隠せない少女12
「嫌なこと思い出させちゃってごめんね」
「いえいえ、いいんです。いつかは向き合わないといけないことですから」
「でも、どうして私達に話してくれる気になったの?」
「ここに来る様に仕向けた相生先輩がそれを言いますか?」
垣内は佳乃のほうを向き、不自然に笑った。感情が追いついてきて、もうどういう顔が正解なのかがわからなくなっているようだった。
対して佳乃も困った様な笑顔を浮かべ言葉を返す。
「ここに来るような動きはしたつもりだけど、お話をしてくれるとは思わなかったから」
「ほんとに言うだけ言って帰るつもりだったんですね。今更ながらびっくりです」
「おせっかいなのかそうじゃないのかよくわかんないよな」
驚く垣内に便乗して、余裕ぶっている佳乃に攻撃を仕掛けてみた。佳乃はこちらを向いて舌を出してから、再び垣内に向き直る。
「言いたくもないことまで言わせるために動いていたんじゃないからね。そりゃ多少嫌なやり方だったかもしれないけれど」
「そんなに必死に反論しなくても大丈夫ですよ先輩」
早口で話す佳乃を垣内がなだめる。少女にも少しばかり気持ちに余裕が出来たのかもしれない。なだめる少女は、微笑みながら事の顛末を語った。
「先輩達と別れた後、本当にどうしていいか分からなくなりました。先輩は絶対サンタの話で納得してないし、かといってもう一つの出来事について話すことは怖いし、でも先輩は何か掴んでそうな態度をしているし、もうしっちゃかめっちゃかでした。服飾部での心当たりについても言えばよかったって、ちょっと後悔もしてました」
佳乃の対応に対し、垣内が本当に混乱していた様子が受け取れた。
たしかに横にいた俺ですら、佳乃が何を考えて動いていたかを今になってようやく把握できてきた程度だ。垣内の言葉は続く。
「だから試しに言ってみたんです。『相生先輩に全部伝えられたらいいのに』って。私の呪いはお伝えした通り、私に都合の悪いものだけが現実になってしまうというものですから、きっと無理にでも身体が動くだろうと思ったんです。でも全く何もおきませんでした」
「つまりは、杏季ちゃんにとって私に全てを伝えることは、マイナスではなかったんだね」
「そうですね。そのとき私は思いました。心のどこかで私は、夢のことを伝えたいと思っているんだなって。呪いのおかげと言っては変かもしれませんが、本当の気持ちに気付けたんです。私は自分が思っていたよりも、みんなに夢を応援して欲しかったみたいです」
今度はしっかりと微笑んだあと、垣内は赤いワンピースをまっすぐ見つめた。少しばかり憑き物が取れたのか、少女の瞳にはワンピースの赤色が映えていた。
「多分、お伝えした出来事が私の呪いの根源です。だからきっと、私がコンペに作品を出せば呪いは解けると思います。ご迷惑をおかけしました」
垣内は佳乃と俺に向かって深々と頭を下げる。そんな様子を見た佳乃は、ちっちっちと指を振った。
「その言い方じゃ、呪いを解くためにコンペに参加するみたいだよ」
「えっ」
呪いを解くために行動するという発言が、なぜだか佳乃は気に入らなかったらしい。会心の言葉を放ったつもりだった垣内は、予想だにしない展開に困惑している。
「杏季ちゃんは、自分の作品を見てもらいたいんでしょ?」
「それはそうですけど」
「だったら呪いを理由にしちゃだめだよ」
ニッコリと笑いながら、佳乃は垣内の身体に手を回しぎゅっと自身の身に寄せた。積極的なスキンシップに、見ているこちらがどきりとしてしまう。
「ちょ、ちょっと何するんですか。めっちゃ良い匂いしますね先輩。じゃなくて、なにしてるんですか」
目線より少し低い位置にある頭を眺めながら、垣内が狼狽している。佳乃はかまわずスキンシップを続けた。
「ほらほら、ちゃーんと決意表明しないと、私このまま離れないからね」
「なんですかそれ。だからちゃんとコンペには出しますってば」
「んー? どうしてかなー?」
「どうしてって……それは」
「私に言われたから? 呪いを解くため? 違うよね」
佳乃は垣内をしっかりと羽交い絞めにしている。なぜだか垣内も、両手を宙に仰ぎながらまんざらでもなさそうな顔をしている。なんだこの状況は。
どうやら佳乃は、垣内自身の意志でコンペに参加するということを強調したいようだ。
呪いの話をし始めた張本人のわりに、佳乃は呪いのことよりも垣内の今後が気になって仕方ないらしい。自身にかけられたおぞましい呪いを抜きにして物事を考えられるあたり、根っからのお節介焼きなのかもしれない。
「わかりましたよ。ちゃんと聞いててくださいね」
しばらく声にならない声で呻いていた垣内であったが、佳乃の思惑を悟ったのか、諦めたように大きく息を吸った。
「言ってませんでしたが、私は将来デザイナーになりたいんです。憧れの服みたいな服を作れるようなデザイナーに。だから、今回のコンペは私の夢の第一歩です。笑われたって、けなされたって、私はもう負けるつもりはありません」
高らかな宣言が部室中に響き渡る。それを聞いた佳乃は、うんうんと満足したように垣内から身を離した。
「杏季ちゃんならきっとなれるよ。だから頑張ってね。ちゃーんと最後まで応援するから」
「相生先輩……」
佳乃の言葉に、垣内は何かを嚙み締めるように下を向いた。
「ほら、俺らに手伝えることがあったら手伝うしさ」
人に着させられた服で話す俺の言葉にどこまでの説得力があったのかはわからないが、垣内は下を向きながら二回ほど頷いた。
完全に佳乃に乗っかった状態になってしまったが、垣内がかけて欲しかった言葉は多分こういう些細な応援だったのだと思う。
しばらく俯いていた垣内は、呼吸を整えて再び顔を上げた。赤みがかった瞳が佳乃を捉えた後、垣内はもう一度深呼吸をする。
「私って案外単純だったんですね。相生先輩や山上さんの言葉で、ものすごくときめいちゃいました。ありがとうございます。わたし、頑張ります」
垣内はニッコリと俺と佳乃に笑顔を向けてそう言った。少しばかり自信を取り戻したこともあってか、佳乃との身長差がはっきりとわかるほど見違える様相をしていた。
「ときめいちゃった? ふふっ。私に惚れたら火傷しちゃうぜ」
銃の形にした右手を垣内に向け、佳乃が言い放つ。呪いのせいで微妙に冗談になっていないところが、実に佳乃らしい。
「これは笑って良いやつなんですか」
「……ご想像にお任せするよ」
肩透かしを食らった佳乃は、静かに手を下ろし苦笑いを浮かべている。その様子を見てけらけらと笑っていると、佳乃の視線がじろりと俺を貫いた。
「なにが可笑しいのかないつきくん」
「いや、恥ずかしい奴だなって思って」
思わず口から飛び出た俺の言葉に、佳乃は更に目を細める。
「今日の晩御飯はとびきり期待しちゃっていいからね」
毒でも盛られてしまうのかもしれない。佳乃と与太話を続けていると、垣内がコートのポケットから二つ折りになった紙を取り出し俺達に言葉をかけた。
「こんなところでいちゃつかんでください。さて、守衛さんに見つかるのもまずいですし、ここいらで解散としませんか」
「いちゃついてるだって。どうしよういつき君。私達相性の良いカップルに見えるみたいだよ」
微塵もそんなことを思っていないような顔で、佳乃がこちらを見つめる。もっとしおらしい顔でもしていればそれっぽくもなっただろうに、佳乃は俺をからかう気しかないようだ。
「馬鹿なこと言ってないで帰るぞ」
「ちぇーつれないなあ」
小言を言う佳乃を無視して、俺は垣内の方に目をやった。
「それ、コンペにエントリーする紙かなんかなのか?」
「そうです。これをその箱に入れてしまえば、晴れてエントリー完了ですね」
そう言って垣内は指差した木箱の方向へ向け歩みを進め、思ったよりも躊躇なく紙を木箱へと投げ入れた。
「もうちょっと緊張するかと思いましたが、いざ決意してみれば、こんなことちょちょいのちょいですね」
胸のひっかかりが取れた垣内は、自分でも驚くほどに勇敢になっているらしい。
「コンペまではどのくらいあるの?」
「あと三週間ぐらいです。冬休み返上で頑張らないと」
目標までの算段を立てる垣内に、佳乃はにっこりと笑顔を向けた。
「今の杏季ちゃんの目、とっても素敵だと思うよ。なんというか、かっこいいね」
「ほめても何も出ませんよ。愚痴ももう出てきません。さあ、帰りましょう」
静かに笑い、垣内は部室を出る。それに続き、佳乃と俺もこそこそと動きながら学校を後にした。




