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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
4話 隠せない少女

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隠せない少女10

「相生先輩は、サンタクロースを信じていますか?」

 垣内はそれだけを話すと、再び口元に手をやった。答えを促された佳乃は、垣内の質問に穏やかに答える。

「サンタさんかー。さすがに今は信じてないなぁ」

 佳乃の答えを聞き終わると、垣内は大きく息を吸い話を始めた。少しずつあたりは暗くなり、公園内は薄いライトで照らされている。

「そうですよね。あ、もちろん私も信じていないですよ。もういい歳ですから。でも、小さい頃の私はサンタを信じていました。信じていたというよりも、憧れていたんです。笑顔で子ども達に希望を与えるサンタさんに、私はなりたかった」

 目を伏せながら話す垣内は、口に手をやりながら器用に会話の間を作っている。

 サンタを信じていたかどうかなんて、随分とかわいらしい話じゃないか。本当に感慨深い様子を浮かべ、垣内は言葉を続ける。

「大きくなって、サンタさんがいないってことに気がつくなんて、ありふれた話だと思います。でも、私の場合は少し特殊でした。友達みんなの前で、大真面目な顔をして、サンタさんになりたいって話をしてしまったんです。その頃には周りの子はとっくに存在を信じていなくて、友達みんなから馬鹿にされて笑われました」

 えへへと頬を掻き、垣内は空を仰いだ。ほのかに散らされている星を見つめる少女は、思いに耽り続ける。

「些細な出来事なんですけれど、私は今でもその記憶が邪魔をして、どうしても言いたいことが言えないんです。気持ち言いたくないわけじゃなくて、怖くて言えないんです」

 話の区切りを表すように、垣内は口を押さえ沈黙した。どうやら過去のエピソードから抜け出せず、思いを明らかに出来ないということが本人の悩みで、それをどうにかしたいという願いがあったということらしい。

 なんと言葉をかければよいか決めあぐねていると、佳乃が白い息と共に言葉を吐き出した。

「話してくれてありがとう。そっか。杏季ちゃんは、その出来事で自分を出したくなくなったんだね」

 噛み砕くような佳乃の言葉に、垣内は静かに頷いた。これで話は終わりかと思いきや、佳乃はまだまだ言葉を続けるようだ。

「杏季ちゃんは、まだサンタさんになりたいの?」

「やだなぁ。そんなわけないじゃないですか。子どものころの話ですから、今はそんなこと思ってません」

「ふふっ、そっか」

 佳乃は静かに笑い、身に付けていたベレー帽と伊達眼鏡を外した。顔は笑っているが、垣内の発言で全てが腑に落ちたわけではないようだった。ふうと一つ息を吐き、佳乃は言葉を繰り出す。

「ちょっと話を戻しちゃうけど、私達は杏季ちゃんの放課後を覗かせて貰ったの」

「いやはやお恥ずかしいです」

「いろいろとファッション関係の物を見ていたけれど、興味があるの?」

 佳乃の始めた雑談に、垣内の周りの空気が張り詰めた気がした。佳乃がまだ何かを探っていると思ったのか、垣内は口を塞ぎ少しの間押し黙る。

「ファッション雑誌とか見てたもんな。まあ女子高校生ならそれぐらい普通なのかもしれんが」

 二人が作り出す沈黙に耐えられず、思わず俺は口を挟んでしまう。

 そのことで、ありふれた質問に対し自身が沈黙していたことに気がついたのか、垣内は慌てて口を開いた。

「はい。服飾部なので」

 垣内はそれだけ言うと、再び口を閉ざしてしまった。どうやら様子がおかしい。口元を押さえる手にも、少しばかり力が入っているように見える。 

「そっか、服飾部なんだね。服飾部といえば、年に二回ぐらい部内作品を学校に展示してたよね。杏季ちゃんも何か出すの?」

 そんな少女から何かを引き出そうと、佳乃はすかさず会話の主導権を握った。

 垣内が服飾部であるいう情報自体は、そもそも佳乃が持って帰ってきたものだ。わざわざ知っている情報を確認してまで話題を引き出したのだ。おそらく佳乃は少女に対して何かを言わせようとしている。まだ呪いを解くためには何かが足りないのだろうか。

「まさか。そんなわけないじゃないですか。私は服を見るのが好きで服飾部に入ったんです」

 垣内は早口でそう言い放った。サンタの話のときとは違い、会話へのガードが一段階上がったような様子だった。

「そっか。ありがとう」

 身構えた様子の垣内を見て、佳乃は手に持ったベレー帽と伊達眼鏡を再び装備した。

「じゃあ私達は帰るね。杏季ちゃんの言ってたことを参考に、なんとか呪いが解けるように頑張るから、またわかったことがあったら連絡してね」

 拍子抜けするほどあっさりと、佳乃はその場を後にした。このまま追求して押し切れば、きっと思ったことを吐いてしまう垣内が折れていたはずなのに。

 名残惜しくその場に留まっていた俺は、きょとんとする少女と目が合い、急いで佳乃を追いかけた。先を歩く佳乃は呑気に携帯電話をいじっている。

「おいおいまた時間を空けるのかよ」

 ここ数日で何度も追いかけた佳乃の背中を追いかけながら、思わず俺はそう言った。佳乃は歩くペースを俺に合わせながらにやりと笑う。

「また焦らなくていいのかって怒る?」

「意地の悪いやつだな」

「冗談だよ」

 冗談だから質が悪いんだよという言葉をぐっと堪え、佳乃の被っていたベレー帽を奪う。

「なにさ」

「なにさ、はこっちの台詞だ」

 状況を説明しろという意思表示に、不満げな様子を露わにしてみる。それを察した佳乃は、歩きながら話を始めた。

「実はもう、目星がついてるんだよ」

「目星?」

「そう。神社に寄ったときにね、たまに話を聞いたの。杏季ちゃんが相談しにきた内容を覚えてるかって」

 神社には俺を見世物にするために寄ったと思っていたが、佳乃なりに必要な情報収集を行っていたようだ。

「どんな相談内容だったんだ?」

「自分の作品を、みんなに見てもらうためにはどうすればいいかっていう悩みだったみたいだよ」

 こういった情報を先に与えないのは、きっと佳乃のよくない癖だ。佳乃には自分一人で抱え込んでしまう嫌いがある、という珠緒の話は、間違いなく当たっている。

 それよりも、思っていることが言えないという悩みではなく、みんなに見てもらいたいということを相談していたとは。

「うちの学校では服飾部が年に二回作品展示をしててね、意見を募集してるの」

「なんかそんな話してたな」

「結構しっかりしたイベントでね、点数つきで優劣を決める、割と厳格なものなんだよ。コンペっていうのかな? そんな感じ」

 服飾部という名から想像できなかったが、シビアなイベントを有している部活動らしい。ちょっとしたデザインコンテストが定期的に行われているようだ。

 話が長くなると踏んだのか、佳乃はあえて遠回りになる道を選んで歩いている。辺りはもうしっかりと暗くなっていた。

「サンタの話じゃなくて、そのコンペのことが呪いのきっかけだって言うのか?」

「サンタの話、もちろん思ったことが話せないっていうきっかけになった出来事だとは思う。けど、杏季ちゃんの抱えている願いの本質はきっとそこじゃないよ」

 佳乃はこちらを振り返ることなく、独り言のように話を続ける。

「いつき君も感じたと思うけれど、杏季ちゃんは部活のことを聞かれたくないみたいだったね」

「たしかに様子はおかしかったな」

「今日の行動と杏季ちゃんの言動から考えると、彼女は服をデザインしたいって思っているけれど、なぜかそれを隠しているように見えるんだよね」

 そういわれてみればそうかもしれない。珠緒に対しては服を見てもらいたいという相談をしていたのに、俺達の前ではそんなわけがないと切り捨てていた。

 思えば今日の行動も、服のデザインの参考のために動いていたと考えればより辻褄が合う。

「いや、でも彼女は思ったことを隠せないはずだろ? 嘘なんて言えないんじゃないか?」

 俺は佳乃に対し疑問をぶつけた。思ったことが口に出る垣内の呪いのことを考えれば、的外れな質問でもあるまい。

「それもそうだね。でも杏季ちゃんは嘘をつけないわけではないよ」

 佳乃はこちらに振り向き、自身の口元を手で覆った。

「こうしてしまえば、思ったことは隠れるしね」

「そりゃそうだけど」

「思ったことが口に出るってことと、思ったことを隠せないっていうのは、意外と大きな差だと思うよ。本音を隠したいなら、口を塞いで黙り込むか、もしくはより多くの嘘を口にすればいいんだから」

 佳乃は曇った声でそう話し、口元から手を放し再び進行方向へと足を進める。

「杏季ちゃん、服の話になってから長い間黙ってたよね。それまでは私達の言葉を邪魔しないように口を閉ざしていたけれど、服の話をしてからは明らかに自分の気持ちを隠していたよ」

 佳乃にも確信があるわけではないだろうが、佳乃の言葉で垣内の行動に理由がつけられていく。

 彼女の言葉を聞いてから思い返すと、沈黙も早口も本音を隠す手段だったように思えてくる。

「かなり話が逸れたが、結局お前の言ってた目星ってのはなんなんだ?」

 佳乃の言葉を元に考えることが面倒になっていた俺は、早々に結論を煽った。

「お前じゃないよ、佳乃だよ。ふふっ、聞くの疲れちゃった?」

「いや、何が言いたいのかがわからなくなってきたから」

 佳乃の言うとおり聞くことに疲れていただけだが、言い訳のように俺は言葉を返す。そんな様子に佳乃は更にふふっと笑い、人差し指をぴんと立てた。

「結論から言うと、今杏季ちゃんが抱えている願いは、きっと思ったことを言いたいってことじゃなくて、言ったことを現実にしたいってものだと思うの」

「なんでそうなるんだよ」

 佳乃の言葉を聞き、俺の頭と口には疑問符が浮かんだ。今の流れからどうしてそうなるのか、いまいちピンとこなかった。

「ふふっ。佳乃ちゃんのお言葉をちゃんと最後まで聞かないからそうなるんだよ」

 ぐうの音も出ない俺に笑みを返しながら、佳乃は石垣に腰掛けた。誘われる様に佳乃の隣を陣取ると、下半身からじわりと熱が失われていく。


 後ろを少し振り返ると、黒く染まった学校が目に映った。うろうろと歩いているうちに、どうやら佳乃が通う学校の前まで来ていたようだ。

「サンタさんのお話、杏季ちゃんは思ったことが言えなくなったきっかけだって言ってたけれど、その出来事から杏季ちゃんが感じ取ったことは、夢を語ることでみんなから笑われるかもしれないということへの恐怖なんじゃないかな?」

 自身の導き出した答えの正解を探るように、佳乃は俺のほうを見つめる。もちろんその正答が俺の口から出てくることはない。

「今の想像が合っていたとして、やっぱりきっかけの出来事がサンタの話ってことには変わりないんじゃないか?」

「もちろんきっかけはね。でも呪いはそんな昔のことをトリガーに発生しないんだよ」

 佳乃は手をこすり合わせて寒さをしのいでいる。寒さに耐えてまでこの場で話を進めるつもりらしい。

「思ったことを口に出してしまったことによる失敗――多分服飾部に関することだと思うんだけれど。それにまつわる出来事が何か起こって、杏季ちゃんは呪いにかかった。ここまでが私の目星だよ」

 佳乃はそう言って携帯を取り出した。薄暗い中光る画面には、垣内と分かれてから30分ほど経った時刻が映し出されていた。

「サンタとは別に何か夢を口に出せなくなった出来事があって、それが今の呪いを形作ってるってわけか」

「ここまで言ってなんだけど、全部予想だからね」

「まあでも、完全に的外れってわけでもなさそうじゃないか」

「ふふっ。佳乃ちゃんの名探偵っぷりが発揮されてしまったね。とはいえ、ほとんどこじつけなんだけどね。呪いがどうだこうだを無視しても、今行動を起こさないと杏季ちゃんは絶対に後悔すると思う。だから私は杏季ちゃんの背中を押したいの」

 佳乃は俺からベレー帽を奪い返し、深々とそれを被る。名探偵を自称する佳乃の発言にこれ以上ちゃちゃを入れる部分は見つからなかったが、この解答を握っているのはほかでもない垣内杏季だ。

 佳乃は話しぶりからするに、呪いの事を抜きにしても垣内を助けてやりたいと思っているようだ。そこも結局は彼女と話をしないことには始まらない。

「で、これからどうするんだ?」

「どうしよっか?」

「そこまで考えててノープランなのかよ」

「結局のところ、杏季ちゃんに聞かないとわからないしね」

 佳乃もどうやら俺と同じことを考えているらしい。

「それならやっぱり公園で話をつけとくべきだったんじゃないか?」

「あのまま聞き出すことも出来たかもしれないけれど、無理に聞いたって仕方がないと思うの。呪いの核は杏季ちゃんにあるわけだから。特に彼女の場合は、本人が言いたいと思ったタイミングで言わないと意味がないんじゃないかな」

 兎にも角にも、垣内が自ら行動を起こさない限りは呪いを解くというプロセスに至れないようだ。

 あの場で自身の出来ることをやりきったからこそ、佳乃はあそこまであっさりと帰路に着いたのだろう。

「いつになったらそのタイミングは来るんだろうな」

 俺の口からはため息と混ざって恨み節があふれた。寒さに耐えかねた俺は、ふらりと立ち上がり大きく伸びをする。背後にそびえる学校は静まり返っており、もうほとんど校舎内に生徒が残っていないことが感じられた。

 回り道までしてわざわざ学校の前を陣取っている佳乃は、意外と学校が好きなのかもしれない。

「これからどうすればいいと思う?」

 座ったままの佳乃が、先ほど俺がした質問と同様の質問を投げかけてくる。振り返り佳乃を見ると、言葉ほど困惑した様子はなく、ニッコリとこちらを眺めていた。

「どうって言ってもな。俺も本人に聞かないことにはどうにもならんと思ってるしな」

「そうだね。じゃあ本人に聞いてみよっか」

 そういって佳乃は右を向き、街灯に薄く照らされた道を見つめた。佳乃の視線を追うように視線を移すと、佳乃の背後に聳え立つ高校の制服を着た影が、こちらに向かってくる様子が見て取れた。

「やっぱり来てくれたんだね」

 佳乃が放つ言葉の先で歩く影は、三十分ほど前に別れたはずの垣内杏季だった。

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