7/5(木)その4:第一次学食戦争
ヤバい。マジでヤバい。
何がヤバいかのかと言うと、弁当を忘れたのだ。
今日の朝のことだった。
目が覚めて、時計を見たら7時。まぁそんなにひどい時間じゃない。朝飯食いながら寝ない限り、遅刻はないだろう。
茶の間につくと、母さんが笑顔で座っていた。
「おはよう、和弘」
「はよっす」
挨拶もそこそこに、洗面台へ。
「ちょっと待ちなさいな」
…「な」?
落ち着け俺。そもそもうちの母さんは「あらあらおはよう」みたいなキャラだったか?
違うだろ。日本が誇る肝っ玉母さんのモデルケースだろ!
「ちょっと来なさい?」
「やべぇ…」
おそらく母さんの背後には、「ゴゴゴ…」みたいな黒いオーラがたむろしてることだろう。しまいにゃ時を止めてボコられそうだ。
「和弘、聞こえてんのかい?」
すでに口調も元に戻ってる。
振り返ってみると、母さんは笑っていなかった。
「昨日、良美から電話があったんだけどさ」
良美とは澄香の母親だ。学生時代からの親友だと聞いたことがある。
「テストが返ってきたんだって?」
「や、あれはですね、まぁ落ち着きましょうよ」
言ってる俺はどうなんだという議論は置いておく。
「あたしは落ち着いてるわよ? その点数次第だけどね。まずは持ってきなさいや」
昨日は歩先生、今日は母さん。なんだこの厄週間は。
しかし、状況を嘆いても始まらない。カバンにぶちこんだままだった答案を持ってくる。
「こちらになります」
秘書が政治家に資料を渡すかのごとく。
母さんはその丸が少ない答案を見てたが、ヤカンみたいに沸騰していく瞬間を俺は見逃さなかった。
「あんたねぇ!」
その後は早回し。のび太ママのアレを想像してくれれば分かりやすいだろう。
時計の長針が180度くらい変わったころだったか。
「和く〜ん、学校行くよ〜」
こんな具合。あえてそこからの嵐は控えさせていただく。
そしてここは本校舎から直通の部活棟。ここの4階に学食があるのだ。棟が違うだけあって到着に5分近く掛かるので、普段はまず利用しない。
しかし、ここは非常事態! 俺は桜樹丘の戦場へと足を踏み入れた。
「…帰ろっかな」
決意は5秒で折れた。
だって、この人だかりですよ? SNAPのコンサートじゃねーんだぞ?
しかし、この空腹で午後を乗り切る自信はない。
おとなしく並ぼう。しかし――。
「全部売り切れだわ。ごめんねぇ」
ちょうど、俺の2人ほど前で完売と相成った。
「そんなぁ。おばちゃん、なんか余ってるでしょ?」
「賄いの"づけ丼"ならあるわよ?」
「まじっスか!?」
マグロか? カツオか?
「べったら漬けだけどね」
そんな添加物だらけので腹が膨れるか!!
「もう、いいや」
学食横の購買に向かう。が、めぼしーもの残ってんのかな?
ラインナップを見て納得。まあ、こんなもんだよな。
残ってんのは、コッペパンを筆頭にスイカジャムパン、イワシつみれパン、バナなっと…てパクリ商品入れちゃダメでしょうが! てか、スイカってジャムに適してない、しかも野菜だよな?
「コッペパンとフルーツ牛乳かな」
近年まれに見るハングリーな昼食だ。
ランチなんて英語を使うのがはばかられるぐらい、ちきしょぉ、目から汗が出てきやがる。
憂鬱なままレジへ向かおうとすると、見知った…わけでないが昨日知り合った娘が!
「新城さん?」
昨日と同じく一瞥のみをくれる。
もしかして……?
「俺のこと、覚えてる?」
こくん。
「御倉さん、ですよね」
「覚えてた? いやぁマジ嬉しいな」
「昨日、紹介、されたから…」
そらそうだ。
「で、新城さんも学食敗退組?」
今度は首を横に振る。
「私は…いつも購買ですから」
「へえ〜珍しい。なに買ったの。…ッ!」
「どうか、され…ましたか?」
どうか…て、なんでそんなのんびりできるんすか?!
そこにあったのは、サクラパン。
木村屋だかからのれん分けしてできた明治より続く有名パン屋が、十勝産の小豆や上川産有機栽培小麦など道産最高級素材を惜しげもなく使い丹精こめて作った、この桜樹丘高校名物の桜アンパンで、一日3個限定な幻のパンだ。少なくとも、俺は今初めてこれを目にした。
「なんでこれを?」
4時間目途中に保健室に行く、と嘘ついて購買開店と同時にパンをかっさらい、レジに飛び込んでようやく買えるレベルですよ?
「ここの店長が、母と古い友人なので…」
取り置きね。ったく、浩之といい新城さんといい、ここの購買はコネがなきゃいいもん買えないんですか?
「あの。用は、それだけですか?」
「あ、ああ。いやこんな時間にいるから、俺と同じで、新城さんもイワシつみれパンとかスイカジャムパンとかなのかな?って思ってさ」
「え……」
ふいと俺の手元を見る。
「御倉さんは、なに…を買われたのですか?」
「いや、コッペパンとフルーツ牛乳。さすがにゲテモノ趣味はないから」
ははは、と笑うと、新城さんは複雑そうな顔をした。
「おなか、すきませんか?」
「たしかにね。でも、ま、帰りに知りあいんとこでナポリタンただ食いすれば…」
それから沈黙。
そして何かを決心したようで。
「私の、サクラ…パン。食べ…ませんか?」
言うな否や、俺にサクラパンを押し付けてきた。
「いやいや、困るって! 大体、新城さんほかに食べるもんないじゃん!」
新城さんは、サクラパンとオレンジジュースしか持っていなかった。
「私、少食ですし、そんなにおなか、すいてませんから」
そうか、ならもらおうか…じゃなくて。
ちょっとその後の展開をシュミレーション。
ここでパンをもらう。
→食べてるところを澄香に見つかる。
→なんでサクラパンを持ってるのか問い詰められる。
→女の子から恵んでもらったことがばれる。
→またまたお説教。
→女の子の好感度がた落ち!
「爆弾破裂!」
「?」
「すみません、取り乱しました」
一緒に帰らなかっただけで、悪い噂流すなっての。大体その情報を入手できる友人てのも…古い例えだな。ときめくって表現もいまどきどーよ?
「まあ、それは置いといて」
あんまりやると怒られるから、ここで自粛。
「やっぱりもらうわけには行かないって」
「そう言われ、ても、私も…一度渡したものですから、困ります…」
「だからってさ、ここで引き下がると、ウチの家訓に反するから」
もちろんデタラメ。
「私だって、そんな」
完全に水掛け論。なにか打開策は?…あった。
「ねえ?」
「どう…しました、か? なにか、いい案でもあるんですか?」
「二人で半分こしよっか?」
「え?」
「どっちかがもらうってのが、おかしかったんだって。二人で分けて食べればいいんでないの?」
はたしてこの提案、伸るか反るか。
「…そうですね。そう、しましょう、か」
のった!
「そしたら早く中庭でも行こっか。時間もったいないし」
俺たちは手早く支払いを済ませ、中庭へと向かう。
「でも、なんで、私と…一緒に食べようと思ったんですか?」
さっそくサクラパンに舌鼓を打っていると、新城さんがずっと持っていたのだろうか、疑問をぶつけてきた。
「なんでって、さ。だって可愛い子とご飯食べたいのは当たり前でしょ?」
俺の言葉を聞くと、新城さんは目をぱちくりとさせる。
「え、どういう意味ですか?」
「どういうって、そのままの意味だけど」
「別に、私、可愛くないし…です」
最後の一切れを口に放り込む。口いっぱいに桜の甘みが広がっていい感じだ。
そして飲み込む。
「んと、まあ、とりあえず新城さんと話してみたかったもおっきいかな」
「?」
「だってさ、ほとんどってか全くしゃべったこともないもん、やっぱ気になるしょ」
「御倉さんが、いいんなら、構いませんけど…私。そんなに、面白くないですよ」
……。
なんでこの子はこんなに自分に自信がないんだ?
「ま、面白いかどうかはまだ分かんないけどさ。少なくともご飯はおいしかったよ」
「あ、お粗末…さまでした」
ぺこりと頭を下げる新城さん。
悪くない気分だ。
「いえいえ、こちらこそご馳走様でした。たいしたもてなしもできませんで…」
こっちはさらに恭しく頭を下げる。
「? 学校でもてなす必要が…あるんですか?」
あらら。ギャグが通じてないっすね……。
というわけで、葉月回2つめです。
なんかパロディネタが古めでしょうか。爆弾破裂とかなんとか。
確認しておくと、私はまだ20代前半です。
次回は2,3日中には投稿できるはず。
とりあえずヒロインが全員そろうんですが…。
では、評価・感想お待ちしております。