7/6(金)その1:マリネとの朝
「やっべー、また時間ギリギリだよ」
すでに澄香は玄関で俺の出発を今か今かと待ち構えている。
――なに言われることやら…。
大体、昨日のマリネの件で朝の5時までこんこんと小言を頂いたのが悪いんだ。少し寝たっけ、気付けば8時前だったからな。
「お兄ちゃ〜ん。どこに行くの?」
弁当を取ろうと台所に行こうとしたら、後ろから能天気なロリ声。
「マリネか? そりゃガッコに決まってんだろ」
「あ、あぁ。そーだよね。お兄ちゃん高校生だから高校に行くんだもんね」
振り向くと、寂しそうなマリネの姿があった。
「マリネも学校に行きたいな…」
いや、お前はエンジンしょってたロボだから…。そもそも戸籍はあるのか?
「今すぐは無理だろ。それに行くのはお勧めしない」
「なんで?」
マリネは無垢に首を傾げる。いや、なんでって。
「授業はかったるいし、そもそも通学がめんどいべ」
あとは、マリネが間違いなく被害にあいそうな男子(≒安倍)がいるしな…。
「えーっ、マリネも行きたいよ〜」
「今の話を聞いてないんかい!」
会話、まったく噛み合わず。
「和く〜ん。何やってるのかな?」
あ゛。大魔神様がお怒りじゃ…。
「じゃあな、マリネ! 大人しくしてるんだぞ?」
「あぁ〜お兄ちゃん行かないでよぉ」
玄関に出ると、ニコニコ顔の澄香さんが。
「遅かったね。和くん?」
「すみません…いろいろあったんです」
「そりゃあ。あんなちっちゃいコにさ、ベタベタされてたらイロイロあるでしょうね?」
"イロイロ"に特別アクセントを効かせてる。ご機嫌は斜めのようだ。ってか完全斜め。
「大体、誰なの? あの女の子は?」
誰なのかは俺が知りたい。
話を整理しとこう。
朝4時半に澄香の有り難いお話を聞いたあと、一眠りしようとすると、今度は別のつわものが待っていた。
我が両親は、澄香の話の最中に眠ってしまったマリネを別の部屋へと移して、俺を居間へと拉致した。
仕入れ前に店に寄ったサブさんが入れてくれたアイスコーヒーを飲みながら、本日の第2ラウンドは幕を開けた。
「あんたさぁ、夜中に彼女連れ込むのは構わないんだけどさ?」
いやいや、母親がそんなん言ったらあかんでしょうが!
「ガラス壊すのは勘弁してくれないかい?」
「彼女じゃないし」
「は? あれかい、最近テレビでやってる監禁ってやつかい!」
んなわけねーだろ。
「和弘、父さんは悲しいぞ…」
両手を膝についてぼろぼろと泣き崩れる親父。
「少しは息子を信じろ!」
「んじゃ他になにがあんのさ?」
「俺も信じられないんだけどさ…」
・
・
・
「と、まあこんな感じ。でエンジンっぽいのはクローゼットに閉まってあるから」
「ロボットね…」
理解の範疇を超えちまったようで、母さんは口をポカンと開けている。
「しかし女将さん。さっき坊っちゃんの部屋を見てきましたが、ありゃ…野球ボールや石を投げたぐらいのもんじゃないですよ」
サブさんの言うとおり、実際、窓ガラス全体が粉々になっている。そもそも石とは質量が違うみたいな感じを受ける。
「ロボットだとしても、みなしごってわけじゃないんだろ?連絡先はわからないのかい?」
「野良犬なら保健所っすけど…」
「サブ!」
「すんません」
ガラガラ〜〜と居間の引き戸が開けられる。
「失礼します」
「親父さん!」
情けない親父に代わる我が料亭『月姫』の大黒柱。板長の高桑さんが現れた。
「なんや騒々しいな…。なにかあったんですか?」
「かくかくしかじかで…」
サブさんが説明。ってか…
「サブ。"かく"か"しか"以外で説明してくれへんか? まったく話がつかめんわ」
ポリポリとサブさんは首筋を掻く。
朝5時になにやってんだか。
・
・
・
「なるほど。そないなことになってたんですか…にしても、ロボットてな、時代はようけ進んでるもんや」
沈着冷静かつ思慮深い高桑さんでも、さすがにこれじゃあ唖然とする。
「で、とりあえずその子は2階で寝てるんだけど。これからどうしようか話しててね」
「とりあえず、保健所に電話…」
サブさんの独り言をやはり高桑さんは聞き逃さなかった。
「サブ! 下らんこというてたら追い回しに降格やで」
「ひぃ、雑用は勘弁してください!」
ひとしきり議論を尽くしたところで、父さんが口を開く。
「にしてもだ。とりあえず素性の知れない子を置いておくのもな…」
「へえ、ダンナの言うとおりで。店の評判にも関わることですし」
なんかまずい流れに。
「ちょっといい?」
割り込んでみる。
「あのコはそんなに悪い子じゃないと思う。なんか勘違いで俺をお兄ちゃんって思ってるんだけど、素直だし、別に考えもあるわけじゃないみたいだし」
天然なだけだろ? あれは。
「だから俺としては連絡先が見つかるまでの間、このうちに置いていてほしい」
よし、なんとか言い切った。
…あれ?
「なんでみんな黙ってんの?」
俺、おかしなこと言ったか?
「いや、和弘がここまで言うとは…」
「あんたも言うようになったね」
「坊っちゃんらしくない…」
「サブ、そんなこと言うもんやない。坊っちゃん…。男子三日会わずしてなんとやら。知らんうちに成長しはったわ」
高桑さんにいたっては、目を真っ赤にして手ぬぐいで顔を隠した。
…そんなに俺はダメ息子に見られてたんですか?
「そこまであんたが言ったなら、母さんは賛成するわ。その代わり」
ん?
「責任持ちなさいよ」
え?
「連絡先はあんたが見つけること。見つかんなかったら…」
見つかんなかったら…。
「良美(澄香母)にちゃんと謝んなさいよ」
「ブホッ!!」
思わずコーヒーを吹き出しそうになる。
「責任の意味が違うだろ…」
「もしくは二人目の若女将っすか?」
「父さんは…一夫多妻は認めないからな」
「私は不器用な男ですさかい、無理な芸当や」
「話を勝手に広げんなよ!」
どこまでもどうしようもない一家だった。
「和くん、聞いてるの?」
澄香の言葉で現実に戻された。ホントにひどい朝だった。
「ああ、わり」
「全くもう…。で誰なの、あの子は?」
「…母さんのほうの親戚の女の子だよ。昔、親戚の集まりで会ってたらしい」
「でも加奈さん(俺の母さん)って一人っ子だよね」
うっ。
「いや、母さんのイトコのハトコのそのまた…」
「それ、親戚っていうの?」
「とりあえず遠い遠〜い親戚だ」
「なにそれ…」
全然納得の様子が見えなかったが、それ以上は追求してこなかった。
投稿するのが大変遅れてしまって、申し訳ありませんでした。
次も明日中には投稿したいと思っています。