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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
4話 隠せない少女

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隠せない少女6

「よしのんやずっちゃんに降りかかっているのは『五花(いつか)の呪い』って言ってね、すごく昔からこの地域に根付いているものなの」

「いつかの、呪い……」

「呪いが五人に降りかかるからそう呼ばれているんだと思う。御神木に因んでいるって説もあるね」

 珠緒はすっかりと葉を落とした桜の木を眺めた。

 呪われた人間の数。今日まさに疑問に思っていた内容が、意外とはやく解消されてしまった。都塚、垣内、そして佳乃の三人が現在判明している呪われた人間なわけだから、あと二人見つけ出せば全てが揃うというわけだ。案外ゴールは近そうだ。

「五花の呪いにかかった人には共通した制限があってね。呪いが解けるまではこの街を出ることができないの。今と昔だと地域分けが違うから、厳密にはこの街とは言えないんだけれど、要は移動範囲に限りがあるんだよ」

「そんな制限があるのか」

「あ、よしのんやっぱり言ってないんだね」

「ああ、初耳だ」

 珠緒の口から、次々と俺の知らない呪いについての知識が出てくる。そこまで説明が複雑なわけでもないこの内容を、なぜ佳乃は黙っていたのだろうか。

 疑問を浮かべる俺に、珠緒は言葉を並べ続けた。

「進学や就職、高三の冬って結構重要な転換期なんだよ。いろいろな選択をしなければいけないこの時期に、よしのんはまず一つ、この街から出るという選択肢を奪われているの。私だったら焦っちゃうなー」

 まさに先ほど俺が佳乃に対して口舌垂れた内容だ。俺だってそんな状況なら焦りの一つや二つ出てくる。しかし佳乃は、その焦りを一切見せなかった。いや、見せようとしなかったと言うべきか。俺は珠緒の言葉を脳内で組み立てる。

「佳乃は、俺を不安にさせないように呪いの制限について教えていなかったのか」

「多分ね。ただのうっかりかもしれないけれど」

 くすくすと笑いながら珠緒はそう言った。俺を責めているというニュアンスがないように配慮してくれているのか、はたまたただ単にマイペースなだけなのか、未だによく分からない。

 体重移動とともに、足元の砂利がきしむ音が聞こえた。神社の静けさがしっかりと俺の脳を動かす。

「佳乃があえて喋らなかったことを、無理に喋らせようと……。無理に聞くつもりはないってかっこつけたはずなのにな」

 自身のかっこ悪さが、口をついて飛び出した。

 今になって思い出した。俺は佳乃に急かしたりはしないと断言していたではないか。ああかっこ悪い。

「ああもう、責めるために言ったんじゃないって。いちいちへこんでたらきりがないよ」

 俺の様子を悟り、珠緒が場を仕切りなおす。珠緒は立ち上がり、俺に箒の柄を向けた。

「さっきの話、裏を返せば、呪われた人間はこの街にしかいない。ちょっと範囲は広いけれど、歩いていればよしのんが持っている鏡の力でいずれは呪われている人間に当たるってわけだよ。今のいっつんにできることは、ちゃんとよしのんの隣にいてあげることだよ」

「隣にって」

 呪いの理屈は分かったが、本当に俺で佳乃の力になれるのかという点に関しては未だに見通しが立っていなかった。

「そう。隣にいるだけでいいの。経緯はどうであれ、君が今よしのんと一緒にいることは、運命みたいなもんなんだから」

「運命って、そんな高尚なもんじゃないよ」

「いいんだよ。こういうのはそういうあやふやな言葉でまとめとけば」

 珠緒は変わらずそう断言した。俺よりもよっぽど佳乃のことを理解している珠緒が言うことなのだから、とりあえずはそれを信じて行動してみていいのかもしれない。

 少し無言の間が続き、再び珠緒が口を開く。

「ちょっと昔話をしてもいいかな」

「えっ、まあいいけど」

「タイトルはそうだね、呪われた女の子の昔話ってところかな」

 相変わらずのマイペースさに苦笑いを浮かべる俺に、珠緒は一つトーンを落として昔話を始めた。


「私が高校に入学して少し経ったぐらいだから、二、三年くらい前かな。高校に馴染み始めて、ある程度グループも出来始めてきたころに、関わると不幸になるっていう女の子の噂を聞いたの」

 珠緒が話す女の子とは、おそらく佳乃のことだろう。それほど昔話でもないじゃないかというつっこみをぐっとこらえ、俺は珠緒の声に耳を澄ませる。

「クラスは一緒じゃなかったんだけど、その女の子は長い髪を束ねもせず、前髪は目にかかるぐらいに伸ばして、話しかけてくれるなといわんばかりの雰囲気を醸し出してた。一目で噂の子だってわかったよ。学校にもたまにしか来ないし、話しかけても返事が返ってくることはない、そんな女の子。入学当初はそうじゃなかったみたいなんだけど、噂が広まってからは一切人と関わることがなかったみたいだね」

 今の佳乃からは想像もつかない姿に少しばかり驚きを覚えたが、死神というあだ名を付けられているという状況を考えればそちらのほうが違和感がない。

 俺は珠緒の言葉に相槌を打ちつつ、大きなジェスチャーとともに揺れる彼女の袖口を目で追った。

「最初は何気ないことで話しかけたんだけど、無視するわ逃げるわで、もう大変だったよ」

「随分と徹底してたんだな」

「そうなの。でもそんなに逃げられたら、こっちも意地になっちゃって。きっと倒せば莫大な経験値とお金を落としてくれると信じて、とにかく話かけ続けたわけ。そうするうちに、ちょっとずつ話をしてくれるようになったの」

 冗談ではなく本気でそう思っていたような珠緒の口ぶりに、俺は思わず吹き出してしまう。間違っても佳乃はダンジョンに出現する珍しいモンスターではない。

 ふふんと満足そうに笑みを浮かべ、珠緒は言葉を続ける。

「ちょうどそれと同時期に、私とその女の子は一人の呪われた人に出会った。私やその子からすると、お父さん? いや、お母さんって感じだね。とはいえ私にはお母さんがいるから、なんというか、神社の母というか、そんな感じの人」

「なんだそりゃ」

 数年前のある時期に、佳乃は呪われている人間に出会っていたのか、と俺は改めて驚いてしまう。

 佳乃は何度か呪いを見たというニュアンスで話をしていたのだから、当然といえば当然の話だが。ともすれば、呪われた残りの二枠についても佳乃には目星がついているのだろうか。俺の疑問を置き去りに、珠緒の昔話は続く。

「その呪われた人は、元々呪いを解くためにこの神社に行き着いた人で、賑やかでおっちょこちょいなんだけど、どこか憎めない、そしてよしのんの前に剣と鏡の力を授かっていた人なの」

「じゃあ、もともとはその人が佳乃の役割を担っていたのか?」

「そうだよ。当然聞いてないか、話すわけないもんね。あ、これは別によしのんの話ってわけじゃないからね、友達の昔話をしているだけだから」

 今になって急に珠緒は言葉を取り繕い始めた。どうやらこの話を珠緒から聞いたということは、佳乃に伝えないほうがいいようだ。

「わかったわかった」

「理解が早くて助かるよ。とまあ、女の子はそんな人と出会って、少しずつ変わっていったの。学校ではやっぱり人とは関わらなかったけれど、私やその人の前では明るくて優しい女の子に変わっていった。きっと呪いがなかったらこうだったんだろうな、っていう姿が見られるようになったの」

 そう話す珠緒の言葉に、思わず頷いてしまう。俺の佳乃に対する評価は、俺だけが感じる内容ではなかったようだ。

 感心する俺を尻目に、珠緒は再び境内に腰かけ大きく息を吐いた。様子から察するに、この話はただの美談ではないようだ。

「たのしかったなー。三人で毎日呪いを解くために奔走してさ。女の子にとっても、私にとっても、すごく大切な時間だった」

「だった……か」

 故人を偲ぶような珠緒の口ぶりが、今後の話しの展開を予想させた。当然佳乃と関わってから、神社の母なる人間に俺は出会っていない。珠緒は歯切れ悪く言葉を続けた。

「でも転機が訪れた。その人は、私達の目の前から姿を消したの。あの時のよしの――女の子は……痛々しくて見てられなかったなー」

「姿を消した? 呪われているんなら、この街から出られないはずだろ?」

 新たに得た呪いの知識をフル活用し珠緒の昔話に言葉を挟む。珠緒は俺を制止するように、手をこちらに向けた。

「ここからは私もあまり話したくない内容だから、いっつんの想像に任せても良いかな?」

 手を向けた先にある珠緒の顔は、口以外が命令を無視したかのような複雑な様相だった。

「想像って言っても……」

 俺はいったい何に想像力を働かせれば良いのだろうか。

「そうだね、呪いのことを知っていけば、いずれ答えは出てくると思うよ」

 珠緒が追加で話した内容で、ようやく俺が考察すべき内容が浮かび上がった。珠緒が話したくない内容は、おそらく神社の母とやらが姿を消した理由についてだろう。そんなことを考えていると、珠緒が今度はしっかりと笑って再び口を開いた。

「とまあここまでが私とよしのん――あ、よしのんって言っちゃった。まあいいや」

 どこまでが天然なのかわからないが、珠緒は面倒くさいやり取りを端折り始めた。

「私とよしのんの昔話はこれでおしまい。ご静聴ありがとうございました」

 珠緒は立ち上がり、こちらに向けてお辞儀をする。これでは本当にただの思い出話じゃないか。

「で、今の話を聞いて俺はどうすればいいんだ」

 情けないことにこの話の終着点が汲み取れず、どの感想が正解なのかを珠緒に問いかける。珠緒はハッとしたようにこちらに向き直った。

「そうだそうだ。オチを言い忘れてたよ」

 どうやらなぜこの話を始めたのかを珠緒自身が忘れていたようだ。

「よしのんは、心から信頼している人が目の前からいなくなるっていう経験をたくさんしてるの。家族であったり、気心知れた人だったり。今の話みたいなことがあって、それでもまだ希望を捨てたくなくて、そんなときに現れたのがいっつん、君だよ」

「……ここで俺か」

「どう? 運命でしょ?」

 目線をそらす俺に背を向け、珠緒はくるくると神社を歩き始めた。つられて俺も歩き始める。境内には砂利の音が鈍く響いた。

「よしのんは目の前から信頼した人がいなくなることにとっても過敏なんだよ。さっきあんなによしのんが動揺していたのは、きっといっつんが離れていってしまうと思ったからじゃないかな? いっつんにそんなつもりは無くともね」

 冷たい風が珠緒の髪を揺らした。沈みかけている夕日が薄く二人を照らす。揺れる影を眺めていると、急に佳乃の料理が恋しくなった。

「長くなったけど、隣にいるだけでいいって言うさっきの言葉の説明は、このぐらいで大丈夫かな?」

 どうやら珠緒は昔話を踏まえて、自身の言葉に含有する意味合いについて説明をしてくれていたようだ。このオチがなければ、きっと見落としてしまっていただろう。

「ああ、よくわかった」

 こちらを向く珠緒に、決意とともに返事を返す。何の縁があってか、佳乃は再び目の前から人が消えるという恐怖に怯えながらも、俺を隣に置くことを選んだのだ。

 そんな気も知らず、出来る事を探して焦るなんて、俺は少々自身の力を過信していたのかもしれない。珠緒はそんな心を悟ったのか、背中をぽんと叩き俺を鼓舞すると同時に言葉を加えた。

「もういっつんはこの話を聞いてしまったからね。よしのんから逃げることは許さないよ。次同じことがあったら、今度こそほんとに怒るからね」

「俺から聞いたわけじゃないけどな」

「しのごの言わない。そんなに煮え切らない子に育てた覚えはないぜ」

「育てられた覚えもないからな」

「うんうん。そうやって戯言を返してあげるだけで、よしのんはほっと出来るんだから、あまり深く考えないで」

 この僅かな時間で俺の性質を読み取ったように、珠緒はするりと会話を誘導した。マイペースかと思いきや他人をよく観察している、つかみどころのない少女だ。こういう部分が高校ではうけているのだろうか。

 珠緒は自分の役目は終わったといわんばかりに、箒を手に取り再び掃除を始めている。

「ありがとう」

「いえいえ、私はただただみんながハッピーになれば良いなと思って行動したまでだよ」

 珠緒に掃かれた枯葉が、大人しく一箇所に集められていく。先ほどまで吹いていた冷風はおさまり、穏やかな寒さが神社を包んでいた。

 とりあえず、今すぐにでも佳乃に謝らなければいけない。再び珠緒に礼を述べ、神社から立ち去ろうとしたが、思考の引っかかりが俺の足を止めた。

「えっと、ごめん最後に一つ良いかな?」

 振り返る先で箒を掃いていた珠緒は、笑顔でこちらを向く。この数分で見慣れた顔を眺めても、思考の引っかかりの原因がはっきりせず、俺はなんとなく思いついた質問を珠緒に投げかける。

「五花の呪いは、あといくつ残っているんだ?」

 俺の質問に対し、珠緒は指を四本上げた後、これ以上語ることはないと言わんばかりに微笑みながら神社の奥へと消えて行った。


 帰路に着きながら、珠緒との会話に思いを巡らせる。佳乃の過去を知り、呪いについて更に知り、これまでの佳乃の行動が少しずつ理解できてきた。

 俺を家に住ませている事も、呪いについて多くを語らないことも、きっと佳乃なりに組み立てたストーリーを崩さないように必死にあがいた結果の行動なのだろう。小柄な少女の行動を思い返し、胸が熱くなるのを感じた。あまり多くのことを探るのはやめよう。佳乃のタイミングを崩さないよう、何とかサポートしてやることが、唯一俺に出来ることなのだから。

 すっかりと暗くなった街並みにを眺め、俺は佳乃に謝る言葉を探る。普段は意識をしていなかった街並みだが、佳乃がここから出ることが出来ないと思うと、いつも以上に窮屈なものに感じた。

 暮らしていく分には何の不自由もなく、住み始めてからは俺自身もほとんど街を出た記憶がない。そんな街でも、出られないとなると不自由だ。

 垣内杏季が話していた、お兄さんも呪われてるんですか、という言葉がふと頭をよぎったが、すぐに思考の片隅へと消えて行った。

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