7/4(水)その3:桜と少女
退屈なお勤めも終わり、さて放課後。
特に何をするわけでもない俺は、やはり暇な浩之やその他クラスメイトの安倍や酒井と、校舎の裏庭においてゴムボールの野球もどきに興じていた。
なぜって? 暇だからだ。
そうそう学校中を揺るがす大事件が起こるはずも無い。
「いくぞー!」
投手役の浩之が、スナップを効かせ打者役の俺に一球を投じてくる。
しかし、所詮はゴムボール野球。そうそう松坂張りの剛速球が向かってくるわけではない。打ちごろのスローボール。
…勝った!
「うりゃー!」
これまたいたって軽めのプラスチックバットで、力の限り振り切る。しかし…?
「カーブ?」
俺のバットは空を切っていた。
「引っかかったな?」
「ちきしょう、変化球はねーだろ」
「このボールじゃ圧倒的にバッター有利だからな。いかに騙すかがカギだ」
確かに、当たればとりあえずは飛んでいくボール。んなことは百も承知だ。
「しかしな、そんなことでいいと思ってるのか? 男なら直球勝負! 姑息な日本野球と、力と力のぶつかり合いなベースボール。どっちが気持ちいい?」
そんな子供だましの論法でどこまで通用するのかは疑問だが、これしか浩之の球種を特定するには方法がないのだから仕方ない。
「抜かせ。次はスカイフォークを見せてやっからな」
――来た。
案の定、俺の策にハマってくれた。浩之はここで素直に変化球を投じる素直な男ではない。となると……。
振りかぶって浩之が投じてきたのは――やはりストレート。
今度は、無言でフルスイング。狙い通り真芯にあたってくれたボールは放物線を描いていく。
「おお!」
一同絶句。普段はポーカーフェイスで有名な酒井も目をむいている。キャッチャーをやっている安倍なんかは放心状態。つーか俺自身がびっくりしたわ。
「ホームラン、だな」
自画自賛。しかしありゃ飛びすぎじゃないのか?
「やばい、ボールがない…」
守備担当の酒井が音をあげてくる。
「和弘が探せよな」
相変わらず浩之は冷たい奴だ。
「とりあえずみんなで探すべ?」
俺の弱音で、結局4人総出でボール捜索と相成った。
「あったかー?」
「なーい」
そんな会話を繰り返しながら時は過ぎていく。
「大体なんでそんなに飛ぶんだ? ゴムだぞ?」
浩之がもっともな疑問を口にする。
「俺にはプロの素質があるからな」
「ぬかせ。しかしあのボールが悪い」
自慢と受けとったのか、打たれた浩之が負け惜しみを言う。
「負けを認めないのは悪い癖だな…」
俺もその点は争えないが。
気付けば、俺は、裏庭のさらに奥にある桜がある場所に来ていた。
「ここ、どこよ?」
まず、普通に学校生活をエンジョイしていれば来るはずの無い場所だ。ところが――。
そこに女のコが座っていた。
「誰だ?」
俺は何かに引かれるまま、そのコに近づいていく。
よく見ると、そのコはスケッチブックを手に鉛筆を走らせていた。その服装はうちの高校の制服だから部外者ではないことは分かるが、さっぱり記憶に無い。上級生か、それとも下級生だろうか?
恐る恐る寄っていくと、彼女も俺に気付いたようで、一瞥をくれる。
「なに描いてんの?」
「桜…です」
あっけない返事。
「そっか、でどの桜?」
「…あれしかないです、よね」
たしかに、そこに桜は一本しかない。他の桜と比べることが申し訳なくなる見事な染井吉野。幹とか普通のと一回りは違うような気がする。
「ですよね」
彼女はコクンとだけ頷く。
いつもなら、これでおさらばのはずなのに、何故だろう? 俺はこの場を立ち去る気にはなれなかった。
「なんであれを描いてるの?」
ついつい質問をぶつけてしまう。
いきなりやってきた男に質問攻めされるのはおかしいのか、彼女は訝しげな目を俺に向ける。
「あー。俺は2−2の御倉和弘。けっして怪しいものじゃないから」
とりあえず自己紹介。警戒心は解かないと、この後なんかあったら怖い。
「…私は、新城葉月と、言います」
ワンテンポ遅れて彼女は答えた。
「クラスは?」
「2年…1組です」
なら美紗緒の同級生か? にしては初めて見たような気がするけど……。
「用は、それだけですか?」
「あっ、ごめん。実はそこで友達と野球しててさ、ボール捜してんだけど見てない?」
「ここに」
彼女――新城さんは自身の傍らにあったあのゴムボールを差し出した。
「ここで描いてたら、私…のそばに落ちてきました」
「マジかぁ。どっかぶつけてない?」
新城さんは首を横に振る。怪我が無いようでなによりだ。
「サンキュー。持っててくれてありがとね」
「大したことじゃない、です」
静かに首を振る新城さんからボールを受け取った。
「和弘〜! どこうろついてんだぁ?」
「やべっ! あいつらが呼んでるよ」
翻って俺は、また裏庭へと駆けていく。
「じゃ、また。このお礼は今度ね!」
遠くなっていく彼女から、
「友達か…」
と呟く声が聞こえたような気がした。
裏庭に戻ると、案の定、他の三人は雑談に興じていた。
「おせーぞ?」
「悪い、桜のほうまで飛んでったみたいでさ、そこの女のコに取ってもらってたんだわ」
「桜? ああ、1組の新城な」
なんで浩之が知ってんだ?
「そこそこ有名だぞ? 美術部の異端、2年1組・新城葉月」
あそこにいた――新城さんってのは有名人なのか?
「人物画を何故か全く描かずに桜ばっか描いてる変わったコで、お前、話してみてどうだった?」
「なんか無口な感じがしたけどな」
「感じ、じゃないだろ。無口、だろ?! そんな性格だから友達とかいないんじゃないのか?」
言われてみると、そう思える。
「コミュニケーション能力がな…」
「てなわけで、けっこう可愛いのに告られた経験0! 人間、性格第一ってとこよ」
「ふーん」
さっきの女のコを思い出してみる。
…たしかに結構可愛いとは思う。澄香とは違う、儚げな美しさとでも言おうか。
「そうしたら、試合再開するぞ〜?」
安部のセリフで意識を戻されると、いつの間にか、俺からボールを奪い取っていた浩之が再びマウンド(に見立てた一段高い盛り土)に仁王立ちし、次打者の安部がバットを持って構えていた。
「おい和弘、早くミット持てって!」
結局、その新城さんのことを考える間もなく、俺達の乱打戦は56−49で俺と安倍が勝つまで続いた。
美術部異端・新城葉月の登場回です。
人と関わろうとせず、ひたすら桜の絵を描いている少女。どこまでいってもギャルゲな設定ですね。
やたら句読点を多用する文体は、彼女の口調を再現したつもりです。口下手…読みにくいですかね?
ところで、ゴムボール野球。ご存知でしょうか?
青だとか黄一色のゴムボールでなく、軟球を模したゴムボールを打つわけです。窓ガラスが割れて「のび太が取ってこいよな」状態を防げる効果もあり、よく小学校の頃にやってました。
にしても、和弘たちは高校2年にもなって校庭で野球…勉強しろよ。
では、ご感想お待ちしております。




