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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
4話 隠せない少女
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隠せない少女1

「どうしたものか」

 佳乃が登校し静まり返った室内に、俺の呟きが響いた。

 都塚たちの呪いを解いてからはや一週間。

 学校終わりの佳乃と合流し街をぶらぶらして、呪われている人物を探し、彼女に連れられ余暇を楽しむといった堕落した日々が続いていた。

 家事全般は佳乃が全て片付けてしまっており、とにかくやることがない。

 唯一手伝うと説得した洗濯ですら「乙女の下着はトップシークレットだよ!」という一言で拒否されてしまった。

 青年だって、女子高校生に下着を洗濯されるのは恥ずかしい。それでも、女子高校生の下着を洗いたがっているという汚名を被るぐらいなら、大人しくもてなしにあやかっておこうということで落ち着いた。

 そして今、ずるずると女子高校生のヒモに成り下がっていた俺は、ようやく事態の深刻さを理解した。

 佳乃は冬休みに入る来週から本腰を入れればいいと話していたが、こうも進展がないと不安感が払拭できない。

 そもそも、呪いがいくつあって、この地球のどの範囲にまで広がっているかも、俺は未だに分かっていない。

 呪いを見極める目が俺に備わっているわけでもなく、何かしら目星をつけて行動しない限りは成果など見込めないだろう。

 呪いは人の願いに呼応して発生すると佳乃は話していた。それであれば、願いが生まれやすい場所に呪いのヒントがあるのではないだろうか。我ながら名推理だ。

 事態は何も進展していないのに、なんとなく勝った気分で凱旋する俺は、願いが多そうな場所、神社へと向かった。


 この街に唯一存在する神社には、人の気配などほとんどなく、自身の勝気の愚かしさにあきれ返った。町名にもなっている神社の名が記された看板にもたれかかり、俺は溜息をこぼした。

 祭事には出店も多く出店され、近所では知らない人がいないという神社の割に、その実を俺はよく知らない。祭事以外だとこんなにも閑散としているという事実ですら、今はじめて知った程度だ。

 せっかく来たのに何もせずに帰るというのは癪だ。とりあえずお参りでもして帰ろう。

 境内までの階段を上りきり、賽銭箱の前に立ち尽くす。こういった場所での作法を聞いた記憶があるのに、毎度目の当たりにすると何からすればいいかわからなくなる。

 俺はとりあえず財布から五円玉を取り出し、賽銭箱へと放り投げる。揺らした巨大な鈴が、からからと乾いた音を立てた。

 手を叩き、願いを思い浮かべる。どうか、事態が進展しますように。いや、いっそ呪いが解けるように祈るべきなのか。うーん。

 呪いを解いてもらうことに、五円玉は少し安すぎたかもしれない。

 俺は再び財布から小銭を取り出し、今度は百円玉を投げ入れ、もう一度鈴を鳴らした。どうか佳乃の呪いが解けますように。

 佳乃のアイス代よりもお手軽なお布施を投げ入れて満足した俺は、お辞儀をした後賽銭箱から退いた。

 ひとしきり満足を終えた後、願いを探しに来て願い事をして帰ろうとしている自分に愕然とした。ミイラ取りが何とやら、俺まで呪われてしまっては意味がないではないか。もう一度拝殿に戻り、手を合わせる。

「やっぱり、さっきのは無しでお願いします」

 神様の目の前で情けない宣言をする俺に、後ろに降り立ったカラスがカアと笑いかけた。カラスにまで馬鹿にされている気がするのは、きっととてつもない自己嫌悪に襲われているからだろう。

「見せもんじゃないぞ。この──」

 カラスに罵声を発しようと向けた視線の先に、この数日で見慣れた少女と、その少女と同じ制服を着た少女の二人組が映った。

 見慣れた少女はニヤニヤと視線をこちらに向け、その隣の見慣れぬ少女はクスクスと笑っている。虚を突かれた衝撃に、俺の口は硬直する。

「いつきくーん。こんなところでなにやってるのかなー?」

 見慣れた少女、もとい佳乃は、ニヤニヤした顔のままこちらに言葉をぶつけた。

「いや、まあその……。いろいろ……」

 本当に何をやっていたのか自分でも分からず、とにかく馬鹿にされないように言い訳を考える。

「カラスさんと喧嘩してるいつき君を、佳乃ちゃんはちょっとかわいいって思ったよ」

 そんな俺の様子を悟り、佳乃はさらにからかいを続けた。恥ずかしい、帰りたい。

「勘弁してくれ」

「えーどうしよっかなー」

 もだえる俺に対し、佳乃は手を緩めるつもりはないようだった。なにかこの場を回避する方法がないかを考え、佳乃の隣に目を向けると、見慣れない少女が変わらずクスクスと笑っていた。

「よ、佳乃。隣の子は誰だ?」

 俺は慌てて佳乃の隣に並ぶ少女に話題を移すことにした。

「んー? 私はそれよりもいつき君が何でカラスさんと喧嘩してたのかを知りたいんだけどなぁ」

「いいからいいから、お隣さん、誰なんだよ」

 俺の必死の様相をニヤニヤと笑いながら、佳乃は隣の人物の紹介を始めた。

「この子はたま。たまちゃんだよ」

 飼い猫の紹介をするかのごとく、あっさりと佳乃は隣の少女を自身の目の前に促した。

 少女はすらっと高い背丈をしており、佳乃と並ぶと姉妹にすら思える大人びた外見をしている。黒く長い髪を佳乃より低い位置で二つ、輪っかのように結っており、気品のある佇まいをしていた。

「こんにちは。たまちゃんこと神立珠緒(こうだちたまお)です。いつもうちのよしのんがお世話になっております」

「どちらかというと、お世話してるのは私なんだけどね」

「えっ、そうなの?」

 深々と頭を下げそう言った少女は、佳乃の突っ込みとともに顔を上げる。目の前で和気藹々と交わされるやりとりに、少しの安堵と疑念がよぎった。

 佳乃はウインクキラーのせいで話すことが出来る相手がいないと言っていた。そのわりにしっかりと友人らしきものがいるではないか。

 自分から紹介を促したくせに、訝しい顔つきをしていた俺に対し、佳乃は思いついたように声を上げた。

「あっ、言ってなかったっけ? たまには私の呪いは効かないの」

 俺の脳内を悟ったかのようにそういった佳乃に、本当にこいつは心が読めるんじゃないのかと驚かされる。

 呪いが効かない? ということはこの少女も呪いにかかっているのだろうか。疑問が後を絶たない。

 そんな様子を更に悟ったように、佳乃は神立珠緒に耳打ちを始めた。耳打ちをされた少女は、なるほどと両手を叩き、「ちょっと着替えてくるねー」と告げた後、社務所の奥へと消えて行った。少女を見送り、佳乃がこちらへと近づいてくる。

「疑問に思っているようだからさくっと説明するとね、たまは呪われていないけど私が唯一お話できる子って思ってもらえるといいかな」

 あっけらかんと佳乃はそう言った。そうさくっと説明されても困る。

「ウインクキラーに例外があるってことか?」

 俺は頭を全力で回転させ、佳乃の知識に追いつこうと必死に言葉を返した。

「ウインクキラーに例外があるというか、たまが例外というか」

 俺の言葉に対し佳乃はそう返事をし、小首を傾げうーんうーんとうなり始めた。出来ることなら全てを説明してほしいが、佳乃の様子から察するにそれには多大な時間を要するのだろう。なんとかうまく俺に伝えようとしてくれているようだ。佳乃は拝殿から距離を開けるようにゆっくりと歩きながら話を続ける。


「呪いを解く力の話はしたと思うんだけど、あの三種の神器のやつね。あれはこの神社に奉納されているものなの」

 記憶をたどりながら話す佳乃は、神立珠緒の説明ではなく神社の説明を始めた。

「前にも少し話したけれど、呪いを解く力は、この神社の宝具の力を借りて行使することができるの。実際に宝具を持ち出す訳じゃなくて、この神社にある呪いを解く力が私に宿っているってイメージかな。つまりまぁ、私はこの神社から多大な恩恵を受けているわけですよ」

 人差し指を突きだし、佳乃はそう言った。要するに、佳乃が持っている呪いへの対抗策はこの神社から得たもののようだ。呪いを解くため剣を振るう少女の姿を思い浮かべていたが、実際に剣やら鏡やらを持ち歩いているわけではないらしい。

 しかし、呪いと神社の関係性はわかったが、肝心の神立珠緒については全くわからない。

「それがあの子と何の関係があるんだよ」

 俺は佳乃が突き出した人差し指を眺めながら、話を本題へと戻した。

「うむうむ。全うな意見で大変よろしい。そろそろ着替えも終わったんじゃないかな」

 仙人のような口調で、佳乃は立てた人差し指で神社の奥を指差しそう言った。視線をそちらに向け少し待つと、先ほど少女が消えていった場所から、巫女装束に身を包んだ神立珠緒が現れた。

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