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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
4話 隠せない少女

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隠せない少女11

「なんでこんなところに……」

 俺達に気がついた彼女は、そう言ってゆっくりとこちらに近づいてきた。佳乃は石垣から立ち上がり、くるりと身を翻す。

「待っていれば杏季ちゃんが来ると思って」

「なんだか考えが読まれているみたいですごく不快です」

「うわ、すごく直球だ。まあ私には心が読めちゃうから」

「馬鹿なこと言わないでください」

 佳乃と対面した垣内は、上着のポケットから携帯電話を取り出し、画面を俺のほうへと向けた。周囲の景色とは一線を画した明るさに、俺は目を細めた。

「さっき分かれた後すぐ、相生先輩から来たメッセージです」

「お、おう」

 勢いに圧され、促されるまま俺は携帯電話に映し出された文章を目で追う。

『今の自分と向き合わないと呪いは解けないよ 死神先輩より』

 簡素な文章の末には、丁寧に髑髏の絵文字が書かれている。いつの間にこんな文章を送っていたのだろうか。しみじみと文章を反芻していると、佳乃の方から声が上がった。

「杏季ちゃんこそ、こんなところで何をしているの?」

「回りくどい問答はやめましょう。わかってるんでしょ?」

 俺が読み終わったことを確認し、携帯電話をポケットにしまいながら垣内は質問を返した。

「杏季ちゃんが思っているほどは何も分かっていないよ」

「相生先輩友達少ないっしょ? あ、いや少ないのは見て分かるんすけど」

 先ほどとは違い、垣内はもう本音を隠す行動をするつもりはないようだ。両方の手は固く握られ、思いを隠す様子もない。

 僅か三十分の間に彼女の中でどのような変化があったかはわからないが、佳乃の振る舞いと文章により、何かしらの化学反応が起こったことは確かだ。

「服のことを聞いてきたかと思えばすぐ引くし、かと思えば意味深なメールを送ってくるし……それを見て私が学校に来るのも予想通りなんでしょ?」

「予想通りっていうよりは、私が杏季ちゃんだったらこうするかなって」

 佳乃の言葉を聞き、垣内は溜息を吐き、ゆっくりと天を仰いだ。

「でも、ここに杏季ちゃんが来たということは、私の予想が当たってたってことで間違いないのかもしれないね」

「なんだ、お前は垣内さんを待っていたのか」

 状況を整理するため、俺は佳乃に尋ねる。

「お前じゃないよ、佳乃先輩だよ。さっき話してたコンペの話、締め切りが今日までだから、ひょっとしたら戻ってくるかもしれないと思って待ってたの」

「それで予想通り垣内さんが来たと」

「ほんと良い性格してますよね」

 呆れたように垣内が白い息を吐き出す。

「戻ってくるかもしれない、じゃなくて、戻ってくるようにアプローチしたんでしょ? 筋書き通りに動かされてるような気がして更に不快ですよ」

「もちろん布石は打ったつもりだったけど、戻ってくるかどうかは杏季ちゃん次第だったからね」

 佳乃の言葉に、垣内はただただ沈黙する。今回は本当に返す言葉が思いついていない様子だった。

「私が無理やり杏季ちゃんをここに向かわせても意味がないと思ったから、賭けてみたの。締め切り当日に、アイディアを収集していた杏季ちゃんの気持ちに」

 ようやく佳乃の行動の意図が見え始めてきた。なるべく垣内が自分の意思で行動を起こせるよう、心を揺さぶるだけ揺さぶって距離をとっていたようだ。

 なんでも知っているような顔をしながら、それっぽいことを言ってくる佳乃は、垣内からすれば相当厄介な存在になっていることだろう。黙り込む垣内をよそに、厄介者が続けざまに口を開く。

「もし杏季ちゃんが来たら、これだけ伝えて帰ろうと思って」

「……なんですか?」

「呪いのことを抜きにしても、今抱えている悩みを放置しておくと、きっと杏季ちゃんはずっと思ったことを言えなくなってしまうと思う。後悔すると思う。勇気を出して学校に来た杏季ちゃんの想いを、私は絶対に笑わないよ。だから頑張っておいで」

 佳乃は淡く微笑み、垣内の背中に回りこんで背中を軽く叩いた。背中を叩かれた垣内は、少しだけ前のめりになりながら顔を佳乃のほうに向けた。

「優しいんだか、性格が悪いんだか、よくわかりませんよ。なに考えてるか全くわかんないです」

 垣内は頭を掻きながら言葉を吐いている。自分の行動が佳乃の思惑通りなことに困惑していたようだが、表情からは既に諦めのようなものが見て取れる。

 垣内の言葉にも佳乃は笑顔を浮かべ続け、うんうんとポニーテールを揺らした。

「言いたいこと言ったし、私達は帰ろうかな」

 垣内の悪態をかわす様に、佳乃はさらりと身を翻して家の方へと足を進めた。しかし、その足はすぐに止まる。

 逃がすかといわんばかりに垣内が振り返り、佳乃の手を掴んだ。

「逃がしませんよ。ここまで来たからには最後まで付き合ってもらいます。お兄さんも、ほら、こっちです」

「えっ」

 俺と佳乃の声が重なる。それと同時に俺も腕を掴まれ、二人して垣内に校内へと引きずられる。

「ちょ、ちょっと杏季ちゃん」

 腕をがっしりと掴まれ逃げられない佳乃が、抵抗するように声を上げる。

「相生先輩が何を考えているかはわかりません。だからもう先輩に気を使うのはやめます」

 垣内はしっかりと俺達の手首を握り、ずんずんと進んでいく。昨日からの特徴であった奥手な様子は全く見えず、別人かと思うほど堂々としていた。

「ちょっと背中を押したつもりだったけど、ここまで活発になっちゃうものなのかな……」

 佳乃が小声で俺に耳打ちをする。同感だ。本当に先ほどまでの少女と同じ人物なのだろうか。

「そもそも俺はこの子の事よく知らんからな」

「奇遇だね。私もあんまり知らないの。でもなんかアトラクションみたいでいいね」

「楽しそうだな」

「ふふふっ」

 ひそひそと話す俺達に目もくれず、垣内はずんずんと校舎へと入っていく。人影もまばらな校舎ではあるが、教師に見つかれば即追い出されるような格好を俺と佳乃はしているはずだ。

「俺こんな格好で校舎に入っていいのか?」

「見つかったらなんて言われるんだろうね。試しにやってみようか」

 最初は驚きを隠せない様子だった佳乃だったが、校内を進むにつれ、俺をからかう余裕が出てきているようだ。

「言っとくけどお前も危ないからな」

「えーこんなにかわいい服なのに」

「あーうるさい! もう自分で歩いてください二人とも!」

 俺達を引っ張り続けていた垣内は、ついには自ら歩くことを促してきた。手を放された俺達は、早足で歩く垣内の後を追う。いったいどこに連れて行かれるのだろうか。

「着きました」

「ここは……」

 垣内が足を止めた先には、『服飾部』というプレートが掛けられた扉がたたずんでいた。どうやら服飾部の部室らしい。

「こんな時間に部室が開いているの?」

「今日の施錠当番は私だったので、こんなこともあろうかとくすねておいたんです」

 ちゃらりと音がして、垣内のポケットから鍵が取り出される。

「意外と大胆なんだね」

「猫を被ることには自信がありますから」

 ふふんと笑いながら、垣内は鍵を開け室内へと入っていった。教室の電気がつくと、華やかな衣服やデザイン図が並んだかわいらしい室内が目に映った。

 垣内に促されるように、俺と佳乃は部室の奥へと進んでいく。中程まで進んだ頃、かしゃりと扉が音を立てた。

「これでもう逃げられませんね」

 垣内の不敵な発言に、思わず背筋が伸びる。

「怖っ」

「冗談ですよ。これで邪魔は入りません」

 言い換えても変わらず怖い。垣内はゆっくりと歩みを進め、一着の衣服の前で足を止めた。話し出す様子もなく、その衣服をじっと眺めている垣内を見て、佳乃が口を開く。

「えっと、なんで私達は部室に連れてこられたのかな?」

「もちろん。私の愚痴を聞いてもらう為ですよ」

 どうもちろんかはわからないが、どうやら垣内は話しの場としてここを選んだようだ。少しの静寂の後、息を吸い込んだ垣内が口を開いた。

「この服、素敵だと思いませんか?」

 立ち止まっていた衣服の前で、くるりと反転し、垣内は俺達に問いかける。少女越しに見える衣服は、赤を基調とした女の子らしいワンピースだった。

「鮮やかでかわいいね。これも服飾部の人が作ったの?」

「はい。正確に言うと、何年か前に卒業した生徒さんの服飾設計図を元に作られたものなんですけどね」

 垣内は愛おしそうにワンピースの肩口を手でなぞる。

「この服のことを知ったのは、たしか中学一年生の秋だったと思います。この学校の文化祭に来たときに開催されていたコンペで、初めてこの服のデザイン図を見ました。そのとき私は思っちゃったんです。こんな服を作れるようになりたいって」

「じゃあ垣内さんはこの服に憧れてこの学校に来たわけだ」

「そうですね。内申も偏差値も全然足りなくて大変でしたけど」

 少女の空気が緩んだことで、自然と俺と佳乃の顔にも笑顔が浮かんだ。垣内の話は、愚痴という割には随分とほほえましい話だった。

「でも杏季ちゃんは、服を見るのが好きだからこの部活に入ったって言ってたよね」

 佳乃は人差し指を頬に当てて問いかけた。

「本当に痛いところを突いてきますね」

 浅く溜息を吐きながらも、垣内は言葉ほど痛そうな顔はしておらず、薄く笑顔を浮かべている。

「嘘はついていませんよ。第一の理由がこんな服を作りたい、ってことだっただけで、もちろん見るのも好きですから。理由の一意であることに変わりはありません」

 確かに一意ではあるかもしれないが、おそらく言い口からするに隠していた事実であることには間違いないのだろう。

「なんで真っ先に服を作りたいから入ったって言わなかったんだ?」

「意外とお兄さんも痛いところを突いてくるんですね」

「嫌なら言わなくていいけど」

「いやいや引かんでくださいよ。ここからが話の本題なんですから」

 どうやら垣内はもう少し踏み込んで質問して欲しいようだ。ややこしいことに、呪いのせいもあってかこの子は、余計な一言が多いから本意がぶれる。

「じゃあ嫌でも言ってくれ」

「強引なんですね」

 本当に一言多い。呆れる俺の様子を見て、少女は話を続ける。

「本当のことを言うとですね。私はまだまだ本音を言うのが怖いんです」

「とてもそうには見えないが」

「やだなぁ、今はもう先輩と名も知らぬお兄さんにはもう何も隠すつもりがないからそう見えるんですよ」

 先ほど先輩には気を使いませんといっていたが、どうやらそのくくりの中には俺も含まれていたようだ。

 名も知らぬお兄さんのまま話を続けられるのは非常に面倒くさいので、俺はさらりと垣内に名前を告げる。

 垣内はなるほどなるほどと納得したあと話を続けた。

「服を作りたい。憧れに追いつきたい。そういう言葉は、私からすれば口に出せないものなんです。馬鹿にされるんじゃないか、笑われるんじゃないかっていう気持ちがまとわりついて離れてくれないんです。厄介なことに、こんな呪いにかかった後でも、その気持ちに変わりはありませんでした」

 少女は窓際へと移動し、暗くなった校庭を眺めている。部活もほとんど撤収してしまった校庭には、いったい何が映っているのだろうか。

「それで私達にもいえなかったんだね。それはやっぱりサンタさんのお話が原因なのかな?」

 垣内に代わり赤いワンピースの前に移った佳乃が問いかけた。問いかけに対し、少女は佳乃のほうを向いて困った顔を浮かべる。

「もちろんそれもあります。ばれないように、気付かれないように、部活でさえそう振舞っているつもりです。だから部活の仲間はみんな、服が好きで私が所属していると思っているはずです」

「それもってことは、他にも理由があるんだね」

 話を進める佳乃に対し、垣内は静かに頷いて大きく息を吸った。

「この部活に入って半年ほど経ったとき、始めてその服の実物を見たんです」

 垣内は佳乃と並ぶ赤いワンピースを指差した。

「デザイン図の段階で大好きだったその服の実物が目に入って、すぐにもっと好きになりました。居ても立っても居られなくなって、感情が止まらなくて、ついうっかりと口にしてしまったんです。『私もこんな服を作りたいな』って。夢を口にすることは絶対にしないようと思っていたのに、大きな感情の波に勝てなかったんです」

 過去をなぞるように、垣内はゆっくりと言葉をつなげる。言葉を発しようと思わなくても言葉が出る呪いの影響もあり、垣内自身何を今言っているかを正確に噛み砕きながら話をしているようだった。

 夢を語ることがそれほど悪いことには思えないが、きっとここからが垣内の願いの根幹なのだろう。

「運悪く、その言葉は他の部員に届いてしまいました。部員から返ってきた言葉は、『垣内にそんなこと出来る訳ないじゃない』でした。普段から反論しないほうでしたから、好き放題言いやすかったのも知れませんね。私に対する冗談のつもりだったのかもしれません。それでも私の心を折るには十分な言葉でした」

 表情を変えず、淡々と垣内は話し続けた。冷静に語っているのか、感情が言葉についていっていないのか、様子だけでは判断できなかった。

「だから改めて心に誓ったんです。絶対に思ったことは口にしないでおこうって」

 話が一区切りついたのか、垣内は口元に手を置き、再び窓際へと向き直った。

 過去のトラウマを振り切れぬまま、高校での出来事が追い討ちをかけたせいで、少女は堅く口を閉ざすことを心に決めたようだ。

「ひどいこと言うやつもいるんだな」

 少女にかける言葉が上手く浮かび上がらず、率直な感想だけが俺の口から出てくる。垣内はその言葉に対し少しこちらに笑みを浮かべた後、再び窓の外を眺めて沈黙した。

 俺自身、夢についてそこまでしっかりと否定された経験がないこともあり、垣内の葛藤の全てを理解してやれないのかもしれない。

 それでも口を閉ざすことを決意するほどに、垣内の傷は大きかったということは十分に伝わってきた。

 思ったことが口に出る呪いにかかっても言えなかった想いは、この呪いの根幹であることに間違いないんだろう。

 しばし沈黙していた佳乃が、ゆっくりと垣内の方に近づいていき、垣内の手を取った。

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