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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
4話 隠せない少女

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隠せない少女9

 サングラス越しにいつもより曇った景色が映る街並みは、俺をよりいっそう憂鬱にさせた。すれ違った知り合いは、こちらに声もかけずに過ぎ去っていった。あれは俺の様相の変化に気がつかなかったのか、はたまた気付かぬフリをしてくれていたのか。

 それより、隣を歩くお前も恥ずかしくないのか。俺の憂鬱な視線を気にせず、佳乃は鼻歌交じりで街を進む。

「せっかくだからたまにも見せたい」という佳乃の発案のもと神社に立ち寄り、ひとしきり少女達から大笑いされた後、俺達は学校付近へと向かった。

 まだ時間が浅いこともあって、校庭には部活動の盛んな声が響き渡っていた。

 校門の影に隠れ、俺たちは垣内杏季の登場を待つ。

「まだまだ部活動は終わりそうにないけど、垣内さんは出てくるのか?」

 俺はなぜかサイズだけはしっかりと合っている衣装のポケットに手を突っ込み、校舎を凝視する佳乃へ言葉をかける。

「そこはリサーチ済みだよ。杏季ちゃんがいる服飾部は、今日部内のミーティングだけで終わるらしいから、もうじき出てくるはず」

 たまから教えてもらったことだけどね、と佳乃は言葉を付け足し、ベレー帽を更に深く被った。

 佳乃の言葉通り、五分もしないうちに、友人に手を振り一人帰路に向かう垣内が校門から現れた。

 さらに深く影に隠れた佳乃は、コソコソと言葉を放つ。

「なるべく自然に振舞ってね」

「だったらもっとマシな服にしてくれりゃよかっただろ」

「それじゃ面白くないよ」

「尾行のどこに面白さが必要なんだよ。というかコソコソしてる時点で自然さはないからな」

 ふふっと俺の言葉をいなす佳乃は、垣内との距離を測るようゆっくりと歩みを進める。垣内は全くこちらに気付く様子もなく、商店街のほうへと歩いて行った。

 前方十メートルほどを歩く垣内は、片手で口を押さえ、耳に付けたイヤホンから流れるであろう音楽に肩を揺らしている。つけられているとも知らず、気楽なものだ。

 少女はご機嫌な様子のまま、本屋へと吸い込まれていった。

「本屋に入っていったね。私達も入ろう」

 出来れば商業施設に入らないでいて欲しかった。そんな俺の不満をかわすように、佳乃は垣内に続き本屋へと歩みを進める。

 俺は周りの視線に堪えながら、垣内から距離をとり彼女の動向を観察する。垣内が足を止めたのは、女性ファッション雑誌が並ぶコーナーだった。

「本を買いに来たのかな?」

 佳乃が小声で問いかける。

「知らん。立ち読みとかじゃないのか?」

 俺は佳乃より更に細々とした声で答えながら、置いてあるスポーツ雑誌を開き顔を伏せた。なるべくこの場に留まるという事態は避けて欲しいが、どうやら垣内は本を手に取ることもなく、立ち読みをするわけでもなく、色々な本の表紙を流し見しているようだった。

  呪いの影響もあってか、少女はここまでずっと口を押さえ続けている。

「買うでもなく立ち読みするでもなく、何してるんだろうな?」

「杏季ちゃんは服飾部だから、何かの参考にしてるのかもしれないね」

 佳乃も垣内から身を隠すように、置いてあったゲートボール入門と題打たれた本を開いた。なぜあえて格好と縁がなさそうな本を選ぶんだ。頼むからこれ以上目立つ真似をしないで欲しい。

 垣内はある程度雑誌の表紙を眺め終え、ポケットから携帯を取り出し何やらを打ち込んでいた。佳乃の予想通り、服飾作成のための参考にメモでもしているのだろうか。はたまたまだ返していない返信を作っている最中なのだろうか。

 携帯をいじり終えた終えた垣内は、身を翻し本屋から出て行った。

「おい、今のところ変わった様子はないぞ」

「堪え性がないなぁ。まだ尾行は始まったばかりだよ」

 佳乃になだめられながら、再び大きく距離をとって垣内の動きを観察する。それから先も、服屋やスーパーを眺めては携帯をいじる程度で、変わった様子は全くなかった。

「やっぱり変わった様子なんてないぞ」

 公園で休憩を始めた垣内を眺めながら、俺は隣でたい焼きを頬張る佳乃に悪態をついた。

 そもそも一日尾行したぐらいで変わった様子など見えるはずがない。このような悪態をついても少女の動きに特殊なところが出てくるわけでもないが、すっかり馴染んでしまった似合わない衣装の代償にも、愚痴を言わねば気がすまなかった。

 そんな俺とは対照的に、佳乃はちっちっちと人差し指を横に振る。

「本屋でも服屋でもスーパーでも、お洋服が関係する箇所にしか寄ってないよ。さすが服飾部って感じだよね」

「それがどうした」

「杏季ちゃんのことを知らないことには、呪い解決の手立ては見つけられないから、こういう些細な情報が大切なんだよ」

「そういうもんなのか」

「そういうもんだよ」

 そういうものだと言われてしまえば、これ以上俺から語ることはない。佳乃からして収穫があったのであれば、何よりである。

「でも、やっぱりこの格好はしなくてもよかったんじゃないか」

「うーんそれもそうだね」

 たい焼きを食べ終わった佳乃が、うっかりと本音を漏らした。

 長時間身に付けていたことでもうこの衣装にも違和感がなくなっている自分がいる。これ以上突っかかる言葉の一つも出てこなかった。今であれば、胸の刺繍とも見つめ合える気さえする。

「こういうタイプの私服も悪くないな」

「えっ」

「えっ」

「本気で言ってるの?」

 ちょっと本気のつもりだったが、この佳乃の反応を見ると、本気でないというリアクションが正解のようだ。

「じょ、冗談に決まってるだろ」

「えーあやしーなー。気に入っちゃった? 全然普段使いしてくれて良いからね」

「気に入ってねーよ」

「ふふっ。またこの服でお出かけしよっか」

 俺の言葉に驚いていた佳乃も、俺の動揺をみてニヤニヤと笑っている。

「絶対に二度と着ないからな」

「えーっ。それはお洋服がかわいそうだよ」

「そうですよ。作った人が泣いちゃいますよ」

 俺の抵抗の言葉に、不満が二つあがる。二つ? 一つは佳乃のもの。もう一つは?

「服を作るって大変なんですよ。かっこいいじゃないですか、いかした服装だと思いますよ」

 続けて不満をあげる声のほうを見ると、先ほどまで遠くで携帯を触っていた垣内が、俺達二人の目の前まで迫っていた。

 俺と佳乃は同時に後ろに仰け反った。お互いこれが尾行だということをすっかりと忘れていた。そんな二人の様子を見て、垣内は苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。

「こんなところで何してるんですか?」

「杏季ちゃん。き、奇遇だね。私達はお散歩の途中だよ」

 慌てて佳乃が言葉を返す。

「随分オシャレな格好で、こんな草陰を散歩してたんですね」

 話の運びから察するに、きっと彼女は自身がつけられていたことに気付いたのだろう。

 救いを求めるように向けた俺の視線が、佳乃とぶつかった。佳乃は小さく首を振ってから両手を上げて垣内を仰いだ。

「ごめんね。学校から出てきたときから、ずっと後ろにいたの。どうしてもメールの返事が聞きたくて」

 諦めた佳乃が、両手を合わせて垣内に頭を下げた。俺も佳乃に続いて頭を下げる。

 生活を調査するために尾行していましたとは言えず、きっとそれっぽい理由をつけているのだろう。こんなにも早く白状するならば、やはり変装なんていらなかったじゃないか。すぐに気付かれてるし。

「なんだそういうことですか。ごめんなさい私ったら返事もせずに」

「返事しにくい内容だったかな?」

「そういうわけではないんですが、直接言った方が早そうな内容だったんで」

 それならばそうと返事をしてくれれば良いのに。おかげでこちらは半日心穏やかではなかった。

 口元に手を当てていない垣内は、続けて言葉を繰り出す。

「今お返事しても良いですか? 私の転機についてでしたよね」

「うん。お願いできるかな……って場所を移そうか」

「あ、そうですね。相生先輩、本当に気が利きますね。ほんと学校で黙ってるのがもったいないっすよ」

 垣内はしっかりと言葉を言い放った後、そそくさと口元に手を当てて頭を下げる。彼女は少しでも気が緩むと、息をするように失言をこぼしてしまうらしい。

 佳乃はくすくすと笑いながらベンチの方を指差し、そちらに足を向けた。

 日が沈みかけた公園は、子ども達の姿もなく、散歩客がぽつぽつと通る程度だった。話を聞くにはもってこいの環境だ。

 ベンチに腰掛けた後も、垣内は口元に手を置いたままだったが、しばらくして意を決したよう手を放した。

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