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少女は瞳を閉ざさない  作者: 豆内もず
3話 明かせない乙女
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明かせない乙女7

「呪い、解けるようになっているといいな」

「そうだね。解決のヒントはあげられても、解決は本人たちにしか出来ないから、こればっかりはなんともね」

 俺と佳乃が吐いた言葉が、白く宙に浮かんだ。腰掛けたベンチが、着々と体温を奪ってくる。

 俺達は昨日に引き続き都塚と会うため大学へと赴き、本人が現れるのを待っている状態である。校内は休日ということもあってか、サークルや部活動に集まる人間がちらほら見えるだけで、昨日に比べると実に閑散とした様子であった。

 大学内に置かれたベンチに腰掛け、隣ではなぜか俺の奢りになったココアを飲みながら佳乃が足をぱたぱたさせている。

「佳乃ちゃん」

 呆然と空気を眺めていると、少し離れたところから言葉が飛んできた。声の方向を見ると、前髪を下ろした都塚がにっこりとしてこちらに向かってきていた。

「稔莉さん。こんにちは」

「こんにちは。昨日はわざわざ家まで来てくれてありがとう。涼が失礼なことを言わなかった?」

「とても穏やかにお話してくれましたよ」

 暖かい言葉を放った佳乃は、別の何かに耽っているといった険しい顔つきをしていた。

 都塚は小首をかしげ、こちらに小声を向ける、

「なんだか難しい顔をしていますけど、どうしたんですか? やっぱり涼が何か……」

「いや、それほどのことはなかったんだけど」

 けれど、なぜ佳乃がこんな顔をしているのかは俺にも分からない。都塚が近づいてくるまでは、機嫌よくココアを飲んで特段変わった様子はなかったはずだ。

「稔莉さん、昨日の話はもうご存知ですか?」

 不思議がる俺と都塚を尻目に、佳乃は都塚に尋ねた。

「ええ。涼の書置きに間違いがなければ、昨日佳乃ちゃんたちと話した内容は把握してるよ」

「そうですか。涼さんはしっかりお父さんと話が出来ていそうでしたか?」

「そうね。話はしたみたいだよ。説得自体は上手くはいかなかったみたいだけど」

「そう……ですか」

 都塚は言葉とともに苦笑いを浮かべた。そりゃそうだ。そんなにもすぐに落ちる難易度の父親であれば、このような事態にはなっていない。

 佳乃の方はと言うと、都塚の回答を聞いて深く考え込む素振りを見せている。

「どうしたんだよいったい」

「隠してても仕方ないね。率直に言うと、呪いがまったく緩んでないの」

「えっ」

 俺と都塚の声が重なる。近くを歩く学生がちらりとこちらを見る様子が横目に見えた。

 木枯らしが通り抜けるのと同時に、佳乃は再びベンチに腰かけ、前髪をくるくるといじり始めた。

「緩んでいない、というのは、昨日と状況が変わっていないということ?」

「そういうことになりますね」

 不満げに佳乃が答える。呪いを解く手段を伝えた佳乃が、一番納得がいっていない様子を見せていた。

「そっか。きっと涼がお父さんを説得できなかったからだね」

「それはないです。重要なのは願いが叶ったという結果ではなく、叶えようとする過程ですから」

「過程? 説得できなかったことは関係ないって言うのか?」

 否定する佳乃の言葉に疑問が募り、俺はすぐさま質問を投げかけた。佳乃が顔をこちらに向ける。

「うん。願いを叶えるため、与えられた状況を変えるため、行動を起こすということが呪いを解くために必要なの。結果はオマケみたいなものだよ」

「じゃあ話をした時点で、本来であれば呪いが解ける状態になっているはずだったのか?」

「うん。呪いの原因は叶わなかった願いじゃなくて、叶えようとしなかった願いだから」

 佳乃は都塚を見て、落ち着いた声色でそう言った。

 昨日の夜、涼が話していたことによると、彼は呪いと同時期に一緒にいたいと強く願ったという。

 その願いを叶えようと行動する、つまりは父親を説得するという行動自体がこの呪いを解くためのプロセスだったらしい。結果が伴わなくてもいい、なんてこと、昨日は一言も言ってなかったじゃないか。

 しかし、昨日の去り際に佳乃が自信満々だったのは、話をするという場面が設定された時点で勝ちを確信していたからだろう。

「ということは……願いが違ったのか」

 発端となる願いが違えば、張っている根も変わってくるはずだ。

 呪いの発端となる願いが『一緒にいたい』という気持ちではないとしたら、今の都塚はどんな願いが叶った状態にいるのだろうか。

「考えてても仕方がないね。稔莉さん、お二人のこと、もっとたくさん聞いてもいいですか?」

「え、ええ。私に話せることならば何なりと」

 たじろぐ都塚は、促されるまま佳乃の隣に腰掛け、佳乃の質問に答え続けた。



「純愛って感じですねーいいなぁ」

 なぜか再び俺のおごりとなった二杯目のココアを手に持ち、佳乃が楽しそうに都塚の話を聞いている。

 もうかれこれ一時間ほどたっただろうか。寒空の下、隣で繰り広げられるガールズトークに若干の居心地の悪さを覚えながら、俺は乾いた口にコーヒーを運んだ。

 佳乃が都塚に尋ねた内容はいたってシンプルだった。二人の馴れ初めであったり、今までの出来事であったり、何の変哲もない女の子同士の会話。横で聞く限りは何かのヒントになりそうな出来事はそこまでなさそうな話だった。

 となるとやっぱり、父親に認めてもらえなかったことが発端だと思うのだが……。

 呪いについてほとんど知識がない俺からすると、早くも手詰まりに近い状況に見える。

「稔莉さんは、涼さんのどこが好きなんですか?」

「うーん、いろいろ? 恥ずかしいね改めて聞かれると」

「ふふふっ。じゃあ、嫌いなところとかってないんですか?」

「嫌いなところ……別にないかな」

「いやーん。ラブラブじゃないですか」

 そうでもないだろ、と突っ込みたくなるような佳乃の反応だが、これがガールズトークなのだろうという結論で自制し、俺は再びコーヒーに口を付けた。

「エピソードを聞いていると、涼さんってそんなに悪い人には見えないんですけど、お父さんは何で反対したんでしょう?」

「嫌な言い方になっていたらごめんね。私の家は、結構お金持ちでね。父親の厳しい性格も相まって、相応の身分じゃない人間とは関わるな、っていうスタンスなの」

「そうなんですね。親という大きな壁に阻まれても愛し合う二人、素敵です」

「いやいやそんな大げさな。私は比較的普通に生活できるんだけど、涼からするととても不自由だから、何とか解決してあげたい。出来ることなら、続けて協力してもらえると嬉しい」

「もちろんです。私といつき君が、なんとしてもお二人の呪いを解いてみせます」

 一時間ほど地蔵になりきっていた俺のことも、一応数には入れてくれるんだな。慌てて俺も都塚に向けて親指を立てる。

「私といつき君は、しばし作戦タイムと洒落込もうと思います」

「うん。もし何か聞きたいことがあったら、いつでも来ていいからね。今日は一日ここにいるつもりだから」

 介入する間も無く、気がつけば終わっていたガールズトークに愛想笑いを向け、俺はベンチから腰をあげる。

 追うように佳乃が立ち上がったことを契機に、俺たちは都塚と別れ、大学を後にした。

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