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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
2話 語りたい少女
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語りたい少女2

 何時間眠っただろうか。十分に睡眠をとった俺は、ゆっくりと目を覚ました。ふと視界に入った時計の針は午後六時を指し示している。かれこれ七時間は眠っていたようだ。二日酔いとはいえ、我ながら一日の大半を眠りに費やすというのはどうなんだ、と呆れ返る。

 人の気配を感じ正面を見ると、両肘を机の上にのせ、手のひらで顔を支えながら微笑む少女の姿が目に入った。俺は思わずびくりと身体を跳ねさせた。

「い、いるならいるって言ってくれよ……」

「あまりにも気持ち良さそうに眠っていたので、つい見いっちゃいました。すいません」

 少女は特に悪びれる様子もなく、のほほんと答えた。

「いい夢は見れましたか? もうすぐご飯ができるので、そのまま待っててくださいね」

 相生佳乃はぱたぱたとキッチンへ向かった。いつの間に帰宅していたのだろうか。俺は腕を上げ、固まった筋肉をゆっくりとほぐした。

 五分もしないうちに、テーブルに食事が運ばれてきた。俺は少女に促されるまま食事を始める。彼女が作る料理は、なぜだか驚くほど早く口に馴染んだ。

「お口に合いましたか?」

 食後にお茶をすすっていると、洗い物を終えた少女が正面に座りそう尋ねてきた。

「おう。うまかった。久々に良いもん食った気がするわ」

 食べ飽きたスーパーの弁当に比べると、いや、比べるのも失礼なくらいの充足感だ。この家に来てから飯を食ってばっかりだな。

「それはなによりです。どうですか? 昨日のことは思い出しましたか?」

 遠慮も無く、少女が問う。

「ある程度はな。ほんとに助かった、介抱だけじゃなく飯まで食わせてもらって。ありがとう」

 昨日から引き続き介抱してくれた少女に、俺はひとまず感謝の意を述べた。

「いえいえ、困ったときはお互い様ですから」

 少女は手を左右に大きく振り、気にするなといった様子を見せたあと、「ところで」と本題にはいった。

「昨日はなんであんな格好で、あんな場所で、呆然としていたんですか?」

「心、読めるんじゃなかったのか?」

 泥酔に至るまでの経緯が情けなくて、言いたくない気持ちが勝り、とりあえずからかってみることにした。

 少女は一瞬ムッとした表情を浮かべ、「わかってないですねー」と溜息を吐いた。

「ここで私が無慈悲に心を読んでしまうのは、人としてどうかと思うんですよね。やっぱり本人の口からしっかり聞かないと。言いたくないことまでは聞こうと思ってませんし。話してみた方が楽になることもありますしね」

 自分自身で納得するように、少女はそう言った。あくまでこの設定を押し通すつもりのようだ。 

 まあ確かに話してみると少しは楽になるかもしれない。俺は自身のなかで整理をつけながら、目の前の女子高校生に話を始める。

「会社を辞めさせられたんだよ、恥ずかしい話だけどさ。その腹いせというか、忘れたくて、酒をたくさん飲んで」

 俺は途切れ途切れに下を向きながら説明を続けた。退社を勧められたときのむなしさと、自身のおかれた立場に対する怒りが、再び身に宿り始める。

「身に覚えもない理由で責められて、俺が辞めなきゃ商談が駄目になるって言われて腹が立って。でも何も言えなくて、あっさりと辞めちゃってさ。情けないよな、そこでしっかりと説明をして、明日からも仕事続けるぞって必死に伝えれば、どうにかなったかもしれないのに。悔しかったなぁ、なんで俺がって、すげえ思ったもん」

 時間が経ち、しっかりと温まってしまった負の感情がつらつらと流れた。一度きってしまった口火が止まらず燃え続け、感情が一つ一つ溶け落ちる。少女の表情を気にする余裕もなく、俺は話を続けた。

 ほぼ初対面の相手に感情をぶつけられている彼女は、今どんな顔をしているのだろうか。気にする余裕も、俺には無くなっていた。

「気持ちを吐き出す場所もなくて、熱くなるばっかりの頭を冷やすために、川にドボンしたわけよ。まあそんな感じだよ」

 話すだけ話して少しだけ余裕ができた俺は、呟きと同時に顔を上げる。これ以上下を向いていると、もっと深く感情が呼び戻されて、涙が落ちてしまいそうだ。

 顔を上げた先、静かに話を聞いていた少女の顔を見て、俺は思わずぎょっとする。少女は下唇をぎゅっと噛んでおり、目からは大粒の涙がこぼれていた。

「え、ちょっと……え? なんで泣いてんの……?」

「ご、ごめんなさい。わたし、なんでこんな。あれ、泣いちゃってますね。えっと、ただの酔っ払いさんだと思って、私、すごいひどいことを言ってしまいましたね。ごめんなさい」

 めちゃくちゃな文法で、少女はそう告げた。

 ただの酔っぱらいであったことは間違いないのだから、彼女の言動に問題はないと思う。あの状態で気の聞いた一言をかけるなんて、それこそ本当に心でも読めない限りはできない芸当ではないだろうか。

 むしろただの酔っぱらいをここまで介抱してくれたことが、奇跡に近い出来事なのだ。

 少し前までは泣きそうな気持ちで一杯だった俺は、先に泣かれてしまったことにより、穏やかな感情をとりもどした。

 それでも少女は、出会いをやり直すかのように話を続ける。

「きっといいことあります。どうかそう落ち込まないでください。応援してますから!」

 涙を流す女子高校生と、頷く成人男性。きっと端から見たら、どちらが励まされている側なのかわからないだろう。

 そんなことを考えると、さらに可笑しくなってしまい、思わず笑みがこぼれた。

「もう大丈夫だよ。ありがとう」

 ゆっくりとそう言った俺を見て、自身の取り乱しを悟ったのか、少女は慌てて涙を拭いた。

「相生さんのおかげで、なんだか元気出たよ」

 俺の立場を慮って涙を流してくれる女子高校生、案外悪い気はしなかった。話してみれば楽になるという言葉がピタリとハマった瞬間だった。

 なんで元気になったの? と言わんばかりのきょとんとした顔を浮かべた彼女は、数秒の静止の後、ふぅと息を吐いて笑顔を作った。

「元気になってもらえたみたいでよかったです。取り乱してしまって、お恥ずかしい……」

 少し照れながら、彼女はそう言った。

「こちらこそ、話聞いてくれてありがとう。楽になったよ」

 本当に一つ肩の荷が降りたような気分だった。辞めてしまった会社のことを考えても仕方がない。俺が考えないといけないのは今後の生き方についてなのだ。

 この際だからもう少しこの女子高生と話をしてみよう。俺となんのしがらみもないこの少女であれば、楽しく愚痴を聞いてくれるかもしれない。

「もう少し話をしたいんだけど、話に付き合ってくれる?」

 俺の提案に彼女は満面の笑みを浮かべ、「もちろん」と答えた。

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