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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
4話 隠せない少女

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隠せない少女8

「杏季ちゃんの呪いのこと、いつき君はどう思う?」

 食後のアイスをニコニコと味わいながら、佳乃が尋ねてくる。明日の昼食になるであろう残った料理たちを眺め、俺はコーヒーに手をかけた。

「どうっていわれてもな。何か連絡はなかったのか?」

「今のところはないね」

「そうか」

 佳乃は退屈そうに携帯電話に付けられたストラップを突いた。鳥をモチーフにしたであろうキャラクターがころりと机を転がる。

 垣内杏季いわく、彼女にかかった呪いは思ったことが口に出て、悪いことだけが現実になるというもの。

 多くを語らせるよりはメールでやり取りをした方がいいという佳乃の判断は、間違っていなかったと今では思う。

「垣内さんの呪いは、どういう願いから生まれたんだろうな」

「もともとは物静かな子だったってたまが言ってたから、思っていることを口に出したいっていう願いが叶った呪いなんじゃないかな」

「そんな単純なもんなのか」

「願いなんて、元を辿れば案外単純な動機からスタートするものだよ」

 佳乃は悟ったような顔つきでもう一度キーホルダーを突いた。

 聞いてすぐに思いつくような内容が願いなのであれば、意外とこの呪いはすぐに解消されるのではないだろうか。

 前回の運び同様なら、彼女の願いに結びついた出来事を探せばいいのだから。

「しかし、大人しい女の子があそこまで喋るようになるとは、呪いってのはすごいんだな」

「ふふっ。どこに感心してるのさ」

 うだうだと話をしていると、割り込むように佳乃の携帯電話が鳴った。

「おっ。噂をすれば杏季ちゃん」

 佳乃は開いたメッセージアプリの画面をこちらに向ける。神社での様子とは違い、かすかに絵文字が散らされただけの賑やかさのない文面が画面に映っていた。

『垣内杏季です。先ほどは大変失礼しました。』

 そこから五行にもおよぶ謝罪文を流し見し、俺は画面をスクロールしていく。

『呪いに関する身に覚えですが、私は昔から思ったことを口にすることが苦手で、もっと自己主張ができるようになりたいと思っていました。神立先輩に相談をしにいったこともありましたが、結局解決しないまま、気がつけば不思議な形で願いが叶っている状態です。何か参考になりますか?』

 俺と佳乃は無言で三周ほど文面を往復する。確認が終わった後、食べ終えたアイスを片付けながら佳乃が呟いた。

「なんというか、予想を超えてこなかったね」

 確かに思っていた通りというかなんというか。送られてきた文章からは、だろうな、といった感想しか浮かんでこなかった。

「願いなんて単純な動機だってお前がいってたじゃないか」

「お前じゃないよ、佳乃だよ」

 定番のやり取りを返した後、佳乃は言葉を続ける。

「ちょっと言い方が悪かったね。稔莉さん達であればお父さんへの説得だったように、呪いに至る願いには必ず転機があるはずなの。それが知りたかったんだよ」

「思いを秘めることに至った経緯みたいなものが聞きたかったってことか?」

「まさにそれだよ」

 垣内の文章を見る限り、神社で話した情報では佳乃が望む回答を得るに足りなかったようだ。俺が感じた物足りなさも、佳乃の言葉と同様のものだろう。

 佳乃はうんうんと頷き、俺の目をじっと見つめた。

「な、なんだよ」

「返信、なんて返せばいいかな?」

「はあ?」

「角が立たないように、私が欲しいなぁと思っている答えを聞くためには、どうすればいいかな? さあ頼んだよ社会人」

「今は社会人じゃねえよ」

「やだなぁ知ってるよー」

 佳乃はけらけらと笑いながら携帯を持ち替え、俺に発言を促した。角が立ち退職した俺に対して、角の立たない表現を求めてくるとはいい度胸だ。

「どうなっても知らないぞ」

「今以上に私の評価が下がることなんてないから、気楽にね」

 俺は理想の返信が返ってくるよう言葉を選び、佳乃へと言葉を預ける。それを元に、佳乃は徐々に文章を作り上げていく。

 そうして完成させた渾身の文章に対し、返ってきたのは既読のマークだけだった。

 待てど暮らせど返信が帰ってくる事はなく、悶々とした気持ちのまま俺と佳乃は眠りについた。


 朝になっても返信が来ることはなく、きっとなにかあったんだよと言って登校して行った佳乃の慰めを支えに、午後まで時間を潰すことになった。

 そんなに答えづらい質問をしてしまっただろうかという自問自答を繰り返し、ワイドショーの内容もろくに頭に刺さってはくれなかった。

 昼を少し過ぎた頃に、佳乃がばたばたと音を立てて帰宅してきた。

「ただいま」

「おかえり。返事は? きたか?」

 菓子をねだる子どものように、いの一番に返事の有無を問う自分が、なんだか情けなくなった。

「うーん。まだ返ってきてないね」

 佳乃の返答を聞き、更に情けない気持ちになる。がくりと肩を落とした俺に、佳乃がのんびりと歩み寄ってきた。

「あはは。そんなにへこまなくても大丈夫だよ。私に取って置きの秘策があるから」

 佳乃はそう言って、両手に持った紙袋の片方をこちらに向ける。受け取り中身を確認すると、成人男性用の衣類が入っていた。タグがついているところを見ると新品のようだ。

「なんだこれ」

「ささっ、どうぞ着替えて着替えて」

 佳乃は俺に着替えを促すと、自身の手にある紙袋から衣類を取り出し自室へと入って行った。俺は仕方なく受け取った衣類に着替え、自室にこもった佳乃の登場を待った。


「おまたせー。ぷっ、に、似合ってるよいつき君」

 再登場した佳乃は、大人しい色合いのコートを羽織り、ベレー帽と伊達眼鏡を装備し、普段とは一風変わった装いをしていた。

 いつもより少し大人びて見える少女は、俺の方を見ながら明らかに笑いを堪えている。

「お前が用意したんだろ。笑ってないか?」

「お、お前じゃないよ、ふふっ、佳乃だよ」

「完全に笑ってるよな」

「やだなぁ、そんなわけふっないよ」

 どう見ても笑いを堪えている。もう既に堪えられていないが。俺だって今自分の姿を鏡で見たら笑ってしまうだろう。

 佳乃が俺に用意した衣装は、厳つい刺繍の入ったスカジャンと、ダメージの入ったジーンズ、加えて目線が全く見えないであろうほどスモークの入ったサングラスだった。これで前髪でも上げれば、どう見ても一介のチンピラにしか見えないだろう。

「かっこいいかっこいい。すごい素敵」

「絶対似合ってないって思ってるだろ」

「似合ってるよー。バイオレンスな映画で真っ先にやられそうだもん」

 これは間違いなく褒め言葉ではない。着慣れない服のせいか、外していないタグのせいかは定かではないが、数分しか経っていないのにもう脱ぎたくて仕方がなかった。

「私はどう? 似合ってる?」

 俺の落胆を無視し、佳乃はその場でくるくると回り始めた。格好が大人っぽくなっても、立ち居振る舞いが佳乃のままという違和感はあるが、悔しいことにしっかりとオシャレに出来上がっている。そのセンスがあるならば、こちらの方もどうにかならなかったのだろうか。

「はいはい似合ってるよ」

「いつき君。レディはもっとしっかりとした褒め言葉を所望するよ」

「どこがレディなんだよ。そうだな。いい感じなんじゃないか」

「ふふっいい感じか。まあ良しとしようじゃないか」

 女性を褒めるという人生でもほとんど味わったことのない場面に照れが生じたが、佳乃はなんなりと納得してくれたようだ。

 それよりもだ。こんな仮装大会では、既読無視で凹んだ俺の心は元通りにならないぞ。

「ところで、こんなもん着せてどうするつもりだよ」

「よくぞ聞いてくれたね。今から尾行をしようと思うの」

「尾行?」

「そうだよ。学校では大した情報は集まらなかったから、部活終わりの杏季ちゃんを尾行して、手がかりを探そうと思って」

 佳乃は学校で見かけた垣内の情報をつらつらと話していく。佳乃いわく、自身が喋らない環境である学校はそれほど情報収集に向いていなかったらしい。そんなことは行く前からわかっていそうなことだが。

 結局わかったことは垣内が服飾部に所属しているということだけだったようだ。

 そうだとしても、俺がこんな格好をしなければならない意味がわからない。

「尾行なんてしなくても、直接話を聞けばいいじゃないか」

「昨日の神社でのことを覚えてるでしょ? 杏季ちゃんの呪いのことを考えると、できるだけ直接会わずに情報を集めたいの」

 思いついた疑問が湯水のように口から溢れ出ていた垣内の様子を思い出し、俺は簡単に納得してしまう。多く語らせてしまった結果、本人に不利益な内容が現実に起こっては困る。

「メールでやり取りできていればよかったんだがな」

 不発に終わった文面が頭をめぐり、再び複雑な感情が湧き上がってくる。それを悟ったのか、佳乃はぽんぽんと俺の肩を叩いた。

「いつき君の文章が悪かったわけじゃないよ。それよりも次の手をどんどん打っていかないとっていうだけだから」

 たしかにその通りだ。このままでは垣内がまともに生活を送れない日々が続いてしまう。

「そうだな。ほかに手も思いつかないし、いったんはアイディアに乗ってやる」

 大見得を切ったあと目に入った鏡には、自身の胸元で威嚇する竜の刺繍がこちらを見つめていた。この格好は逆に目立って仕方がないのではないだろうか。気にせず外出の準備をする佳乃に続き、俺はしぶしぶ家を出た。

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