7/6(金)その2:ネゴシエイト関西
「ふあ〜あ」
さすがに数学は消耗した。完璧眠い……。
次は里見の日本史か。睡眠時間に当てれんな。
ん、後ろに人の気配が。
「あんたは、いつもやる気無いように見えるな?」
「お、美紗緒か。ほっといてくれ」
「冬眠は冬の間だけにしといてな。周りに伝染するわ」
ほっとけって言っただろうが…。
「説教なら寝るぞ」
「ちゃうちゃうって。あんたはもうちょい人の話を聞き」
「ならどうしたんだよ」
「今日さ、和弘は暇なん?」
「あいにく帰宅部でな。そういうことになる」
一瞬、美紗緒の顔の血管がぴくっと動いたような気がした。
「あんたな…。自分の部活を覚えてへんのか?」
「へ? 俺、帰宅部じゃねーの?」
さっぱり覚えがない。
「よーく聞き。たっぷりと思い出させたるわ! …それは、ウチが入学してしばらくのことやった」
「大河ドラマ並みのボリュームは無しな」
「茶化さんと黙っとけちゅうとるやろ!」
へいへい。
「ウチが入学して、初めての親友が澄香なんは大丈夫やな?」
「澄香がそんまでの友達と離れたときだったからな。感謝はしてる」
もっかい繰り返す気はないけどな。
「そんで、ウチの趣味は覚えてる?」
「食べ歩きだろ? ホントに食い意地張った女だよ」
「料理全般や!」
「あー。前に釣ったチカの天ぷら食わしてくれたよな。たしかにあれは美味かった」
釣りが趣味の浩之が協力してくれたやつで、わざわざ二人で埠頭まで行って釣った苦労の一品だ、と美紗緒は付け加える。
「で、ウチはあの時休部してた料理研究会を復活させてもらおと、行動を開始したんやけど…」
「そうそう、復活には5人の部員が必要だったんだよな」
「思い出したやないの。で…」
「浩之と安倍を入部させたんけど、一人足りひんかった」
「そこで満を持して出てきたのが」
「あんたってわけ」
ようやく思い出した。
「そうだったな」
そのときの澄香の交渉術については、個人情報の保護の観点から伏せさせていただく。
昨日の"あれ"で察してくれ。
「そんで料理研究会幽霊部員の俺になんの用だ?」
「今日、部活があんねん」
「ほう。俺にはかんけーない話だな、てなわけでお休み」
俺の都合などお構いなしに、美紗緒は全力で俺の頭を揺さぶってくる。
んだよ! 人の休息を邪魔すんじゃねえよ!
「あんたがそない拒否るのは、澄香にかかれば予想済みやで?」
「それで?」
……ハ! まさか!
「なんか"考え"があるいうてたで? なにかは検討つかんけど」
くそぉ!
「どこへなりとお供させていただきます」
母さん。あのブツのせいで、俺の人生は真っ暗ですよ…。
「そか? なら今日は寿司でもつくってもらおか?」
このオンナ、なにとち狂ってんだ?
「食材はなんだよ」
「昨日、いいアジが入ってな。食堂のおばちゃんと話つけて、今冷蔵庫の中や」
アジね…。
「ならシンプルに塩焼きでどうだ?」
「別に悪ないけど…。地味やない?」
これだから、素人は!
「全くアジを分かってねーな。なら俺が見本を見せてやるよ!」
あれ。なんか美紗緒がにやけてるぞ?
「いやー。やっぱ澄香は和弘のこと全部分かってるわ」
いや、まさか。そんなわけ…聞いてみるか。
「あの…美紗緒さん?」
「なに? あんたもようやく気付いたんか?」
「もしかして、……ノせられた?」
にやけ顔で美紗緒がうなづく。
だ、だまされた……。
「澄香がな、『和くんは料理のことになるとムキになるから』ってゆうてたで」
「待て、今のはアンフェアだ!」
連続殺人事件の果てに相棒を射殺する羽目になるぞ?
「そーそー。澄香がな『男らしゅうないことしたときにも、考えがある』って」
全部お見通しなんですか?
「うぅ……」
「ま、諦めたり」
「分かったよ。作りますよ、なら今日は俺の腕前を見せてやるからな」
「はじめての参加やからな。ま、お手並み拝見と行きましょか」
これで話は終わりというかのように、無情にもチャイムが鳴る。
「ほな、放課後に」
美紗緒は憎たらしげに手を振りながら、教室へ帰っていった。
それにしても、澄香だ…。
俺の行動パターンを完全に読まれてる。
「あ、和くん。今、美紗緒来てた?」
「……ああ」
「なんか怒ってない? どうしたの?」
「…君には、負けたよ」
お待たせしました。
関西女の回です。
なんか、澄香がものすごいヤな女になってる気がしないでもありません。
でも今日の当番は美紗緒ですので、次の次にご期待ください。
ちなみに次は小ネタです。
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