隠せない少女7
帰路についたはずが、佳乃に対する第一声が見つからず、なんとなく街を徘徊すること一時間。クリスマスカラーに彩られた街並みで、俺は見知った二人組と出会った。
「あら、お久しぶりです」
向こうもこちらに気付いたようで、会釈をしながら近づいてくる。軽く挨拶を返すと、二人組の片割れがきょろきょろと周りを見回した後に口を開いた。
「今日はあのチビは一緒じゃないのか?」
佳乃が聞いたら怒りそうな一言に、もう片割れがこらこらとツッコミを入れる。都塚と安中、佳乃によって呪いから解放された二人が目の前で仲睦まじげにやり取りをしている。
「佳乃ちゃんはいないんですね」
「ああ、今日は俺一人だよ」
「そうですか、残念です。……何かあったんですか?」
謝る言葉を探していた罪悪感が、微妙に俺の声色を濁らせたせいで、何かあったということを感づかれてしまった。
「いやちょっとな」
「喧嘩でもしたんですか?」
「まあそんなところだよ」
喧嘩でもなんでもない。ただ単に俺が佳乃に対してひどいことをしただけだとは言えず、とりあえず肯定の言葉を述べた。
「そうですか……ふふっ」
都塚はふわりと微笑み、進行方向に向かって歩き始めた。
「映画が始まっちゃうんで、私達はこれで」
もう行くのかという言葉が頭に浮かんだ途端、俺は強欲にも労わりの言葉の一つや二つを期待した自分に気がついた。ゆっくりと通り過ぎて行く二人を眺め、俺は言葉を飲み込む。
「佳乃ちゃんによろしくお伝えください、稔莉お姉さんが会いたがっていたって。しっかりと伝えておいてくださいね」
いいのか、と後を追う安中をあしらいながら、都塚は手だけをひらひらとさせながら歩みを進めた。
「あ、そうそう。女の子のご機嫌をとるには、やっぱり甘いものが一番ですよ」
最後に悪戯っぽく言葉を置いて、二人は街中へと姿を消した。
呪いが解け、佳乃の呪いの影響を受けかねない中でも、未だに佳乃に会いたがっているという都塚は、俺の想像以上に佳乃のことを気に入っているようだ。
そんなことを考えていると、ふと珠緒が神社で話していた神社の母とやらが消えた理由が浮かび上がった。
呪いが解けた後、佳乃を避けて姿を消したのか。はたまた佳乃の呪いで帰らぬ人となったのか。珠緒ですら真実を語りたがらないのであれば、もうこのことは考えても答えはでないだろう。気持ちを切り替え、俺は再び帰路につく。
ようやく佳乃宅に着いたのは、珠緒と離れてから一時間半以上経過した後だった。まっすぐ進めば十分ほどの道のりを遠回りした割に、手には都塚からの助言を元に購入したお高いアイスだけがぶら下がっており、どう謝ればいいかという部分に関しては未だに白紙のままだった。
とにかく謝り倒そう。それしかない。おそるおそるインターフォンを押すと、室内からドタドタと激しい足音が近づいてきた。がちゃりと乾いた音が響き、慌てたように扉が開かれる。
「い、いつき君!」
勢いよく開いた扉の向こうから、佳乃が顔を覗かせる。勢いのまま飛んでいってしまいそうな佳乃の身体を静止し、俺は思いつく限りの謝罪を述べた。
「ごめん。本当に悪かった。佳乃の気も知らないで、自分の苛立ちをぶつけてた。すまなかった」
「えっ」
佳乃はきょとんとした顔で俺のほうを見つめている。
「ち、違うの。いつき君は悪くないの。私がいけないの」
佳乃は現状を理解しハッとした後、俺の言葉への返答を返した。珠緒の話を聞いた後だと、佳乃の姿がいつにも増して小さく見えた。こんなに小さい身体に、佳乃はどれだけの暗闇を抱えているのだろうか。きっと俺には計り知れるものではない。
「責めるつもりもないし、どこかに行くつもりもない。そういう風にとられるような言い方をしてごめん」
なるべく佳乃を傷つけないよう、俺は慎重に言葉を運んでいく。
「何もしてやれないかもしれない、大して力にもなれないと思う。それでも、佳乃の呪いが解けるまでは、絶対にいなくなったりしない。約束だ。だから今回の件は本当にすまなかった」
俺は深々と頭を下げた。珠緒から聞いた佳乃の過去も踏まえての言葉ということもあり、これは卑怯な言い方だったのかもしれない。そんな俺の言葉に、佳乃は身体を震わせた。
「ちがう、ちがうのに……」
佳乃は言葉の途中にうつむき、同じ言葉を繰り返した。詰まりながらも、佳乃は言葉をひねり出す。
「謝らないといけないのは、私のほうなのに。なのに」
「なのに?」
「いつき君の今の言葉が、嬉しくてたまらないの」
顔を上げた佳乃は、想像とは反して言葉通りの笑顔を浮かべていた。
「申し訳なくて、落ち着かなかったのに、それでも今の言葉を聞いたら、もう嬉しい気持ちが止まらないの」
このアプローチは、本当に卑怯だったのかもしれない。少女が今一番ほしがっている言葉を、ほとんどそのまま借りてきたようなものだ。それでもこの少女を救うためなら、多少の卑怯も許されるだろうと俺は勝手に自身を納得させた。
元より、俺は佳乃の元を去るつもりなどなかったのだから。
「それでいいんだよ。言うことも言ったし、俺は佳乃が許してくれればそれでいい」
「でも……」
このまま謝りあっていても埒が明かない。どうやら佳乃は俺に非があるという部分を認めるつもりはないらしいし、これは俺自身が勝手に反省すればいい。後は場を丸く治めるだけだ。
「いいっていいって。ほら、アイス買ってきたから食おうぜ」
右手に携えた秘密兵器を佳乃の前に差し出し、俺は佳乃を説得する。
少しして俺の考えを理解したのか、佳乃はふうと息を吐いて、いつも通りの余裕のある表情を見せた。
「……うん、わかった。寛大な佳乃ちゃんが、アイスに免じていつき君を許してあげよう」
佳乃はくるりと身を翻し、室内へと戻っていく。どうやら大きな波は立たず事態は収束していきそうだ。
ぱたぱたと歩く佳乃に合わせ、俺もリビングへと足を運んだ。
「なんだこりゃ……」
佳乃の後を追い室内に入った俺の視界に広がったのは、どう見ても二人では食べきれない量の夕食だった。
大勢を招いてパーティーでも始めるつもりなのか、とツッコミを入れたくなるような光景に、俺は言葉を失った。
「お恥ずかしながら、何かしてないと落ち着かなくて、こんなことに……」
佳乃は頬を掻きながら、並ぶ料理たちを眺めた。
「珍しいタイプだな。落ち着かないとこうなるのか」
「もう! いつき君がのんびり帰ってくるから悪いんだよ! いいもん。私が一人で食べるもん」
「はいはい。悪かったって。ありがたくいただくよ」
俺の返答に頬を膨らませる佳乃は、心なしか嬉しそうにキッチンへと向かう。
俺は意を決して食卓へ向かい、佳乃の料理をこれでもかというほど堪能した。




