隠せない少女3
「あの子も呪われているのか?」
「これだけ言ってそうじゃなかったらびっくりでしょ」
十メートルという僅かな距離は、あっという間に俺達を参拝少女の目の前へと導いた。
「こんにちは。ハッピーなことを叫んでたけど、何かいいことでもあったの?」
辿り着くや否や、佳乃は少女へ声をかける。こんなところに人がいるはずがないと確信していたのか、少女はひっと声を上げ俺達から五歩ほど距離をとった。
近づいてきた人間の片割れが、自身と同じ制服を着ているということを認識したのか、少女は一息呼吸を置いた後、恥ずかしそうにこちらと目を合わせた。
眼鏡越しに覗いた瞳が、俺を訝しそうに品定めをしている。しかし、佳乃のほうに視線を移した途端、少女は更に五歩ほど距離を空け、悲鳴に近い声を上げた。
「し、死神!」
癖っ毛なショートカットを跳ねさせて、少女は大声を上げて佳乃を指差した。死神。今この子は間違いなく佳乃に対して死神と言った。
少女から人差し指を向けられた佳乃は、むっとする様子もなく、自身の口元に人差し指を付けきょとんとしている。
「はて、私はあなたと面識がありましたかしら?」
「ひっ、いっ」
佳乃の言葉に対し、少女の口からは声にならない声だけが湧き出てきた。
先ほど神様に向けて勝利宣言を放っていたときの威勢はどこへやら、少女はただただ怯えながら佳乃から距離を少しずつ空けていく。
「もしもーし。おーい」
そんな少女の様子を探りながら、佳乃はじりじりと少女との距離を詰め始めた。一進一退の攻防の中、隙を見た少女が鳥居に向け一目散に走り始める。
「逃げたっ!? いつき君! 確保だよ!」
「はあ!?」
「はやく! 急いで!」
急かす佳乃の声に対し、俺の身体は驚くほどあっさりと少女が逃げた方向へと走り出していた。
五秒もすればあっさりと少女に追いついてしまい、いろいろ悩んだ挙句、俺はとりあえず逃げる少女の両肩をゆっくりと掴む。
「き、ぎゃー! ごめんなさいごめんなさい」
肩を掴んだ瞬間、少女は飛び跳ねるように驚いた後、じたばたと掴んだ手を振りほどこうともがき始めた。
「ちょっと待ってって。何もしないから、何もしないから」
「離してー! 変態! 変質者! 誰か助けて!」
「いつき君! ちょっと変質者っぽいけど離しちゃだめだからね!」
次々と少女から浴びせられる罵声と、佳乃のフォローをする気のない命令に、早くも心が折れてしまいそうになる。
こんなところを人に見られてしまったら、確実に通報されてしまう。何もしないからという自身の発言ですら、変質者のそれに聞こえてしまうような現状に、なんとか心を無にしながら少女を取り押さえ続ける。
「マジで無理! もういや! こんなのばっかり!」
俺の脳内とほぼ同様の内容を叫ぶ少女を抑えて、俺は佳乃が追いついてくるのを待った。
本気で走っているのか分からないほどの速度で佳乃がようやく犯行現場に到着する。
「な、なんで逃げるの」
「し、死神さん……許してください! 悪気はないんです!」
答えにならない言葉を発しながら、少女は未だに抵抗をやめない。
「こらこらー。神社ではしゃぐなんて何事なの」
佳乃より更に遅れて、珠緒が騒ぐ三人を窘めるようにこちらに近づいてきた。
「よかった。巫女ちゃん先輩だ……」
珠緒を見た途端、少女はそう言い脱力した後、その場に崩れ落ちた。
「どうしたの? 傍から見たら、いっつんが女子高校生に乱暴しようとしているように見えたけど」
「してねえよ!」
疑いの目を向ける珠緒に対し、俺はすぐさま言葉を返した。そんな様子を気にするわけでもなく、少女は珠緒に対して助けを求めた。
「巫女ちゃん先輩! 聞いてください! 死神さんと変なおじさんに絡まれてるんです! どうなってるんですか! 私はただただ参拝しにきただけなのに」
ずいぶんと失礼なことを言ってくれるじゃないか。誰が変なおじさんだ。まだ全然お兄さんで通じる年齢と顔つきだろう。それより、さっきから気になる単語が耳に残っている。
「死神?」
「あ、私のあだ名だよ」
俺の言葉に、佳乃が手を上げながらのほほんと答えた。
「見たことない子だから、多分下級生だとは思うんだけど、私のあだ名って学校中に広がってるんだね。ちょっとびっくり」
「え? お前死神って呼ばれてるのか?」
「お前じゃないよ、佳乃だよ。死神佳乃ちゃんだよ」
「すごいな。神様じゃないか」
「えっ。そのリアクションは変だよいつき君」
驚いて意味不明な褒め言葉を述べた俺に対しても、佳乃は気にする様子もなくいつも通りのやり取りを返してきた。
何がどうなってそんなあだ名を付けられるようになったのかが気にかかったが、その気がかりは少女に向けられた珠緒の言葉によって思考の奥へと追いやられる。
「うーん。私は君のことを知らないんだけどなぁ」
「えっ。まじっすか。ショックっす。恥ずかしいんですけど。寝込んじゃいたいくらいです」
助けを求めた珠緒に知らないと告げられたことにより、少女は本当にショックを受けている様子だった。
「あ、しまった。私いま──」
ショックを受けていた少女は、何かをやってしまったという顔をしながら言葉を発するが、発言の半ばにぱたりとその場に倒れこんだ。
俺を含む参拝少女以外の三人は、多弁から急激に静まり返った少女の様子に目を丸くする。
「お、おい! どうしたんだよ急に」
慌てた俺の問いにも、少女は返事をすることなく倒れこんだままだった。しかしこれは倒れているというよりも、眠っていると言った方がよさそうだ。
「ね、寝てる?」
「えっ、寝ちゃったの? 急に? どういうこと?」
事情は誰にも分からないことを知りつつ、佳乃はとりあえず疑問を口に出しているようだった。このまま寝かせておくわけにもいかず、珠緒の号令の下、俺は眠りについた少女を神社の社務所へと運んだ。
「どうやら同じ学校の子みたいだな」
社務所に少女を送り届け、未だ眠り続ける少女を取り囲み俺たちは各々楽な体勢をとった。
社務所は雑多に物が置かれているわりに、ほこり等がたまった様子もなく、掃除が行き届いていた。しかし室内には空調がなく、息が白く浮き出るほど冷え込んでいた。
防寒のためこれでもかという程布を被されていても、少女が目を覚ます気配はなかった。
「きっと下級生だとは思うんだけど、たまはほんとに覚えがないの?」
「覚えがないなぁ。でも様子から察するに、巫女ちゃん相談室のユーザーなんじゃないかな?」
少女の素性を話し合う二人から、聞きなれない言葉が聞こえてくる。
「巫女ちゃ……なんだその奇抜な相談室は」
俺は思わず二人の会話に口を挟んだ。
「巫女ちゃん相談室だよ。うちの学校で不定期にたまが開催してる、迷える子羊の悩みを聞く会だね。うちの学校には、たま信者が山ほどいるんだよ」
佳乃は自分のことのように自慢げに話した。どうやら先ほど少女が珠緒の姿を見て安心したのは、本当によりどころが目の前に現れたかららしい。
「信者って……。巫女が教祖になってんのか」
「私はね、学校で知らない人がいないぐらい大人気なんだよ」
えっへんと胸を張りながら、今度は珠緒が自分のことを恥ずかしげもなく総評した。
「たしかに顔を見たときの反応が、佳乃の時とは全く違う反応だったもんな」
「失礼しちゃうよね。お話もしたことがないのに」
顔を背ける佳乃は、言葉ほど怒っている様子も見せず、冷えた手をこすり合わせている。
しばらく少女を見つめていると、もぞりと盛られた布が動き始めた。どうやら少女が眠りから覚めようとしているようだ。
「はっ! あれ? わたし、いつの間に……重たっ」
目を覚ました少女は、自身に覆いかぶさっている毛布などをゆっくりとどける。少女は自身の身に何が起こっているかを確認するように、眼鏡の角度を調整した。
「おはよう後輩ちゃん。死神さんが午後三時をお知らせするよ」
少女が辺りを見回す視線に佳乃が横切り、ご丁寧にお時間をお知らせしている。そんな佳乃を見て、少女は先ほどと同様、ぎょっとした様子を見せる。
「あ、相生先輩。おはようございます。やばー死神ちょーこえー」
風貌に似つかわしくない言葉を放った口を、眼鏡少女ははっとして塞ぐ。思わず発した言葉が佳乃に対し突き刺さったのを後悔するように少女は言葉を続けた。
「ごめんなさい。私、思っていることがすぐに口に出ちゃって」
「ううん。逆にそこまで振りきっていると、もはや気にならないよ」
「あ、ありがとうございます。あれ? 学校と雰囲気違いますね。学校ではもっとこう、人を殺しそうな目をしてますもん」
「気にならないよとは言ったけど、そこまで言っていいとは言ってないよ」
怒った様子もない笑顔の威圧に、少女は苦笑いを浮かべている。
「ご、ごめんなさい」
少女は佳乃への謝罪を述べた後、周りをきょろきょろと確認し、目的の人物が見つかったことに安堵した様子を見せた。
「巫女ちゃん先輩! 私を覚えていませんか? 二ヶ月ほど前にご相談させていただいた、垣内杏季です!」
珠緒を見るや否や、少女は自身を指差し自己紹介を始める。珠緒は少し腕を組んで考えに耽った後、はっとしたように手を叩いた。
「かいちあずき? ああ! ずっちゃんね。思い出したよ」
おかしなあだ名の被害者がここにもいたのかと、思わず見知らぬ少女に同情してしまう。
しかしながら、どうやら本当に少女は巫女ちゃん相談室のユーザーだったようだ。
「あれ? 私の印象では、もっと草食系のおとなしい女の子だったイメージだけれど」
少女のことを思い返した結果、自分の知っている少女との違いに気付いたのか、珠緒は少女に対して疑問をぶつけた。少女はこの疑問に思い当たる節があるのか、すかさず答えを返す。
「そうなんです。わたし、なんだか最近すごくおかしいんです。思いついたことがすぐに口に出てしまって……今まで猫を被って当たり障りなく生きてきたのに、意味がなくなってしまっているんです」
そう言いながら、少女はすがるように珠緒に這いよった。これでは本当に教祖と信者に見えてしまう。猫をかぶって生きてきた、なんてことを見知らぬ人間もいる前で暴露してしまうあたり、本当に口が軽いらしい。
「あ、そういえばなんで巫女ちゃん先輩とし……相生先輩が一緒にいるんですか?」
少女は明らかに死神といいそうになった口を無理やり修正した。一応死神と本人に告げることが悪いことであるという認識はあるようだ。
「関わったら死ぬとかなんとか聞きましたけど、あれは本当なんですか? だから学校では一人でいるって……。いや、でも巫女ちゃん先輩は死んでないですね。相生先輩のそっくりさん? 双子? いや、やっぱ死ぬっていうのはガセなんですかね。相生先輩すごくかわいいんで、私お話したかったんですよね──」
話を始めた少女は、疑問と回答を自らで処理しながら話し続ける。社務所内は、温度が五度ほど上がったのではないかと疑ってしまいたくなるほど、急に賑やかな空間となった。
草食系の大人しい女の子だったという珠緒のイメージが、まったく当てはまらないほど少女は話を続けている。終わりが見えないことに戸惑いを覚えるが、その戸惑いは佳乃の言葉とともに払拭される。
「ごめんね杏季ちゃん。いろいろお話したいかもしれないところだとは思うけれど、少しだけお話聞いてもらってもいいかな?」
落ち着いたトーンで話す佳乃の言葉に、はっとしたように口を押さえた少女は、空いたほうの手で佳乃のほうへ手をむけた。
「ありがとう。私とたまはお友達だから一緒にいるの。学校と違う様子に驚くかもしれないけれど、私はそっくりさんでも双子でもなく相生佳乃だよ」
優しく語る佳乃と、口を押さえながら頷く少女。少しずつ室内の気温が下がっていく。
「でも、私と関わると死ぬという噂は間違いじゃない。噂自体は私が流したものじゃないし、きっと正確に伝わっているわけではないけれど、そういう呪いにかかっているの。あと、かわいいっていうのも事実だね」
最後におどけたつもりの佳乃だったが、目の前の少女は冗談など耳に入らないほど驚いた顔をしていた。先ほどまでの好奇心に満ちた顔が一気に青ざめていく。
「ただ、そんな私が間違いなくいえるのは、今の杏季ちゃんは、私と関わっても死なない。あなたに私の呪いは適用されない。これは信じてもらっていいよ」
少女の口元はもごもごと言葉を発しようとしているが、それを必死に抑えながら佳乃の言葉を聞いている。本当は窒息しそうで青ざめてるんじゃないだろうな。
「杏季ちゃん。今あなたは私と同じように呪いにかかっているの。呪われているかもしれないって思う出来事に、何か心当たりはないかな?」
ひとしきり話が終わったのか、今度は佳乃が少女に手を向けて話を促した。少女は少し戸惑った後、ちらりと珠緒のほうを見る。
少女の瞳は間違いなく助けを求めている。それを察してか察さずか、珠緒は変わらぬ様子で少女に向けひらひらと手を振った。
「今ずっちゃんが抱えているもの、きっとよしのんなら解決してくれるよ。巫女ちゃん先輩からのアドバイスはそのぐらいかな」
珠緒はマイペースに少女にそう告げた。諸々を読み取った結果の発言なのかは定かではないが、いつも通りであろう珠緒の様子が少女の安定を取り戻させたようだ。少女は口から手を放し、言葉を放つ。
「いろいろ事情があるんでしょうけど、相生先輩のことがよく分からなくなりました。正直、呪いとか急に言われてテンパってます。でも、私が死なないということを断言してくれていますし、今の私が呪われているという心当たりもありますし……。何より私に嘘をついても、相生先輩にメリットはないと思いますので、私は先輩を信じます。そもそも、私にはこの呪われたような状態を解消する以外の選択肢はありませんから」
少女が大きく吐いた息が、眼前を白く染める。少女の言葉にも、ピリッと張り詰めた空気が纏わりつく。
理解できない内容を後回しにしてでも、自身の身に起こる出来事を憂いているようだ。
衝撃的な内容を聞かされても必要以上に驚かず、理に沿って佳乃の状態を判断しているあたり、言動以上に聡明な少女なのかもしれない。
「巫女ちゃん先輩が言っていた通り、私は元々こんなにおしゃべりではありません。ある日を境にこんなことになってしまって、非常に困っています。言わないほうがいいこと、心の中で思っていること、それが全て口に出てしまうのです」
少女はそういって佳乃のほうを見る。そして申し訳なさそうな表情を作った後、頭を下げた。
「だから相生先輩に非常に申し訳ないことを口走っていることは分かっています。だけど止まらないんです。本当にすいません」
「さっきも言ったけど、気にしてないからいいよ」
佳乃は笑顔を崩さず、少女の言葉にふわりと言葉を乗せる。最初の言動から既に、佳乃は少女の異変について察していたのかもしれない。
佳乃の言葉で垣内は頭を上げ、ほっと肩をなでおろした。
「ありがとうございます。超優しいですね、ハグしてもいいですか」
垣内はそう言い放った後、急いで自身の口を塞ぐ。お手本のような失言に、少女はその状態で何度もぺこぺこと頭を下げた。
「とまあこのざまなのです。授業中も友達と話すときも、必死に口を塞ぐようにしていますが、どんどんと周りも私に奇怪な視線を向けるようになって来ました。でもそれよりももっと困っていることがあるんです」
つらつらと少女は話し続ける。
「これは口で説明するよりも実演したほうが分かりやすいと思うので、ちょっと協力してもらえませんか?」
少女は立ち上がり、三人を社務所の外へと促した。どうやら外に出て実演とやらをしてくれるらしい。
「巫女ちゃん先輩、おみくじはどっちですか?」
「おみくじ? すぐそこで引けるけど、今引くの?」
「はい。五回ほど引かせてほしいんですけど」
「五回も? うーん。引くのはかまわないけど、一回二百円だよ」
「あ、割引とかないんですね」
「それはもちろん、神様へのお布施だと思って大人しくお納めいただけると嬉しいよ」
珠緒とやりとりを交わした垣内は、財布とにらめっこを始め、うーんうーんとうなりをあげた。どうやら千円を渋っている様子だった。
「いつき君。出番だよ」
佳乃は俺の背中をぽんと叩き、すりすりと手をこすり始めた。
「いつから俺は財布になったんだよ」
「別に私が出してもいいんだけどね。いつき君はそれでもいいの?」
上目遣いの佳乃が迫る。どうなの? どうなの? と問いかける佳乃ににじり寄られ、俺はやむなく後ろポケットから財布を取り出す。こうなれば、今日の晩御飯は弾んでもらわねばなるまい。
「マナー違反かもしれないけど、これで五枚くれ」
千円札を珠緒の前に差し出すと、すさまじい速さでそれは回収される。
「まいどありー」
返してなるものかという勢いで、珠緒はおみくじの準備を始めた。この神社の巫女は、どうやらお金への執着がすさまじいようだ。
「知らないおじさんありがとうございます」
財布とのにらめっこを終え、少女が俺に頭を下げた。
代わりにお布施を済ませた俺が、なぜこのような言葉をぶつけられねばならんのだ。不服そうな俺の顔に、少女は一応の申し訳ない顔を浮かべた後、大きく息を吸い込んだ。
「今から私の言う言葉をしっかりと聞いていてくださいね」
少女は前置きを言った後、再び口を開く。
「今から私が引くおみくじは、全て大凶になればいいのに」
少女の口から飛び出た言葉は、神社中の負のオーラを集めたような表現だった。口から白い息ではなく、黒い瘴気があふれ出しそうな言葉に、俺と佳乃は思わず吹き出してしまう。
「なんだそりゃ」
「ふふっ。そんなネガティブなお願いする人初めて見たよ」
空気が和らいだ俺たちとは違い、垣内は至って真面目な表情を浮かべている。珠緒に促され、少女はみくじ筒から五つ数字を取り出す。
その数字を聞いた珠緒は眉をひそめ、該当するおみくじ五つを少女に手渡した。
「確かに聞いて呆れるような言葉だったかもしれませんが、これから起こる出来事に驚かないでくださいね」
少女はそういって、一枚ずつおみくじを開封していく。一枚めくるごとに、隣に並ぶ佳乃の顔が曇って行ったが、きっと俺も同じような顔つきをしているのだろう。
一枚目、大凶。一枚目、大凶。そうして開かれていった五枚には、全て大凶の文字が記されていた。
「どうなってんだ……」
衝撃のあまり言葉を漏らす俺に並び、佳乃も言葉を選んでいるようだった。
「これが私の抱えているもう一つの困りごとです」
「言ったことが、現実になるの?」
真偽を確かめるべく、佳乃が垣内に尋ねた。
言ったことが本当に現実になるのであれば、それはもう呪いではなく加護としか言いようのない気がする。しかし、少女から返ってきたのは意外な言葉だった。
「そうですね。厳密に言うと、言ってしまった言葉の中で、私に都合の悪いものだけが現実になってしまうんです」
都合の悪いものだけが現実になる、なるほどそれは呪いといって遜色ないだろう。
「ひょっとしたら今日こそはと思って神社に来て叫んでみましたが、やはり悪いことが現実になるという呪いは解けてないみたいです」
がっくりと肩を落として垣内は溜息を吐いた。境内で叫んでいた勝利宣言は、彼女なりの抵抗だったのだろうか。少女が大凶になれと言えば大凶になるし、良い日になれと叫んだとて良い日にはならない。
呪いに困った人間が神社に来るという俺の予想は、あながち間違いではなかったようだ。
「私の身に降りかかった現象はこの二つです。相生先輩、どうか助けてもらえませんか?」
すがる少女に向け、佳乃は呪いの説明を始めた。佳乃自身の呪いのこと、願いが呪いに起因していること、その願いを叶える行動を起こすことが呪いの解決の道筋だということ。
少女は黙って、というより、無理に口を押さえて佳乃の話をしっかりと聞いていた。