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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
2話 語りたい少女
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語りたい少女1

 白けた光が瞼を刺激し、俺は静かに目を開ける。いつもより少し高い天井が、違和感をまとわりつかせる。違和感の正体を探るため上半身を起こすと、後頭部に鋭い痛みが走った。

「いたっ」とすこし声が漏れるが、その声すらもいつもより近くで反射しているような気がした。

「ここは……どこだ?」

 辺りを見渡すと、生活感のない白無地の部屋が眼前に広がった。住み慣れた社宅よりも少し狭く、それ以上にとても味気ない部屋だ。

 暖房の風に運ばれ鼻先をくすぐる甘い香りが、なぜか俺を懐かしい気持ちにさせると同時に、ここが自身の部屋ではないことを確信付かせた。

 昨日のことを思い出したくても、頭痛が考えをまとめさせない。完全な二日酔いだった。そうか、会社を辞めることになって、やけ酒をして、それから……なんだったか。

 とても気恥ずかしい思いをしたはずなのに、その感情以上のことが思い出せない。


「あ、目が覚めましたか? おはようございます」

 扉が開く音の後に、聞き覚えのある声がまっすぐ俺の方に向けられた。

「いやーびっくりしましたよ。絶対に死んじゃったーって思いましたもん」

 声の主を辿ると同時に、気恥ずかしい感情の経緯が蘇ってきた。そうだ。俺は泥酔状態で川遊びをする様子を、この少女に見られていたのだ。

 黒髪を黄色いリボンで後ろに束ね、眩しい制服を纏う少女は、顔立ちに少し幼さを残しており、おそらく高校生ぐらいだろうか。少女と形容するのがぴったりな風貌をしていた。

 昨夜の記憶が蘇り再び気恥ずかしさを抱える俺をよそに、少女は話を続ける。

「積もる話もあるでしょうから、諸々含めてゆっくりお話でもしませんか?」

 少女は手の先をちょいちょいと動かし、隣の部屋へと俺を案内した。アルコールが抜けきらないふらふらとした足取りで、俺は促されるまま少女に付いていく。


 案内された部屋にはダイニングテーブルと、それを囲むように向かい合う椅子が四つ置かれており、テーブル上にはこれぞ女子力と言わんばかりの食事が二人分並べられていた。

「どうぞどうぞ、座ってくださいな。大したおもてなしはできませんが」

 そもそももてなされる覚えもなければ、この状況が全く理解できていない。ガンガンと鳴る頭の痛みのお陰で、ぎりぎり現実だと認識できる程度だ。

 一言も言葉を発することなく眉を顰めた俺は、とりあえず椅子に腰かけた。

 それを確認した少女は向かいの椅子に座り、うんうんと頷きながら「いただきます」という言葉と共に食事を摂り始めた。


 その後、互いに言葉を発することなく無言が続いたが、先に食事を終えてしまい手持ち無沙汰になった俺は、温くなったコーヒーに手をかけながら口を開いた。

「えっと……これはどういうことなのかな?」

 すこし上ずった俺の声に、少女はにっこりと笑みを返す。

「何からお話すればいいのやら、という気持ちですが。簡単に言うと酔って倒れていたので介抱しましたよ、というだけの話です」

 少女は自慢げにトーストを頬張りながらそう言った。

「えっとじゃあ、ここは君の家?」

「その通りです」

「え、じゃあいま僕は酔って知らない女の子の家に来て、のうのうと朝飯をいただいてる状態なの?」

「お見事です」

 リズムよく交わされる会話が、事実を鮮明にしていった。よく見れば、ずぶ濡れになっていたはずのスーツが綺麗にアイロンがけされ、カーテンレールに吊るされている。俺自身も見知らぬ衣服を羽織っている。

 どうやら泥酔して倒れたあげく、自身より年下であろう少女に手厚く介抱されていたらしい。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

 他にも言わなければいけないことは山ほどあるのに、お礼の言葉を発するのがやっとだった。情けない。死なない幸運なんてあてにならないな。俺は今、ほんの少し社会的に死んでいる。

 少女は整ったかわいらしい笑顔を浮かべる。

「色々なことを聞きたいとは思いますが、まずは自己紹介が必要ですよね。私は相生佳乃と言います。よしのんとでもお呼びください」

 にこにこと笑みを深めながら、少女はそう言った。こちらの返答を待たず、少女はさらに言葉を続ける。

「あなたは山上いつきさん。ですよね?」

 自分の名前を急に呼ばれたことに、驚きの息が漏れた。ごくり、と喉が揺れる。次の言葉を発しようとした時には既に少女は話を進めていた。

「何で知っているんだ、と思ってますよね。ふふふっ。なぜだかわかりますか? わかりませんよねー?」

「わからないけど――」

「私、実は心が読めちゃうんです」

 どうせ免許証でもあさったんだろうという言葉は、少女の言葉により遮られた。少女は右目の前に指で円を作り、その奥から俺の方を覗きながら笑っている。

「――ぷっ。そんなわけあるか」

 予想外の発言だったこともあり、俺は思わず吹き出しながら返答してしまう。振り幅の大きさに、訝しい気持ちが吹き飛んでしまった。

 そんな俺の反応すら予想通りであったと言わんばかりに、少女は悪戯っぽく身を揺らした。

「ふふふっ、まぁ信じるも信じないもあなた次第ですから、そこはご自由に」

 さて、と一区切りおき、相生佳乃は食器を片付け始めた。どうやら今の会話の間に食事を終えたようだ。

「私はこれから学校がありますので、帰ってくるまではゆっくりしちゃっててください。話の続きは帰ってきてからしましょう。あ、いつき君の荷物はさっきの部屋に置いてますからね」

 相生佳乃は、あっけにとられる俺を尻目にパタパタと準備を始め、家から出ていった。

 いきなり下の名前呼びとは、最近の女の子というのは距離をつめるのがこんなにも早いのか。そんなことよりも、まだまだ聞きたいことは山ほどあるのに。

 取り残された俺は、冷えたコーヒーを呆然と口に運んだ。

 見知らぬ人間の家を物色するわけにもいかない。

 特にやることも見つからず、とりあえず少女が帰ってくるまで一眠りしようと思い立った俺は、椅子に腰かけながらうたた寝を始めた。

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