隠せない少女13
それから数日が経過し、街がクリスマスムード一色に染まる中、佳乃達の冬休みが始まった。
冬休み明けにコンペを控えた垣内杏季は、どうやら必死にコンペに向けた作品作りに勤しんでいるようだ。
服飾部について詳しく聞いていなかったが、どうやらコンペにはデザイン図を出すらしく、そこで最優秀とされたものが裁縫部によって実物化されるという流れになっているらしい。
「ほらいっつん、休んでないで早く手を動かすんだよ」
「ん? ああ、すまん」
真下からかけられる声で、俺はふと我に返る。
目の前にはクリスマスの飾りがつけられたもみの木が揺れており、脚立にのぼる俺の足元では珠緒が次の飾りを用意していた。
俺は慌てて手に持った靴下型の飾りをもみの木に結びつけ、珠緒から次の飾りを受け取る。
自身の身長よりもふた回りほど大きいもみの木は、殺風景な神社の中で一際目を引くほど飾り付けられており、全く景観に合わない様相で風に揺られていた。
足元で飾りを仕込んでいる珠緒の口からは、クリスマスを祝う歌が漏れ出している。
「なあ、神社でこんなことして大丈夫なのか?」
受け取った星型の飾りをもみの木のてっぺんに取り付け、俺は珠緒に問いかける。こちらを見上げる珠緒は、巫女服にサンタ帽というとんちんかんな服装をしていた。
「なにが?」
「いや、たしかにクリスマスだけど、宗教的にほら、大丈夫なのか?」
「いいのいいの。流行には乗っておかないとね。サンタも巫女も紅白だから大丈夫でしょ」
微塵も大丈夫とは思えない珠緒の言葉に、深い溜息が出た。
十二月二十五日。世間がめでたい空気に包まれる中、神立珠緒が巫女を務める神社でも、地元の子ども達を集めてクリスマス会を行うとのことらしい。
悲しいことに予定のなかった俺と佳乃、そして垣内の三人は、珠緒の手伝いをするため神社に集まっていた。
どこから調達してきたわからないもみの木を、俺と珠緒でクリスマスツリーに仕立て、佳乃と垣内が社務所内を装飾している状態である。
「なんかすごい罰当たりなことしてる気がするんだけど」
「イベントごとはしっかりと消化していかないとね。ちなみにハロウィンにも仮装した子ども達がたくさん集まったよ」
「なんというか、すごいな」
「それって褒めてるんだよね? ありがとう」
俺の返事を待たず、珠緒はうんうんと最後の飾りをツリーに結びつけた。
「よし完成。いっつんもお疲れ様。降りてきていいよ」
脚立を抑えながら、珠緒が俺を誘導する。少し離れて飾りつけたツリーをみると、突貫工事にしてはそれなりの佇まいをしていたことに少し感心してしまう。
「なんだかそれっぽくなってるな」
「いやいや完璧な出来でしょ。写真撮っとこ」
袖口から携帯電話を取り出した珠緒は、パシャパシャとツリーをカメラに収めていく。
なんだろう、とことん巫女っぽくない。バイト感覚ではしゃぐ珠緒は、どう見てもこの神社の正当な家系の人間とは思えなかった。
俺の失礼極まりない考えを気にする様子もなく、珠緒は写真を撮り終えた後、社務所へと向かった。珠緒に続き社務所へと入ると、室内はツリーにも負けないほど華やかに飾りつけられていた。
「これはまた……。罰当たりな光景だな」
俺の口から思わず声が漏れる。幼い頃に参加したクリスマス会で、公民館が華やかに飾りつけられていたことがあったが、まさにそれと同様の景色が社務所内で展開されている。
「材料がたくさんあったから、思わず張り切っちゃった」
飾り付けを終えた佳乃が、自慢げにこちらにピースを向ける。
「神社をこんな風に出来る機会なんて、一生のうちでもうないかもしれませんが、完璧っすね。というかこんなにも背徳感でわくわくするもんなんですね」
佳乃に続いて垣内も得意げな表情を作っている。あまりにも意気揚々な二人の様子と、それに同調する珠緒の姿をみて、俺は空気に水を注す事をやめた。
あと少しすれば子ども達がやってくるらしいし、今日はもう余計なことを考えないでおこう。
「デザインのほうは上手くいってる?」
並べられたお菓子をつまみ食いする垣内に向かって、俺は近況を尋ねてみた。垣内は少し息を吐いた後、頭を掻きながら返答する。
「いやー、いざ考えるとなると全然浮かばなくって、正直ピンチですよね」
「そうか。まあ今日は息抜きも兼ねて、のんびりすればいいよ」
服飾のことなど全く知らぬ俺は、右も左もわからない顧問のような口ぶりで言葉を返した。
「ありがとうございます。そうですね、子ども達と触れ合って、何か気付くことがあるかもしれませんし」
なんだか逆に気を使わせてしまった気がする。
俺がいまいちなアプローチをしている間に、子ども達がやってくる時間になった。
「あれ? 佳乃は?」
先ほどまで飾り付けにうっとりしていたはずの佳乃が、いつの間にか姿を消していることに気付き、俺は珠緒に声をかける。
「よしのん? ああ、子ども達が来ている間は隠れてのんびりしてるってさ」
「なんでまたそんなことを」
佳乃は見た目からは想像できないほど子どもが苦手なのだろうか?
「よしのんの呪いの事をすっかり忘れているみたいだね」
俺は珠緒の言葉でハッとさせられた。
あまりに人当たりのいい佳乃の姿を見すぎたせいで、ウインクキラーのことをすっかりと忘れていた。
佳乃は子ども達と触れ合わないために、あえて席を外しているらしい。何かに気がついた様子の俺を見て、珠緒もそれ以上は何も言わなかった。
こうして佳乃不在のまま、地域の子ども達が次々と社務所へと入ってきた。
「たま姉ちゃん変な格好だな」
「なーにー? ちょっと会わないうちに悪がきに磨きがかかってるなー」
先陣を切って会場に足を踏み入れた少年が、珠緒とコミュニケーションをとっている。
それを皮切りにあれよあれよという間に、珠緒が子ども達の中心で全員にちょっかいをかける状況が出来上がった。子どもは全員で十人ほど集まっていた。
「あれ、今日はかえかえ来てないの?」
全員とひとしきり絡んだ後、珠緒はきょろきょろと辺りを見渡す。どうやら来ていない子どもを捜しているようだ。
「楓ちゃんは今日これないんだってー」
珠緒の疑問に女の子が代表して言葉を返した。そっかー、とあっさり頷いた珠緒は、子ども達を誘導してお菓子の並べられたテーブルへと座らせる。
見慣れない大人がいるということで、子ども達にも若干のそわそわ感が見られた。珠緒からの紹介があり、俺と垣内が子ども達へ挨拶をする。
はじめこそよそよそしかった子ども達も、一時間が経過する頃にはしっかりと俺達を輪の中へと入れてくれた。
「おにいちゃんはたま姉のお友達なの?」
「そうだよ」
「高校生?」
「高校生ではないなあ」
高校生と間違われたことに、俺の顔には得意げな笑みがこぼれる。
小学校高学年くらいの子どもからすれば、俺や珠緒たちが同じぐらいの年齢に見えているのかもしれない。なんともかわいらしい子ども達じゃないか。
「なあなあおっちゃん。鬼ごっこしようぜ」
前言撤回、全然かわいくない。誰がおっちゃんだ。俺がパワフルな男子小学生たちに引っ張られる傍ら、垣内と珠緒は女子小学生達とまったりとした時間を過ごしていた。
負担の差が大きすぎる。これは明日には間違いなく筋肉痛が襲ってくるだろう。
そんなことを考えている間もつつがなくイベントは進行し、気がつけば会の開始から二時間が経過していた。
「はいはーい、みんな注目! 今日は何の日でしょー?」
珠緒が全員の注目を集め、子ども達に問いかける。子ども達はまばらに手を上げ、クリスマスとそれぞれが声を上げた。
「そう、クリスマス。もちろんクリスマスと言えば、プレゼントだよねー。今からみんなが各々持ってきてくれたプレゼントを、交換したいと思いまーす」
珠緒の号令で、子ども達が各々の荷物からかわいらしく包装された袋を取り出す。
「俺のプレゼントが一番いいやつだから」
「ゆずのだって……いいやつだもん……」
子ども達がやんややんやとプレゼント自慢を始めた。大きさ形さまざまなプレゼントが、机の上に出揃う。俺も珠緒から事前に伝え聞いていた通り、小包を取り出して同様に机に配置する。
「じゃあみんな、今からプレゼントを右の人にどんどん回していっちゃうよー。たまちゃんが良いっていうまで止めちゃだめだからね」
珠緒の合図とともに、プレゼントがぐるぐると机をめぐり始める。三周ほどしたあたりで珠緒の再びの合図があり、各々にプレゼントが渡る。
俺の手元には、クリスマスの柄が入った手のひらサイズの袋がやってきた。
「さあさあみんなーあけていいよー」
中をあけてみると、キャラクターがデザインされた入浴剤が入っていた。
「あ、おっちゃん俺のやつじゃん。よかったな」
「おうそうか。ありがとな」
男の子が俺の近くまで寄ってきて、肩をぽんぽんと叩いている。だから誰がおっちゃんだ。
やはりみんな自分に当たったものを確認すると同時に、誰に自分のものが当たったのかも気になるようだった。
かくいう俺のプレゼントは、静かめな男の子の手に渡ったようだ。男の子は手に入れた図書カードを眺めニッコリとしている。その様子を見て、なんだかほっとしてしまう。
子ども達は手に入れたものの話で盛り上がり、場が更に賑やかになってきた。
「わあ、ゆずちゃんのいいなぁ」
そんな場の中で、一際大きな嬌声があがり、俺はそちらのほうに目をやった。ゆずちゃんと呼ばれた童女は、顔の大きさほどある熊のぬいぐるみを、うっとりと眺めていた。
「かわいい……」
「くまちゃんだー。お洋服着てるー」
童女に抱きかかえられた熊のぬいぐるみは、クリスマスっぽくサンタの衣装を着ていた。
「気に入ってくれた? 頑張ったかいがあったよ」
童女の隣まで近寄った垣内が、そう言ってニッコリと微笑んだ。
「とってもかわいい!」
「えへへっ。このお洋服はね、お姉ちゃんが作ったんだよ」
人形の衣装を指差し、垣内が少女にピースサインを向ける。ぬいぐるみにあしらわれた衣装は、垣内オリジナルらしい。売り物のような佇まいに、器用だなと驚きと感心が湧き出てくる。
「すごーい! こんなの作れるの?」
「そうだよ。ここのフリフリがね——」
熊を手にした童女も、俺と同様驚いた様子を見せていた。その様子を見て、垣内は満足げに頷きを返した。
プレゼント交換は思った以上の盛り上がりを見せ、盛り上がりそのままにクリスマス会が終了した。
「おっちゃん、次はボール持ってくるからサッカーしようぜ」
「おにいちゃんな、おっちゃんって言うんじゃないよ」
それぞれ帰路につく子ども達は、悪態をついたり別れを惜しんだり、賑やかなまま神社を離れていった。
最後に垣内のプレゼントを受け取った童女も、垣内になにやら耳打ちをしたあと、そそくさと集団の中へと戻っていった。
「いやー二人ともありがとう。みんな楽しんでくれてたよ」
子ども達を見送り終わった後、珠緒が俺達に声をかける。子ども達がいなくなった後の神社は、途端に落ち着きを取り戻しており、少し寂しい気持ちになった。
「私はよしのんを呼びに行ってくるから、ちょっとの間ゆっくりしててよ」
大きく伸びをした後、珠緒は境内のほうへと歩いて行った。思わぬ形で微妙な距離感の女子高校生と二人で取り残されてしまった。何か話さないと。
「子どもってのは元気だな」
「なんだかおっさんくさいですよそれ」
俺の言葉に、すかさず垣内が突っ込みを入れる。思っていたよりも、気さくに話をしてくれる様子だった。
「少しは息抜きになったか?」
「……そうですね」
垣内は何かを嚙み締めるようにゆっくりと頷いた。
「子ども達がめちゃくちゃ懐いてたな。特にあのぬいぐるみの子とかすごく喜んでたじゃないか」
「山上さんこそ、いいお兄さんでしたよ」
くすくすと垣内は静かに笑った。
「熊の服、自分で作ったんだってな。やっぱり器用なんだな」
「それほどでもないですよ」
「最後に何か耳打ちされてたけど、あれはなんだったんだ?」
「乙女の秘密っす」
俺が繰り出す質問に、垣内は淡々と答えを述べていく。いよいよ話すことがなくなってしまった。しばしの沈黙が流れ、今度は垣内が口を開いた。
「今から言うことは、私が呪いのせいで勝手に喋っちゃうことなので、大きめの独り言だと思ってくださいね」
何を言い出すかと思えば、唐突な独り言宣言だった。返事をしていいのかもわからず、俺はとりあえず少しの頷きだけを返す。その様子を見て、垣内が再び口を開いた。
「さっきの女の子、ゆずちゃんって言うんですけど、本当に喜んでくれていました」
独り言とは思えない語り口で、垣内が話を続ける。
「最後にこっそりと私にだけ教えてくれたんです。『みんなにはまだ内緒だけど、いつかおねえちゃんみたいな服を作れるようになりたい』って。ちょっとうるっと来ちゃいました。私がきっとなれるよって答えた後の彼女の顔が、とっても輝いていて、いつかの私みたいで……」
そういって垣内はゆっくりと下を向いた。息抜きのつもりで参加した会が、どうやら想像以上に良い刺激になったようだ。少女は話を続ける。
「相生先輩に言ったこと、一つ間違ってました」
「間違い?」
「サンタになりたいなんて、今は思ってないって言いましたけど、プレゼントで喜んでくれたあの子の姿を見て、ちょっとサンタになった気分になって、嬉しくなっちゃったんです。やっぱりサンタさんは、私の憧れのままみたいですね」
垣内は恥ずかしそうにはにかんだ。その後、今度は勢いよく空を眺めた。
「私、頑張ります。期待してくれているみんなのためにも、憧れてくれたゆずちゃんのためにも、なにより自分のためにも。さあ独り言はおしまいです。片付けに移りましょうか」
垣内は俺の返答を待たず、そそくさと社務所の中へと戻っていった。少女の独り言だけが、俺の頭の中へと残されていた。
そんな少女の後姿に、俺は小さくエールを送った。




