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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
4話 隠せない少女

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隠せない少女14

 クリスマスが終わり、時間は矢の様に進んでいった。

 師走とはよく言ったもので、あれよあれよという間に年越しが終わり、週に一度近況報告をしてくれる垣内の話を聞く以外特に変わった様子もなくコンペの結果発表当日を迎えた。

 冬休み終了直後からデザイン図が校内に展示され、一週間経った今日、集計された結果が発表されるとのことであった。

 校内イベントということでもちろん俺は参加できず、コンペから一週間経った今でも垣内の作品を目にしていない。佳乃いわくばっちりの出来だったようだが、果たしてどうなったことやら。

 呪いを解くためには過程が大切らしいので、本当のことを言えば結果などそこまで重要ではないのかもしれないが、頑張っていた姿を見ていたこともあり、そこまで無関心にはなれなかった。

 放課後に結果が発表され、それを持ち帰ってきてくれるとのことだったので、俺は下校する佳乃たちより少し早く集合場所の神社へと赴いていた。

 俺は境内で立ち止まり、ふと数週間前のことに思いをはせる。ここで叫んでいる垣内を発見し、そこから彼女を見守る生活が始まった。

 その間に新たな呪いの情報もなかったし、佳乃の呪いが解けたわけでもない。垣内の呪いが解けた後も、また新たな呪われた人間を見つける生活に戻るのだろう。俺は賽銭箱に百円玉を二枚投入する。

「改めて、早く佳乃の呪いが解けますように。あとどうか、垣内のコンペが上手くいきますように」

 静かな神社に、静かな願掛けが染み渡る。手を合わせ拝んでいると、垣内を含む三人が神社へとやってきた。

「どうだったんだ、コンペは」

 三人の顔を見るなり、いの一番に俺は尋ねた。節操のない俺の様子に、三人が顔を合わせて笑い合った。

「そこまで気にしてもらっていたとは、なんだか申し訳ないっすね」

 苦笑いをしながら垣内が言葉を続ける。

「結論から言いますと、まあいまいちって感じです」

「いまいちか……」

 反応と言葉から推察するに、どうやら芳しくない結果だったようだ。ついさっき投げ入れた百円玉を、賽銭箱から取り出したい気分になった。

「二十中十二位だったので、中の下って感じでしょうか。最下位じゃなくてよかったです」

「でもね、一年生では杏季ちゃんが一番だったんだよ。これってすごいと思わない?」

 明るい様子で話しているものの、垣内はやはり少し落ち込んでいる。それを見た佳乃がすかさずフォローを入れる。佳乃の性格からするに、フォローのつもりもなく本心でそう言っているのかもしれないが。佳乃の言葉に乗っかり、俺も言葉を付け加える。

「初めてにしては上出来だったんじゃないか?」

「そうですね。私にしては出来すぎなくらいです」

 溌剌とした声だったが、やはり悔しさが残っているのか、垣内は不自然に笑った。

「次こそ絶対良い順位取れるって」

 俺は内心落ち込んでいるであろう少女に激励を送る。コンペに出せずに悩んでいた少女が、今や自身の順位について悔しさを覚えている時点で、俺からすればすさまじい進歩に思えた。

「はい……。えへへ、ごめんなさい。こんなにも応援してもらったのに、惨敗でした。でも安心してください、私は見ての通り元気です」

 垣内は変わらず不自然に笑っている。

「謝る必要なんて無いよ。結果はどうであれ、杏季ちゃんが頑張ってたのは知ってるんだから」

 佳乃が見るからに落ち込む垣内の背中をぽんと叩いた。

「来年のクリスマス衣装は、ずっちゃんに作ってもらおうかなって思うぐらい素敵だったよ。自信持ちなって」

 続けて珠緒が垣内の背中を叩く。この二人も、きっと垣内が内心落ち込んでいるであろうことを把握した上で、なんとかエールを送ろうとしているのだろう。二人に背中を押された垣内は、しっかりと重さを受け止めた後、笑顔から一転し、下を向いて目頭を拭った。雫と共に垣内の言葉が堰を切ったようにあふれる。

「……わかってます。コンペに出せるようになっただけでも喜ぶべきなんです。だから私はとっても満ち足りた気分のはずなんです」

 俺達しかいない境内で、垣内の震える声が空気を揺らした。からからと絵馬が音を立てる。

「なのに、なんで……こんな気持ちになるんでしょうか。もっとああしておけば良かったとか、こう工夫すれば良かったとか、今になってなんでこんなにも……みんなで一緒に喜びたかったのに」

 顔を上げた垣内は、涙を頬に伝わせながら、精一杯笑っている。垣内の口からとめどなく流れる言葉は、もうきっと呪いなんて関係なく歯止めが利かないほど、心から溢れてしまっているように聞こえた。

「杏季ちゃん……」

 いじらしい少女の姿を見て、佳乃がひしっと垣内を抱きしめる。それに続くように、珠緒が二人を抱きしめる。

「や、やめてください」

 垣内は力なく抵抗するが、佳乃も珠緒も少女を放す様子は無い。

「やめてくださいってば……。今優しくしちゃだめなんですから。ほんとに、止まらなくなっちゃいますから」

「こういうときは、思いっきり泣いちゃえばいいんだよ。ちゃーんと受け止めるから。ね?」

 少女を力強く抱きしめながら佳乃が言った。その言葉がとどめになったのか、少しの沈黙の後、垣内が嗚咽を漏らし始める。

「わたし、悔しいです。こんなにも悔しい気持ちになるなんて……えぐっ、うっ……うわぁぁぁん」

 神社に少女の泣き声が響き渡る。声にならない声で、少女の訴えは続く。

「わかってたはずなのにっ、こんなにも、こんなにも、うっ、ひっ……」

 佳乃と珠緒は、垣内の背中をさすりながら無言で頷いていた。優しい感触が起爆剤になったのか、垣内はわんわんと空気を振るわせ続けた。

「それだけ悔しいって思えているんなら、きっとこれからも頑張れるよ」

 少女達の輪に加わるわけにもいかず、俺は言葉だけをその場に被せた。そんな様子を見せられてしまったら、こちらまで泣きそうになってしまう。

「杏季ちゃん、まだまだ夢への道は終わったわけじゃないよ。悔しいその気持ち、大切に覚えておいてね」

 ふわりとささやく佳乃の声を最後に、神社には少女の嗚咽だけが響き渡った。


 少女は十分ほど声を上げた後、次第に落ち着きを取り戻した。

「うぐっ、お、お見苦しいところを、お見せ……しました」

 まだまだたどたどしい様子ではあるが、落ち着いて言葉を吐ける程度には回復したようだ。

「えらいねぇ、えらいねぇ」

「ちょっと、なんで巫女ちゃん先輩が泣いてるんですか」

「頑張る少女が眩しいんだよ、わかるかいずっちゃん」

 マイペースに涙を流す珠緒に対しても、落ち着いた対応を見せているあたり、あらかた気持ちの整理はついたようだ。垣内は抱きついていた二人から距離をとり、深々と頭を下げた。

「見守ってくださってありがとうございました。泣いたらすっきりしちゃいました。この悔しさをバネに、次こそ絶対にトップをとって、自分で考えたデザインを本物にしてもらいます。ここが、私の夢の第一歩です!」

 真っ赤な目でまっすぐ俺達を見つめる少女は、最初に出会った頃と別人のように堂々としていた。

この様子なら、きっと今後の心配はいらないだろう。自身の気持ちを吐露した垣内に対し、佳乃はかばんの中からなにやらごそごそと荷物を取り出して、垣内の前へと差し出した。

「な、なんですか」

 いきなり袋を押し付けられた垣内は、おずおずと袋を受け取る。

「頑張った杏季ちゃんに、死神先輩からの餞別だよ。さ、開けてごらん」

「餞別って……」

 不可解な佳乃の態度にしぶしぶ袋を開けた垣内だったが、内包されたものを見て大きく目を見開いた。

「これ……」

「気に入ってもらえると嬉しいな」

 垣内が袋から取り出したのは、赤と白を基調とした、どこか服飾部の部室で見た垣内憧れの服を連想させるワンピースだった。垣内はその服を両手で広げ、言葉を失ったように黙り込んだ。

「一週間しか時間が無かったから、細かいところは杏季ちゃんが想像していたものと違うかもしれないけれど、お気に召しましたでしょうか」

 いつまでたっても言葉を発しない垣内に、佳乃は質問を繰り出す。垣内は服から佳乃へと視点を移し、ゆっくりと答える。

「相生先輩、これ、私が考えた服です」

「そうだよ」

「な、なんで」

「なんでって、なんでだろうね。暇だったから作っちゃった」

 会話から察するに、どうやら垣内が手にしているのは、コンペで出したイラスト図を元に作られた衣服のようだ。

佳乃はコンペ開催と同時に垣内のイラスト図を見て、この一週間で一着作りきってしまったようだ。

 普段と変わらぬ生活をしていたはずなのに、いつの間にそんなことをしていたのかと驚かされる。あっけにとられる俺と垣内をよそに、珠緒と佳乃は顔を見合わせてブイサインを作りあっている。

「どうだね。私はほとんど役に立ってないけど、なかなか様になってるでしょ?」

 珠緒が自慢げに垣内に言い放つ。なぜ俺にまで隠す必要があったのかわからないが、きっとよりサプライズ感を出すための演出に違いない。

 どうせ大した手伝いも出来なかっただろうし、ここでギャラリーに徹しているのが正解なのかもしれない。垣内はぎゅっと服を抱きしめ、再びううっと声を漏らし始めた。

「ずるいです。本当にずるいです。こんなの……嬉しいに決まってます」

 衣服越しに垣内の声が聞こえてくる。落ち着き始めた情緒が再び揺らされているようだった。

「せっかくだから、ちょっと合わせてみてよ」

 佳乃に促され、垣内は自身の身体に衣服を当てる。珠緒が携帯を取り出し、少女の全様を少女自身に見せる。真っ赤な目を更に湿らせ、少女は再び衣服に顔をうずめた。

「わたし、目が真っ赤ですね」

「いやいやずっちゃん。突っ込むとこそこじゃないでしょ」

「か、かわいいです。完璧な出来です」

「そう、よかった。一安心」

 珠緒と佳乃は再びニッコリとブイサインを送りあった。

「良いデザインじゃないか。なんかこう、サンタを髣髴とさせるような」

 垣内が作ったデザインを初めて目にした俺は、空気に当てられたのかするりと言葉を発した。褒め言葉にもなりきっていない言葉でも、今の垣内を落とすには十分な言葉だったようで、垣内は深く頷いた。

「私もそう思いました。なんだか、サンタさんになった気分で、嬉しかったです。プレゼントをもらったのは私なのに、変ですね」

 垣内は大きく息を吐き、呼吸を整え始めた。サンタに憧れているとポツリと漏らしていた垣内には、これ以上に無いサプライズになっただろう。

「ねえ杏季ちゃん」

 未だに顔を服にうずめている垣内に向かって、佳乃が静かにささやいた。囁きに耳を貸し、垣内が佳乃を見つめる。

「呪いなんて関係なく、言ってみて行動してみて、叶う願いもあるんだよ。だからこれからはもっと自分らしく思いをぶつけていいんだよ」

 佳乃はどうやら単なるサプライズで衣服を作ったわけではないらしい。奥に閉じ込められてしまっていた少女の願いが、吐き出していいものなんだと証明するために、佳乃は行動を起こしたのだ。

「……本当にありがとうございます。わたし、今ならなんだって出来る気がします。呪いなんて無くても、もう思ったことも、自分の夢も、自信を持って言えると思います」

 垣内はまっすぐに胸を張り宣言した後、頭を深く下げた。その言葉に満足したように、佳乃はうんうんと頷きを返している。

「良い言葉も聞けたし、ばっちりと呪いも弱まってるよ。さくっと解いちゃいますか」

 垣内が落ち着いたことを確認して、佳乃はそう言った。

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