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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
3話 明かせない乙女
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明かせない乙女9

 都塚を見つけたという佳乃からの連絡で、俺は指定された部屋へと向かう。

 扉の先で俺を出迎えたのは、嗅ぎ慣れない匂いと軽く会釈をする都塚だった。連絡を寄越した佳乃の姿が見えなかったので、俺は視線を泳がせる。

「すいません、匂いがこもっていますよね」

 都塚は立ち上がり窓を開けた。独特な匂いの先には、製作途中の油絵がいくつも飾られている。この馴染みの無い匂いは油彩の匂いらしい。

 どうやら都塚は、アトリエらしき場所に篭って絵を描いていたようだ。

「いや、大丈夫だよ。絵、描くんだね」

「趣味程度ですよ。お恥ずかしい」

「それより、佳乃は?」

「あれ、さっきまでそこにいたんですけど……」

 俺たちの声が届いたのか、積まれた画材の間から佳乃が顔を覗かせた。

「ここだよー」

「なにやってるんだよ」

「絵を見てたんだよ。いいよねー油絵。素敵だよね。何よりこの匂いがたまらないよね」

 うきうきと話す佳乃に呆れながら、俺は彼女を手招きする。

「ごめん都塚さん。急ぎの話なんだけど聞いてもらえるかな」

「はい。なんでしょう」

 慌しい俺の様子に、都塚は背筋を伸ばしてこちらに向き直った。

「呪いの事なんだけど」

「そのことなら、佳乃ちゃんから聞きましたよ」

「佳乃ちゃんがちゃんと話したよ」

 あっけらかんと都塚と佳乃が続けて答える。得もいえぬ空気が俺の呼吸を止めた。聞いていたなら、先に言ってほしい。

「だったらなんでこんなにまったりした時間が流れているのかな?」

 わざわざここまで焦ってきたのに、二人は何故か時間を惜しむ様子も無くのんびりとしている。

 不思議と場違いな気持ちが湧き上がってきたので、俺はとにかく頭を傾けた。

「実はですね、父はここから二時間かかる場所にいまして。涼との交代の時間までにできることはやり終えてしまったんです」

 非常に落ち着いた様子の都塚が、ゆっくりとそう答える。この雰囲気からすると、俺に出来ることはもう無いらしい。

 とはいえ納得のいかない俺に、佳乃がとどめを刺す。

「とういうことでいつき君、私たちに出来そうなことはもうなさそうだよ。帰ろっか」

 俺の疑念を喰らい尽くすように、にこにこと佳乃はそう言った。そのまま彼女は俺の手を引き、出口へと向かっていく。

 都塚はのほほんとその様を見つめ、俺たちの後を追うようにゆっくりと出口へと足を進めた。

「お、おい。まだこれからの話とか全然してないんじゃないのか? だいたいあと一時間もすれば入れ替わるんだから、待ってりゃいいだろ」

 あまりに強い力で引っ張る佳乃に、抵抗の意を込めて言葉をぶつける。佳乃は止まることなく、更に強い力で俺を引っ張った。

「いーいーの! 涼さんとも話すことが無いの! だから帰るよ」

「ちょっと待てって」

 華奢な女子高校生を突き飛ばすわけにはいかず、俺は佳乃に引きずられるままにアトリエを出た。

 最後の抵抗のように、俺は顔をアトリエに向ける。

「都塚さんも、いいのか今後の話とか、なんかいろいろと!」

「いいんです。また明日、佳乃ちゃんの学校が終わってからここに来てください」

 都塚はひらひらと手を振って、あっさりアトリエの扉を閉めた。その姿に毒牙を抜かれてしまった俺は、自らの足で校外へと向かう。

「佳乃、もういいよ。自分で歩けるから」

「えー。せっかくだから仲良くお手手つないで帰ろうよ」

「あほか」

 佳乃はちぇーっと唇を尖らせながら俺の手を離した。唇を尖らせたいのはこちらのほうである。

「どういうことだよ」

 早すぎる流れに対し、何から聞けばよいのかすら分からない俺は、とりあえずの疑問をぶつけたが、佳乃は小首を傾げて答える。

「なにがー?」

 とぼけている。佳乃は間違いなくとぼけている。俺が到着するまでの間に、佳乃と都塚の間で何かしらの話が行われていたはずだ。それを今、彼女ははぐらかそうとしている。

 聞かれるとまずいことなのか、聞かせたくないのかは分からないが、ここまできてまさか除け者になるとは思わなかった。

 しかし、わざわざ伝える必要がないと佳乃が判断したのであれば、それを覆す必要もないだろう。

「わかった。もう聞かねえよ」

 なおも不満げな俺に対し、佳乃は愉快そうな顔をしていた。

「不満そうだね」

「当たり前だろ」

「まあそんなかっかしなさんな」

 変わらず不満げな俺を、佳乃は優しく笑いながらなだめた。

「ふふっ。いろいろ察してくれてありがとう。そういうところ、素敵だなって思うよ」

「嬉しくねえよ」

 佳乃の言う「いろいろ」という内容すら、俺の中でははっきりしていないが、俺は特に追求をすることもなく帰路に着いた。

「察してくれたご褒美に、今日の晩御飯はいつき君が大好きな鶏肉たっぷりの親子丼を振舞ってあげよう」

 子どものご機嫌をとるような言い方で、佳乃は人差し指を頬に当てこちらに微笑みを向けた。

 親子丼が好きだなんて情報を与えた記憶はないが、大当たりだ。それも、今際の際に食いたいものを選べと言われれば、真っ先に候補に上がってくるほどの好物だ。

 冷蔵庫にある具材で作れる物の中から一か八かで適当に言ったのか。はたまた、心を読めるというのが本当だったのか。都塚の呪い同様、真相がどうであれ、俺に何の損があるわけでもない。

「大人しくご相伴に預かるとしようじゃないか」

「よーし。腕によりをかけて作っちゃうからね。期待しちゃっていいんだよ」

 腕を振り回しそう語る佳乃を見て、もうなんだかいろいろ考えるのが馬鹿馬鹿しくなった。

 薄暗くなってきた冬の景色には、クリスマスの電飾が浮かんでいる。この空気に水を差すのも野暮だ。どうせ明日になれば新しい話が聞けるのだから。

 俺は自分を全力で説得し、帰路につく足を早めた。



 翌日を迎え、未だに浮き足立つ月曜日の朝をのんびり過ごし、短縮授業であるという佳乃と待ち合わせて大学へと向かった。

 そこからの顛末は非常にあっけないものだった。

 待ち合わせたアトリエには、都塚に並び見覚えのない男性が佇んでいた。見覚えのない姿のはずなのに、前髪を上げた髪形に妙な既視感を覚える。

「えっと……誰?」

 落ち着いた様子を見せる三人とは引き換えに、状況がまったく読めずうろたえる俺が、口火を切る形となった。

 俺に指を向けられた青年は、さらりと口を開く。

「安中涼だ。よろしく」

 少し高い目線から、聞き覚えのある名前が聞こえた。それだけでぱちりと全てが結びついた。

「呪い……解けたのか」

「おかげさまで。助かったよ。感謝してもしきれないぐらいだ。本当にありがとう」

 本物の涼は深々と頭を下げた。それに合わせ都塚も頭を下げる。

 初対面の相手に頭を下げられるという異様な展開に、いよいよ思考回路が限界を迎えた。とりあえずわかっていることは、呪いが解け、そのことを感謝されている、といったことだけだった。

「ああ、そう、よかったね」

 俺はなんとか言葉をひねり出す。引きつる顔が、言葉の流暢さを奪う。落ち着く三人の姿に、俺の理解力が間違っているのかという錯覚すら覚える。

 誰に説明を求めればいいのか分からず、きょろきょろと三人を眺めるが、都塚と安中は深々と頭を下げ、佳乃は斜め下を不機嫌そうに眺めている。お手上げだ。わけが分からない。早く帰りたい。

 そんな俺の心を読んだかのように、佳乃が斜め下を眺めながらアトリエから去って行った。

「えっ」

 思わず声が漏れる。あいつ帰ったぞ。おい誰か止めろよ。誰も止めないのかよ。

「じゃ、じゃあ」

 去り行く佳乃を追いかけ、俺もアトリエを後にした。なんだこれ怖い。変な世界に入ってしまったのか。

「おい佳乃。え、佳乃だよな」

 やっと追いついた佳乃に、俺はわけの分からない確認をしてしまう。

「ふふふっ。そうだよ、佳乃だよ」

 そこには先ほどの様子とは違い、にっこりと笑ういつもの佳乃の姿があった。

「呪い、解けたんだってさ」

「よかったよかったー。これで一つ目の呪いクリアだね。お疲れ様。いつき君の閃きのおかげで助かったよ。一時はどうなることかと──」

 これは……話を締めようとしている。昨日と同じ展開だ。最後の最後まで、俺が真実を知ることはないのだろうか。

「さすがに説明ぐらいしてくれるんだろうな」

 納得がいかず、佳乃の言葉に言葉を挟む。佳乃はそれすらも想定の範疇だったかのように、静かに微笑んだ。

「なんてことないよ。いつき君の予想が合っていて、稔莉さんがお父さんを説得して、緩んだ呪いを私が解いただけだよ」

 唖然とする俺に向かって、佳乃はさらりと言い放った。あまりに淡々と言い放つせいで、俺はすっかりと拍子抜けしてしまう。

「そ、そうか」

 山ほど疑問はあるが、俺の予想が当たって呪いが当たって呪いが解けたのであれば、それはなによりなのかもしれない。

 釈然としない気持ちを押し殺し、一つだけ聞いておかなければならないことを尋ねる。

「じゃあなんであんなに不機嫌そうにしてたんだ?」

 呪いが解決した後の感謝の場面。涙無しでは語れないようなシーン。隣で笑顔を見せる佳乃であれば、人一倍喜んでもおかしくはないはずだ。

「不機嫌だったわけじゃないよ。そうだね、じゃあいつき君に問題です」

 人差し指を立て、佳乃はこちらに問題を繰り出した。

「私はどうしてあんな態度だったのでしょう?」

「いや知らんけど」

「ちょっとは考えてよー! ヒントは私の呪いだよ」

 回りくどいなと感じながらも、俺は律儀に答えを探る。佳乃の呪いは、好きになった相手が死ぬ呪い。この呪いのせいで、佳乃は人との関わりを避けていたという。おや、意外とすぐに答えが出てしまった。

「そうか、あの二人の呪いは解けたから、もう佳乃の呪いにかかってしまうのか」

 口に出さなければよかった。改めて言葉にしてしまったことで、俺は佳乃の呪いの重さを思い知ることになった。

 ああいう態度をとることで、普段は人との関わりを避けているのだろう。あまりにも自然に俺に話しかけてくるせいで、忘れそうになっていた。

「正解だよ。稔莉さんにはもう話してあるから、不自然には思っていないはずだよ」

「いや、でも……」

 佳乃は後ろに手を組んで微笑みを返した。

 たしかに不自然には思っていないかもしれない。それでも、あれだけ楽しそうに話していた相手に、本意ではなくあんな態度をとらないといけないというのは、この上なく辛いはずだ。

 少女の心中を考えると、自分のことのように胸が重たくなる。かける言葉が見つからない。

 出会って間もない俺に、上手な慰めなど出来ないだろう。であれば、これ以上深く追求しない方が、佳乃に負担を与えないのかもしれない。

「まあいいや。帰りにアイスでもおごってやるよ」

 ひねり出した俺のなんとも陳腐な言葉に、佳乃は笑顔で答える。

「やだなー私別に落ち込んでないよ? 慣れっこだもん。でもそうだね、いつき君の優しさに免じて、アイスだけは奢らせてあげる」

 変わらず笑う佳乃は、俺に背を向けて歩き始めた。この背中が虚勢なのかどうかを確かめる術はないが、少女の笑顔が百円強で買えるのであれば安いものだ。

 そんな冗談を思い浮かべながら、俺は朗らかに揺れるポニーテールを眺めた。

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