後、かばんの中から一冊分厚い本を取り出した。

「私なりに呪いの事を調べてみたんです。そうしたらこれにたどり着きました」

 都塚が差し出した本は、宇久衣町の歴史と題打たれた、おそらくこの地域の歴史について記載されているものであった。

「この本の一節に、この地域に根付く神様と、五花の呪いというものについて記載されているんです。これを読んだ後なので驚きも少し和らいでいますね」

 都塚が放った五花の呪いというワードに、どきりとしてしまう。俺が見ていた中で、佳乃は一度も五花の呪いという単語を口にしていない。それはおそらく都塚の前でも同じだと思う。

 それなのに彼女はしっかりとそのワードを口にした。虚をつかれた俺の表情を見て、都塚も驚きの顔を浮かべる。

「てっきりご存知かと思いましたが、もしかしてご存知ありませんか?」

「ああ、本の存在すら知らなかった」

「そうなんですね。てっきり口ぶりから知っているのかと」

「俺も詳しい人に聞いただけだから」

「調べればすぐにでも行き当たりそうな本なので、佳乃ちゃんも知っているとは思うんですけれど……」

 佳乃がこの本の存在を知っているかは不明だが、彼女が俺にこの本の存在を明かしたことは一度も無い。わざわざ知らせなくてもいい内容だと判断したのかもしれないが、最初にこれを渡してもらえればもっとスムーズに話を受け入れられたかもしれない。いや、今からでも遅くないじゃないか。

「その本、どこにおいてあったんだ?」

「ここからすぐ近くの図書館ですけれど、借ります? もう少し調べたいことがあるので、あと一週間もすれば返却しますが」

「わかった。ありがとう」

 俺の返答を聞いた都塚は、厚手の本をかばんの中にしまい、代わりにメモ用紙を取り出した。

「聞き込み、私達もしてみますね。他にも何か手伝えることがあれば言ってください。佳乃ちゃんを助けたいのは、私も一緒なので」

 そういって都塚は、二人分の携帯番号を書いた紙を俺に手渡した。一礼して去り行く乙女を見て、先ほどまでの不安感が少し安らぐのを感じた。


 それから程なくして珠緒と合流したが、どうやら彼女のほうもいまいちの収穫だったようで、元々切れ長の目を更に細めて口を尖らせていた。

「いっつんの方はどうだった? って聞くまでも無いか」

 珠緒同様に訝しい顔つきをしていた俺は、無言で頷きのみを返した。珠緒のほうから大きな溜息が返ってくる。

「わかってはいたけれど、途方も無い作業だねこりゃ」

「でもさ、俺らには呪いかどうかの区別もつけられないし、今聞いた中でも実は呪いだったって物もあるかもしれないぞ」

「だからこそ途方もないんだよ」

 場を盛り上げるつもりだったが、より暗い雰囲気になってしまった。二人のため息が薄暗くなってきた街並みにこだまする。

「例えば、垣内さんの時みたいに学校で悩みを抱えていた人の中に呪われた人がいるとかはないのか?」

「昨日今日で一人一人話を聞いてみたけれど、全員だめだったよ」

「何で違うってわかるんだよ」

「何でって、ここ一ヶ月で全員街の外に出ていたから」

 驚きながら問いかける俺に対し、さも当然のことを語るように、珠緒は言葉を返した。

「あれ、言ってたでしょ? 呪われた人はこの街から出られないって。まさか覚えてなかったの?」

 驚いた顔の俺を見て理解度を察したのか、珠緒が追加で放った言葉を放った。そういえばそんな話をしていた気がする。なるほど、佳乃不在の中で唯一俺達が使えるヒントは、この街を出ているかどうか、というところになるのか。

「そういうことは聞き込みをする前に教えといてくれよ」

「えー。わかってると思ったんだもん。このにぶちんめ」

 酷い言われようだ。呪いの事をわかっていない人間への配慮が足りないことを棚に上げられてしまった。

「これからは気をつけるよ」

 ここで言い争いをしても仕方ないと悟った俺は、大人しく引き下がり次の一手を考える。

「それより、聞き込みの手は増やした方がよさそうだな。病院の先生とかみたいに、以前呪われていた人とか他にいないのかよ」

「連絡のつく範囲ではもう声はかけてるよ」

「そうだ、佳乃が眠っているんだから、前に言ってた神社の母とか言う人にも手伝ってもらえばいいじゃないか」

 神社の母という言葉を聞いた途端、珠緒がピクリと身体を揺らしたのが目にはいる。それと同じタイミングで、ふってはいけない話題を振ってしまったという後悔が俺の頭をよぎった。

「いや、ごめん忘れてくれ」

 俺は急いで言葉を訂正する。珠緒はこの話題を語りたくないと話していたではないか。酷なことをしてしまった。

「もういないから、協力は仰げないなぁ」

 聞きたくないであろう内容を耳にした珠緒は、予想に反してあっけらかんとしていた。しかし、これ以上そのことについて話すことはないと言わんばかりに話題を変える。

「ってことで、明日以降もこうやって調べていこうと思うから、覚悟しといてね。今日はここで解散にしようか」

 そういって珠緒は、足早に神社のある方向へと去って行った。どうやらこの話題は本当に地雷らしい。試したわけではないが、もうこの話題については触れまいと、俺は強く心に誓い佳乃のいない家へと向かった。


 次の日も、その次の日も、街中のいたるところで聞き込みを続けたが、有力そうな情報は結局集まらなかった。

 あっという間に月日は経過し、俺にも珠緒にも目に見えて疲労の色が広がっていった。

 珠緒が学校から帰ってくるまでの間、俺は聞き込みがてら佳乃の様子を見るために病院へと足を運んだ。病床で眠る佳乃は、一ヶ月近くたった今でも目を覚ます気配を見せない。パイプいすに腰掛けた俺は、そっと佳乃の顔を覗き込む。状況とは反して、眠る佳乃はとても穏やかな表情をしていた。

「お前も大変だよな」

 返ってくるわけの無い返事を期待して、俺は佳乃に言葉をかける。定番のやり取りも、眠る佳乃の前では静寂のみが返ってくる。

 呪いについて色々なことがわかってきて、佳乃の過去についても少しずつ明るみになってきた今、こうやって穏やかに眠る様子を見ると、少し安心してしまう。暗い部分をほとんど見せず、気丈に振舞っていた彼女には、このぐらいの休息ぐらい与えられてしかるべきだと思う。

「まあゆっくり休んでてくれよ。いない間のことはなんとかしてみせるからさ」

 俺は自身の心に深く刻み込むように言葉を発した。佳乃のためにも、なんとしてでも呪われている人間を見つけなければならないと自分に言い聞かせて、疲労した心を持ち直す。

 病床から立ち去ろうとしたそのとき、ふと仕切りのカーテンの隙間から視線を感じて俺は後ろを振り返る。覗いた瞳と目が合い、座っていたパイプいすががたりと音を立てて倒れた。

「な、なんですか」

 急いでパイプいすを元に戻した俺は、瞳に対して声をかけてみた。ゆっくりとカーテンがゆれ、瞳の主が姿を現す。

 両手を白衣のポケットに突っ込み、猫背でこちらをにらみつける若い女性がそこには立っていた。ここに勤務する女医なのかは知らないが、とにかくじろりとこちらを見定める目が、俺の動きを奪う。

「いや、随分とでかい独り言だなと思って」

 どうやら佳乃に対する言葉を聞かれていたらしい。恥ずかしさをぐっと堪え、俺は視線の先にいる人物に探りを入れる。

「医師の方ですか? いるならいるって言ってくださいよ」

「私はお前の許可がないと見舞いにも来られないのか」

「そういうことでは……え、見舞い? 医者じゃないんですか?」

「はあ? 医者に決まってるだろ。病院で白衣着てるんだから」

 目の前の女医が発する言葉は、一つ一つがいちいち優しくない。俺はこの人に何か悪いことをしたのだろうか。言葉を発することもできずたじろいでいると、女医がきょろきょろと周りを見回し始めた。

「珠緒はいないのか?」

「え、多分学校ですけど」

「なんだ、無駄足だったな」

 そう言って女医は溜息を吐いた後、その場から立ち去ろうとする。

「ちょ、ちょっと、なんの用だったんですか」

 自身より年上かどうかも定かではない風貌の女性に、完全に気後れしている俺は、おずおずと去り際の背中に言葉をかける。女性の顔が再びこちらを向き、じろりと目線を細めた。

「そんなこと知ってどうするつもりだよ」

「どうするって、単に興味本位で聞いただけですけど」

 女医が再び大きな息を吐き、何か言葉を発しようとしたとき、彼女の後ろから珠緒が顔を覗かせた。

「おつかれさまー。あれ、まっきーじゃん。なにしてるの?」

 珠緒はカーテン内に入ってくるやいなや、訝しい顔つきの女医の背中をパスパスと叩いた。

「知り合いなのか?」

「え? 今喋ってたんじゃないの?」

「いや……」

 邪険にされてろくに会話できなかったとは言えず、言葉が濁る。

「ふふっ。なるほど。この人は蒔枝(まきえ)ちゃん。ちょっとお口の悪いここの小児科の先生だよ。あっ、院長の娘さんね。スーパー七光りちゃん」

 俺の濁った言葉から自身が来る前の有様を悟ったように、珠緒は女医の紹介をした。なるほど、俺が特別嫌われているわけではなく、純粋に口が悪い人のようだ。いや、それもどうかとは思うが。

 先日珠緒と話をしていた呪われていたという院長の娘ということで、知り合いになったのだろうか。

「相変わらず失礼なやつで安心したよ」

「自己紹介ぐらい自分でしてよね。だから結婚できないんだよ」

「出来ないんじゃない。しないだけだ」

「はいはい。で、何してるの?」

 女医の扱いに慣れているのか、珠緒はさくさくと会話を進めていく。

「そういえば、珠緒に用があるって言ってましたよね」

「ん? ああ、そうだったな。例の件、一人怪しい子がいたぞ」

「ほんとに? さすが頼りになるね」

「例の件?」

「呪われてそうな人の調査だよ。まっきーにもお願いしてたの」

 珠緒は胸を張って再び蒔枝さんの背中を叩いた。以前呪いにかかわっていたのか、呪いについてある程度のことは知っている女医に対し、どうやら珠緒は彼女にも協力を仰いでいたようだ。

 珠緒から視線を向けられた蒔枝さんは、叩く手を払いながら力感なくゆっくりと話しを始める。

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